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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第91話 三度目のデート、縮まる距離

第91話 三度目のデート、縮まる距離


 土曜日の朝。


 怜司は鏡の前で、少しだけ悩んでいた。


「……これで大丈夫かな」


 選んだのは、落ち着いた色合いのシャツと細身のパンツ。


 派手ではないが、清潔感のある服装だった。


 今日は九条院澪との三度目のデート。


 水族館へ行ったときも楽しかったが、今回は少し違う気持ちがあった。


 蒼真から言われた言葉が、頭に残っていたからだ。


『相手がどんな気持ちで誘っているのか、少しは考えてみることだ』


 澪は、自分と一緒に過ごす時間を楽しみにしてくれている。


 そのことが、今まで以上に嬉しかった。


「お兄ちゃん!」


 部屋の扉が開き、陽菜が顔を覗かせた。


「今日、澪さんとデートでしょ?」


「……陽菜。ノックしてよ」


「したよ。返事がなかっただけ!」


 陽菜は怜司の服装を見て、満足そうに頷いた。


「うん。いい感じ!」


「そう?」


「うん。あとは変に緊張しなければ大丈夫!」


「……そんなに分かりやすい?」


「めちゃくちゃ!」


 怜司は苦笑した。


 陽菜は楽しそうに笑いながら、部屋を出ていく。


「楽しんできてね、お兄ちゃん!」


「……ありがとう」


 その言葉に、怜司の肩の力が少し抜けた。


     ◇


 待ち合わせ場所に着くと、澪はすでに来ていた。


 淡い水色のワンピースに、白いカーディガン。


 長い黒髪が、柔らかな風に揺れている。


「レイジさん」


 澪が嬉しそうに微笑んだ。


「おはようございます」


「おはようございます、澪さん」


 怜司は思わず見惚れてしまった。


「……とても似合っています」


「え?」


「その服。すごく素敵です」


 澪は一瞬だけ目を丸くした。


 そして、頬を染める。


「……ありがとうございます。実は、今日のために選んだんです」


「そうだったんですね」


「はい。レイジさんに、そう言っていただけて嬉しいです」


 澪は少しだけ視線を落とした。


 いつも落ち着いている彼女が、こんなふうに照れる。


 その姿が、怜司にはとても可愛らしく見えた。


「じゃあ、行きましょうか」


「はい」


 二人は並んで歩き始めた。


     ◇


 今日の目的地は、街の中心部にある美術館だった。


 澪が以前から気になっていた特別展示が開催されているらしい。


「レイジさんは、美術館へ行くことはありますか?」


「ほとんどないですね」


「そうなのですか?」


「はい。あまり詳しくなくて」


「大丈夫です。私も専門家ではありませんから」


 澪は微笑んだ。


「今日は、好きだと思える作品を一緒に探せたら嬉しいです」


「それなら楽しそうです」


 館内に入ると、静かな空気が二人を包んだ。


 壁には、さまざまな絵画が並んでいる。


 風景画。


 人物画。


 抽象的な作品。


 怜司は一枚ずつ眺めながら、時折立ち止まった。


「……これ、綺麗ですね」


 怜司が指さしたのは、夕暮れの海を描いた絵だった。


 空と海の境界が曖昧で、どこまでも広がっているように見える。


「私も好きです」


 澪が隣に立つ。


「どこが気になりましたか?」


「……うまく言えないんですけど、見ていると落ち着くんです」


 怜司は少し照れくさそうに笑った。


「昔は、こういう景色をゆっくり眺める余裕もなかったので」


 澪は怜司の横顔を見つめた。


 彼が時折口にする、以前の自分の話。


 そこには、簡単には触れられない時間があるのだろう。


 けれど澪は、無理に聞き出そうとはしなかった。


「……今は、こうして一緒に眺められますね」


「はい」


 怜司は微笑んだ。


「澪さんと来られてよかったです」


 澪の胸が、静かに高鳴った。


     ◇


 美術館を出た後、二人は近くのカフェへ入った。


 窓際の席に座り、温かな飲み物を注文する。


「今日の展示、楽しかったですね」


 澪が言う。


「はい。知らない世界を見た気がしました」


「ふふ。大げさですよ」


「本当ですよ。澪さんと一緒じゃなかったら、きっと来なかったと思うので」


 澪はカップを両手で包んだ。


「……私も、レイジさんと一緒だから楽しかったです」


 怜司は少し驚いた。


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 しばらく穏やかな会話が続いた。


 学校のこと。


 研究発表会のこと。


 最近読んだ本のこと。


 そして、将来の話になった。


「レイジさんは、将来どんなことをしたいですか?」


 澪が尋ねる。


 怜司は少し考えた。


「……自分の力で稼げるようになりたいです」


「稼ぐ、ですか?」


「はい。家族に安心して暮らしてほしいし、やりたいことをお金のせいで諦めたくないので」


 澪は静かに頷いた。


「素敵な目標ですね」


「まだ、何をするかもはっきり決まってないんですけど」


「それでも、レイジさんらしいと思います」


「僕らしい?」


「はい。自分のためだけではなく、大切な人のことも考えていらっしゃるところが」


 怜司は照れくさそうに笑った。


「……ありがとうございます」


 澪は少しだけ真剣な表情になった。


「でも、レイジさん」


「はい?」


「ご自分の幸せも、忘れないでくださいね」


 怜司は目を瞬かせた。


「……僕の幸せ?」


「はい。誰かのために頑張ることは素敵です。でも、レイジさんご自身にも、楽しいと思える人生を送ってほしいんです」


 その言葉が、怜司の胸に深く残った。


 以前の自分は、幸せになることを諦めていた。


 今は違う。


 けれど、誰かのために頑張ることばかり考えて、自分の気持ちを後回しにしていたのかもしれない。


「……澪さん」


「はい」


「ありがとうございます。そう言ってもらえて、嬉しいです」


 澪は優しく微笑んだ。


     ◇


 夕方。


 二人は駅へ向かう道を歩いていた。


 街路樹の葉が、夕日を受けて輝いている。


「今日は本当に楽しかったです」


 怜司が言う。


「私もです」


 澪は少しだけ歩調を緩めた。


「……レイジさん」


「はい?」


「少し、お願いしてもいいですか?」


「もちろん」


 澪は一瞬だけ迷った。


 そして、そっと右手を差し出した。


「……手を、つないでもよろしいですか?」


 怜司の心臓が跳ねた。


「……え?」


 澪の頬が赤くなる。


「嫌でしたら、無理にとは……」


「い、いえ!」


 怜司は慌てて首を振った。


「嫌じゃないです。全然」


 そして、少し緊張しながら澪の手を取った。


 柔らかく、温かな手。


 澪の指が、そっと怜司の指に触れる。


「……ありがとうございます」


 澪が小さく呟いた。


「こちらこそ……」


 二人は手をつないだまま、ゆっくり歩き始めた。


 会話は少なくなった。


 けれど、不思議と気まずくはなかった。


 むしろ、言葉にしなくても伝わるものがあるような気がした。


 駅に着く頃には、二人とも少し名残惜しくなっていた。


「……また、一緒に出かけましょうね」


 澪が言う。


「はい。ぜひ」


 怜司は微笑んだ。


「僕も、澪さんと過ごす時間が好きです」


 澪は息を呑んだ。


 そして、嬉しそうに微笑んだ。


「……私もです、レイジさん」


 その夜。


 澪は自室で、今日のことを何度も思い返していた。


 美術館。


 カフェ。


 そして、初めてつないだ手。


「……幸せです」


 小さく呟き、胸の前で両手を重ねる。


 けれど同時に、麗華の顔も浮かんだ。


 彼女もまた、怜司とのお出かけを控えている。


 澪は静かに微笑んだ。


「……負けませんよ、西園寺さん」


 恋の勝負は、まだ始まったばかりだった。

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