第88話 黄金の少女と穏やかな午後
第88話 黄金の少女と穏やかな午後
ルミナス伯爵家の庭園には、柔らかな午後の日差しが降り注いでいた。
色とりどりの花が咲き、穏やかな風が木々を揺らしている。
「レイジ様、こちらへどうぞ」
エリシア・ルミナスが微笑んだ。
「ありがとう、エリシア」
怜司は彼女に案内され、庭園の一角にあるテーブルへ腰を下ろした。
そこには、温かな紅茶と小さな焼き菓子が用意されていた。
「今日は、ゆっくりお話しできればと思いまして」
「うん。僕も楽しみにしてたよ」
怜司が笑うと、エリシアの頬が少し赤くなった。
「……ありがとうございます」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
◇
「東方街道の件、本当にお疲れさまでした」
エリシアが言う。
「ありがとう。でも、僕一人で解決したわけじゃないから」
「それでも、レイジ様が頑張っていらしたことは知っています」
怜司は少し照れくさそうに笑った。
「……そう言ってもらえると嬉しいな」
エリシアは紅茶を一口飲んだ。
「父も、街道の安全が戻り始めたことを喜んでおります」
「アルベルト様も?」
「はい。商人の皆様だけでなく、周辺の村々にも影響が出ていましたから」
怜司は頷いた。
今回の事件を通じて、街道がどれほど大切なものなのかを実感した。
人が移動する。
物が運ばれる。
商売が行われる。
その一つ一つが、誰かの生活につながっている。
「……商売って、思っていた以上に大切なんだね」
怜司が呟く。
「そうですね」
エリシアは微笑んだ。
「私も、父から領地の運営について教わることがあります」
「どんなことを?」
「税や物資の管理、商人との取引などです」
「すごいな……」
怜司は感心した。
「僕も、もっと勉強しないと」
「レイジ様なら、きっとできます」
エリシアは迷いなく答えた。
その信頼が、怜司には嬉しかった。
◇
しばらくして、二人は庭園を散歩することになった。
石畳の小道を歩きながら、エリシアが尋ねる。
「レイジ様は、これからどんなことをなさりたいですか?」
怜司は少し考えた。
「……いろいろあるよ」
「例えば?」
「冒険者として、もっと強くなりたい」
エリシアは頷いた。
「はい」
「でも、それだけじゃなくて、商売にも挑戦したいんだ」
「商売、ですか?」
「うん。自分の力で稼げるようになりたい」
怜司は少し照れくさそうに笑った。
「まだ、具体的なことは考えてる途中だけどね」
エリシアは嬉しそうに微笑んだ。
「素敵だと思います」
「そうかな?」
「はい。レイジ様は、いつも前へ進もうとしていらっしゃいますから」
怜司は少し驚いた。
「……そんなふうに見える?」
「もちろんです」
エリシアは真剣な表情で答えた。
「ですが、無理だけはなさらないでくださいね」
「うん。ありがとう」
怜司は微笑んだ。
「エリシアも、何かやりたいことはある?」
「私、ですか?」
「うん」
エリシアは少し考えた。
「……もっと、いろいろなことを知りたいです」
「いろいろなこと?」
「はい。領地の外のことも、商人の皆様のことも、冒険者の方々のことも」
彼女は空を見上げた。
「今まで私は、伯爵家の娘として学ぶべきことを中心に勉強してきました」
怜司は静かに耳を傾けた。
「けれど、レイジ様と出会ってから、もっと広い世界を見てみたいと思うようになったんです」
その言葉に、怜司は胸が温かくなった。
「……僕も同じだよ」
「え?」
「エリシアと出会って、知らなかったことをたくさん知れたから」
エリシアは目を見開いた。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとうございます」
◇
庭園の奥には、小さな噴水があった。
二人はその前で足を止めた。
水面が陽光を反射し、きらきらと輝いている。
「綺麗だね」
怜司が言う。
「はい」
エリシアは微笑んだ。
「私、幼い頃からここが好きなんです」
「そうなんだ」
「考え事をするとき、よく来ていました」
怜司は噴水を見つめた。
静かな水音。
穏やかな風。
日本とは違う景色。
それでも、どこか懐かしいような気がした。
「……落ち着く場所だね」
「はい」
エリシアは少しだけ怜司へ近づいた。
「レイジ様と一緒だと、いつもより素敵に感じます」
怜司は目を瞬かせた。
「……そう?」
「はい」
エリシアは微笑んだ。
けれど、その頬は赤く染まっていた。
怜司も少し照れくさくなる。
「……僕も、エリシアといると楽しいよ」
その言葉に、エリシアの表情がぱっと明るくなった。
◇
夕方。
怜司が帰る時間になった。
「今日はありがとう」
怜司が言う。
「こちらこそ、ありがとうございました」
エリシアは丁寧に頭を下げた。
そして、少しだけ迷った後、顔を上げた。
「……レイジ様」
「うん?」
「また、いらしてくださいますか?」
怜司は笑顔で頷いた。
「もちろん」
エリシアの瞳が輝く。
「……本当ですか?」
「うん。また一緒に話そう」
「……はい!」
エリシアは心から嬉しそうに微笑んだ。
怜司が去った後も、彼女はしばらく門の方を見つめていた。
「……レイジ様」
小さく名前を呼ぶ。
彼と過ごす時間が、どんどん大切になっている。
それが何を意味するのか。
エリシア自身も、少しずつ気づき始めていた。
◇
一方、怜司は街へ戻る道を歩いていた。
エリシアとの会話を思い返す。
彼女は、自分の知らないことをたくさん知っている。
領地のこと。
商人のこと。
貴族としての責任。
そして、世界の広さ。
「……もっと勉強しよう」
怜司は小さく呟いた。
強くなるだけでは足りない。
知識も必要だ。
人とのつながりも大切だ。
自分が本当に自由な人生を歩むためには、いろいろな力を身につけなければならない。
そのための次の一歩。
怜司は、ある人物の顔を思い浮かべた。
商人、トーマス・ベルン。
彼なら、商売について教えてくれるかもしれない。
「……明日、相談してみようかな」
怜司は微笑んだ。
異世界での新しい挑戦が、静かに始まろうとしていた。




