第87話 黒翼事件、終結
第87話 黒翼事件、終結
古い採石場。
洞窟の奥から響く怒号に、怜司たちは身を低くした。
「どうやら、連中の中で揉め事が起きているらしいな」
カイルが呟く。
セドリックは周囲を見渡した。
「ギルドへの連絡は済ませた。増援が来るまで、可能なら動きを封じたい」
「ただし、無理は禁物よ」
リーナが言う。
怜司は頷いた。
「分かりました」
その直後。
洞窟の入口から、一人の男が飛び出してきた。
「ふざけるな! こんな危険なもの、聞いてねえぞ!」
男は何かから逃げるように走っていた。
だが、背後から別の男が追いかけてくる。
「待て!」
その手には、黒い翼の紋章が刻まれた金属板が握られていた。
リーナの表情が変わる。
「……あれよ!」
怜司は素早く周囲を確認した。
男たちはこちらに気づいていない。
だが、洞窟の奥にはまだ人がいる。
ここで逃がせば、また街道に被害が出るかもしれない。
「カイルさん」
「分かってる」
カイルは頷いた。
「俺が正面を押さえる。レイジは右へ回れ」
「はい!」
◇
「動くな!」
カイルの声が採石場に響いた。
男たちが振り返る。
「冒険者だと!?」
金属板を持った男が顔を歪めた。
「くそっ!」
男は金属板へ魔力を流し込んだ。
その瞬間、周囲の空気が不自然に震える。
洞窟の奥から、獣の唸り声が響いた。
「また魔物を呼ぶ気か!」
カイルが叫ぶ。
だが、リーナは冷静だった。
「その道具、もう限界よ!」
金属板の表面には細かな亀裂が走っていた。
無理に魔力を流し続けたせいだろう。
男は構わず力を込めた。
「俺たちを捕まえられると思うな!」
直後、金属板が砕けた。
「ぐあっ!」
魔力の反動を受け、男が地面へ倒れる。
洞窟から飛び出してきた魔物たちも、統制を失ったように動きを乱した。
「今だ!」
セドリックの声が響く。
怜司は一気に踏み込んだ。
魔物の突進をかわし、剣の柄で男の武器を弾き飛ばす。
続けて、逃げようとした別の男の進路へ回り込んだ。
「もう終わりです!」
「くっ……!」
男は抵抗しようとしたが、怜司の動きについていけない。
足を払われ、地面へ倒れた。
カイルは残る見張りを制圧する。
リーナは魔法で魔物たちの動きを止めた。
セドリックは洞窟の奥を確認し、隠れていた男たちを次々と拘束していった。
戦闘は長く続かなかった。
金属板を失ったことで、敵側の切り札が消えたからだ。
◇
しばらくして、ギルドからの増援が到着した。
冒険者たちは採石場を調べ、奪われた物資を回収していく。
洞窟の奥には、複数の荷箱が積まれていた。
食料。
薬品。
生活用品。
いずれも、東方街道で行方不明になっていた品々だった。
「……これだけあれば、周辺の村も困っていただろうな」
カイルが低く呟く。
怜司は静かに頷いた。
「早く戻してあげたいですね」
バルドも現場へ到着した。
「ガハハ! よくやったな、お前ら!」
その声に、カイルが苦笑する。
「ギルドマスター、笑ってる場合じゃありませんよ」
「分かってる!」
バルドはすぐに真剣な表情になった。
「物資の確認と犯人の引き渡しは、こっちで進める」
セドリックが壊れた金属板を差し出した。
「魔物の異常行動には、これが関わっていたようです」
バルドは破片を見つめた。
「……黒翼の紋章か」
怜司は尋ねた。
「この紋章を使っている人たちは、ほかにもいるんでしょうか」
「可能性はある」
バルドは頷いた。
「だが、少なくとも今回の街道妨害を実行していた連中は、ここで捕まった」
「……そうですか」
「背後関係の調査はギルドと領主側の仕事だ」
バルドは怜司の肩を叩いた。
「お前たちが、いつまでも一つの事件に縛られる必要はねえ」
怜司は少し驚いた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……はい」
事件を解決することは大切だ。
けれど、それだけが自分の人生ではない。
もっと学びたいことがある。
もっと会いたい人たちがいる。
そして、挑戦したいことも。
◇
数日後。
東方街道では、少しずつ商隊の往来が戻り始めていた。
奪われた物資の多くも、持ち主へ返された。
街道の安全確認は続けられるものの、少なくとも以前のような大規模な輸送妨害は止まっていた。
冒険者ギルドでは、怜司たちへの報告と報酬の支払いが行われた。
「今回の依頼は、これで正式に完了だ」
バルドが告げる。
カイルが大きく伸びをした。
「やっと終わったな!」
「本当にね」
リーナが笑う。
セドリックも小さく頷いた。
「長かったが、無事に終わってよかった」
怜司は仲間たちを見つめた。
「皆さん、ありがとうございました」
「何言ってんだ」
カイルが笑う。
「お前も立派な仲間だろ」
怜司は一瞬、言葉を失った。
仲間。
その言葉が、胸の奥に温かく響いた。
「……はい!」
◇
その日の夕方。
怜司はルミエールの街を歩いていた。
市場には商人たちの声が戻り、通りには人々の笑顔が広がっている。
事件が終わった。
もちろん、黒翼の紋章そのものについては、まだ分からないことがある。
けれど、今すぐ自分が追いかけるべき問題ではない。
必要になれば、ギルドから連絡が来るだろう。
怜司は空を見上げた。
「……次は、何をしようかな」
冒険者として、もっと強くなりたい。
魔法も学びたい。
商売にも挑戦したい。
そして、エリシアにも会いたかった。
そのとき、通りの向こうから声がした。
「レイジ様!」
振り返ると、エリシアがこちらへ歩いてきていた。
金色の髪が、夕日に輝いている。
「エリシア!」
怜司は笑顔になった。
彼女も嬉しそうに微笑んだ。
「ご無事で何よりです!」
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
エリシアはほっとしたように息を吐いた。
「……よかった」
その表情を見て、怜司は改めて思った。
自分には、帰ってきたことを喜んでくれる人がいる。
それが、どれほど幸せなことなのか。
「エリシア」
「はい?」
「よかったら、少し一緒に歩かない?」
エリシアの顔が明るくなった。
「……はい! 喜んで!」
二人は並んで歩き始めた。
長く続いた東方街道の事件は、ここで一区切り。
そして、怜司の新しい日々が始まろうとしていた。




