第86話 黒翼の残した影
第86話 黒翼の残した影
異世界ルミエール。
冒険者ギルドの扉を開いた瞬間、怜司の耳に懐かしい喧騒が飛び込んできた。
「おう、レイジ!」
受付の向こうから、豪快な声が響く。
ギルドマスターのバルド・グランツだった。
「久しぶりだな! ガハハ!」
「お久しぶりです、バルドさん」
「元気そうじゃねえか。ちょうどお前に話があったところだ」
その言葉に、怜司は表情を引き締めた。
「東方街道の件ですか?」
「ああ」
バルドは頷き、奥の部屋を指さした。
「《蒼風の牙》も待ってる。話は中でしよう」
◇
会議室には、カイル、リーナ、セドリックの三人が揃っていた。
「レイジ!」
カイルが手を挙げる。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
怜司は笑顔で応じた。
リーナも微笑む。
「元気そうで安心したわ」
「ありがとうございます」
「まずは座ってくれ」
セドリックが椅子を勧めた。
全員が席に着くと、バルドが一枚の地図を広げた。
「東方街道の輸送妨害について、ようやく全体像が見えてきた」
地図には、これまで被害が報告された場所が記されていた。
「魔物の異常行動。物資の消失。そして、例の黒い翼の紋章だ」
怜司は静かに頷いた。
あの紋章は、以前の調査でも目にしていた。
ただの盗賊による犯行とは思えない。
魔物の動きにも、不自然な点が多かったからだ。
「何か新しい情報が?」
「ああ。街道沿いで捕まった連中の一人が口を割った」
バルドは腕を組んだ。
「どうやら、連中は商人の荷を奪っていただけじゃねえ。街道の通行を意図的に減らしていたらしい」
「通行を?」
怜司が聞き返す。
「そうだ。人が寄りつかなくなれば、森の奥で何をしても見つかりにくくなる」
セドリックが地図の一点を指した。
「この古い採石場だ。すでに使われていない場所だが、最近になって人の出入りが確認された」
カイルが拳を握る。
「つまり、そこが連中の拠点ってわけだ」
「可能性は高い」
バルドは頷いた。
「ただし、相手の人数も目的も完全には分かっていない」
怜司は地図を見つめた。
事件は長く続いていた。
街道が使えなければ、商人だけでなく、周辺の村の人々も困る。
食料や生活用品の流通にも影響が出るだろう。
「……早く終わらせたいですね」
「ああ」
バルドは真剣な表情になった。
「だからこそ、今回は調査だけで終わらせねえ」
◇
翌朝。
怜司たちは東方街道へ向かった。
森の中を進む一行は、以前より慎重に周囲を警戒していた。
「レイジ、右側を頼む」
カイルが言う。
「分かりました」
怜司は頷き、木々の間へ視線を向けた。
《完全適応》によって鍛えられた身体は、以前よりも自然に動く。
足場の悪い道でも、無駄な力を使わず歩けるようになっていた。
それでも油断はしない。
自分にはまだ、学ぶべきことが多い。
経験豊富な仲間たちの判断を見ながら、怜司は周囲を観察していた。
しばらく進んだところで、リーナが足を止めた。
「……待って」
全員が動きを止める。
「前方に魔力の反応があるわ」
セドリックが静かに頷いた。
「複数だな」
怜司も周囲の空気が変わったことに気づいた。
木々の向こう。
何かが動いている。
「魔物でしょうか」
「おそらくな」
カイルが剣に手をかける。
その直後、茂みの奥から灰色の狼が姿を現した。
一匹。
二匹。
さらに、その後ろから数匹。
普通の狼とは違う。
瞳には、不自然な赤い光が宿っていた。
「……また、あの状態か」
カイルが低く呟く。
怜司は呼吸を整えた。
怖くないわけではない。
けれど、以前のように身体がすくむこともなかった。
「僕が前へ出ます」
「無理はするなよ!」
「はい!」
狼が地面を蹴った。
怜司は一歩踏み込み、その突進をかわす。
続けて、剣を振るった。
鋭い一撃が狼の動きを止める。
カイルも前へ出た。
リーナの魔法が後方から援護する。
セドリックは周囲を警戒し、仲間の死角を補った。
短い戦闘だった。
最後の狼が倒れると、森に静けさが戻った。
「……よし」
カイルが剣を収める。
「連携は悪くなかったな」
怜司は息を整えた。
「ありがとうございます」
だが、リーナは倒れた狼を見つめていた。
「やっぱり、普通じゃないわ」
彼女は地面に落ちていた小さな金属片を拾い上げる。
そこには、黒い翼の紋章が刻まれていた。
「……これが原因かもしれない」
セドリックが呟く。
金属片からは、微弱な魔力が感じられた。
怜司はそれを見つめた。
魔物が自然に暴れているのではない。
誰かが、意図的に操っている。
その疑いは、ほぼ確信に変わりつつあった。
◇
昼過ぎ。
一行は古い採石場を見下ろせる高台に到着した。
崩れかけた石壁。
放置された運搬用の荷車。
そして、奥に見える洞窟。
そこには確かに、人の気配があった。
「……いたな」
カイルが小さく呟く。
洞窟の入口には、武装した男たちが立っている。
近くには、奪われたと思われる荷箱が積まれていた。
「ここで間違いなさそうですね」
怜司が言う。
「ああ」
バルドから預かった連絡用の魔道具を、セドリックが取り出した。
「ギルドへ位置を知らせる。こちらだけで無理に踏み込む必要はない」
怜司は頷いた。
強くなったからといって、何でも一人で解決できるわけではない。
仲間と協力し、確実に行動することが大切なのだ。
しかし、そのときだった。
洞窟の奥から、低い叫び声が響いた。
「……何だ?」
カイルが顔を上げる。
続いて、金属がぶつかる音。
誰かが争っている。
怜司たちは顔を見合わせた。
「中で何か起きてる!」
リーナが言う。
セドリックはすぐに判断した。
「入口の見張りが動くかもしれない。様子を見るぞ」
怜司は剣の柄を握り直した。
長く続いた東方街道の事件。
その終わりが、ようやく見え始めていた。




