第74話 元Aランク冒険者の本気――少年に足りなかった戦う技術
異世界都市ルミエール。
冒険者ギルドの訓練場に、木剣が打ち合う乾いた音が響いた。
――カンッ!
「甘い!」
「……っ!」
黒瀬怜司は、咄嗟に身体を捻った。
直後、木剣が肩先をかすめていく。
目の前に立つのは、冒険者ギルド長バルド・グランツ。
元Aランク冒険者。
そして、数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の戦士だった。
「どうした、レイジ!」
バルドが、豪快に笑った。
「身体は随分よくなったようだが、剣まで上手くなったわけじゃねえぞ!」
怜司は、息を整えながら笑った。
「……分かってます!」
「なら、もう一本だ!」
バルドが踏み込む。
その瞬間。
怜司は、相手の動きを見極めようとした。
だが。
――カンッ!
木剣が弾かれる。
「……っ!」
次の瞬間には、バルドの剣先が怜司の胸元へ向けられていた。
「そこまで!」
バルドが、笑った。
「ガハハ! まだまだだな!」
怜司は、思わず苦笑した。
「……本当に強いですね」
「当たり前だ!」
バルドは、木剣を肩に担いだ。
「これでも昔はAランクだったんだぞ!」
怜司は、素直に頷いた。
「……すごいです」
その言葉に、バルドは少しだけ目を細めた。
「お前さん、変わった奴だな」
「……え?」
「普通、これだけやられりゃ悔しがるか、言い訳するもんだ」
バルドは、楽しそうに笑った。
「だが、お前は毎回、嬉しそうに学ぼうとする」
怜司は、少し考えた。
そして、笑った。
「……強くなりたいですから」
バルドは、一瞬黙った。
そして、豪快に笑った。
「ガハハ! いい答えだ!」
◇ ◇ ◇
今日は、以前バルドと約束していた訓練の日だった。
日本での学校生活が忙しく、なかなか時間を取れなかった。
だが、ようやくまとまった時間ができたため、怜司は異世界を訪れていた。
訓練を始める前。
バルドは、怜司の姿を見て驚いていた。
「……おい、レイジ」
「はい?」
「お前、随分痩せたな!」
怜司は、少し照れくさくなった。
「……最近、身体を動かすことが増えまして」
バルドは、怜司の肩や腕を見た。
そして、満足そうに頷いた。
「ただ細くなったわけじゃねえな」
怜司は、少し驚いた。
「……分かるんですか?」
「当たり前だ」
バルドは、笑った。
「長年、冒険者を見てきたんだ。身体の使い方くらい、見りゃ分かる」
そして、少し真剣な表情になった。
「だが、身体がよくなったからって、戦いが上手くなるとは限らねえ」
怜司は、静かに頷いた。
「……はい」
その言葉を、今まさに実感していた。
◇ ◇ ◇
「よし、次は足運びだ」
バルドが、木剣を置いた。
「剣を振ることばかり考えるな。まずは足だ」
怜司は、少し首を傾げた。
「……足ですか?」
「そうだ」
バルドは、ゆっくりと構えた。
「相手との距離を間違えりゃ、どんなに速い剣でも当たらねえ」
そして、一歩踏み込んだ。
ただ、それだけだった。
だが、怜司は思わず目を見開いた。
バルドの身体が、驚くほど自然に前へ出たからだ。
無駄な上下動がない。
重心がぶれない。
そして、踏み込みの瞬間まで、次の動きが読めない。
「……すごい」
怜司が呟くと、バルドは笑った。
「見ただけで分かるか?」
「……少しだけ」
「なら、やってみろ」
怜司は、バルドの動きを思い出した。
膝。
腰。
足裏。
そして、重心。
《万象習得》が、見た動作を整理していく。
怜司は、ゆっくりと一歩踏み出した。
「……こうですか?」
バルドは、目を細めた。
「……ほう」
怜司は、もう一度踏み込んだ。
今度は、少しだけ滑らかになった。
バルドが、にやりと笑った。
「……お前、本当に覚えが早いな」
怜司は、少し照れくさくなった。
「ありがとうございます」
だが、バルドはすぐに言った。
「ただし、まだ甘い!」
そして、怜司の足元を指差した。
「踏み込む前に、肩が動いてる」
怜司は、はっとした。
「……あっ」
「それじゃ、相手に次の動きを教えてるようなもんだ」
怜司は、真剣に頷いた。
「……なるほど」
バルドは、満足そうに笑った。
「よし。もう一回!」
◇ ◇ ◇
それから、怜司は何度も足運びを繰り返した。
最初はぎこちなかった動きが、少しずつ滑らかになっていく。
バルドは、時折厳しい声を上げた。
「腰が高い!」
「はい!」
「目線を落とすな!」
「はい!」
「力みすぎだ!」
「……はい!」
怜司は、何度も修正した。
そして、少しずつ理解していった。
力があること。
速く動けること。
それだけでは、戦いに勝てない。
相手の動きを読む。
自分の動きを悟らせない。
そして、最適な瞬間に力を使う。
そのすべてが、戦う技術なのだ。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
訓練場へ、三人の冒険者がやってきた。
「おっ、レイジ!」
カイルだった。
その後ろには、リーナとセドリックもいる。
Cランク冒険者パーティー《蒼風の牙》。
以前、怜司とともに街道の依頼をこなした仲間たちだ。
「久しぶり!」
怜司が笑顔で手を振る。
カイルは、近づいてきて目を丸くした。
「……お前、随分変わったな!」
リーナも、驚いたように怜司を見た。
「……本当ね」
そして、少し笑った。
「前より、ずっと引き締まったじゃない」
セドリックも、穏やかに頷いた。
「身体の調子がよさそうですね」
怜司は、少し照れくさくなった。
「……ありがとうございます」
カイルは、楽しそうに笑った。
「それで、何してたんだ?」
怜司が答える前に、バルドが豪快に笑った。
「ガハハ! こいつを鍛えてやってたんだ!」
カイルは、目を輝かせた。
「へえ!」
そして、怜司を見た。
「どうだった?」
怜司は、苦笑した。
「……全然勝てなかった」
カイルは、一瞬きょとんとした。
そして、豪快に笑った。
「そりゃそうだろ!」
リーナも、少し笑った。
「相手がギルド長なんだから」
セドリックは、穏やかに頷いた。
「技術と経験の差は、簡単には埋まりませんからね」
怜司は、静かに頷いた。
「……本当に、そう思います」
◇ ◇ ◇
その後。
カイルたちも加わり、簡単な連携訓練が始まった。
カイルが前衛。
リーナが後衛。
セドリックが魔法支援。
そして、怜司が遊撃役。
模擬戦用の標的を使い、連携を確認していく。
「レイジ! 右を頼む!」
「分かった!」
カイルの声に、怜司が動いた。
だが、次の瞬間。
「待って!」
リーナが声を上げた。
「そこ、私の射線!」
怜司は、慌てて足を止めた。
「……あっ!」
直後、模擬矢が標的へ命中した。
リーナは、怜司へ向き直った。
「速く動けるのはいいけど、味方の位置も見ないと駄目よ」
怜司は、真剣に頷いた。
「……ごめん」
リーナは、柔らかく笑った。
「謝らなくていいわ。練習なんだから」
セドリックも、穏やかに言った。
「仲間の動きを把握することも、立派な戦闘技術です」
怜司は、静かに頷いた。
「……うん」
その後も、何度も連携を繰り返した。
最初は、怜司が速く動きすぎてしまうこともあった。
だが、少しずつ仲間の動きに合わせられるようになっていく。
カイルが敵を引きつける。
リーナが射線を確保する。
セドリックが支援する。
そして、怜司が隙を突く。
それぞれの役割が噛み合った瞬間。
標的は、あっという間に倒された。
「よし!」
カイルが、嬉しそうに笑った。
「今のはよかった!」
リーナも頷いた。
「ええ。かなり自然になったわね」
セドリックも、穏やかに微笑んだ。
「いい連携でした」
怜司は、嬉しくなった。
「……ありがとう!」
◇ ◇ ◇
夕方。
訓練を終えた怜司は、バルドとともに訓練場の隅に座っていた。
バルドは、水を飲みながら言った。
「……どうだった?」
怜司は、少し考えた。
そして、笑った。
「……すごく勉強になりました」
バルドは、満足そうに頷いた。
「そうか」
怜司は、続けた。
「俺、今まで自分の身体能力に頼りすぎてたのかもしれません」
バルドは、少しだけ目を細めた。
「……ほう」
「力があれば、何とかなると思ってたところがあって」
怜司は、静かに言った。
「でも、今日の訓練で分かりました」
そして、バルドを見た。
「本当に強い人は、技術も経験もすごいんですね」
バルドは、しばらく黙っていた。
そして、豪快に笑った。
「ガハハ! ようやく分かったか!」
怜司も、思わず笑った。
バルドは、少しだけ真剣な表情になった。
「レイジ」
「はい?」
「お前には、とんでもねえ才能がある」
怜司は、静かに聞いていた。
「だがな、才能ってのは使い方を間違えりゃ、自分も仲間も傷つける」
そして、続けた。
「だからこそ、技術を磨け。判断力を磨け。仲間を信じろ」
怜司は、真剣に頷いた。
「……はい」
バルドは、満足そうに笑った。
「よし!」
そして、怜司の肩を叩いた。
「また来い! 次はもっと厳しく鍛えてやる!」
怜司は、笑顔で答えた。
「……よろしくお願いします!」
◇ ◇ ◇
夜。
日本へ戻った怜司は、自室で今日の訓練を振り返っていた。
バルドの剣技。
カイルの判断。
リーナの射線管理。
セドリックの支援魔法。
どれも、自分にはまだ足りないものだった。
怜司は、静かに微笑んだ。
「……もっと強くなりたいな」
その瞬間。
【神級権能《万象習得》】
【複数の戦闘技術に関する理解が向上しました】
【剣術・足運び・集団戦闘の習熟が進行】
続いて。
【神級権能《完全適応》】
【肉体最適化率:78%】
【運動制御能力の向上を確認】
怜司は、目を見開いた。
「……七十八%」
身体は、さらに進化を続けている。
だが、今日の怜司は、能力の成長だけを喜んでいたわけではなかった。
自分には、まだ学ぶべきことがたくさんある。
そして、それを教えてくれる人たちがいる。
そのことが、何より嬉しかった。
怜司は、静かに笑った。
「……明日も頑張ろう」
少年は、また一つ成長していた。




