第61話 神級権能の覚醒――加速する完全適応
第61話 神級権能の覚醒――加速する完全適応
聖蘭学園へ転校して、三日目の朝。
黒瀬怜司は、洗面所の鏡を見つめていた。
「……あれ?」
何となく、違和感があった。
昨日より、顔がすっきりしている。
頬の丸みが少し減り、顎の輪郭が以前よりはっきりしていた。
試しに、横を向いてみる。
「……気のせいじゃないよな」
以前の怜司は、体重が九十六キロを超えていた。
身長は約百七十二センチ。
太っていることを理由に、何度も馬鹿にされた。
だが、神級権能《完全適応》を手に入れてから、身体は少しずつ変わり始めていた。
最後に確認した体重は、八十三・二キロ。
それでも、まだ以前の面影は残っていた。
怜司は、洗面台の下から体重計を取り出した。
裸足で乗る。
表示された数字を見て、思わず目を見開いた。
「……八十一・九?」
前回から一・三キロ減っている。
しかも、身体がだるいわけではない。
むしろ、驚くほど調子がよかった。
その瞬間。
視界に、半透明の文字が浮かび上がった。
【神級権能《完全適応》】
【肉体最適化率:31%】
【蓄積された成長情報の統合を確認】
【肉体構造の再調整を開始】
【今後の最適化速度が上昇します】
「……え?」
怜司は、思わず瞬きをした。
これまで《完全適応》は、少しずつ身体を変化させてきた。
だが、今回の表示は違う。
最適化速度の上昇。
つまり、これから身体の変化が加速するということだろうか。
「……本当に、すごい能力だな」
怜司は、自分の手を見つめた。
指が以前より細くなっている。
手首にも、無駄な肉が少なくなっていた。
それでいて、力が落ちた感覚はまったくない。
むしろ、身体の動きが軽い。
怜司は、ゆっくりと拳を握った。
――ギュッ。
指先まで、力が自然に伝わる。
「……これなら」
怜司は、鏡の中の自分を見た。
まだ、誰もが振り返るような容姿ではない。
それでも、確実に変わっている。
そして何より。
今の自分は、以前のように鏡を見ることが嫌ではなかった。
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃーん!」
洗面所の外から、陽菜の声が聞こえた。
「朝ご飯できたよ!」
「今行く!」
怜司がリビングへ向かうと、陽菜がこちらを見た。
そして、ぴたりと動きを止めた。
「……お兄ちゃん?」
「ん?」
陽菜は、怜司の顔をじっと見つめた。
「なんか、また痩せた?」
怜司は、少し笑った。
「そうかな」
「絶対そうだよ!」
陽菜は、嬉しそうに近づいてきた。
「ほっぺ、前よりすっきりしてる!」
美咲も、キッチンから顔を出した。
「あら、本当ね」
そして、少し心配そうに続けた。
「でも、ちゃんと食べてる?」
「うん。普通に食べてるよ」
「無理なダイエットは駄目だからね」
怜司は、素直に頷いた。
「分かってる」
実際、怜司は食事を極端に減らしているわけではなかった。
むしろ、最近は以前より食欲がある。
それなのに、体重が減っていく。
理由は《完全適応》だと分かっていた。
だが、それを家族へ説明することはできない。
「最近、運動もしてるからかな」
怜司がそう言うと、美咲は頷いた。
「そうかもしれないわね。でも、急に体重が落ち続けるようなら、一度診てもらいましょう」
「うん」
怜司は、母親を安心させるように笑った。
正臣も新聞から顔を上げた。
「身体を鍛えるのはいいことだが、無理はするなよ」
「分かってるよ、父さん」
すると、陽菜が楽しそうに笑った。
「お兄ちゃん、もっと格好よくなるね!」
「……陽菜」
「だって本当だもん!」
怜司は、照れくさそうに笑った。
そんな兄妹のやり取りを見て、美咲と正臣も笑顔になった。
◇ ◇ ◇
聖蘭学園。
午前の授業が終わり、昼休みになった。
「怜司!」
神崎隼人が、元気よく声をかけてきた。
「飯行こうぜ!」
「うん」
怜司が立ち上がると、一条蒼真も近づいてきた。
「今日は食堂の新メニューがあるらしいよ」
「マジか!」
隼人が目を輝かせた。
「何だ?」
「ローストビーフ丼」
「決まりだな!」
蒼真は、苦笑した。
「まだ僕は何を食べるか決めてないんだけど」
三人は、笑いながら教室を出た。
廊下を歩いていると、蒼真がふと怜司を見た。
「……あれ?」
「どうした?」
「怜司、少し痩せた?」
怜司は、思わず足を止めた。
「……分かる?」
「うん。顔つきが変わった気がする」
隼人も、横から覗き込んだ。
「おっ、本当だ!」
そして、にやりと笑った。
「お前、もともと顔立ち整ってるんじゃねえか?」
「……いやいや」
怜司は、慌てて首を横に振った。
蒼真は、穏やかに笑った。
「冗談じゃないと思うよ」
「そうそう!」
隼人が頷いた。
「痩せたら絶対モテるぞ、お前!」
怜司は、思わず顔を赤くした。
「……やめてくれよ」
「ははは!」
隼人は、豪快に笑った。
そのとき。
「何のお話ですか?」
後ろから、柔らかな声が聞こえた。
振り返ると、九条院澪が立っていた。
「澪さん」
怜司が声をかけると、澪は嬉しそうに微笑んだ。
「こんにちは、レイジさん」
隼人が、にやりと笑った。
「ちょうど怜司がイケメンになってきたって話してたんだよ」
「ちょっ、隼人!」
怜司が慌てる。
だが、澪は怜司の顔を見つめた。
そして、少しだけ目を見開いた。
「……確かに」
「……え?」
「以前より、お顔がすっきりされたような気がします」
怜司は、少し照れくさくなった。
「……ありがとうございます」
澪は、柔らかく微笑んだ。
「でも、レイジさんは最初から素敵な方でしたよ」
その瞬間。
蒼真が、静かに笑った。
隼人は、口元を押さえた。
怜司は、完全に固まっていた。
「……み、澪さん?」
澪は、自分の言葉を思い返したのか、頬を赤くした。
「あっ……その……!」
蒼真が、助け舟を出すように言った。
「さて、食堂へ行こうか」
隼人も、笑いを堪えながら頷いた。
「そうだな!」
怜司は、ほっと息を吐いた。
だが、胸の奥には、温かなものが残っていた。
◇ ◇ ◇
放課後。
怜司は、隼人に誘われて体育館へ向かった。
「今日は軽く身体を動かすだけな!」
隼人は、バスケットボールを手に取った。
「怜司、バスケは?」
「授業でやったくらいかな」
「じゃあ、まずはシュートからだな」
隼人は、軽くボールを投げた。
綺麗な放物線を描き、ボールがリングを通過する。
――スパッ。
「……すごい」
怜司は、素直に感心した。
隼人は、嬉しそうに笑った。
「だろ?」
そして、ボールを怜司へ渡した。
「やってみろよ」
怜司は、リングを見つめた。
距離。
角度。
ボールの重さ。
指先の感覚。
それらを、自然に把握していく。
《万象習得》が、隼人の動きを分析していた。
だが、怜司はすぐには投げなかった。
「……隼人」
「ん?」
「肘って、どのくらい曲げるの?」
隼人は、嬉しそうに笑った。
「いい質問だ!」
そして、丁寧にフォームを教え始めた。
足の位置。
膝の使い方。
手首の返し方。
怜司は、一つずつ確認した。
「……なるほど」
そして、ボールを構えた。
軽く膝を曲げる。
腕を伸ばす。
指先から、ボールを放つ。
――スパッ。
綺麗にリングを通過した。
「……おっ!」
隼人が、目を見開いた。
「いいじゃん!」
怜司も、少し驚いた。
「……入った」
「もう一本!」
隼人が、ボールを渡した。
怜司は、もう一度構えた。
今度は、少しだけ角度を変える。
――スパッ。
「おお!」
隼人が、嬉しそうに笑った。
「お前、センスあるな!」
怜司は、照れくさそうに笑った。
「隼人の教え方がうまいんだよ」
隼人は、一瞬きょとんとした。
そして、豪快に笑った。
「ははっ! そう言われると嬉しいな!」
その後も、二人はしばらくシュート練習を続けた。
隼人は、怜司の動きを見て、改善点を教えてくれた。
怜司も、素直にアドバイスを受け入れた。
競い合うだけではない。
互いに学び合う。
そんな時間が、怜司には新鮮だった。
◇ ◇ ◇
夜。
自室へ戻った怜司は、ベッドに腰かけた。
今日も、楽しい一日だった。
蒼真との会話。
隼人との練習。
そして、澪の言葉。
以前の自分には、想像もできなかった日常。
怜司は、静かに微笑んだ。
そのとき。
再び、半透明の文字が浮かび上がった。
【神級権能《完全適応》】
【肉体最適化率:33%】
【筋肉・骨格・神経系の協調性が向上】
【不要な脂肪組織の再調整を継続中】
怜司は、目を見開いた。
「……また上がってる」
たった一日で、最適化率が二%上昇している。
これまでとは、明らかに違う速度だった。
怜司は、鏡の前へ立った。
顔の輪郭。
肩の形。
そして、姿勢。
すべてが、少しずつ変わっている。
「……どこまで変わるんだろう」
怜司は、鏡の中の自分を見つめた。
不安よりも、期待の方が大きかった。
だが、怜司はまだ知らなかった。
《完全適応》の本当の変化は、ここから始まるということを。




