第54話 異世界で広がる商売――少年が手にした新たな収入
第54話 異世界で広がる商売――少年が手にした新たな収入
ルミエールの商業地区。
ベルン商会の倉庫では、従業員たちが忙しそうに働いていた。
木箱が運び込まれ、商品が丁寧に整理されている。
その一角で、黒瀬怜司はトーマス・ベルンと向かい合っていた。
「レイジ君。今回も、ありがとう」
トーマスは、満足そうに微笑んだ。
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」
怜司が持ち込んだのは、日本の焼き菓子やキャンディーだった。
保存しやすく、個包装された商品を中心に選んでいる。
チョコレートも少量だけ用意したが、こちらは涼しい場所で保管するよう伝えていた。
トーマスは、商品の状態を確認しながら頷いた。
「品質も安定している。これなら、安心してお客様へ紹介できるよ」
怜司は、ほっと息を吐いた。
「よかったです」
そして、トーマスが一枚の帳簿を差し出した。
「こちらが、今回の取引記録だ」
怜司は、数字を確認した。
以前より、取引量が増えている。
それに伴い、受け取る代金も増えていた。
「……結構、大きな金額になってきましたね」
トーマスは、頷いた。
「ああ。ただし、無理に増やす必要はない」
怜司は、少し笑った。
「はい。俺も、そう思ってます」
トーマスは、満足そうに頷いた。
「いい考えだ」
◇ ◇ ◇
商談のあと。
トーマスは、怜司を商会の奥にある小さな部屋へ案内した。
そこには、帳簿や契約書が整然と並んでいた。
「……ここは?」
「商会の記録室だよ」
トーマスは、棚から一冊の帳簿を取り出した。
「レイジ君には、少し商売の仕組みを知ってもらいたくてね」
怜司は、興味深そうに頷いた。
「……お願いします」
トーマスは、帳簿を開いた。
「例えば、商品を仕入れて売る場合、売上がそのまま利益になるわけではない」
「……はい」
「仕入れ代金、運搬費、人件費、保管費用。そういったものを差し引いて、初めて利益が分かる」
怜司は、真剣に聞いていた。
日本で読んだ本にも、似たことが書かれていた。
だが、実際の商会の帳簿を見ると、理解が深まる。
「……なるほど」
怜司は、ノートを取り出した。
そして、説明を聞きながら書き留めていく。
トーマスは、少し驚いた。
「……君は、本当に勉強熱心だね」
怜司は、少し照れくさくなった。
「……知らないことばかりなので」
トーマスは、嬉しそうに笑った。
「それが大切なんだよ」
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
怜司は、商会を出て市場へ向かった。
目的は、異世界の商品について調べることだった。
日本の商品を売るだけではなく、異世界でしか手に入らないものにも興味があった。
宝石。
鉱石。
工芸品。
そして、魔力を含む素材。
ただし、日本で使えるかどうかは別問題だ。
怜司は、まず価値を知ることから始めようと考えていた。
市場を歩いていると、一軒の宝飾店が目に留まった。
店先には、色とりどりの宝石が並んでいる。
「……すみません」
店主が顔を上げた。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「宝石について、少し教えてもらえますか?」
店主は、少し驚いた。
「宝石?」
「はい。どういうものが価値が高いのかなって」
店主は、興味深そうに笑った。
「なるほど。勉強したいのかい?」
「はい」
「それなら、まずはこれを見てごらん」
店主は、小さな赤い石を取り出した。
「これは、炎晶石と呼ばれるものだ」
怜司は、興味深そうに覗き込んだ。
「……綺麗ですね」
「魔力を含んでいるから、光の当たり方で輝きが変わるんだ」
怜司は、頷いた。
日本では見たことのない石だった。
だが、だからといって日本で高く売れるとは限らない。
怜司は、慎重に質問を重ねた。
産地。
品質。
価格。
そして、加工方法。
店主は、丁寧に説明してくれた。
怜司は、礼を言って店を離れた。
異世界には、まだ知らないものがたくさんある。
そのことが、素直に面白かった。
◇ ◇ ◇
夕方。
怜司は、冒険者ギルドへ立ち寄った。
「レイジ様!」
受付のミリアが、笑顔で迎えてくれた。
「お久しぶりです!」
「こんにちは、ミリアさん」
「最近は、商会の方へよく行かれているそうですね」
怜司は、少し笑った。
「はい。ちょっと商売の勉強をしていて」
ミリアは、驚いたように目を見開いた。
「まあ! 冒険者だけでなく、商人にもなられるんですか?」
「……まだ、そんな大したことじゃないですよ」
そのとき。
「ガハハハ!」
豪快な笑い声が響いた。
振り返ると、ギルド長のバルド・グランツが立っていた。
「レイジ! 商売まで始めたって聞いたぞ!」
「……バルドさん」
怜司は、少し苦笑した。
バルドは、楽しそうに笑った。
「いいじゃねえか! 冒険者が稼ぐ方法は、魔物を倒すことだけじゃねえ!」
そして、怜司の肩を軽く叩いた。
「ただし、訓練はサボるなよ?」
怜司は、思わず背筋を伸ばした。
「……はい!」
バルドは、満足そうに頷いた。
「よし! なら、明日は久しぶりに身体を動かすか!」
怜司は、少しだけ苦笑した。
「……お手柔らかにお願いします」
「ガハハ! そいつは無理な相談だ!」
ギルド内に、笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
その夜。
日本へ戻った怜司は、机に向かっていた。
異世界での収入は、確実に増えている。
だが、日本での資産形成は、まだ始まったばかりだった。
金貨を日本で売却する方法。
未成年として必要な手続き。
そして、収入の記録。
考えるべきことは多い。
それでも、怜司は焦っていなかった。
「……少しずつ、だな」
怜司は、静かに呟いた。
異世界での商売は、順調に進んでいる。
日本では、学校生活が落ち着き始めている。
そして、九条院澪との交流も続いていた。
以前の自分には、想像もできなかった毎日だった。
怜司は、スマートフォンを手に取った。
そこには、澪からのメッセージが届いていた。
『レイジさん。今度、お時間があるときに、一緒に本屋さんへ行きませんか?』
怜司は、少し驚いた。
そして、自然と笑顔になった。
『もちろんです。ぜひ行きましょう』
送信。
すぐに返信が届いた。
『ありがとうございます! 楽しみにしています』
怜司は、スマートフォンを置いた。
そして、少し照れくさそうに笑った。
「……楽しみだな」




