第51話 令嬢からの招待――九条院家が示した感謝
第51話 令嬢からの招待――九条院家が示した感謝
日曜日の午前十時。
黒瀬怜司のスマートフォンに、一通のメッセージが届いた。
『おはようございます、レイジさん。昨日はよく眠れましたか?』
送り主は、九条院澪だった。
怜司は、思わず笑顔になった。
昨日、交通事故から助けた少女。
黒髪の美しい、上品な雰囲気の女の子だった。
事故のあとに連絡先を交換したものの、こうして翌朝から連絡が来るとは思っていなかった。
『おはようございます。俺は大丈夫です。澪さんは?』
送信すると、すぐに返信が届いた。
『はい。おかげさまで元気です。ただ、昨日のことを思い出すと、少し怖くなります』
怜司は、画面を見つめた。
無理もない。
車が目の前まで迫ってきたのだ。
怪我がなくても、恐怖が簡単に消えるわけではない。
『無理しないでくださいね。怖くなったら、ご家族にも話してください』
しばらくして、返信が届いた。
『ありがとうございます。レイジさんは、本当にお優しいですね』
怜司は、少し照れくさくなった。
「……そんなことないんだけどな」
小さく呟く。
すると、さらにメッセージが届いた。
『それで、一つお願いがあるのですが……』
『何ですか?』
『父が、ぜひ一度レイジさんにお会いして、直接お礼を申し上げたいと申しております』
怜司は、目を見開いた。
「……お父さん?」
昨日、迎えに来た男性とは別の人物だろう。
九条院家の当主。
もし、あの九条院グループと関係があるのなら、かなりの人物かもしれない。
怜司は、少し考えた。
自分一人で決めるより、父に相談した方がいい。
『ありがとうございます。ただ、家族にも相談してからお返事していいですか?』
『もちろんです。急ぎませんので、ご都合のよいときにお返事ください』
怜司は、ほっと息を吐いた。
◇ ◇ ◇
昼食の席。
「……九条院家?」
正臣が、少し驚いたように顔を上げた。
怜司は、昨日の事故について改めて説明した。
横断歩道で少女が車に轢かれそうになったこと。
危険を感じて助けたこと。
そして、その少女の父親からお礼をしたいと言われていること。
正臣は、しばらく黙って聞いていた。
「……まず、怜司」
「うん?」
「怪我がなくて本当によかった」
怜司は頷いた。
「うん」
「ただ、危険な場面に飛び込んだことについては、父親として心配だ」
怜司は、少し申し訳なくなった。
「……ごめん」
正臣は、首を横に振った。
「責めてるわけじゃない。人を助けたいと思った気持ちは立派だ」
そして、真剣な表情で続けた。
「でも、お前自身の命も大切なんだ。それだけは忘れるな」
「……分かった」
美咲も頷いた。
「本当に、無事でよかったわ」
陽菜は、怜司の腕にしがみついた。
「お兄ちゃん、危ないことしないでね!」
怜司は、妹の頭を優しく撫でた。
「うん。気をつけるよ」
正臣は、少し考えてから言った。
「それで、九条院家からの招待だが……」
「……うん」
「正式にお礼をしたいということなら、会うのは構わないと思う」
怜司は、少し安心した。
「本当?」
「ああ。ただし、最初は私も同席しよう」
正臣は、穏やかに微笑んだ。
「お前はまだ十五歳だからな」
怜司は頷いた。
「……ありがとう、父さん」
◇ ◇ ◇
翌日。
怜司は、澪へ返信した。
『父も一緒でよければ、お会いできます』
すぐに返事が届いた。
『もちろんです! 父も喜ぶと思います』
その後、九条院家の担当者から正臣へ正式な連絡が入り、週末に面会することになった。
場所は、九条院グループが所有する迎賓施設。
怜司は、その名前を聞いて少し驚いた。
だが、正臣は落ち着いていた。
「必要以上に緊張することはない。お前は人を助けたんだから、堂々としていればいい」
「……うん」
◇ ◇ ◇
週末。
怜司と正臣は、約束の場所へ向かった。
案内された建物は、落ち着いた外観の立派な施設だった。
広々とした庭。
手入れの行き届いた植栽。
そして、静かな雰囲気のエントランス。
怜司は、思わず息を呑んだ。
「……すごいな」
正臣が、少し笑った。
「確かにな」
受付で名前を告げると、すぐに案内係が現れた。
「黒瀬様。お待ちしておりました」
二人は、応接室へ通された。
そこには、澪が待っていた。
「レイジさん!」
澪は、嬉しそうに立ち上がった。
「こんにちは、澪さん」
「お越しいただき、ありがとうございます」
彼女は、正臣へも丁寧に頭を下げた。
「初めまして。九条院澪と申します」
正臣も頭を下げた。
「黒瀬正臣です。息子がお世話になっています」
「いえ。お世話になったのは、私の方です」
澪は、柔らかく微笑んだ。
その様子を見て、怜司は少し安心した。
彼女は、昨日と変わらず自然に接してくれている。
そして、扉が開いた。
「待たせたね」
落ち着いた声が響く。
姿を現したのは、四十代後半ほどの男性だった。
整ったスーツ。
穏やかな表情。
だが、その立ち姿には、周囲の空気を引き締めるような存在感があった。
澪が立ち上がる。
「お父様」
男性は、怜司と正臣へ視線を向けた。
そして、深く頭を下げた。
「初めまして。九条院宗一郎と申します」
怜司は、思わず背筋を伸ばした。
宗一郎は、静かに続けた。
「このたびは、娘の命を救っていただき、本当にありがとうございました」
その言葉には、父親としての心からの感謝が込められていた。




