第49話 変貌する少年――鏡の中に現れた新しい自分
第49話 変貌する少年――鏡の中に現れた新しい自分
日曜日の朝。
黒瀬怜司は、洗面所の体重計を見下ろしていた。
表示された数字は、八十三・二キロ。
「……また減ってる」
以前の体重は九十六キロを超えていた。
そこから、すでに十三キロ近く減っている。
しかも、極端な食事制限をしているわけではない。
朝昼晩、きちんと食べている。
運動もしているが、普通の人間ならこれほど順調に体型が変わるとは限らないだろう。
怜司は鏡を見た。
以前は丸かった顔が、かなりすっきりしている。
頬の脂肪が減り、目元の印象も変わっていた。
首や肩の線も、以前よりはっきりしている。
ただし、まだ細身とは言えない。
腹部には脂肪が残っているし、身体全体も大きめだ。
それでも、以前の自分とは確かに違った。
「……すごいな、《完全適応》」
怜司は心の中でステータスを開いた。
【黒瀬怜司】
【年齢:十五歳】
【レベル:19】
【肉体最適化進行率:27%】
進行率は、二十七パーセント。
前回よりさらに上がっていた。
怜司は、しばらく表示を見つめた。
――まだ、三割にも届いてないんだ。
その事実に、少し驚いた。
今後どれほど変化するのかは分からない。
だが、急ぐ必要はない。
身体が健康的に変わっていくなら、それで十分だった。
◇ ◇ ◇
「怜司、ちょっといい?」
美咲が洗面所の前から声をかけた。
「うん。どうしたの?」
「今日は服を買いに行かない?」
怜司は首を傾げた。
「服?」
「最近、制服も私服も大きくなってきたでしょう?」
確かに、そのとおりだった。
以前買った服は、どれも少し余裕がありすぎる。
「……そうだね」
「せっかくだから、今の体型に合うものを選びましょう」
美咲は微笑んだ。
「陽菜も行きたいって言ってるし」
怜司は、少し笑った。
「分かった。行こう」
◇ ◇ ◇
昼前。
家族三人は、大型ショッピングモールを訪れていた。
正臣は仕事の用事があり、今日は美咲と陽菜、怜司の三人だった。
「お兄ちゃん! こっち!」
陽菜が元気よく手を振る。
怜司が近づくと、妹は一着のシャツを持ち上げた。
「これ、似合いそう!」
落ち着いた紺色のシャツだった。
以前の怜司なら、できるだけ身体を隠せる大きな服を選んでいただろう。
だが、陽菜が選んだのは、今の体型に合いそうなサイズだった。
「……ちょっと小さくない?」
「大丈夫だよ!」
美咲も頷いた。
「一度着てみたら?」
怜司は、少し迷ったあと試着室へ入った。
数分後。
「……どうかな」
怜司が出てくると、陽菜が目を輝かせた。
「わあ!」
美咲も、驚いたように微笑んだ。
「……あら、いいじゃない」
怜司は、鏡を見た。
肩の位置が合っている。
胴回りにも適度な余裕がある。
以前のように、服の中で身体が泳いでいる感じがしない。
「……確かに、こっちの方がいいかも」
美咲は頷いた。
「姿勢もよくなったし、ずいぶん印象が変わったわね」
陽菜は、嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、かっこいい!」
怜司は、思わず苦笑した。
「陽菜、そればっかりだね」
「だって本当だもん!」
三人は笑い合った。
そのあと、怜司は数着の服を選んだ。
今まで避けていた明るめの色にも、少し挑戦してみた。
自分に似合う服を探す。
そんな当たり前のことが、今の怜司には新鮮だった。
◇ ◇ ◇
買い物を終え、フードコートで昼食を取っていたときだった。
「……あれ?」
怜司は、少し離れた場所に見覚えのある顔を見つけた。
相沢直人だった。
友人らしい男子生徒と一緒に歩いている。
「相沢!」
怜司が声をかけると、相沢が振り返った。
「……おっ、黒瀬!」
相沢は近づいてきた。
そして、怜司の服装を見て目を丸くした。
「……え、お前、誰?」
怜司は思わず笑った。
「いや、黒瀬だよ!」
「分かってるけどさ!」
相沢は、驚いたように怜司を見た。
「私服だと、また雰囲気違うな!」
その隣にいた男子生徒が尋ねた。
「直人の友達?」
「ああ。同じクラスの黒瀬」
相沢が紹介すると、男子生徒は気さくに挨拶してくれた。
「よろしく」
「こちらこそ」
怜司は、自然に笑顔を返した。
以前なら、初対面の相手と話すだけで緊張していただろう。
だが、今はそれほど怖くない。
相沢は、少し笑った。
「そういや、来週の映画、忘れてないよな?」
「うん。楽しみにしてる」
「よし。じゃあ、また連絡するわ!」
相沢たちが去ったあと、陽菜が怜司を見上げた。
「お兄ちゃん、友達増えたね!」
怜司は、少し照れくさくなった。
「……そうだね」
美咲は、そんな息子を優しい表情で見つめていた。
◇ ◇ ◇
夕方。
帰宅した怜司は、購入した服をクローゼットへしまっていた。
そこには、以前から着ていた大きなサイズの服が並んでいる。
怜司は、そのうちの一着を手に取った。
昔、よく着ていたパーカーだった。
身体を隠すために選んだ、暗い色の大きな服。
それを見ると、少しだけ胸が痛んだ。
学校で笑われたこと。
廊下で肩をぶつけられたこと。
自分の体型をからかわれたこと。
そんな記憶が、頭をよぎった。
だが、怜司はすぐに首を横に振った。
――……もう、いいんだ。
過去が消えるわけではない。
けれど、そこに縛られ続ける必要もない。
怜司は、パーカーを丁寧に畳んだ。
そして、クローゼットの奥へしまった。
「……今まで、ありがとう」
小さく呟く。
それは、昔の自分を否定する言葉ではなかった。
辛い日々を耐えてきた自分への、感謝だった。
◇ ◇ ◇
その夜。
怜司は、スマートフォンで日本の貴金属取引について調べていた。
異世界での資産は、少しずつ増えている。
だが、日本で使うには、まだ解決すべきことが多い。
そんな中、一つの情報が目に留まった。
宝石や貴金属を扱う企業の紹介記事だった。
そこには、国内外で事業を展開する大手企業グループの名前が記されていた。
――九条院グループ。
怜司は、画面を眺めた。
「……すごい会社だな」
金融、不動産、流通、宝飾品。
さまざまな分野に事業を展開しているらしい。
もちろん、怜司に直接関係があるわけではない。
ただ、資産について調べているうちに目に留まっただけだった。
「……こういう会社って、どうやって大きくなったんだろう」
怜司は興味を覚え、少しだけ記事を読み進めた。
その企業グループの名前が、まもなく自分の人生と深く関わることになるとは、まだ想像もしていなかった。




