第39話 暴かれた依頼主――鷹宮翔真に迫る捜査
第39話 暴かれた依頼主――鷹宮翔真に迫る捜査
翌朝。
鷹宮翔真は、ほとんど眠れないまま学校へ向かっていた。
スマートフォンを確認する。
真壁からの連絡は、まだない。
昨夜から何度も電話をかけた。
だが、一度もつながらなかった。
「……くそっ」
翔真は、小さく舌打ちした。
頭の中では、同じ言葉が繰り返されている。
――五人とも勝てなかった。
そんなはずがない。
黒瀬怜司は、ただのいじめられっ子だった。
少し反抗するようになったからといって、年上の男五人を相手にできるはずがない。
何かの間違いだ。
翔真は、そう自分に言い聞かせた。
だが。
『お前が頼んだこと、バレるかも』
その一文だけは、頭から離れなかった。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
警察署の取調室では、真壁亮介が事情を聞かれていた。
「……だから、ちょっと脅かすつもりだったんすよ」
真壁は、椅子に座ったまま答えた。
向かいに座る警察官は、落ち着いた声で尋ねた。
「誰の依頼で?」
「……別に、誰の依頼でも」
「黒瀬怜司君の名前を知っていたんだよね?」
真壁は黙った。
警察官は続けた。
「しかも、学校からの帰宅途中を狙っている。偶然会ったという説明では無理があるよ」
「……」
「それに、仲間の一人は、金をもらっていたと話している」
真壁の表情が変わった。
「……あいつ」
警察官は、机の上に資料を置いた。
「依頼した相手の名前を教えてくれるかな」
真壁は、しばらく黙っていた。
だが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……鷹宮翔真」
警察官が、名前を確認する。
「高校生?」
「……ああ」
「どういう約束だった?」
真壁は、苦々しい表情で答えた。
「黒瀬ってやつを、二度と逆らえねえようにしてくれって」
警察官は、さらに質問を重ねた。
「金銭のやり取りは?」
「……あった」
「連絡は何で?」
「スマホ」
警察官は、静かに頷いた。
その時点で、事件は大きく動き始めていた。
◇ ◇ ◇
昼休み。
怜司は、相沢直人と一緒に教室で弁当を食べていた。
「黒瀬、昨日大丈夫だったのか?」
相沢が心配そうに尋ねる。
怜司は頷いた。
「うん。怪我はないよ」
「よかった……」
相沢は、ほっと息を吐いた。
昨夜の件は、すでに学校へ連絡されていた。
登下校中の生徒が襲われたのだから、学校としても無関係ではいられない。
相沢は、声を落とした。
「……鷹宮が関係してるって噂、本当なのか?」
怜司は、少し考えた。
「……まだ分からない」
そして、続けた。
「警察が調べてるから、俺たちが決めつけることじゃないと思う」
相沢は、静かに頷いた。
「……そうだな」
そのとき。
「黒瀬君」
声をかけてきたのは、篠原紗季だった。
怜司が顔を上げる。
「……篠原さん」
紗季は、少し緊張した表情で言った。
「昨日のこと、聞いたの」
「うん」
「……怪我がなくて、よかった」
怜司は、微笑んだ。
「ありがとう」
紗季は、少しだけ安心したように息を吐いた。
そして、静かに言った。
「……前だったら、私、きっと何も言えなかったと思う」
怜司は、黙って聞いていた。
「でも、今は……ちゃんと心配してるって伝えたかった」
その言葉に、怜司は頷いた。
「……ありがとう。嬉しいよ」
紗季は、小さく微笑んだ。
そして、自分の席へ戻っていった。
相沢が、少し笑った。
「……変わったな、うちのクラス」
怜司も、静かに頷いた。
「……うん」
少しずつ。
本当に少しずつだが。
教室は、以前とは違う場所になり始めていた。
◇ ◇ ◇
午後二時過ぎ。
鷹宮翔真は、担任の田所浩一に呼び出された。
「……鷹宮。少し来なさい」
翔真は、眉をひそめた。
「……何すか」
「話がある」
田所の表情は、いつになく厳しかった。
翔真は、嫌な予感を覚えた。
案内されたのは、職員室ではなかった。
校長室だった。
扉の前で、田所が足を止める。
「……入れ」
翔真は、ゆっくりと扉を開いた。
そこには、校長の榊原義隆。
教頭。
そして、二人の警察官がいた。
翔真の顔から、血の気が引いた。
「……は?」
校長が、静かに口を開いた。
「鷹宮君。昨日の黒瀬君への襲撃事件について、確認したいことがあるそうです」
翔真は、思わず後退した。
「……俺、知らねえし」
警察官が、落ち着いた声で言った。
「まだ何も質問していないよ」
翔真は、言葉を詰まらせた。
「……っ」
「君に話を聞きたい。保護者にも連絡してある」
翔真は、拳を握った。
心臓が激しく脈打っている。
――……何で。
どうして、こんなことになった。
自分は、ただ黒瀬を少し懲らしめたかっただけなのに。
そう考えた瞬間。
翔真の頭に、父の顔が浮かんだ。
『二度と黒瀬に関わるな』
あの言葉を、完全に無視した。
しかも、警察沙汰になるような方法で。
翔真は、初めて自分の行動の重さを実感し始めていた。
◇ ◇ ◇
夕方。
鷹宮開発の本社。
社長室で、鷹宮隆臣は電話を受けていた。
「……何だと?」
その声が低くなる。
秘書が、思わず顔を上げた。
隆臣は、電話の向こうの説明を黙って聞いていた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
「……翔真が?」
数秒の沈黙。
「……分かった。すぐに向かう」
電話を切る。
隆臣は、しばらく動かなかった。
机の上には、取引先との契約書。
新規開発事業の計画書。
そして、今後の経営方針をまとめた資料が並んでいた。
だが、そのどれもが、今は頭に入らなかった。
「……あの馬鹿が」
隆臣は、低く呟いた。
黒瀬家との問題は、ようやく沈静化しかけていた。
学校が正式に対応し、翔真にも厳しく言い聞かせた。
それで終わるはずだった。
ところが、今度は年上の男たちを雇って襲わせたという。
しかも、警察が捜査している。
隆臣は、額に手を当てた。
「……何を考えているんだ」
怒り。
失望。
そして、強い焦り。
さまざまな感情が入り混じっていた。
だが、隆臣はすぐに顔を上げた。
「……秘書」
「はい」
「顧問弁護士へ連絡を」
「承知しました」
「それから、今日の予定はすべて変更する」
秘書が頭を下げる。
隆臣は、上着を手に取った。
息子が何をしたのか。
まずは、それを確認しなければならない。
そして、もし事実なら。
今度こそ、簡単には済まされない。
◇ ◇ ◇
その夜。
黒瀬家。
正臣は、警察からの連絡を受けていた。
「……そうですか」
電話の向こうから、捜査の進捗が伝えられる。
正臣は、静かに頷いた。
「……分かりました。引き続き、よろしくお願いします」
電話を切る。
リビングでは、怜司と美咲が待っていた。
「……父さん?」
怜司が尋ねる。
正臣は、ゆっくりと息を吐いた。
「……鷹宮翔真が、今回の件に関係している可能性が高いそうだ」
美咲が、口元を押さえた。
「……そんな」
怜司は、黙っていた。
驚きはあった。
だが、まったく予想していなかったわけではない。
翔真の敵意は、以前から感じていた。
それでも。
ここまでやるとは思わなかった。
正臣は、息子を見た。
「怜司」
「……うん」
「お前は、何も心配しなくていい」
そして、力強く続けた。
「今度こそ、大人がきちんと対応する」
怜司は、父の顔を見つめた。
以前、自分は誰にも助けてもらえないと思っていた。
だが、今は違う。
父がいる。
母がいる。
陽菜がいる。
そして、自分の話を信じてくれる人たちがいる。
「……ありがとう、父さん」
怜司は、静かに言った。
正臣は、頷いた。
「……ああ」
その夜。
黒瀬家では、久しぶりに家族全員がゆっくりと食卓を囲んだ。
まだ問題は終わっていない。
だが、怜司はもう、一人ではなかった。




