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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第36話 黒幕の終焉――少年が断ち切った陰謀

 ルミエール北門。


 夜明け前の街道を、一台の馬車が疾走していた。


「もっと急げ!」


 御者台から怒鳴り声が響く。


 馬車の中には、グレイヴ商会の会頭ヴィクトル・グレイヴが座っていた。


 その膝には、革張りの書類鞄。


 中には多額の金貨と、商会の裏取引を記録した帳簿が収められている。


「くそっ……なぜ、こうなった!」


 ヴィクトルは歯ぎしりした。


 昨夜、北門の連絡所へ送った使者は戻ってこなかった。


 さらに今朝、衛兵隊が商会本店へ踏み込み、倉庫や事務所の帳簿を押収した。


 街道封鎖。


 物資の横流し。


 商人への脅迫。


 証拠は次々と見つかり、彼の築いた商会は崩壊寸前だった。


 だからこそ、逃げるしかなかった。


「北の連中と合流できれば……!」


 ヴィクトルは、懐に隠した黒い翼の紋章を握りしめた。


 そのときだった。


 ――ヒヒィィンッ!


 馬が突然いななき、馬車が急停止した。


「何をしている!」


 ヴィクトルが窓から顔を出す。


 そして、言葉を失った。


 街道の先。


 十数人の衛兵が道を塞いでいた。


 その中央に立つのは、騎士隊長ガルド。


「ヴィクトル・グレイヴ!」


 ガルドの声が響く。


「誘拐、恐喝、街道妨害の容疑で身柄を拘束する。馬車から降りろ!」


「……馬鹿な!」


 ヴィクトルの顔が歪んだ。


 その隣で、護衛の男が剣を抜く。


 森の小屋から逃走し、倉庫でトーマスを脅していた黒い革鎧の男だった。


「会頭! ここは俺が!」


 男が御者台から飛び降りる。


 しかし。


「そこまでだ!」


 横手の林から、カイルたち《蒼風の牙》が姿を現した。


 そして、その後ろには――。


「……レイジ!」


 カイルの声に、黒瀬怜司が頷いた。


「はい!」


     ◇ ◇ ◇


 事の始まりは、一時間ほど前だった。


 冒険者ギルドへ届いた緊急連絡。


 グレイヴ商会の会頭が、証拠を持って北門から逃走したという報告だった。


 さらに、捕らえられた使者の証言から、北方の犯罪組織との接触が判明。


 ヴィクトルは、そこへ逃げ込もうとしていた。


 バルドは、すぐにカイルたちへ支援を依頼した。


「相手は武装している可能性がある。衛兵と連携して、逃走を阻止しろ」


 そして、怜司へ言った。


「レイジ。お前も同行しろ」


「……はい!」


「ただし、人間相手だ。力加減を間違えるなよ」


「分かっています」


 バルドは、満足そうに頷いた。


「よし。行ってこい!」


     ◇ ◇ ◇


 そして現在。


 北方街道では、衛兵隊とグレイヴ商会の護衛たちが対峙していた。


「邪魔するな!」


 黒い革鎧の男が、剣を振りかざす。


 カイルが迎え撃った。


 ――ガキィンッ!


 剣と剣が激突する。


「お前には聞きたいことが山ほどある!」


「うるせえ!」


 男は強引に剣を押し込んだ。


 だが、カイルは慌てない。


 相手の力を受け流し、体勢を崩す。


 そこへ、リーナの矢が飛んだ。


 ――ヒュンッ!


 矢が男の足元へ突き刺さる。


「ちっ!」


 男が後退した。


 その隙に、セドリックが杖を掲げる。


「《大地の拘束》!」


 地面から土の帯が伸び、男の足首へ絡みついた。


「なっ!?」


 男が体勢を崩す。


 カイルは素早く踏み込み、剣を弾き飛ばした。


 ――ガランッ!


「終わりだ」


 黒い革鎧の男は、悔しそうに歯を食いしばった。


 だが、そのとき。


「……おい!」


 怜司が叫んだ。


 全員が振り返る。


 ヴィクトルの馬車が、突然動き出していた。


 御者が鞭を振るい、街道脇の斜面へ馬を向けたのだ。


「逃がすか!」


 ガルドが叫ぶ。


 しかし、馬車はすでに加速していた。


 狭い道。


 追いかけようとした衛兵たちの前に、積み荷の木箱が落とされる。


 ――ガラガラガラッ!


「くそっ!」


 衛兵たちが足を止めた。


 怜司は、馬車を見つめた。


 ――……このままだと逃げられる!


 だが、すぐに飛び出すことはしなかった。


「カイルさん!」


「何だ!」


「俺なら、追いつけます!」


 カイルは一瞬だけ考えた。


 そして叫んだ。


「馬を傷つけるな! 御者も殺すな! できるか!」


「はい!」


「なら行け!」


 その瞬間。


 怜司は地面を蹴った。


 ――ドンッ!


 土が弾ける。


 次の瞬間、少年の身体は馬車を追い越していた。


     ◇ ◇ ◇


「なっ……!?」


 御者が目を見開いた。


 馬車の前方。


 街道脇に、一人の少年が立っていた。


「止まってください!」


「どけぇぇっ!」


 御者が鞭を振り上げる。


 怜司は馬の進路から外れ、並走するように駆け出した。


 馬を止めるために正面から立ちはだかれば、馬自身が怪我をするかもしれない。


 だから、別の方法を選んだ。


 御者台へ跳び上がり、鞭を握る男の手首を押さえる。


「なっ、何だお前!」


「手綱を引いてください!」


「ふざけるな!」


 男が肘を振り回す。


 怜司はそれを避け、男の腕を背中側へ回した。


「痛っ! 分かった! 分かったから!」


 御者が手綱を引く。


 馬車が徐々に速度を落とした。


 ――ガタガタッ!


 やがて、完全に停止する。


 怜司は、ほっと息を吐いた。


 だが。


 背後から、金属音が聞こえた。


 馬車の扉が開く。


 ヴィクトルが、小さな短剣を握って降りてきた。


「……貴様か」


 その顔には、憎悪が浮かんでいた。


「貴様さえいなければ……!」


 怜司は、ゆっくりと振り返った。


「……グレイヴさん」


「黙れ!」


 ヴィクトルが短剣を振り上げる。


 だが、怜司は動じなかった。


 刃の軌道を見極め、半歩だけ身体をずらす。


 そして、相手の手首を掴んだ。


「……っ!?」


 ヴィクトルの動きが止まる。


 怜司は、短剣を持つ手を慎重にひねった。


 ――カランッ。


 短剣が地面へ落ちた。


「……もう、終わりにしましょう」


 怜司は、静かに言った。


 ヴィクトルは、荒い息を吐いていた。


「……何が分かる」


「……え?」


「商会を大きくするために、どれだけ苦労したと思っている!」


 ヴィクトルは、怒鳴った。


「小さな商会が勝手な値段で仕事を請け負い、物流を混乱させる! 誰かが統一しなければ、この街は発展しない!」


 怜司は、黙って聞いていた。


 ヴィクトルは続けた。


「私がやろうとしたことは、間違っていない!」


 その言葉に、怜司はゆっくりと首を横に振った。


「……でも」


 そして、真っ直ぐに相手を見た。


「そのために、誰かを苦しめていい理由にはならないと思います」


 ヴィクトルの表情が歪む。


「……子供が、知ったような口を!」


「俺は、商売のことは詳しくありません」


 怜司は、正直に答えた。


「でも、食べ物が届かなくて困っていた子供たちを知っています」


 そして、続けた。


「家族のところへ帰れなくなった人も、知っています」


 ヴィクトルは、言葉を失った。


「……その人たちを犠牲にしてまで、やらなきゃいけないことだったんですか?」


 怜司の問いに、ヴィクトルは答えなかった。


 ただ、悔しそうに唇を噛んでいた。


 やがて、後方から馬の蹄の音が近づいてきた。


 ガルド率いる衛兵隊だった。


「ヴィクトル・グレイヴ!」


 ガルドが馬から降りる。


「身柄を拘束する!」


 ヴィクトルは、抵抗しなかった。


 衛兵たちが近づき、彼の両手を拘束する。


 その瞬間。


 ルミエールの物流を支配しようとした男の計画は、終わりを迎えた。


     ◇ ◇ ◇


 同日の午後。


 ルミナス伯爵邸。


 アルベルトは、ガルドから事件の報告を受けていた。


「グレイヴ商会の会頭を拘束。逃走時に所持していた帳簿も押収しました」


「ご苦労だった」


 アルベルトは頷いた。


「帳簿の内容は?」


「街道封鎖を行った者たちへの支払い記録が残っていました。さらに、奪った物資の転売先も記されています」


 アルベルトの表情が厳しくなる。


「……これで、言い逃れは難しいね」


「はい」


 ガルドは続けた。


「ベルン会頭が保管していた契約書とも、内容が一致しています」


 アルベルトは、静かに息を吐いた。


 ようやく、事件の全容が見えてきた。


 グレイヴ商会は、東方街道の輸送を独占するために、武装した男たちを雇っていた。


 魔音石で魔物の鳴き声を再現し、商人たちを脅す。


 荷馬車を引き返させ、一部の物資を奪う。


 困窮した商会へ安価な契約を持ちかけ、輸送権を奪い取る。


 その一連の計画が、押収された帳簿によって裏付けられた。


 ただし、森に現れたブラッドホーンウルフについては、まだ調査が必要だった。


 あの魔物が偶然現れたのか。


 それとも、何者かが意図的に誘い込んだのか。


 その点だけは、依然として不明だった。


「商会の従業員たちは?」


 アルベルトが尋ねる。


「事件に関与していない者については、通常業務を続けられるよう商業組合と調整しています」


「それでいい」


 アルベルトは頷いた。


「罪を犯した者は裁かれるべきだ。だが、何も知らずに働いていた者まで生活を失う必要はない」


 そして、静かに続けた。


「奪われた物資は持ち主へ返還し、街道の安全確認を急ぎなさい」


「承知しました!」


     ◇ ◇ ◇


 翌日。


 ルミエール東地区。


 孤児院《星の家》では、久しぶりに賑やかな昼食の時間を迎えていた。


「いただきまーす!」


 子供たちの元気な声が響く。


 テーブルには、焼きたてのパンと温かな野菜スープ。


 以前よりも具が多い。


 それを見た小さな女の子が、嬉しそうに笑った。


「今日は、おかわりしてもいいの?」


 院長マーサは、目を細めた。


「もちろんよ。でも、みんなの分を残してね」


「はーい!」


 その様子を、エリシアが穏やかな表情で見つめていた。


 隣には、怜司もいた。


 事件がひとまず解決したと聞き、エリシアが彼を誘ったのだ。


「……レイジ様」


「はい?」


「本当に、ありがとうございました」


 エリシアは、深く頭を下げた。


 怜司は、慌てて首を横に振った。


「そんな、俺だけの力じゃありません」


 エリシアは、顔を上げた。


「それでも、レイジ様が危険な場所へ行ってくださったことは変わりません」


 そして、優しく微笑んだ。


「子供たちが、こうして笑っていられるのも、皆様のおかげです」


 怜司は、少し照れくさそうに笑った。


「……そう言ってもらえると、嬉しいです」


 そのとき。


「レイジお兄ちゃん!」


 小さな男の子が、駆け寄ってきた。


「……ん?」


「これ、あげる!」


 差し出されたのは、小さな木彫りの飾りだった。


 不格好な形。


 だが、一生懸命削ったことが分かる。


「……これ、俺に?」


「うん!」


 男の子は、元気よく頷いた。


「マーサ先生が、助けてくれた人にはありがとうって言いなさいって!」


 怜司は、目を見開いた。


 そして、ゆっくりと飾りを受け取った。


「……ありがとう」


 男の子は、嬉しそうに笑った。


「えへへ!」


 その笑顔を見た瞬間。


 怜司の胸に、温かなものが広がった。


 異世界へ来たばかりの頃。


 自分は、ただ強くなりたかった。


 誰にも傷つけられないように。


 家族を守れるように。


 だが、今は少し違う。


 自分の力で、誰かを笑顔にできる。


 そのことが、何より嬉しかった。


     ◇ ◇ ◇


 その日の夕方。


 冒険者ギルド。


「ガハハハハ!」


 バルドの豪快な笑い声が響いた。


「よくやったな、お前ら!」


 目の前には、カイルたち《蒼風の牙》と怜司が並んでいた。


「今回の依頼は、正式に完了だ!」


 バルドは、机の上に報酬袋を置いた。


 街道調査。


 盗賊の捕縛。


 魔物の討伐。


 そして、商人の救出。


 その功績を踏まえ、伯爵家から追加報酬が支払われることになったのだ。


「……レイジ」


 バルドが呼ぶ。


「……はい」


「お前は、まだFランクだ」


 怜司は頷いた。


「……はい」


「だが、今回の働きは見事だった」


 バルドは、にやりと笑った。


「特に、人質を無事に救出したこと。それから、逃走した会頭を怪我させずに捕まえたことだ」


 怜司は、少し照れくさそうに笑った。


「……ありがとうございます」


「ただし!」


 バルドの声が大きくなる。


「調子に乗るなよ!」


「……はい!」


 怜司は、思わず背筋を伸ばした。


 その様子に、カイルたちが笑った。


 リーナが、怜司の肩を軽く叩く。


「まあ、今回くらいは胸を張っていいんじゃない?」


 セドリックも微笑んだ。


「ええ。立派な働きでした」


 カイルは、怜司へ手を差し出した。


「また一緒に依頼を受けようぜ、レイジ」


 怜司は、その手を握った。


「……はい!」


 初めての合同依頼。


 不安もあった。


 失敗もあった。


 だが、仲間と協力して、一つの事件を解決することができた。


 その経験は、怜司にとって大きな財産になった。


     ◇ ◇ ◇


 夜。


 ルミエールの街を離れる前に、怜司は小さな木彫りの飾りを取り出した。


 星の家の男の子からもらったものだ。


 手のひらに収まるほどの大きさ。


 決して高価なものではない。


 だが、怜司にとっては特別だった。


「……大事にしよう」


 そう呟き、ポケットへしまう。


 そして、人通りのない場所で《界渡り》を発動した。


 次の瞬間。


 怜司は、日本へ戻っていた。


 見慣れた街並み。


 遠くを走る車の音。


 そして、夕暮れの空。


 怜司は、静かに息を吐いた。


 異世界での事件は、ひとまず決着した。


 だが、日本でも、自分の生活は続いている。


 学校。


 友人。


 家族。


 そして、まだ完全には解決していない、いじめの問題。


 怜司は、ゆっくりと歩き始めた。


 以前の自分なら、学校へ行くことを考えるだけで憂鬱になっていた。


 だが、今は違う。


 もう、ただ怯えているだけの自分ではない。


 それでも。


 彼はまだ知らなかった。


 自分が異世界で事件を解決している間に、日本では別の問題が動き始めていたことを。


     ◇ ◇ ◇


 同じ頃。


 日本のとある繁華街。


 薄暗いゲームセンターの裏手で、鷹宮翔真がスマートフォンを握っていた。


「……ああ、金なら払う」


 その声には、苛立ちが滲んでいた。


 電話の向こうから、男の笑い声が聞こえる。


『高校生相手に、そんなに腹立ててんのかよ』


「……うるせえ」


 翔真は、歯を食いしばった。


「俺に恥をかかせたんだ。あいつだけは許さねえ」


『で、何人必要なんだ?』


 翔真は、少しだけ考えた。


 そして、低い声で答えた。


「……五人だ」


 電話の向こうで、男が笑った。


『五人もいりゃ、十分だろ』


 翔真は、唇を歪めた。


「……徹底的にやれ」


 そして、続けた。


「二度と俺に逆らう気が起きねえようにな」


 通話が切れる。


 翔真は、スマートフォンをポケットへしまった。


 その顔には、暗い笑みが浮かんでいた。


 ――黒瀬怜司。


 学校で自分の立場を失わせた相手。


 父親からも厳しく叱責され、友人たちまで離れていった。


 そのすべてを、翔真は怜司のせいだと思い込んでいた。


「……覚悟しとけよ、黒瀬」


 小さく呟く。


 だが、翔真は知らない。


 かつて自分が見下していた少年が、すでに以前とは比べものにならない力を手にしていることを。


 そして。


 その力以上に、誰かを守るための覚悟を身につけ始めていることを。


 異世界での戦いを終えた少年。


 その次の試練は、彼が生まれ育った日本で待ち受けていた。



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