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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第35話 商人が隠した切り札――暴かれるグレイヴ商会の陰謀

 ルミエールの夜が明けた。


 東の空から差し込む朝日が、石造りの街並みを淡く照らしている。


 普段なら、商人たちが荷馬車を準備し、冒険者たちが依頼を求めてギルドへ集まり始める時間だった。


 しかし、その日のルミエールには、いつもとは違う緊張が漂っていた。


 昨夜、郊外の倉庫で発生した人質事件。


 ベルン商会の会頭、トーマス・ベルンは無事救出された。


 だが、事件を指揮していたと思われる男は逃走。


 さらに、街道封鎖の背後に大商会が関わっている疑いまで浮上していた。


 そして今。


 冒険者ギルドの会議室では、事件の核心に迫る話し合いが始まろうとしていた。


     ◇ ◇ ◇


「まずは、改めて礼を言わせてほしい」


 トーマス・ベルンが、深々と頭を下げた。


 向かいに座るのは、ギルド長バルド・グランツ。


 その隣には《蒼風の牙》のカイル、リーナ、セドリック。


 そして、黒瀬怜司の姿もあった。


「君たちが来てくれなければ、私は今頃どうなっていたか分からない」


 トーマスの顔には、まだ疲労が残っていた。


 手首には縄で擦れた赤い痕がある。


 それでも、昨夜より表情は落ち着いていた。


「気にするな。俺たちは依頼を受けて動いただけだ」


 カイルが答える。


 トーマスは首を横に振った。


「それでも、命を救ってもらったことに変わりはない」


 そして、怜司へ視線を向けた。


「特に、レイジ君」


「……はい」


「君は、あの危険な魔法道具を持った男へ真っ先に近づいてくれたそうだね」


 怜司は少し困ったように笑った。


「セドリックさんが道具の魔力を乱してくれたからです。俺だけだったら、どうすればいいか分かりませんでした」


「それでも、ありがとう」


 トーマスは穏やかに微笑んだ。


「妻と娘に、もう一度会えた」


 その言葉に、怜司の胸が温かくなった。


 昨日の救出作戦が、確かに一つの家族を守ったのだ。


 バルドが、静かに口を開いた。


「さて、礼はそこまでにしよう。ベルン会頭、例の証拠について聞かせてもらえるか?」


 トーマスの表情が引き締まった。


「……はい」


 そして、懐から一通の封書を取り出した。


「実は、私が持っている証拠は、これだけではありません」


 バルドが眉を上げる。


「ほう?」


「原本は、ある人物に預けてあります」


「誰だ?」


 トーマスは、少しだけ躊躇した。


 そして、答えた。


「……ルミナス伯爵家の会計官です」


 怜司は思わず顔を上げた。


「……伯爵家?」


「はい」


 トーマスは頷いた。


「私の商会は、以前からルミナス家へ物資を納入しています。その関係で、会計官の方とは長い付き合いがありまして」


 バルドは腕を組んだ。


「なるほどな。だから、連中も証拠を見つけられなかったわけか」


「ええ。もし私に何かあれば、伯爵家へ提出するよう頼んでありました」


 カイルが頷いた。


「用心深いですね」


 トーマスは苦笑した。


「商人として、危険を感じていましたから」


 そして、封書を机の上に置いた。


「これは、私が確認した取引の概要です」


 バルドが封を開く。


 中には、複数の契約書の写しと、細かな数字が記された書類が入っていた。


     ◇ ◇ ◇


「……これは」


 書類に目を通したバルドの表情が変わった。


 カイルも、横から覗き込む。


「何が書いてあるんです?」


 トーマスは、一枚の契約書を指さした。


「これは、グレイヴ商会が小規模商会へ提示していた契約です」


 そこには、東方街道の輸送業務をグレイヴ商会へ譲渡する内容が記されていた。


 怜司も覗き込む。


 難しい商業用語が並んでいる。


 正直、すべてを理解することはできなかった。


「……これの、どこが問題なんですか?」


 怜司が尋ねると、トーマスは丁寧に説明を始めた。


「例えば、君が荷馬車を十台持っている商人だとしよう」


「はい」


「普段は、その荷馬車で商品を運び、運送料を受け取って生活している」


 怜司は頷いた。


「ところが、突然街道に魔物が出るという噂が広まったら?」


「……荷物を運べなくなります」


「そのとおり。収入がなくなる一方で、馬の餌代や従業員の給金は必要になる」


 トーマスは続けた。


「そこへ、大きな商会が現れてこう言うんだ」


 彼は契約書を指で叩いた。


「『困っているなら、輸送の権利を安く譲ってください』と」


 怜司の表情が変わった。


「……あ」


「分かったかい?」


「……最初から、困らせるつもりだったんですか?」


 トーマスは重々しく頷いた。


「そう考えると、説明がつくことが多すぎるんだ」


 リーナが腕を組んだ。


「魔物の噂を流して荷馬車を止める。困った商人に安い契約を結ばせる。最後には、街道の仕事を全部自分たちのものにする」


「ええ」


 トーマスは頷いた。


「そして、街道の輸送を独占できれば、今度は運送料を自由に引き上げられる」


 セドリックが、静かに付け加えた。


「結果として、食料や生活用品の価格も上がりますね」


「そのとおりです」


 怜司は、胸の奥に怒りが込み上げるのを感じた。


 星の家へ届かなかった食料。


 仕事を失いかけた商人たち。


 不安に怯えた家族。


 それらすべてが、誰かの利益のために引き起こされたのだとしたら。


「……ひどい」


 思わず、言葉が漏れた。


 トーマスは、静かに頷いた。


「商売で競争すること自体は悪くない。だが、他人の生活を壊して利益を得るのは、商売とは呼べない」


 バルドが書類を置いた。


「問題は、こいつを誰が命じたかだな」


 その言葉に、全員が黙った。


 グレイヴ商会が利益を得ようとしていたことは分かる。


 だが、街道を妨害するよう直接命じた証拠は、まだ足りない。


 トーマスは、静かに口を開いた。


「……それについても、心当たりがあります」


     ◇ ◇ ◇


 ルミナス伯爵邸。


 アルベルト・ルミナスは、会計官から提出された書類を確認していた。


 そこには、グレイヴ商会が複数の小規模商会へ提示していた契約書の写しがあった。


 さらに。


 契約を拒否した商会と、街道で妨害を受けた商会の一覧。


 日付を照らし合わせると、明らかな偏りが見えてくる。


「……なるほど」


 アルベルトは、静かに呟いた。


 その向かいには、騎士隊長ガルドが立っていた。


「伯爵様。いかがいたしましょう」


 アルベルトは、しばらく書類を見つめていた。


 そして、顔を上げた。


「衛兵隊長を呼びなさい。それから、商業組合の代表にも連絡を」


「承知しました」


 ガルドが頭を下げる。


 だが、アルベルトは続けた。


「ただし、グレイヴ商会への強制捜査は、まだ行わない」


 ガルドが、わずかに眉を動かした。


「……理由をお聞きしても?」


「今ある資料だけでは、商会全体が犯罪に関与したと断定できない」


 アルベルトは書類を閉じた。


「無関係な従業員まで巻き込むわけにはいかないからね」


 ガルドは、静かに頷いた。


「……ごもっともです」


「それに、逃走した男がいる」


 アルベルトの表情が厳しくなった。


「彼が証拠を消す前に、動きを把握する必要がある」


 ガルドは、背筋を伸ばした。


「直ちに手配いたします」


 そのとき。


 執務室の扉がノックされた。


「お父様、エリシアです」


「入りなさい」


 扉が開き、エリシアが姿を現した。


 彼女は父の表情を見て、すぐに何かを察した。


「……事件について、進展があったのですね」


 アルベルトは頷いた。


「ああ。かなり重要な証拠が見つかった」


 エリシアは、ほっとしたように息を吐いた。


「……よかった」


 だが、すぐに表情を引き締める。


「お父様。星の家だけでなく、他にも困っている人たちがいるのでしょうか」


 アルベルトは娘を見つめた。


「……いるだろうね」


「でしたら、私はその方々の状況を調べたいです」


 アルベルトは、少し驚いた。


「……エリシア?」


「食料が届かなくなったのは、星の家だけではないはずです」


 エリシアは、真剣な表情で続けた。


「商人の方々も、荷運びを仕事にしている方々も、生活に困っているかもしれません」


 その言葉に、アルベルトはしばらく黙っていた。


 そして、穏やかに微笑んだ。


「……そうだね」


 娘は、単に誰かを助けたいと願っているだけではない。


 自分に何ができるのかを、考え始めている。


 アルベルトは、それを嬉しく思った。


「では、商業組合と協力して、困窮している世帯を調べてみなさい」


 エリシアの顔が明るくなった。


「……はい!」


「ただし、必ずガルドの護衛をつけること」


 エリシアは、少しだけ苦笑した。


「……分かっています、お父様」


 ガルドは、当然という顔で頷いていた。


     ◇ ◇ ◇


 同じ頃。


 冒険者ギルドでは、バルドが新たな報告を受けていた。


「……何?」


 その声が低くなる。


 報告に来た衛兵は、緊張した表情で続けた。


「昨夜の倉庫から押収した魔法道具について、鑑定結果が出ました」


 セドリックが顔を上げる。


「……あの魔力放出型の道具ですね」


「はい」


 衛兵は頷いた。


「内部に刻まれた製造番号から、販売元が判明しました」


 バルドが身を乗り出す。


「どこだ?」


 衛兵は答えた。


「……グレイヴ商会です」


 部屋の空気が変わった。


 怜司も、思わず息を呑んだ。


 またしても、同じ名前。


 バルドは、しばらく黙っていた。


 そして、低い声で尋ねた。


「購入者は?」


「それが……」


 衛兵は、少し言いにくそうに続けた。


「販売記録では、グレイヴ商会の内部使用品として処理されています」


 カイルが、眉をひそめた。


「……つまり、外部へ売った記録がない?」


「はい」


 リーナが、小さく息を吐いた。


「……かなり怪しくなってきたわね」


 セドリックは、慎重に言った。


「ただし、盗まれた可能性もあります。これだけでは断定できません」


 バルドは頷いた。


「分かってる」


 そして、机を指で叩いた。


「だが、調べる理由としては十分だ」


     ◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 怜司は、カイルたちとともにギルドの訓練場へ出ていた。


 事件の調査は、衛兵隊と伯爵家が中心になって進めている。


 その間、怜司たちは待機を命じられていた。


 だが、ただ待っているだけではなかった。


「……レイジ!」


 カイルが木剣を構えた。


「昨日の動き、もう一度やってみろ!」


「……はい!」


 怜司も、木剣を握った。


 そして、カイルへ向かって踏み込む。


 ――タンッ!


 足音が響く。


 怜司の身体能力なら、カイルとの距離を一瞬で詰めることもできる。


 だが、今はそれをしない。


 相手の動きを見て、剣の軌道を読む。


 そして、必要な分だけ身体を動かす。


 ――カンッ!


 木剣がぶつかった。


「……悪くない!」


 カイルが笑う。


「だが、まだ力が入りすぎだ!」


「……はい!」


 怜司は、もう一度構え直した。


 その様子を、リーナが腕を組んで見ていた。


「……本当に、変わったわね」


 隣にいたセドリックが頷いた。


「ええ」


「最初は、力任せに突っ込む子だと思ってたけど」


 リーナは、少し笑った。


「最近は、ちゃんと考えて動くようになってきた」


 セドリックも、穏やかに微笑んだ。


「まだまだ経験は必要ですけどね」


 その言葉に、リーナは頷いた。


「……そうね」


 怜司は、二人の会話には気づいていなかった。


 ただ、目の前の訓練に集中していた。


 強くなること。


 それは、単に敵を倒せるようになることではない。


 誰かを守るために、正しい判断ができるようになること。


 カイルたちと行動する中で、怜司は少しずつその意味を理解し始めていた。


     ◇ ◇ ◇


 夕方。


 ルミエール商業地区。


 グレイヴ商会の本店では、慌ただしい動きが続いていた。


 帳簿を運ぶ従業員。


 倉庫から荷物を移動させる荷運び人。


 そして、奥の執務室で指示を出す一人の男。


 グレイヴ商会の会頭。


 ヴィクトル・グレイヴ。


 四十六歳。


 灰色の髪を後ろへ撫でつけた、細身の男だった。


 その顔には、商人らしい穏やかな笑みが浮かんでいる。


 だが、目だけは笑っていなかった。


「……ベルンが生きて戻ったか」


 ヴィクトルは、静かに呟いた。


 机の向かいには、昨夜倉庫から逃走した男が立っていた。


「……申し訳ありません」


 ヴィクトルは、首を横に振った。


「謝罪はもう聞いた」


 そして、机の上の書類を閉じた。


「問題は、彼が何を知っているかだ」


 男は、顔を伏せた。


「……取引記録の写しを持っているようです」


 ヴィクトルは、少しだけ目を細めた。


「……なるほど」


 そして、静かに笑った。


「用心深い男だ」


 だが、その笑みはすぐに消えた。


「……もう、隠し通すのは難しいかもしれんな」


 部下が顔を上げた。


「……では、どうなさいますか?」


 ヴィクトルは、窓の外を見つめた。


 商業地区には、多くの人々が行き交っている。


 荷馬車。


 商人。


 買い物をする市民。


 そのすべてが、彼にとっては商売の対象だった。


「……私は、間違ったことをしているとは思っていない」


 ヴィクトルは、静かに言った。


 部下は黙っていた。


「小さな商会が乱立し、輸送費が安定しない。魔物が現れれば、荷物も届かない」


 ヴィクトルは、ゆっくりと振り返った。


「だからこそ、強い商会が物流を統一する必要がある」


 その声には、確かな信念があった。


 だが。


「……そのために、多少の犠牲が出るのは仕方がない」


 その言葉には、冷たさがあった。


 部下は、何も言わなかった。


 ヴィクトルは、机の引き出しを開けた。


 そこから、一通の封書を取り出す。


「……これを、北門の連絡所へ届けろ」


 部下が受け取る。


「……これは?」


「最後の保険だ」


 ヴィクトルは、静かに微笑んだ。


「万が一、私が失脚するようなことがあれば、これを使う」


 部下は、封書を見つめた。


 その表面には、奇妙な紋章が刻まれていた。


 商会の紋章ではない。


 黒い翼を広げた鳥のような印。


 部下は、わずかに息を呑んだ。


「……まさか、あの方々に?」


 ヴィクトルは、答えなかった。


 ただ、静かに言った。


「……余計なことは考えるな」


     ◇ ◇ ◇


 その夜。


 ルミナス伯爵邸。


 アルベルトの執務室に、一人の衛兵が駆け込んできた。


「伯爵様!」


 アルベルトが顔を上げる。


「どうした?」


「グレイヴ商会の倉庫から、大量の書類が運び出されているとの報告です!」


 アルベルトの表情が変わった。


「……何?」


「さらに、商会の関係者が北門へ向かったとの情報もあります!」


 アルベルトは、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、静かに言った。


「……証拠を消すつもりか」


 ガルドが、すぐに一歩前へ出た。


「伯爵様。ご命令を」


 アルベルトは、迷わなかった。


「衛兵隊へ伝えなさい」


 そして、厳しい声で続けた。


「正式な手続きに従い、証拠の保全を急ぐように」


「承知しました!」


 ガルドが、深く頭を下げた。


 アルベルトは、窓の外を見つめた。


 ルミエールの街には、夜の灯りが広がっている。


 その中で、誰かが証拠を消そうとしている。


 そして、別の誰かが、それを守ろうとしている。


 事件は、ついに決着へ向かって動き始めていた。


     ◇ ◇ ◇


 同じ頃。


 冒険者ギルド。


 怜司は、バルドから新たな報告を受けていた。


「……レイジ」


「……はい」


「どうやら、明日は忙しくなりそうだぞ」


 怜司は、顔を上げた。


「……何かあったんですか?」


 バルドは、静かに頷いた。


「グレイヴ商会が、動き始めた」


 そして、机の上に一枚の地図を広げた。


 そこには、ルミエールの北門と、街道沿いの連絡所が記されていた。


「……北門?」


 怜司が呟く。


 バルドは、頷いた。


「怪しい使者が、そっちへ向かったらしい」


 カイルが、横から口を開いた。


「……追跡ですか?」


「いや」


 バルドは、首を横に振った。


「衛兵隊が動いている。俺たちは、必要になったときの支援だ」


 怜司は、静かに頷いた。


 事件の全容は、まだ分からない。


 だが、確実に何かが動いている。


 そして。


 その先に、今回の事件の本当の黒幕がいるのかもしれない。


 怜司は、地図を見つめながら拳を握った。


 ――……今度こそ、終わらせたい。


 子供たちが安心して食事を取れるように。


 商人たちが、恐れず街道を使えるように。


 そして、トーマスのような人が、二度と家族から引き離されないように。


 怜司は、静かに決意した。


 だが、その頃。


 北門へ向かった使者は、すでに街の外へ出ていた。


 そして、暗い街道の先で、一人の男と接触していた。


「……グレイヴ会頭からです」


 使者が封書を差し出す。


 男は、それを受け取った。


 黒い翼の紋章を見て、わずかに笑う。


「……なるほど」


 そして、静かに呟いた。


「ようやく、こちらの出番か」


 夜風が、街道を吹き抜けた。


 ルミエールの街で起きた事件は、思いもよらぬ方向へ広がろうとしていた。



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