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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第23話 伯爵令嬢の責任――孤児院に迫る危機

 冒険者ギルドの訓練室を出た黒瀬怜司は、廊下の壁に軽く背中を預けた。


「……疲れた」


 思わず、そんな言葉が漏れる。


 今日、怜司は初めて魔力の扱い方を学んだ。


 自分の身体の中に流れる、不思議な力。


 それを感じ取ることには成功したものの、ほんの少し外へ出そうとしただけで、予想以上の魔力が溢れかけた。


 バルドから言われた言葉が、今も耳に残っている。


『強い力ほど、扱いを間違えれば危険だ』


 怜司は、自分の右手を見つめた。


 今は何の変哲もない手だ。


 だが、この手の中には、まだ自分でも理解できないほどの力が眠っている。


「……ちゃんと覚えないとな」


 そのためにも、焦らず経験を積んでいこう。


 そう考えながら受付へ向かったときだった。


「……レイジ様!」


 ミリアが、いつもより少し慌ただしい様子で声をかけてきた。


「……どうしたんですか?」


「実は、レイジ様をお探しの方がいらっしゃいまして」


 怜司は首を傾げた。


「……俺を?」


「はい。ルミナス伯爵家の方です」


 その名前を聞いた瞬間、怜司は思わず顔を上げた。


「……エリシア?」


「いえ、お嬢様ご本人ではありません。伯爵家の騎士の方です」


 ミリアが視線を向けた先。


 そこには、見覚えのある大柄な男が立っていた。


「……ガルドさん!」


 怜司が声をかけると、騎士団長ガルドは振り返った。


「おお、レイジ殿」


 厳つい顔に、わずかな笑みが浮かぶ。


「ちょうどよかった。少し話がある」


 その表情を見て、怜司は気づいた。


 いつものガルドとは、少し様子が違う。


 何か、困ったことが起きているのだろうか。


     ◇ ◇ ◇


 ギルドの応接室。


 向かい合って座ったガルドは、単刀直入に切り出した。


「実は、エリシア様が少々無理をなさっていてな」


 怜司は、思わず身を乗り出した。


「……何かあったんですか?」


「怪我や病気ではない。そこは安心してくれ」


 ガルドは、先にそう断った。


 怜司は胸を撫で下ろした。


 だが、ガルドの表情は晴れない。


「エリシア様は以前から、街の東地区にある孤児院を支援しておられる」


「……孤児院?」


「ああ。戦争や魔物の被害で親を失った子供たちが暮らす施設だ」


 ガルドは腕を組んだ。


「ところが最近、その孤児院で問題が起きている」


 怜司は黙って続きを待った。


「食料や日用品の納入が、予定どおりに行われなくなったのだ」


「……え?」


「商人たちは、街道の魔物が増えたためだと言っている」


 怜司は眉をひそめた。


 魔物が増えれば、輸送が難しくなる。


 それ自体は理解できる。


「……だったら、護衛を増やせば」


「それが簡単ではない」


 ガルドは首を横に振った。


「護衛を雇うにも金がかかる。最近は街道警備の依頼が増え、冒険者の報酬も上がっている」


 そして、少しだけ声を落とした。


「伯爵家が支援金を増やすことはできる。だが、問題はそれだけではないのだ」


 怜司は、ガルドを見つめた。


「……どういうことですか?」


「物資が足りない理由を、誰も正確に把握できていない」


 ガルドは、静かに続けた。


「本当に魔物のせいなのか。それとも、別の問題があるのか」


 怜司は考え込んだ。


 原因が分からなければ、対策も立てられない。


 金を出せば解決するとは限らないのだ。


「……エリシアは、それを調べてるんですか?」


「そうだ」


 ガルドは頷いた。


「自分で商人たちの話を聞き、孤児院へ足を運び、必要な物資を確認している」


 そこまで言うと、深いため息をついた。


「だが、あの方は何でも一人で背負おうとなさる」


 怜司は、エリシアの笑顔を思い出した。


 誰にでも優しく、相手の気持ちを大切にする少女。


 だからこそ、困っている人を放っておけないのだろう。


「……今、エリシアは?」


「孤児院にいらっしゃる」


 ガルドは答えた。


「私はギルドに護衛依頼の相談へ来たのだが……レイジ殿の姿を見かけたと聞いてな」


 少しだけ表情を和らげる。


「もし時間があるなら、あの方の話を聞いてやってくれないか」


 怜司は、少し驚いた。


「……俺が?」


「ああ」


 ガルドは頷いた。


「エリシア様は、レイジ殿の前では肩の力を抜いておられる」


 怜司は、思わず顔を赤くした。


 だが、ガルドはからかうことなく続けた。


「私たち騎士には、どうしても気を遣われるのでな」


 怜司は、少し考えた。


 日本へ戻る時間も気になる。


 けれど、エリシアが困っているのなら、話くらいは聞きたい。


「……分かりました」


 怜司は頷いた。


「俺にできることがあるか分からないけど、行ってみます」


 ガルドは、安堵したように笑った。


「感謝する」


     ◇ ◇ ◇


 ルミエール東地区。


 街の中心部から離れるにつれ、建物の雰囲気が少しずつ変わっていった。


 大きな商館や華やかな店舗は減り、古い石造りの家々が並ぶ。


 路地では、子供たちが木の棒を剣に見立てて遊んでいた。


 洗濯物を干す女性。


 荷物を運ぶ老人。


 道端で靴を修理する職人。


 決して裕福な地区ではない。


 だが、人々の生活が確かに息づいていた。


「……こっちにも、こんな場所があるんだ」


 怜司が呟くと、ガルドは頷いた。


「ルミエールは商業都市だ。富が集まる一方で、苦しい暮らしをしている者も少なくない」


 怜司は、通りの様子を見つめた。


 異世界だからといって、すべてが夢のような場所ではない。


 暮らしている人がいる。


 困っている人がいる。


 日本と同じだ。


 やがて、二人は古い建物の前に到着した。


 小さな庭。


 木製の門。


 壁には補修した跡がいくつも残っている。


 門の上には、手書きの看板が掲げられていた。


『星の家』


「ここが孤児院だ」


 ガルドが言った。


 そのとき。


「おねえちゃーん!」


 庭の奥から、元気な声が響いた。


 怜司が顔を向ける。


 そこには、小さな男の子に囲まれた金髪の少女がいた。


 エリシアだった。


     ◇ ◇ ◇


「だからね、次は僕が騎士様になるんだ!」


「まあ。それは頼もしいですね」


 エリシアは、男の子の話を聞きながら優しく微笑んでいた。


 その腕には、小さな女の子がしがみついている。


 少女は、エリシアの袖を引っ張った。


「エリシアお姉ちゃん、今日も絵本読んでくれる?」


「もちろんです。でも、その前に皆さんでお片づけをしましょうね」


「はーい!」


 子供たちが元気よく返事をする。


 その光景を見て、怜司は思わず微笑んだ。


 伯爵令嬢としての華やかな姿とは、少し違う。


 だが、こちらのエリシアも、とても自然だった。


 そのとき。


「……あら?」


 エリシアが顔を上げた。


 そして、怜司の姿を見つける。


「……レイジ様?」


 青い瞳が、大きく見開かれた。


「どうして、こちらに?」


 怜司は、少し照れながら笑った。


「……ガルドさんに聞いたんだ」


 エリシアは、ガルドへ視線を向けた。


 ガルドは、少しだけ咳払いをした。


「お嬢様。レイジ殿がギルドにいらっしゃったので、お声がけしました」


「……そうでしたか」


 エリシアは、少し驚いたように瞬きをした。


 だが、すぐに笑顔になる。


「来てくださって、ありがとうございます」


 そのとき。


 エリシアの腕にしがみついていた女の子が、怜司をじっと見つめた。


「……お姉ちゃん」


「どうしました?」


「あの人、だあれ?」


 エリシアは、少しだけ頬を赤くした。


「私の、大切なお友達です」


 怜司の胸が、小さく跳ねた。


 だが、女の子はそんなことを気にせず、さらに尋ねた。


「強いの?」


 怜司は、思わず苦笑した。


「……どうだろう」


 すると、エリシアが微笑んだ。


「とてもお強い方ですよ」


 女の子の目が輝いた。


「じゃあ、騎士様?」


「……いや、冒険者だよ」


 怜司が答えると、周囲の子供たちが一斉に集まってきた。


「冒険者!?」


「魔物倒せる!?」


「剣持ってる!?」


「ドラゴン見たことある!?」


「……ちょ、ちょっと待って!」


 次々と飛んでくる質問に、怜司は慌てた。


 エリシアが、思わず笑い声を上げる。


 ガルドまで、口元を緩めていた。


 怜司は、子供たちに囲まれながら苦笑した。


 だが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


     ◇ ◇ ◇


 しばらくして。


 子供たちが室内へ戻ると、怜司はエリシアと一緒に庭のベンチへ腰を下ろした。


 ガルドは、少し離れた場所で周囲を警戒している。


「……元気な子たちだね」


 怜司が言うと、エリシアは微笑んだ。


「はい。みんな、とてもいい子たちです」


 だが、その笑顔はすぐに少し曇った。


 怜司は、その変化に気づいた。


「……ガルドさんから、少し聞いたよ」


 エリシアが顔を上げる。


「……物資のこと、でしょうか」


「うん」


 怜司は頷いた。


「困ってるんだって?」


 エリシアは、静かに息を吐いた。


「……はい」


 そして、庭の向こうにある建物を見つめた。


「今のところ、食事を減らすような事態にはなっていません」


 怜司は、少し安心した。


 だが、エリシアは続けた。


「けれど、この状態が続けば……」


 そこで言葉を止める。


 怜司は、黙って待った。


「子供たちに、我慢をさせることになるかもしれません」


 その声には、悔しさが滲んでいた。


「……伯爵家のお金で、何とかできないの?」


 怜司が尋ねると、エリシアは頷いた。


「もちろん、必要な費用はお父様にお願いできます」


 そして、少しだけ眉を下げた。


「ですが、食料を届ける商人が来られないのであれば、お金だけでは解決しません」


 怜司は、ゆっくりと頷いた。


 ガルドから聞いた話と同じだ。


「……それで、何が起きてるのか調べてるんだね」


「はい」


 エリシアは、真剣な表情になった。


「ですが、商人の方々のお話が少しずつ違っていて……」


「……違う?」


「ある方は、街道で魔物を見たとおっしゃいます」


 エリシアは、指を折りながら説明した。


「別の方は、荷馬車が通れないほど道が荒れていると」


 そして、少しだけ声を落とした。


「さらに別の方は、護衛を雇う費用が高すぎるとおっしゃるんです」


 怜司は、考え込んだ。


 どれもあり得る話だ。


 だが、原因が一つとは限らない。


「……それぞれ、本当のことを言ってる可能性もあるよね」


 エリシアが、少し驚いたように顔を上げた。


「……え?」


「魔物が出るから護衛が必要になる。護衛が増えれば費用も上がる」


 怜司は、ゆっくりと続けた。


「それに、道が悪ければ馬車も遅れるし」


 エリシアは、黙って耳を傾けていた。


「……全部、つながってるのかもしれない」


 その言葉に、エリシアは目を見開いた。


 そして、少し考え込む。


「……なるほど」


 小さく呟いた。


「私は、どのお話が正しいのかばかり考えていました」


 怜司は、慌てて首を横に振った。


「……いや、俺も思いついただけだから」


 だが、エリシアは嬉しそうに微笑んだ。


「いいえ。とても参考になります」


 その笑顔を見て、怜司は少し照れた。


 ただ、自分の考えを話しただけだ。


 けれど、それが誰かの役に立つ。


 そのことが、嬉しかった。


     ◇ ◇ ◇


 そのとき。


 建物の扉が開いた。


「エリシア様!」


 一人の女性が、慌てた様子で出てきた。


 四十代ほどだろうか。


 質素な服を着た、優しそうな女性だった。


「どうされました、院長先生?」


 エリシアが立ち上がる。


 女性は、少し困った表情で答えた。


「……先ほど、商人の方から連絡がありまして」


 怜司も立ち上がった。


「……何かあったんですか?」


 女性は、怜司の存在に気づいて少し驚いた。


 だが、エリシアが簡単に紹介すると、深く頭を下げた。


「初めまして。私はこの孤児院の院長、マーサと申します」


「……レイジです」


 怜司も頭を下げた。


 マーサは、すぐにエリシアへ向き直った。


「実は、明日届く予定だった小麦粉と保存食が、さらに遅れるそうです」


 エリシアの表情が変わった。


「……理由は?」


「それが……」


 マーサは、少し言いにくそうに続けた。


「街道の途中で、荷馬車が引き返したと」


 エリシアは、唇を噛んだ。


「……また、ですか」


 怜司は、その様子を見つめた。


 どうやら、今回が初めてではないらしい。


 マーサは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「せっかくお力添えいただいているのに……」


 エリシアは、すぐに首を横に振った。


「謝らないでください」


 そして、優しく微笑んだ。


「皆さんが悪いわけではありませんから」


 だが、その表情には焦りが見えた。


 怜司は、少し考えた。


 自分には、魔物と戦う力がある。


 だが、だからといって勝手に街道へ向かえばいいわけではない。


 何が起きているのかも分かっていない。


 それに、正式な依頼でもない。


 怜司は、ゆっくりと口を開いた。


「……エリシア」


「……はい?」


「ギルドに、街道の調査を頼むことはできないかな」


 エリシアが、少し驚いたように顔を上げた。


「……調査、ですか?」


「うん」


 怜司は頷いた。


「いきなり魔物を討伐するんじゃなくて、まず何が起きてるのか調べてもらうんだ」


 そして、少しだけ考えて続けた。


「危険な場所なら、経験のある冒険者に確認してもらった方がいいと思う」


 エリシアは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……そうですね」


 ゆっくりと頷いた。


「まず、原因を知ることが大切ですものね」


 怜司は、少しだけ笑った。


「……うん」


 エリシアは、真剣な表情で続けた。


「お父様と相談して、正式に依頼を出していただけないかお願いしてみます」


 怜司は頷いた。


「それがいいと思う」


 そのとき、ガルドが近づいてきた。


「お嬢様。その件なら、私からも伯爵様へご報告しましょう」


 エリシアは、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、ガルド」


 そして、怜司へ向き直った。


「レイジ様も、本当にありがとうございます」


 怜司は、少し照れながら首を横に振った。


「……まだ、何もしてないよ」


 エリシアは、静かに微笑んだ。


「いいえ」


 そして、少しだけ声を柔らかくした。


「一緒に考えてくださったことが、嬉しかったんです」


 怜司は、その言葉に胸が温かくなった。


     ◇ ◇ ◇


 孤児院を出る頃には、空が茜色に染まっていた。


 エリシアは、門の前で怜司を見送っていた。


「今日は、来てくださってありがとうございました」


 怜司は、少し笑った。


「……俺も、来てよかった」


 エリシアは、少しだけ首を傾げた。


「……本当ですか?」


「うん」


 怜司は、孤児院の建物を振り返った。


「この街のこと、まだ全然知らなかったんだなって思った」


 そして、静かに続けた。


「綺麗な場所だけじゃなくて、困ってる人もいるんだね」


 エリシアは、ゆっくりと頷いた。


「……はい」


 その表情には、伯爵令嬢としての責任感が滲んでいた。


「私は、この街が大好きです」


 怜司は、エリシアを見つめた。


「だからこそ、困っている方々の力になりたいんです」


 エリシアは、少しだけ微笑んだ。


「まだ、私にできることは多くありませんけれど」


 怜司は、首を横に振った。


「……そんなことないと思う」


 エリシアが顔を上げた。


「……え?」


「今日、子供たちがすごく嬉しそうだったから」


 怜司は、静かに続けた。


「エリシアが来てくれるだけでも、あの子たちは嬉しいんじゃないかな」


 エリシアは、目を見開いた。


 そして、少しだけ俯いた。


「……ありがとうございます」


 その声は、ほんの少し震えていた。


 怜司は、慌てて声をかけた。


「……エリシア?」


 彼女は、ゆっくりと顔を上げた。


 その瞳には、薄く涙が浮かんでいた。


 だが、表情は穏やかだった。


「……少し、安心しました」


 怜司は、何も言わずに頷いた。


 エリシアは、深く息を吸った。


「私、最近ずっと考えていたんです」


 そして、静かに続けた。


「もっと何かできるはずなのに、何も変えられていないんじゃないかって」


 怜司は、その言葉を聞いて胸が痛んだ。


 エリシアも、自分と同じなのかもしれない。


 力が足りない。


 もっと何かできるはずだ。


 そう思って、焦ってしまう。


 怜司は、少し考えてから口を開いた。


「……俺も、そういうことあるよ」


 エリシアが顔を上げる。


「……レイジ様も?」


「うん」


 怜司は頷いた。


「できないことが多すぎて、嫌になることもある」


 そして、少しだけ笑った。


「でも、バルドさんに言われたんだ」


 エリシアは、静かに耳を傾けた。


「一つずつ、確実に身につけろって」


 怜司は続けた。


「だから、エリシアも全部一人で何とかしなくていいと思う」


 その言葉に、エリシアはしばらく黙っていた。


 そして。


「……そうですね」


 ゆっくりと微笑んだ。


「私、少し焦っていたのかもしれません」


 怜司は頷いた。


「……俺も、よく焦るから」


 エリシアは、小さく笑った。


「ふふっ」


 その笑顔を見て、怜司も自然と笑った。


     ◇ ◇ ◇


 別れ際。


 エリシアは、少しだけ真剣な表情になった。


「……レイジ様」


「……ん?」


「もし、街道の調査依頼が出されたら……」


 そこで、少しだけ言葉を止めた。


 怜司は、静かに待った。


「レイジ様にも、ご相談してよろしいでしょうか?」


 怜司は、少し驚いた。


「……俺に?」


「はい」


 エリシアは頷いた。


「もちろん、危険なことをお願いするつもりはありません」


 そして、少しだけ微笑んだ。


「ただ、レイジ様のお考えを聞かせていただけたら、嬉しいです」


 怜司は、少し考えた。


 自分はまだFランクだ。


 初めての依頼を終えたばかり。


 魔法も、ようやく基礎を学び始めたところだ。


 できることは、まだ限られている。


 だが。


 それでも、誰かの力になれるなら。


「……うん」


 怜司は頷いた。


「俺にできることなら、協力するよ」


 エリシアの表情が、ぱっと明るくなった。


「……ありがとうございます!」


 その笑顔を見て、怜司も自然と微笑んだ。


 そして、心の中で決めた。


 もっと、この世界を知ろう。


 ただ強くなるだけではなく。


 困っている人が、何に苦しんでいるのか。


 自分に何ができるのか。


 ちゃんと考えられる人間になろう。


     ◇ ◇ ◇


 その夜。


 ルミナス伯爵家の執務室。


 アルベルト・ルミナスは、娘からの報告を静かに聞いていた。


 机の上には、孤児院への納入記録が並んでいる。


「……なるほど」


 アルベルトは、ゆっくりと頷いた。


「街道の状況を、正式に調査するべきだということだな」


「はい、お父様」


 エリシアは、しっかりと頷いた。


「今のままでは、同じことが繰り返されてしまうと思うんです」


 アルベルトは、娘を見つめた。


 その表情には、少しだけ驚きがあった。


「……誰かの助言か?」


 エリシアは、少しだけ頬を赤くした。


「……レイジ様と、お話ししていて」


 アルベルトの眉が、わずかに上がった。


「……レイジ殿か」


「はい」


 エリシアは、微笑んだ。


「一緒に考えてくださったんです」


 アルベルトは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに笑った。


「……そうか」


 娘の表情を見れば、分かる。


 あの少年の存在が、エリシアにとって大きくなり始めている。


 だが、アルベルトはそれをからかわなかった。


 今は、娘が自分の意思で問題に向き合っていることを喜ぶべきだ。


「分かった」


 アルベルトは、机の上の書類を手に取った。


「明日、冒険者ギルドへ正式な調査依頼を出そう」


 エリシアの顔が明るくなった。


「……ありがとうございます、お父様!」


 アルベルトは、穏やかに微笑んだ。


「礼を言うのは、まだ早い」


 そして、少しだけ真剣な表情になった。


「原因が分かってからが、本当の仕事だ」


 エリシアは、しっかりと頷いた。


「……はい!」


     ◇ ◇ ◇


 一方。


 ルミエールから少し離れた街道。


 夜の闇が、森を包み込んでいた。


 街道脇には、一台の荷馬車が止まっている。


 その周囲に、数人の男たちが集まっていた。


「……今日も、引き返したそうだな」


 低い声が響く。


「ああ」


 別の男が答えた。


「商人たちは、すっかり怯えている」


 男たちは、暗闇の中で小さく笑った。


「……なら、しばらくは大丈夫だろう」


 その言葉に、別の男が首を傾げた。


「だが、冒険者ギルドが動いたら?」


 最初の男は、少しだけ黙った。


 そして、静かに答えた。


「……そのときは、考えるさ」


 夜風が、木々を揺らした。


 街道の奥には、暗い森が広がっている。


 そこに、本当に魔物が増えているのか。


 それとも。


 何か別の理由があるのか。


 まだ、誰も知らなかった。


     ◇ ◇ ◇


 同じ頃。


 日本へ戻った怜司は、自室の机に向かっていた。


 ノートを開く。


 今日の出来事を、ゆっくりと書き込んでいく。


『魔力制御の基礎を学んだ』


『エリシアと孤児院へ行った』


『街道で物資の輸送が滞っているらしい』


 怜司は、ペンを止めた。


 そして、少しだけ考えた。


 自分には、力がある。


 だが、力だけですべてを解決できるわけではない。


 今日の出来事で、それを改めて感じた。


 もし、街道に魔物がいるのなら。


 その魔物を倒せば、解決するかもしれない。


 だが、原因が別にあるのなら。


 必要なのは、戦うことではない。


 調べること。


 考えること。


 そして、誰かと協力することだ。


「……難しいな」


 怜司は、小さく呟いた。


 だが、その表情は暗くなかった。


 むしろ、少しだけ楽しそうだった。


 知らないことがある。


 だから、学べる。


 できないことがある。


 だから、成長できる。


 怜司は、ゆっくりと拳を握った。


「……もっと、強くなろう」


 ただし。


 今度は、その言葉に少しだけ違う意味が込められていた。


 力だけではなく。


 知識も。


 判断力も。


 そして、人と協力する力も。


 すべてを身につけていきたい。


 怜司は、ノートの最後に一行を書き加えた。


『強さは、誰かを助ける方法を増やすためのもの』


 そして、静かにペンを置いた。


 異世界での新たな問題。


 伯爵令嬢としてのエリシアの責任。


 そして、街道に隠された謎。


 それらが、少しずつ怜司の冒険へつながり始めていた。



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