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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第21話 初めての依頼――Fランク冒険者の実力

 翌日の土曜日。


 午前九時十二分。


 黒瀬怜司は、自室の机に向かっていた。


 目の前には、一冊のノートが開かれている。


 そこには、これまでの異世界での出来事が細かく記録されていた。


 初めて倒したスライム。


 森で遭遇した角狼。


 盗賊から救い出したエリシア。


 そして、冒険者ギルドでの登録と、元Aランク冒険者バルドとの模擬戦。


 怜司は、最後のページに書かれた言葉を見つめた。


『力があることと、力を使いこなせることは違う』


 バルドに教えられたことだった。


 怜司は、ゆっくりと頷いた。


「……本当に、その通りだよな」


 自分には、神級権能がある。


 普通の人間では考えられない身体能力も手に入れた。


 だが、剣術の技術はまだ未熟だ。


 魔法に至っては、一度も使ったことがない。


 そして何より、冒険者としての経験が圧倒的に足りなかった。


「……まずは、できることから始めよう」


 怜司は、ノートを閉じた。


 今日は、異世界で初めて正式な依頼を受けるつもりだった。


 もちろん、危険な依頼を選ぶつもりはない。


 バルドからも、最初は簡単な仕事を経験するように言われている。


 怜司は、机の引き出しから冒険者登録証を取り出した。


 灰色の金属札。


 そこには、レイジ・クロセという名前が刻まれている。


 Fランク。


 まだ、冒険者としては最下位の階級だ。


 だが、怜司はその札を誇らしく思っていた。


 誰かに与えられた特別扱いではない。


 自分で一歩を踏み出して、手に入れたものだからだ。


 そのとき。


 ――コンコン。


「お兄ちゃーん!」


 扉の向こうから、陽菜の声が聞こえた。


「……何?」


「お母さんが、朝ご飯できたって!」


「……分かった。今行く」


 怜司は、登録証を引き出しへ戻した。


 そして、立ち上がった。


 今日も、二つの世界での一日が始まろうとしていた。


     ◇ ◇ ◇


 朝食の席では、陽菜が楽しそうに話していた。


「それでね、昨日の数学の授業で先生に褒められたんだ!」


「へえ、すごいじゃないか」


 正臣が笑う。


「でしょ!」


 陽菜は、得意げに胸を張った。


 美咲も微笑んだ。


「この前のテストも頑張っていたものね」


「うん!」


 怜司は、その様子を見ながら自然と笑った。


 家族が笑っている。


 それだけで、心が落ち着く。


 昨日まで続いていた学校での問題は、まだ完全には解決していない。


 学校側の調査も始まったばかりだ。


 だが、少なくとも今は、家族で穏やかな時間を過ごせている。


 そのことが、怜司には何より嬉しかった。


「……怜司」


 正臣が声をかけた。


「……ん?」


「今日は、何か予定があるのか?」


 怜司は、少しだけ考えた。


「……午前中、ちょっと出かけようと思ってる」


「そうか」


 正臣は頷いた。


「遠くへ行くのか?」


「……いや、そんなに」


 怜司は、慎重に答えた。


 嘘を重ねたいわけではない。


 だが、異世界のことをどう説明すればいいのか、まだ分からなかった。


 正臣は、それ以上深く追及しなかった。


「分かった。何かあれば連絡しろよ」


「……うん」


 怜司は頷いた。


 そのとき、陽菜が身を乗り出した。


「お兄ちゃん、どこ行くの?」


「……ちょっと、用事」


「えー、何それ!」


 陽菜は不満そうに頬を膨らませた。


 怜司は、思わず笑った。


「……今度、何か買ってくるから」


 陽菜の表情が、一瞬で変わった。


「ほんと!?」


「……うん」


「やった!」


 美咲が苦笑した。


「陽菜、現金なんだから」


 家族の笑い声が、食卓に広がった。


 怜司は、その光景を胸に刻むように見つめていた。


     ◇ ◇ ◇


 午前十時三分。


 怜司は、自室の扉を閉めた。


 今日は、両親も陽菜も家にいる。


 そのため、長時間部屋から出てこなければ不審に思われる可能性がある。


 怜司は、スマートフォンの時計を確認した。


「……あまり長居はできないな」


 前回の転移では、日本で一時間ほど経過する間に、異世界では数時間を過ごしていた。


 だが、時間の比率が一定なのかは分からない。


 油断は禁物だった。


 怜司は、必要なものを確認した。


 冒険者登録証。


 ルミナス伯爵家の紹介状。


 そして、異世界で受け取った金貨。


 金貨は十枚。


 かなりの大金だ。


 ただし、普段の買い物で金貨をそのまま出せば目立ってしまう。


 そのため、今日は必要に応じてギルドで両替について相談するつもりだった。


「……よし」


 怜司は、深く息を吸った。


 そして、心の中で権能を意識する。


 ――《界渡り》。


 次の瞬間。


 目の前の空間が、静かに揺らいだ。


 淡い光が広がり、円形の門が現れる。


 怜司は、一度だけ部屋を振り返った。


 そして、光の中へ足を踏み入れた。


     ◇ ◇ ◇


 視界が切り替わる。


 頬を撫でる風。


 土と草の匂い。


 遠くから聞こえる鳥の声。


 怜司は、ルミエール近郊の森の中に立っていた。


 以前、転移先として利用した、人目につきにくい場所だ。


 周囲に人の気配がないことを確認し、怜司はゆっくりと歩き始めた。


 木々の隙間から、街の外壁が見える。


「……また来たんだな」


 思わず、笑みが浮かんだ。


 この世界には、まだ知らないことが山ほどある。


 魔法。


 魔物。


 冒険者。


 そして、エリシア。


 怜司は、ふと彼女の笑顔を思い出した。


『また、お会いできますか?』


 夕暮れの広場で交わした約束。


 その言葉が、胸の奥に残っている。


「……また、会えるといいな」


 小さく呟く。


 だが、今日はまず依頼を受けることが目的だ。


 怜司は、気持ちを切り替えた。


 そして、ルミエールの街へ向かった。


     ◇ ◇ ◇


 冒険者ギルド・ルミエール支部。


 扉を開くと、いつもの賑やかな空気が広がっていた。


 鎧を身につけた冒険者。


 大剣を背負った戦士。


 杖を持つ魔法使い。


 そして、依頼掲示板の前で相談する者たち。


 怜司は、少しだけ緊張しながら中へ入った。


 その瞬間。


「……お?」


 近くのテーブルに座っていた冒険者が、こちらを見た。


「……あいつ、前の新人じゃねえか?」


 別の冒険者も顔を上げた。


「……ああ、ギルド長と模擬戦した奴だろ?」


 怜司は、思わず足を止めた。


 以前は、体型を見て笑われた。


 だが、今日は違う。


 驚きや興味の視線が向けられている。


 その変化に、怜司は少し戸惑った。


 ――……覚えられてる。


 当然といえば当然だった。


 ギルド長との模擬戦。


 しかも、最後には一撃を入れている。


 目立たないはずがなかった。


 怜司は、少しだけ顔を赤くしながら受付へ向かった。


「……こんにちは」


 声をかけると、受付嬢のミリアが顔を上げた。


 そして、ぱっと笑顔になった。


「レイジ様!」


 その声は、明るかった。


「お待ちしておりました!」


 怜司は、少し照れたように笑った。


「……こんにちは、ミリアさん」


「こんにちは!」


 ミリアは、嬉しそうに頷いた。


「今日は、どのようなご用件でしょうか?」


 怜司は、冒険者登録証を取り出した。


「……初めての依頼を受けてみたくて」


 ミリアの表情が、ぱっと明るくなった。


「まあ!」


 そして、嬉しそうに微笑んだ。


「いよいよですね!」


 怜司は、少し照れながら頷いた。


「……はい」


 ミリアは、すぐに仕事の顔へ戻った。


「では、Fランク向けの依頼をご案内しますね」


     ◇ ◇ ◇


 ミリアが取り出したのは、数枚の依頼書だった。


「現在、Fランクの方が受けられる依頼はこちらになります」


 怜司は、机の上へ並べられた紙を見つめた。


 一つ目。


『薬草採取――指定薬草十株』


 二つ目。


『街道清掃――南門周辺』


 三つ目。


『荷運び補助――商業区』


 そして、四つ目。


『畑の害獣駆除――小型魔物』


 怜司は、最後の依頼へ目を向けた。


「……これ、魔物を倒す依頼ですか?」


 ミリアは頷いた。


「はい。ただし、小型の魔物に限られます」


 そして、少し真剣な表情になった。


「ですが、レイジ様」


「……はい?」


「最初の依頼でしたら、薬草採取をおすすめします」


 怜司は、少し驚いた。


「……薬草ですか?」


「はい」


 ミリアは、優しく微笑んだ。


「冒険者にとって、戦闘以外の知識も非常に大切ですから」


 怜司は、静かに耳を傾けた。


「薬草の見分け方、採取方法、周囲の安全確認。そうした基本を覚えることは、今後の冒険でも役立ちます」


 その言葉に、怜司はバルドの教えを思い出した。


 力があることと、使いこなせることは違う。


 冒険者に必要なのは、戦う力だけではない。


「……なるほど」


 怜司は頷いた。


「じゃあ、薬草採取をお願いします」


 ミリアは、嬉しそうに笑った。


「承知しました!」


     ◇ ◇ ◇


 依頼書を受け取った怜司は、内容を確認した。


 採取する薬草は、青葉草。


 ルミエール近郊の草原や森の浅い場所に自生する、一般的な薬草らしい。


 指定数は十株。


 報酬は銅貨八十枚。


 ただし、傷んだものや種類の違う草は数に含まれない。


 ミリアは、簡単な図鑑を開いて説明してくれた。


「青葉草は、葉の縁に細かな銀色の筋があります」


 怜司は、図鑑を覗き込んだ。


「……本当だ」


「似た植物もありますので、気をつけてくださいね」


 ミリアは、少しだけ表情を引き締めた。


「特に、灰葉草と間違えないようにしてください」


「……灰葉草?」


「はい。見た目は似ていますが、薬としての用途が異なります」


 怜司は、真剣に頷いた。


 そして、図鑑の絵をじっと見つめた。


 その瞬間。


 視界の端に、淡い文字が浮かび上がった。


【神級権能《万象習得》が発動しました】


【植物識別に関する知識の理解が進行しています】


 怜司は、思わず目を瞬かせた。


 ――……あ。


 頭の中で、先ほど見た植物の特徴が整理されていく。


 葉の形。


 色。


 茎の太さ。


 そして、銀色の筋。


 単に暗記するのではなく、違いが自然と理解できるような感覚だった。


 だが、実物を見たわけではない。


 怜司は、そのことを忘れなかった。


 ――実際に見て、確認しないとな。


 ミリアが首を傾げた。


「……レイジ様?」


「……あ、すみません」


 怜司は慌てて顔を上げた。


「ちょっと、覚えてました」


 ミリアは、嬉しそうに微笑んだ。


「熱心ですね!」


 怜司は、少し照れたように笑った。


     ◇ ◇ ◇


 依頼の説明を終えた怜司は、南門へ向かった。


 街を出る前に、門番へ冒険者登録証を見せる。


 門番は、札を確認して頷いた。


「Fランクか。初仕事か?」


「……はい」


 怜司が答えると、門番は少し笑った。


「無理するなよ」


「……ありがとうございます」


 怜司は頭を下げた。


 そして、街の外へ出た。


 広がる草原。


 遠くに見える森。


 青い空。


 日本では見られないような、雄大な景色だった。


 怜司は、思わず足を止めた。


「……すごいな」


 風が、草を揺らしている。


 鳥の声が、遠くから聞こえてくる。


 怜司は、深く息を吸った。


 そして、依頼書を確認した。


「……青葉草、十株」


 まずは、これを集める。


 怜司は、ゆっくりと歩き始めた。


     ◇ ◇ ◇


 最初の一株を見つけるまで、思ったより時間がかかった。


「……これかな?」


 怜司は、草むらの前でしゃがみ込んだ。


 青みがかった葉。


 細い茎。


 そして、葉の縁に見える銀色の筋。


 図鑑で見た特徴と一致している。


 だが、怜司はすぐに採取しなかった。


 似た植物があると、ミリアが言っていたからだ。


 葉を裏返す。


 茎の付け根を確認する。


 そして、周囲に同じ植物がないかを調べる。


 その瞬間。


【《万象習得》による理解が進行しています】


【植物識別の精度が向上しました】


 怜司は、少しだけ驚いた。


 ――……なるほど。


 実際に観察することで、理解が深まっている。


 図鑑の知識が、目の前の植物と結びついていく。


 怜司は、慎重に根元を確認した。


 そして、必要な部分を傷つけないように採取する。


「……一株目」


 小さく呟いた。


 たった一株。


 だが、怜司には嬉しかった。


 魔物を倒したときとは違う達成感。


 自分の知識と判断で、仕事を進めている。


 それが、妙に新鮮だった。


     ◇ ◇ ◇


 それから、しばらくの時間が経った。


 怜司は、草原を歩きながら青葉草を探していた。


 二株。


 三株。


 四株。


 最初は時間がかかった。


 だが、少しずつ見つける速度が上がっていく。


 葉の形を覚える。


 生えている場所の傾向を掴む。


 そして、周囲の植物との違いを理解する。


 そのたびに、《万象習得》が働いていた。


【植物識別に関する習熟度が上昇しました】


【周辺環境の観察能力が向上しています】


 怜司は、思わず笑った。


「……すごいな」


 ただし、何も考えずに歩いているだけで知識が増えるわけではない。


 実際に見て、考えて、確認する。


 その積み重ねが、理解を加速させている。


 怜司は、ゆっくりと頷いた。


「……やっぱり、経験が大事なんだ」


 バルドの言葉が、改めて胸に響いた。


 力だけでは足りない。


 経験が必要だ。


 そして、判断力が必要だ。


 怜司は、さらに草原を進んだ。


     ◇ ◇ ◇


 八株目を採取した頃。


 怜司は、ふと足を止めた。


「……ん?」


 少し離れた草むらが、揺れた。


 風ではない。


 何かが動いている。


 怜司は、ゆっくりと姿勢を低くした。


 そして、周囲を確認する。


 次の瞬間。


 ――ガサッ!


 草むらから、小さな影が飛び出した。


「……っ!」


 怜司は、反射的に身構えた。


 現れたのは、小型の魔物だった。


 丸みを帯びた身体。


 短い脚。


 そして、額から伸びる小さな角。


 見た目は、猪に似ている。


 だが、その目には明らかな敵意があった。


「……魔物?」


 怜司は、ゆっくりと距離を取った。


 魔物は、低く唸った。


 そして、地面を蹴った。


 ――ドッ!


 小さな身体が、一直線に突っ込んでくる。


 怜司は、横へ一歩動いた。


 それだけで、突進は空を切った。


 魔物は、そのまま数メートル先へ走り抜ける。


 怜司は、少し驚いた。


 ――……速くない。


 いや。


 普通の人間からすれば、十分に危険な速度なのだろう。


 だが、今の怜司には、その動きがはっきり見えていた。


 魔物が振り返る。


 そして、再び突進してきた。


 怜司は、静かに息を吸った。


 ――落ち着け。


 バルドの言葉を思い出す。


 力任せに動くな。


 相手の動きを見ろ。


 必要以上の力を使うな。


 怜司は、突進の軌道を見極めた。


 そして、横へ避ける。


 魔物が通り過ぎる瞬間。


 怜司は、地面へ伸ばした手で身体を支え、軽く方向を変えた。


 その動きは、まだ洗練されていない。


 だが、以前よりも無駄が少なかった。


 ――……いける。


 怜司は、魔物の背後へ回った。


 そして、慎重に距離を詰める。


 魔物が振り返るより早く。


 怜司は、短く拳を振り下ろした。


 ――ドンッ!


 鈍い音が響いた。


 魔物の身体が、地面へ倒れた。


 怜司は、すぐに距離を取った。


 そして、相手の様子を確認する。


 魔物は、動かなかった。


 しばらくして。


 視界に、淡い文字が浮かび上がった。


【小型魔物を討伐しました】


【経験値を獲得しました】


【神級権能《無限成長》により、獲得経験値が百倍になります】


 怜司は、目を見開いた。


「……あ」


 そして、次の瞬間。


【レベルアップしました】


【肉体最適化が進行します】


 身体の奥から、温かな感覚が広がった。


 筋肉。


 骨。


 神経。


 それらが、少しずつ調整されていくような感覚。


 怜司は、思わず自分の手を見つめた。


「……また、上がった」


 スライム。


 角狼。


 そして、今回の小型魔物。


 戦闘を重ねるたびに、自分は確実に成長している。


 だが。


 怜司は、倒れた魔物を見つめた。


 ――……油断はできない。


 今回は、相手が小型だった。


 動きも単純だった。


 だが、すべての魔物がそうとは限らない。


 バルドのように、技術で自分を上回る相手もいる。


 魔法を使う魔物だって、いるかもしれない。


 怜司は、ゆっくりと拳を握った。


「……もっと、学ばないとな」


     ◇ ◇ ◇


 その後。


 怜司は、残りの青葉草を探した。


 九株目。


 十株目。


 そして、最後の一本を丁寧に採取する。


「……よし」


 怜司は、袋の中を確認した。


 指定数は、十株。


 傷んだものもない。


 依頼は、無事に達成できそうだった。


 怜司は、ほっと息を吐いた。


 初めての依頼。


 最初は、簡単な仕事だと思っていた。


 だが、実際にやってみると、学ぶことが多かった。


 植物の知識。


 周囲の警戒。


 そして、予想外の魔物との遭遇。


 どれも、冒険者として必要な経験だった。


 怜司は、空を見上げた。


 青い空が、どこまでも広がっている。


「……楽しいな」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 学校では、いつも周囲の顔色を伺っていた。


 何かをする前に、失敗したら笑われるのではないかと考えていた。


 だが、ここでは違う。


 自分で考え。


 自分で行動し。


 自分の力で、結果を出せる。


 もちろん、危険もある。


 だが、それでも。


 怜司は、この世界での経験が好きになり始めていた。


     ◇ ◇ ◇


 ルミエールの街へ戻った怜司は、まっすぐ冒険者ギルドへ向かった。


 受付には、ミリアがいた。


「あっ、レイジ様!」


 ミリアは、嬉しそうに手を振った。


「おかえりなさい!」


 怜司は、少し照れながら笑った。


「……ただいま戻りました」


「依頼は、いかがでしたか?」


 怜司は、採取した青葉草を取り出した。


「……十株、集めてきました」


 ミリアは、ぱっと顔を明るくした。


「まあ!」


 そして、一株ずつ丁寧に確認し始めた。


「……一、二、三……」


 怜司は、少し緊張しながら見守った。


 間違えていないだろうか。


 傷んでいるものはないだろうか。


 そして。


「……十株!」


 ミリアが、嬉しそうに顔を上げた。


「すべて、問題ありません!」


 怜司は、ほっと息を吐いた。


「……よかった」


 ミリアは、にっこりと笑った。


「初めての依頼、見事達成ですね!」


 その言葉に、怜司の胸が熱くなった。


 初めての依頼達成。


 小さな仕事かもしれない。


 だが、自分にとっては大きな一歩だった。


 ミリアは、依頼書へ確認印を押した。


 そして、小さな袋を差し出した。


「こちらが、報酬の銅貨八十枚です」


 怜司は、袋を受け取った。


 ずしりとした重み。


 中には、銅貨が入っている。


「……ありがとうございます」


 怜司は、深く頭を下げた。


 ミリアは、優しく微笑んだ。


「こちらこそ、お疲れさまでした」


     ◇ ◇ ◇


 そのとき。


「……ほう」


 背後から、低い声がした。


 怜司が振り返る。


 そこには、バルド・グランツが立っていた。


 白い短髪。


 左頬の傷。


 そして、鍛え抜かれた身体。


 ギルド長だった。


「……バルドさん!」


 怜司が声を上げると、バルドは豪快に笑った。


「ガハハ! 初仕事は終わったか!」


「……はい」


 怜司は頷いた。


「薬草採取をしてきました」


 バルドは、満足そうに頷いた。


「……いい選択だ」


 そして、少しだけ目を細めた。


「どうだった?」


 怜司は、少し考えた。


「……思ったより、難しかったです」


 バルドの口元が、わずかに上がった。


「……ほう?」


「似た植物があって、ちゃんと見分けないといけなくて」


 怜司は続けた。


「それに、途中で魔物にも遭遇しました」


 バルドの表情が、少しだけ真剣になった。


「……魔物?」


「……はい」


 怜司は、遭遇した小型魔物について説明した。


 猪に似た姿。


 額の角。


 突進する習性。


 そして、戦闘の経緯。


 バルドは、黙って聞いていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……なるほどな」


 怜司は、少し不安になった。


「……何か、まずかったですか?」


 バルドは、首を横に振った。


「いや」


 そして、真剣な表情で言った。


「だが、覚えておけ」


 怜司は、背筋を伸ばした。


「……はい」


「魔物を倒せることと、無事に帰ってこられることは違う」


 その言葉に、怜司は目を見開いた。


 バルドは続けた。


「今回は、運がよかった部分もある」


 そして、静かに言った。


「次も同じとは限らん」


 怜司は、ゆっくりと頷いた。


「……分かりました」


 バルドは、満足そうに笑った。


「……よし」


 そして、怜司の肩を軽く叩いた。


「なら、次は少し本格的に教えてやる」


 怜司の目が、ぱっと輝いた。


「……本当ですか?」


「ああ」


 バルドは、豪快に笑った。


「剣術だけじゃねえ。冒険者として必要なことを、一から叩き込んでやる」


 怜司は、胸が熱くなるのを感じた。


「……お願いします!」


 その声は、自然と大きくなっていた。


 バルドは、満足そうに頷いた。


 そして。


「……ただし」


 少しだけ口元を吊り上げる。


「覚悟しておけよ?」


 怜司は、思わず背筋を伸ばした。


「……はい!」


 バルドは、豪快に笑った。


「ガハハ! いい返事だ!」


     ◇ ◇ ◇


 その日の夕方。


 怜司は、ギルドを出て街を歩いていた。


 手には、初めて自分で稼いだ報酬。


 銅貨八十枚。


 決して大金ではない。


 だが、怜司には何より価値のあるものだった。


「……初めて、自分で稼いだんだな」


 小さく呟く。


 異世界で。


 冒険者として。


 自分の力で、仕事を終えた。


 その実感が、胸の奥へ広がっていく。


 怜司は、ゆっくりと歩きながら空を見上げた。


 夕暮れの光が、街を照らしている。


 そして、ふと。


 エリシアの笑顔が、頭に浮かんだ。


「……また、会えるかな」


 小さく呟く。


 だが、すぐに首を振った。


 今日は、そろそろ帰る時間だ。


 日本での時間も、確認しなければならない。


 怜司は、街の外へ向かって歩き始めた。


 その背中には、以前よりも確かな自信が宿っていた。


 そして。


 彼はまだ知らなかった。


 今回の小さな魔物との戦闘が、自分の権能に新たな変化をもたらしていることを。


 その変化が、次に異世界へ来たとき、思いがけない形で現れることを。


 黒瀬怜司の冒険者としての物語は、まだ始まったばかりだった。



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