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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第2話 最初のレベルアップ

 ――ぷるん。


「…………」


 ――ぷるぷる。


「……いや、待て」


 黒瀬怜司は、自分の足元で揺れている青い物体を見つめていた。


 透明感のある丸い身体。


 内部には淡い光を放つ小さな核のようなものが浮かんでいる。


 大きさは、サッカーボールより一回り小さい程度だろうか。


「……スライム、だよな?」


 ゲームなら何度も見たことがある。


 ファンタジー作品ではお馴染みの、最弱モンスター。


 だが、実物を目の前にすると話は別だった。


 半透明の身体が波打つたび、内部の核がゆっくりと揺れる。


 表面には粘液のような光沢があり、地面を這った跡には濡れたような筋が残っていた。


「……本当に、生きてるのか?」


 怜司は思わず後ずさった。


 すると、スライムがこちらへ向きを変えた。


 ――ぽよん。


「うわっ!」


 怜司は慌てて足を引いた。


 スライムがいた場所から、草が数本、煙を上げながら倒れていく。


「……え?」


 よく見ると、草の葉が黒ずんでいた。


 表面が溶けたようになっている。


「……酸?」


 背筋に冷たいものが走った。


 ゲームなら最弱の敵。


 しかし、目の前にいるのは本物の生物だ。


 触れれば火傷を負うかもしれない。


 場合によっては、命を落とす可能性だってある。


「……冗談じゃないぞ」


 怜司は周囲を見回した。


 巨大な木々。


 見知らぬ植物。


 空には二つの月。


 そして、目の前にはスライム。


 どう考えても、日本ではない。


「……本当に、異世界に来たんだな」


 口に出した途端、現実味が増した。


 怜司は制服のポケットに手を入れた。


 スマートフォンがある。


 画面を点けると、時刻は午後六時四十二分。


 しかし、アンテナ表示は圏外だった。


「……そりゃそうか」


 苦笑する。


 母さんに連絡しなきゃ。


 そう思った瞬間、胸が締めつけられた。


 家では母と陽菜が待っている。


 父も、もう少しすれば帰ってくるはずだ。


 もし、この世界から戻れなかったら?


「……っ」


 急に怖くなった。


 異世界。


 魔法。


 神級権能。


 そんなものより、今は家に帰れるかどうかの方が重要だった。


「……帰りたい」


 小さく呟く。


 その瞬間。


【固有権能《界渡り》】


【帰還先:地球・日本】


【転移可能】


「……え?」


 半透明の文字が視界に浮かび上がった。


「帰れる……のか?」


 怜司は恐る恐る、その文字を見つめた。


 どうやら、帰還する方法はあるらしい。


 胸の奥に広がっていた不安が、少しだけ和らいだ。


「……よかった」


 思わず息を吐く。


 少なくとも、家族のもとへ戻れないわけではない。


 それなら。


 怜司は、もう一度目の前のスライムを見た。


 あの声は言った。


 力を望むか、と。


 そして自分は答えた。


 欲しい、と。


「……本当に、強くなれるのかな」


 そのときだった。


 スライムが突然、地面を蹴るように跳ねた。


「うわっ!?」


 青い塊が、怜司の膝へ向かって飛んでくる。


 反射的に身体をひねった。


 だが、肥満気味の身体は思うように動かなかった。


「ぐっ!」


 制服のズボンを、スライムの表面がかすめた。


 じゅっ。


 嫌な音がした。


「熱っ……!」


 慌てて後ろへ飛び退く。


 ズボンの膝付近が変色していた。


 皮膚にも、針で刺されたような痛みが走る。


「……マジかよ」


 怜司は顔を引きつらせた。


 これは遊びじゃない。


 相手は小さな魔物でも、自分を傷つける力を持っている。


 逃げなければ。


 そう思った。


 だが、スライムは再びこちらへ向きを変えた。


 ゆっくりと身体を縮める。


 先ほどと同じ動き。


 また跳んでくる。


「……くそっ!」


 怜司は足元に落ちていた木の枝を掴んだ。


 長さは一メートルほど。


 太さは親指より少し太い程度。


 武器と呼ぶには頼りない。


 それでも、素手で触れるよりはましだった。


 スライムが跳ねる。


「うわああっ!」


 怜司は半ば反射的に枝を振り下ろした。


 べちゃっ!


 鈍い感触が手に伝わる。


 枝がスライムの身体にめり込んだ。


 だが、相手は潰れなかった。


 柔らかい身体が枝を包み込むように変形する。


「なっ……!?」


 引き抜こうとしても、粘りついて離れない。


 そのまま青い身体が枝を伝って近づいてくる。


「う、うわっ!」


 怜司は慌てて枝を手放した。


 心臓が激しく脈打っている。


 怖い。


 怖くてたまらない。


 こんなもの、どうやって倒せばいいんだ。


 そのとき、怜司の視線がスライムの中心に止まった。


 淡く光る、小さな球体。


「……あれか?」


 ゲームでは、魔物の核を破壊すると倒せることがある。


 もちろん、ここでも同じとは限らない。


 だが、ほかに思いつく方法はなかった。


 怜司は足元を探した。


 握り拳ほどの石が転がっている。


 それを拾い上げる。


 スライムは、落とした枝をゆっくりと吐き出していた。


 その隙に、怜司は石を両手で握った。


「……頼む」


 スライムが身体を縮める。


 また跳んでくる。


 怜司は歯を食いしばった。


 逃げたい。


 けれど、ここで逃げたら。


 また、何も変わらない。


 学校で翔真たちに囲まれたときと同じように、ただ怯えているだけだ。


「……もう、嫌なんだよ」


 スライムが跳ねた。


 怜司は身体を横へ投げ出すように避けた。


 足がもつれ、膝から地面に倒れ込む。


 痛みが走った。


 だが、構わず振り返る。


 着地したスライムの身体が、一瞬大きく広がっていた。


 中心の核が見える。


「……そこだっ!」


 怜司は石を投げつけた。


 狙いを定める余裕などなかった。


 ただ、必死だった。


 ゴッ!


 石が青い身体に沈み込む。


 次の瞬間。


 パキンッ!


 乾いた音が響いた。


 内部の核に、細い亀裂が走る。


 スライムの動きが止まった。


「……え?」


 亀裂が広がる。


 青い身体が小刻みに震えた。


 そして。


 ぱしゃっ。


 スライムは、まるで水風船が破裂したように崩れ落ちた。


 地面に青い液体が広がり、ほどなく光の粒となって消えていく。


 あとには、ひび割れた小さな結晶だけが残った。


「……倒した?」


 怜司は呆然と呟いた。


 足が震えている。


 呼吸も荒い。


 制服は泥だらけで、膝には擦り傷ができていた。


 それでも。


「……勝った」


 初めてだった。


 自分に危害を加えようとした相手に、抵抗して。


 そして、勝った。


 その事実を噛みしめた瞬間だった。


【魔物《下級スライム》を討伐しました】


【基礎経験値:5】


【神級権能《無限成長》による補正】


【経験値獲得倍率:100倍】


【獲得経験値:500】


【レベルアップ!】


【レベル1 → レベル8】


「…………は?」


 怜司は目を瞬かせた。


「……八?」


 一匹。


 たった一匹倒しただけだ。


 それなのに、レベルが七つも上がった。


 驚く暇もなかった。


 次の瞬間。


「うっ……!?」


 身体の奥から、猛烈な熱が湧き上がった。


 心臓が大きく脈打つ。


 血液が全身を駆け巡るような感覚。


 腕が熱い。


 脚が熱い。


 背中も、腹も。


「な、なんだ……これ……!」


 怜司は思わず膝をついた。


 痛みではない。


 むしろ、身体の内側から何かが作り替えられていくような、不思議な感覚だった。


 制服の内側で、筋肉が細かく震えている。


 皮膚の下を温かなものが流れていく。


 数秒。


 あるいは、数十秒だっただろうか。


 やがて、その感覚は静かに収まった。


「……はぁ……はぁ……」


 怜司は地面に手をついた。


 そして、気づいた。


「……あれ?」


 腹が痛くない。


 学校で翔真に殴られた場所。


 帰り道までずっと痛んでいた脇腹。


 その痛みが、完全に消えていた。


 恐る恐る制服をめくる。


 赤くなっていた皮膚が、元に戻っている。


「……嘘だろ」


 さらに、膝を見る。


 先ほど転んで擦りむいたはずの傷も消えていた。


 スライムに触れられた部分の痛みもない。


「……治ってる」


 怜司は何度も自分の身体を確かめた。


 そして、ゆっくりと立ち上がる。


「……軽い?」


 不思議だった。


 これまで立ち上がるだけでも、どこか身体が重かった。


 階段を上れば息が切れた。


 少し走れば、すぐに疲れた。


 それなのに。


 今は、身体が羽のように軽い。


「……なんだ、これ」


 試しに、その場で軽く跳んでみた。


 トンッ。


「うわっ!?」


 想像以上に身体が浮き上がった。


 慌てて着地する。


 足元の草が大きく揺れた。


「……マジかよ」


 怜司は自分の手を見つめた。


 指先に力を込める。


 これまでとは明らかに違う。


 筋肉の奥に、まだ使い切れていない力が眠っているようだった。


 そのとき、再び文字が浮かんだ。


【個体名:黒瀬怜司】


【種族:人間/特異個体】


【レベル:8】


【生命力:1,280】


【魔力:1,760】


【筋力:680】


【耐久:840】


【敏捷:736】


【知力:624】


【精神:792】


【神級権能:無限成長/完全適応/万象習得】


【固有権能:界渡り】


「……数字、多くないか?」


 もちろん、この世界の平均が分からない以上、判断はできない。


 それでも、レベル8でこの数字が普通だとは思えなかった。


 怜司は恐る恐る、ステータスの説明を意識した。


 すると、文字が切り替わる。


【《無限成長》】


【成長限界:存在しません】


【能力上昇補正:超越級】


【経験値獲得倍率:100倍】


【《完全適応》】


【獲得した能力および肉体の変化は、すべての世界で維持されます】


【肉体損傷の修復および身体機能の最適化を実行】


「……すべての世界?」


 怜司の心臓が跳ねた。


 つまり。


 この力は、日本へ戻っても使えるということなのか。


 怜司は唇を噛んだ。


 脳裏に、翔真の顔が浮かぶ。


 堂島。


 三枝。


 そして、自分の訴えを笑い飛ばした田所。


 何度も何度も、頭を下げた父と母。


 それでも、何も変わらなかった学校。


「……そうか」


 怜司はゆっくりと拳を握った。


「……俺、変われるんだ」


 声が震えていた。


 だが、それは恐怖からではなかった。


 胸の奥に、今まで感じたことのない熱いものが広がっていく。


 もう、殴られるだけの自分じゃない。


 もう、泣き寝入りするだけの自分じゃない。


 まだ何ができるのかは分からない。


 それでも。


「……絶対に、許さない」


 怜司は静かに呟いた。


「俺を殴った奴も……笑ってた奴も……見て見ぬふりをした奴も……」


 拳に力がこもる。


「全部、覚えてるからな」


 その声は、誰にも届かなかった。


 だが、怜司自身の心には、確かに刻まれた。


     ◇ ◇ ◇


 それから数分後。


 怜司は《界渡り》を発動させた。


 目の前に、淡い光の輪が現れる。


 その向こうには、見覚えのある石段が見えた。


「……本当に帰れるんだ」


 怜司は慎重に足を踏み出した。


 身体が柔らかな光に包まれる。


 次の瞬間。


「……戻った」


 そこは、あの神社だった。


 石段。


 古びた鳥居。


 境内を照らす街灯。


 遠くを走る車の音。


 間違いない。


 日本だ。


「……夢じゃ、なかったんだな」


 怜司は自分の手を見た。


 傷はない。


 身体も軽いままだ。


 試しにステータスを意識する。


【黒瀬怜司/レベル8】


 半透明の文字が浮かんだ。


「……本当なんだ」


 怜司は小さく笑った。


 自分でも驚くほど、自然な笑みだった。


 ふと、足元に視線を落とす。


 黒猫がいた場所。


 そこには、もう何もなかった。


「……あいつ、どこ行ったんだろ」


 辺りを見回す。


 しかし、黒猫の姿はない。


「……ちゃんと病院に連れていきたかったんだけどな」


 少しだけ心残りだった。


 けれど、あの声は言っていた。


 お前が救おうとした命は、すでに救われている、と。


「……元気になってくれてたらいいな」


 怜司はそう呟き、神社を後にした。


     ◇ ◇ ◇


「ただいま」


「お兄ちゃん、おかえりー!」


 家に入ると、陽菜がいつものように迎えてくれた。


「猫ちゃん、どうだった?」


「ああ……えっと」


 怜司は少し迷った。


 異世界へ行ってきた。


 スライムを倒した。


 レベルが上がった。


 そんなことを言っても、信じてもらえるだろうか。


「……とりあえず、無事だったみたい」


「ほんと!? よかったぁ!」


 陽菜が嬉しそうに笑う。


 その笑顔を見た瞬間、怜司の胸が温かくなった。


 守りたい。


 この笑顔だけは、絶対に。


「……お兄ちゃん?」


「ん?」


「なんか……」


 陽菜が首を傾げた。


 そして、怜司の顔をじっと見つめる。


「……ちょっと、顔変わった?」


「え?」


「なんか、すっきりした?」


 怜司は思わず頬に触れた。


「……そうかな」


「うん。なんか違う!」


 陽菜は不思議そうに首を傾げている。


 そのとき、キッチンから母の声がした。


「二人とも、ご飯できたわよー!」


「はーい!」


 陽菜が元気よく返事をする。


 怜司も食卓へ向かおうとして――


 ふと、廊下の鏡に映った自分を見た。


「…………」


 足が止まった。


 頬の輪郭。


 首元。


 制服の襟の収まり方。


 ほんの少し。


 けれど、確かに違う。


「……まさか」


 怜司は鏡に近づいた。


 そして、思った。


 もし。


 もし、このままレベルを上げ続けたら。


 自分は、どこまで変われるのだろう。


 そのとき。


 視界の端に、新たな文字が浮かび上がった。


【神級権能《無限成長》】


【次回レベルアップ時、肉体最適化がさらに進行します】


【現在の肉体最適化率:8%】


 怜司は息を呑んだ。


「……まだ、八パーセント?」


 鏡の中の自分を見つめる。


 そして、ゆっくりと口元を緩めた。


「……そうか」


 まだ、始まったばかりなのだ。


 自分の人生は。


 ここから、変わっていく。


 いや。


 変えてみせる。


 必ず。



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