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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第17話 異世界からの贈り物――家族の笑顔と新たな決意

 ――午後四時二十八分。


 黒瀬怜司は、自室の床に静かに降り立った。


 目の前に浮かんでいた淡い光の輪が、音もなく消えていく。


 見慣れた勉強机。


 窓際のカーテン。


 壁に掛けられた時計。


 そして、ベッドの上に置かれた制服。


「……帰ってきた」


 思わず、小さな息が漏れた。


 つい先ほどまで、自分は異世界の街ルミエールにいた。


 冒険者ギルドで登録を済ませ、元Aランク冒険者のバルドと模擬戦を行い、エリシアと一緒に街を歩いていた。


 体感では、数時間。


 だが、日本では一時間ほどしか経っていない。


「……やっぱり、時間の流れが違うんだな」


 怜司はスマートフォンを確認した。


 午後四時二十八分。


 出発したのは午後三時二十分。


 つまり、日本で経過した時間は一時間八分。


 一方、異世界では、少なくとも数時間は過ごしていたはずだ。


 怜司は机のノートを開いた。


 そこには、これまでの転移時刻が記録されている。


 初めての転移。


 二度目の転移。


 そして、今回。


 数字を並べてみると、やはり時間の進み方が違うことが分かる。


 ただ、まだ一定の比率なのかどうかまでは分からない。


「……もう少し、調べないとな」


 怜司はペンを置いた。


 そして、ふと手元へ視線を落とす。


 そこには、小さな紙袋があった。


 エリシアから渡された蜂蜜菓子。


 異世界から持ち帰った、ささやかな贈り物だ。


「……そうだ」


 怜司は、自然と笑顔になった。


 陽菜に食べさせてやろう。


 きっと、喜ぶ。


 そう思った瞬間。


 ――コンコン。


 部屋の扉が叩かれた。


「お兄ちゃーん!」


 聞き慣れた声。


 陽菜だった。


「……いる?」


「……うん、いるよ」


 怜司が答えると、扉が開いた。


 陽菜が、ひょこっと顔を出す。


「お兄ちゃん、何してたの?」


「……ちょっと、勉強」


 怜司は咄嗟に答えた。


 嘘ではない。


 異世界で学んだことも、ある意味では勉強だ。


 陽菜は、机の上のノートを見て目を丸くした。


「……本当に勉強してる!」


「……そんなに珍しい?」


「うん!」


 即答だった。


 怜司は思わず苦笑した。


「……ひどいな」


 陽菜は、楽しそうに笑った。


 その笑顔を見て、怜司の胸が温かくなる。


 今日も無事に帰ってきた。


 それだけで、十分だった。


     ◇ ◇ ◇


「……あ、そうだ」


 怜司は、机の上の紙袋を手に取った。


「陽菜、これ食べる?」


 陽菜の目が、ぱっと輝いた。


「……お菓子!?」


「……うん」


 怜司は頷いた。


「蜂蜜のお菓子なんだけど」


「食べる!」


 返事は一瞬だった。


 怜司は思わず笑った。


「……じゃあ、リビングで食べようか」


「うん!」


 陽菜は嬉しそうに頷いた。


 二人は並んで階段を下りた。


 リビングでは、美咲が夕食の準備をしていた。


「あら、二人とも」


 美咲が振り返る。


「どうしたの?」


「お母さん!」


 陽菜が嬉しそうに声を上げた。


「お兄ちゃんがお菓子くれるんだって!」


「あら」


 美咲は少し驚いた顔をした。


「珍しいわね」


「……母さんまで」


 怜司は苦笑した。


 美咲も楽しそうに笑った。


「ふふ、ごめんなさい」


 そして、怜司の手元の紙袋へ視線を向ける。


「……それ、どこで買ったの?」


 怜司は一瞬、言葉に詰まった。


 ――しまった。


 当然、聞かれる。


 異世界の菓子だとは、まだ説明できない。


「……ちょっと、知り合いにもらって」


 怜司は、慎重に答えた。


 美咲は目を瞬かせた。


「知り合い?」


「……うん」


 それ以上、詳しく聞かれるかと思った。


 だが、美咲は微笑んだ。


「そうなの。じゃあ、ありがたくいただきましょうか」


 怜司は、ほっと息を吐いた。


 陽菜は、すでにテーブルへ座っていた。


「早く早く!」


「……分かったよ」


 怜司は紙袋を開いた。


 中から、蜂蜜菓子を取り出す。


 丸く焼き上げられた、小さな菓子。


 表面には、薄く蜂蜜が塗られている。


 陽菜が目を輝かせた。


「……わあ!」


 そして、一口かじる。


 ――サクッ。


 小さな音がした。


 次の瞬間。


「……おいしい!」


 陽菜の顔が、ぱっと明るくなった。


 怜司は、思わず笑った。


「……だろ?」


「うん! すっごくおいしい!」


 陽菜は、嬉しそうにもう一口食べた。


 美咲も一つ手に取る。


「……あら」


 そして、少し驚いたように目を丸くした。


「本当ね。優しい甘さ」


 怜司は、胸が温かくなるのを感じた。


 エリシアが選んでくれたお菓子。


 それを、家族が喜んで食べている。


 たったそれだけのこと。


 けれど、怜司にはとても嬉しかった。


「……よかった」


 小さく呟く。


 陽菜が首を傾げた。


「……何が?」


「……いや」


 怜司は笑った。


「喜んでくれて」


 陽菜は、にっこりと笑った。


「ありがと、お兄ちゃん!」


 その笑顔を見た瞬間。


 怜司は、改めて思った。


 ――この笑顔を、守りたい。


 何があっても。


     ◇ ◇ ◇


 夕食の時間。


 正臣が仕事から帰宅した。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 美咲が迎える。


 陽菜も元気よく声を上げた。


「お父さん、おかえり!」


「おう、ただいま」


 正臣は、少し疲れた顔をしていた。


 だが、陽菜の笑顔を見ると、表情が和らいだ。


 怜司は、その様子を見ながら胸が痛くなった。


 父は、自分のために学校や警察とのやり取りを続けている。


 仕事もある。


 それなのに、家族のために動いてくれている。


「……父さん」


「ん?」


「……お疲れさま」


 正臣は、少し驚いたように怜司を見た。


 そして、柔らかく笑った。


「……ありがとう」


 その言葉に、怜司も小さく笑った。


 夕食は、美咲の作った唐揚げだった。


 陽菜が嬉しそうに箸を伸ばす。


「やった! 唐揚げ!」


「陽菜、ちゃんと野菜も食べなさいよ」


「分かってるって!」


 美咲が笑う。


 正臣も笑った。


 怜司は、その光景を静かに見つめていた。


 何でもない家族の食卓。


 だが、今の怜司には、それが何より大切だった。


     ◇ ◇ ◇


 食事が一段落した頃。


 正臣が、少し真剣な表情になった。


「……怜司」


「……うん?」


「学校の件で、話がある」


 怜司は、箸を置いた。


 美咲も、静かに顔を上げる。


 陽菜は、少し不安そうに兄を見た。


 正臣は、落ち着いた声で続けた。


「学校側から、正式に面談の申し入れがあった」


「……面談?」


「ああ」


 正臣は頷いた。


「校長、教頭、担任。それから、鷹宮君の保護者も同席する可能性があるそうだ」


 怜司は、思わず息を呑んだ。


 鷹宮翔真の父親。


 鷹宮隆臣。


 地元で大きな影響力を持つ実業家。


 その人物が、直接出てくるかもしれない。


「……父さん」


「ん?」


「……大丈夫なの?」


 正臣は、怜司を見つめた。


 そして、静かに笑った。


「何がだ?」


「……相手、すごい人なんでしょ?」


 正臣は、少しだけ考えた。


 そして、ゆっくりと答えた。


「確かに、社会的な立場はあるだろうな」


 怜司は頷いた。


「……うん」


「だが、それと今回の問題は別だ」


 正臣の声は、はっきりしていた。


「どれだけ金を持っていようが、どれだけ有名だろうが、他人の子供を脅していい理由にはならない」


 怜司は、父を見つめた。


 正臣は続けた。


「それに、父さんは相手を言い負かしに行くわけじゃない」


「……え?」


「事実を確認し、学校に必要な対応を求める。それだけだ」


 怜司は、ゆっくりと頷いた。


 正臣は、穏やかな声で続けた。


「感情的になれば、相手の思うつぼになることもある。だからこそ、冷静に進める」


 その言葉は、怜司の胸に深く残った。


 強さ。


 それは、怒鳴ることではない。


 殴ることでもない。


 冷静に、自分の大切なものを守ること。


 父は、今まさにそれを実践している。


「……分かった」


 怜司は、しっかりと頷いた。


「俺も、できることをする」


 正臣は、満足そうに笑った。


「……ああ」


     ◇ ◇ ◇


 夕食後。


 怜司は、自室へ戻っていた。


 机の上には、異世界から持ち帰った冒険者登録証が置かれている。


 灰色の金属札。


 そこには、確かに自分の名前が刻まれていた。


 ――レイジ・クロセ。


 Fランク冒険者。


 まだ、始まったばかりだ。


 だが、怜司にとっては大きな一歩だった。


 そして、隣には一冊のノート。


 そこには、日本でのいじめの記録がまとめられている。


 二つの世界。


 二つの現実。


 怜司は、その両方を見つめていた。


「……どっちも、大事なんだよな」


 日本には、家族がいる。


 守りたい日常がある。


 異世界には、新しい出会いがある。


 自分を変える可能性がある。


 そして、エリシアがいる。


 怜司は、ふと彼女の笑顔を思い出した。


 夕暮れの広場。


 蜂蜜菓子。


 そして、交わした約束。


『また、お会いできますか?』


 その言葉が、耳に残っている。


「……また、会いに行こう」


 怜司は、小さく呟いた。


 そして、冒険者登録証を手に取った。


 次に異世界へ行くときは、バルドの訓練を受けよう。


 剣術を学びたい。


 魔法も覚えたい。


 そして、もっと強くなりたい。


 だが。


 ただ強くなるだけでは足りない。


 今日、父から教わったこと。


 冷静さ。


 判断力。


 そして、大切な人を守る覚悟。


 それらも、同じくらい重要なのだ。


 怜司は、ゆっくりと拳を握った。


「……俺、変わるよ」


 誰に聞かせるでもなく、呟いた。


「絶対に」


 その声には、以前のような弱々しさはなかった。


 少しずつ。


 だが、確実に。


 少年は、自分の足で未来へ進み始めていた。


     ◇ ◇ ◇


 同じ頃。


 鷹宮開発の社長室。


 鷹宮隆臣は、机の上に置かれた資料を見つめていた。


 黒瀬怜司。


 十五歳。


 高校一年生。


 特別な家柄でもない、普通の家庭の少年。


 それが、今や自分の息子の問題を外部へ持ち出している。


「……面倒なことになったな」


 隆臣は、低く呟いた。


 そのとき、社長室の扉が叩かれた。


「……入れ」


 秘書が入ってくる。


「社長、学校側との面談についてですが……」


「……ああ」


 隆臣は顔を上げた。


「どうなった?」


「黒瀬家は、記録を残す形での話し合いを求めているようです」


 隆臣の眉が、わずかに動いた。


「……記録?」


「はい。面談内容を文書で確認したいとのことです」


 隆臣は、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと笑った。


「……なるほど」


 その笑みには、冷たいものが含まれていた。


「ただの感情的な親ではないらしい」


 秘書は、静かに頷いた。


「そのようです」


 隆臣は、椅子にもたれかかった。


 そして、窓の外を見つめた。


「……なら、こちらも少し考え方を変える必要があるな」


 その声は、静かだった。


 だが、そこには明らかな警戒があった。


 黒瀬家。


 ただの一般家庭。


 そう思っていた相手が、簡単には引き下がらない。


 その事実を、隆臣はようやく理解し始めていた。


 そして。


 彼はまだ知らなかった。


 その少年が、すでに常識では測れない力を手にしていることを。


 その力が、やがて自分たちの運命を大きく変えることになることを。


 黒瀬怜司の物語は、まだ始まったばかりだった。



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