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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第16話 夕暮れの約束――少女が見せた本当の笑顔

 夕暮れのルミエールは、昼間とは違う表情を見せていた。


 石畳の道を、橙色の光が柔らかく照らしている。


 露店の店主たちは最後の客を呼び込み、仕事を終えた職人たちが談笑しながら通りを歩いていた。


 焼きたてのパンの香り。


 遠くから聞こえる鐘の音。


 そして、人々の穏やかな笑い声。


 黒瀬怜司は、そんな街の景色を眺めながら歩いていた。


 隣には、淡い金色の髪を揺らす少女がいる。


 エリシア・ルミナス。


 ルミナス伯爵家の令嬢。


 そして、怜司がこの世界で初めて救った少女だった。


「……レイジ様」


 エリシアが、柔らかく微笑んだ。


「こちらの通りは、初めてですか?」


「……うん」


 怜司は頷いた。


「前に来たときは、馬車で通っただけだったから」


「そうでしたね」


 エリシアは少し嬉しそうに笑った。


「では、今日は私がご案内します」


「……ありがとう」


 怜司は、少し照れながら答えた。


 エリシアは、そんな怜司の様子を見て、楽しそうに微笑んだ。


 その笑顔は、伯爵家の屋敷で見せていたものよりも、どこか自然だった。


 まるで、普通の少女のように。


 ――いや。


 怜司は、心の中で小さく首を振った。


 エリシアだって、普通の女の子なんだ。


 伯爵令嬢という立場があるだけで。


 笑うことも、悩むことも、誰かと話したいと思うことも。


 きっと、自分たちと何も変わらない。


     ◇ ◇ ◇


「……あっ」


 エリシアが、ふと足を止めた。


 怜司も立ち止まる。


「……どうしたの?」


「少し、寄りたいお店があるんです」


 エリシアが指さした先には、小さな焼き菓子の店があった。


 木製の看板には、可愛らしい花の模様が描かれている。


 店先には、焼きたての菓子が並んでいた。


 甘い香りが、通りまで漂ってくる。


「……お菓子屋さん?」


「はい」


 エリシアは嬉しそうに頷いた。


「こちらのお店の蜂蜜菓子が、とても美味しいんです」


 怜司は、思わず笑った。


「……好きなんだ?」


 その言葉に、エリシアの頬が少し赤くなった。


「……はい」


 少し恥ずかしそうに答える。


「実は、子供の頃から大好きで……」


 怜司は、そんなエリシアを見て、胸が温かくなった。


 伯爵令嬢。


 豪華な屋敷。


 美しいドレス。


 そんな印象ばかりだった少女が、今は目の前のお菓子に目を輝かせている。


 その姿が、妙に可愛らしく思えた。


「……じゃあ、買ってみようかな」


 怜司がそう言うと、エリシアはぱっと顔を明るくした。


「本当ですか?」


「……うん」


「では、私のおすすめを選びますね!」


 エリシアは嬉しそうに店へ向かった。


 怜司も、その後を追った。


     ◇ ◇ ◇


「いらっしゃいませ!」


 店の奥から、年配の女性が顔を出した。


 そして、エリシアの姿を見た瞬間。


「あらまあ!」


 女性の顔が、ぱっと明るくなった。


「エリシアお嬢様じゃありませんか!」


「こんにちは、マルタさん」


 エリシアは、親しげに微笑んだ。


「今日も、蜂蜜菓子をいただけますか?」


「もちろんですよ!」


 マルタと呼ばれた女性は、嬉しそうに頷いた。


「お嬢様が来てくださると、店が明るくなりますねえ」


 エリシアは少し照れたように笑った。


「そんなことありませんよ」


 その様子を、怜司は静かに見つめていた。


 ――すごいな。


 伯爵令嬢なのに、店の人とこんなに自然に話している。


 相手も、緊張している様子がない。


 むしろ、久しぶりに会った親しい知人のようだった。


 マルタが、ふと怜司へ視線を向けた。


「……あら?」


 そして、にっこりと笑う。


「お嬢様、こちらの方は?」


 エリシアが、少しだけ頬を赤くした。


「……こちらは、レイジ様です」


 怜司は慌てて頭を下げた。


「……く、黒瀬怜司です」


 マルタは、二人を交互に見た。


 そして、何かに気づいたように微笑んだ。


「……まあまあ」


 エリシアが首を傾げる。


「……マルタさん?」


「いえいえ」


 マルタは楽しそうに笑った。


「お嬢様が、同じ年頃の男の子と一緒に歩いているなんて、珍しいものですから」


 エリシアの頬が、さらに赤くなった。


「……そ、それは……」


 怜司も、思わず視線を逸らした。


 胸の奥が、妙に落ち着かない。


 マルタは、そんな二人を見て、ますます嬉しそうに笑った。


「ふふふ。若いっていいですねえ」


 怜司は、心の中で頭を抱えた。


 ――絶対、勘違いされてる。


 だが。


 不思議と、嫌な気持ちはしなかった。


     ◇ ◇ ◇


 店を出た二人は、近くの小さな広場へ向かった。


 中央には噴水があり、その周囲には木製のベンチが並んでいる。


 夕暮れの光が水面に反射し、きらきらと輝いていた。


 護衛騎士たちは、少し離れた場所で周囲を警戒している。


 エリシアは、ベンチへ腰を下ろした。


「レイジ様、こちらへどうぞ」


「……うん」


 怜司は、少し間を空けて隣へ座った。


 エリシアは、紙袋から焼き菓子を取り出した。


「どうぞ」


「……ありがとう」


 怜司は、一つ受け取った。


 小さな丸い菓子。


 表面には、蜂蜜が薄く塗られている。


 一口かじる。


「……あ」


 思わず声が漏れた。


 外側は、さくっとしている。


 中は、ふんわりと柔らかい。


 そして、口の中に広がる優しい甘さ。


「……美味しい」


 怜司が呟くと、エリシアは嬉しそうに笑った。


「でしょう?」


「……うん」


 怜司は、もう一口食べた。


 日本のお菓子とは、少し違う。


 派手な味ではない。


 だが、素材の香りがしっかりと感じられる。


 どこか懐かしい味だった。


「……これ、家族にも食べさせたいな」


 怜司は、思わず呟いた。


 エリシアが顔を上げる。


「……ご家族に?」


「……うん」


 怜司は頷いた。


「父さんと母さんと、妹がいるんだ」


 エリシアの表情が、ぱっと明るくなった。


「まあ! 妹さんがいらっしゃるんですね」


「……うん。陽菜っていうんだ」


「ヒナ様……素敵なお名前ですね」


 怜司は、少し照れたように笑った。


「……ありがとう」


 エリシアは、興味深そうに身を乗り出した。


「どのような妹さんなんですか?」


 怜司は、少し考えた。


 そして、自然と笑顔になった。


「……明るくて、よく喋る子かな」


「ふふ」


「あと、勉強も頑張ってる。最近、数学でいい点取ったって喜んでた」


 エリシアは、嬉しそうに頷いた。


「仲がよろしいんですね」


「……そうかな」


 怜司は少し照れた。


「まあ、普通だと思うけど」


 だが、エリシアは首を横に振った。


「とても素敵だと思います」


 その声は、真剣だった。


「ご家族のお話をされているときのレイジ様、とても優しいお顔をなさっていますから」


 怜司は、思わず言葉に詰まった。


「……そ、そう?」


「はい」


 エリシアは、柔らかく微笑んだ。


 怜司は、少しだけ顔が熱くなるのを感じた。


     ◇ ◇ ◇


 しばらく、二人は静かにお菓子を食べていた。


 噴水の音。


 遠くから聞こえる人々の声。


 そして、夕暮れの風。


 穏やかな時間だった。


 やがて、エリシアが小さく口を開いた。


「……レイジ様」


「……ん?」


「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」


 怜司は頷いた。


「……うん」


 エリシアは、少しだけ迷うように視線を落とした。


「……レイジ様は、どうして冒険者になろうと思われたんですか?」


 怜司は、すぐには答えられなかった。


 どうして。


 その理由は、一つではない。


 強くなりたい。


 家族を守りたい。


 自分を変えたい。


 そして、この世界のことをもっと知りたい。


 だが、そのすべてを説明するには、日本のことを話さなければならない。


 それは、まだできなかった。


「……俺さ」


 怜司は、ゆっくりと口を開いた。


「……ずっと、自分に自信がなかったんだ」


 エリシアは、静かに耳を傾けていた。


「何をやっても、上手くいかなくて」


 怜司は、手元の菓子を見つめた。


「……周りの人に笑われることも多くて」


 エリシアの表情が、少しだけ曇った。


 だが、何も言わなかった。


 怜司は続けた。


「……だから、変わりたかった」


 ゆっくりと顔を上げる。


「誰かに助けてもらうだけじゃなくて、自分で何かできるようになりたかったんだ」


 エリシアは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに微笑んだ。


「……レイジ様」


「……うん?」


「私は、もう十分に素敵な方だと思っています」


 怜司は、目を見開いた。


「……え?」


 エリシアは、まっすぐに怜司を見つめた。


「だって、あの日……」


 その声は、少しだけ震えていた。


「私が盗賊に襲われていたとき、レイジ様は助けに来てくださいました」


 怜司は、黙って聞いていた。


「怖くなかったはずがありません」


 エリシアは続けた。


「相手は武器を持った大人たちでした。普通なら、逃げてもおかしくない状況だったと思います」


 怜司は、あの日のことを思い出した。


 盗賊たち。


 怯えるエリシア。


 そして、彼女を守りたいと思った自分。


 確かに、怖かった。


 だが、それ以上に。


 目の前で誰かが傷つくのを、見過ごしたくなかった。


「……でも、レイジ様は逃げませんでした」


 エリシアは、柔らかく微笑んだ。


「それだけで、十分に勇気のある方だと思います」


 怜司は、言葉を失った。


 勇気。


 そんな言葉を、自分に向けられたことがあっただろうか。


 学校では、弱虫と呼ばれた。


 臆病者と笑われた。


 何もできない奴だと言われ続けた。


 だが、目の前の少女は違う。


 自分を、勇気のある人間だと言ってくれる。


 その言葉が、胸の奥へゆっくりと染み込んでいった。


「……ありがとう」


 怜司は、小さく呟いた。


 エリシアは、優しく微笑んだ。


「こちらこそ、ありがとうございます」


     ◇ ◇ ◇


 しばらくして、エリシアがふと空を見上げた。


「……もう、こんな時間ですね」


 怜司も顔を上げた。


 空は、すっかり茜色に染まっていた。


「……本当だ」


 怜司はスマートフォンを確認した。


 午後四時十二分。


 日本では、まだそれほど時間が経っていない。


 だが、そろそろ帰った方がいいだろう。


「……エリシア」


「はい?」


「俺、そろそろ帰らないと」


 エリシアの表情が、少しだけ寂しそうになった。


「……そう、ですか」


 その声に、怜司の胸が小さく痛んだ。


 だが、すぐにエリシアは微笑んだ。


「ご家族が、お待ちなんですね」


「……うん」


 怜司は頷いた。


「心配させたくないから」


 エリシアは、静かに頷いた。


「とても大切なことだと思います」


 そして、少しだけ迷った後。


「……あの、レイジ様」


「……ん?」


「また、お会いできますか?」


 怜司は、エリシアを見つめた。


 その瞳には、期待と不安が入り混じっていた。


 怜司は、自然と微笑んだ。


「……もちろん」


 エリシアの顔が、ぱっと明るくなる。


「……本当ですか?」


「……うん」


 怜司は頷いた。


「また来るよ」


 その言葉に、エリシアは嬉しそうに笑った。


「……ありがとうございます」


 そして、少しだけ恥ずかしそうに視線を落とした。


「……私、楽しみにしています」


 怜司の胸が、強く跳ねた。


「……俺も」


 思わず、素直な言葉が出た。


「……また会うの、楽しみにしてる」


 エリシアの頬が、ほんのり赤く染まった。


     ◇ ◇ ◇


 別れ際。


 エリシアは、ふと思い出したように紙袋を差し出した。


「……レイジ様」


「……ん?」


「こちら、よろしければお持ち帰りください」


 怜司は目を丸くした。


「……え?」


 紙袋の中には、先ほど買った蜂蜜菓子がいくつか入っていた。


「ご家族にも、食べていただけたらと思いまして」


 怜司は、思わず言葉を失った。


 自分が、家族にも食べさせたいと言ったこと。


 エリシアは、覚えていてくれたのだ。


「……ありがとう」


 怜司は、ゆっくりと紙袋を受け取った。


「陽菜、絶対喜ぶと思う」


 エリシアは嬉しそうに微笑んだ。


「それなら、よかったです」


 怜司は、紙袋を大切そうに抱えた。


 そして、少しだけ照れながら言った。


「……今度は、俺が何か持ってくるよ」


 エリシアが目を瞬かせる。


「……レイジ様が?」


「……うん」


 怜司は頷いた。


「俺の故郷にも、美味しいお菓子がたくさんあるから」


 エリシアの瞳が、きらりと輝いた。


「……まあ!」


 そして、嬉しそうに微笑んだ。


「それは、とても楽しみです」


 怜司は、思わず笑った。


「……期待してて」


「はい!」


 二人は、自然と笑い合った。


 夕暮れの広場。


 柔らかな風。


 そして、交わされた小さな約束。


 それは、まだ恋と呼ぶには早いものだった。


 だが。


 確かに、二人の心を近づける約束だった。


     ◇ ◇ ◇


 エリシアと別れた怜司は、街の外へ向かって歩いていた。


 手には、蜂蜜菓子の入った紙袋。


 首には、冒険者登録証。


 そして、心には温かな余韻が残っていた。


「……楽しかったな」


 思わず呟く。


 異世界へ来てから、驚くことばかりだった。


 魔物。


 魔法。


 冒険者。


 貴族。


 そして、エリシア。


 どれも、日本では経験できないことばかりだ。


 だが、何より嬉しかったのは。


 誰かと一緒に過ごす時間が、こんなにも楽しいものだと知れたことだった。


 怜司は、空を見上げた。


 夕焼けが、街を優しく包んでいる。


「……また、来よう」


 小さく呟く。


 そして、森へ続く道を歩き始めた。


 その背中には、もう以前のような怯えはなかった。


 少しずつ。


 本当に少しずつだが。


 黒瀬怜司という少年は、変わり始めていた。


 そして。


 その変化は、やがて二つの世界を大きく揺るがすことになる。



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