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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第158話 奪われ始めた市場

第158話 奪われ始めた市場


 三社による事業戦略が決まってから、数週間が過ぎた。


 九条院グループと西園寺グループの動きは、当初こそ目立つものではなかった。


 既存製品の改良。


 医療機関への聞き取り調査。


 製造設備への追加投資。


 保守サービスの見直し。


 どれも、一つ一つを見れば珍しい取り組みではない。


 しかし、それらが同時に進められたことで、医療業界の関係者たちは次第に変化を感じ始めていた。


 ある総合病院の会議室。


「こちらが、九条院グループから提案された新しい保守契約です」


 事務長が資料を広げた。


「従来の契約よりも、故障時の代替機手配が早くなるそうです」


「費用は?」


「大きくは変わりません。ただ、定期点検の内容が充実しています」


 病院長が資料を手に取る。


「それはありがたいな。去年、検査装置の故障で患者さんを別の病院へ案内することになっただろう」


「ええ。あのときは大変でした」


「性能だけでなく、止まらないことも重要だ」


 別の病院では、西園寺グループが供給する医療材料が話題になっていた。


「この新しい製品、使いやすくなりましたね」


 看護師が感心したように言う。


「包装が開けやすいし、準備にかかる時間も短くなっています」


「現場の意見を取り入れて改良したそうですよ」


「こういう改善は助かりますね」


 小さな変化だった。


 けれど、毎日使う医療従事者にとって、その小さな差は決して無視できない。


 やがて、一部の病院で次回の契約更新に向けた比較検討が始まった。


 東邦メディカルにとって、それは歓迎できない動きだった。


     ◇


「どういうことだ!」


 東邦メディカル本社。


 御堂隆臣の怒声が会議室に響いた。


「長年取引してきた病院が、他社製品の導入を検討しているだと?」


 営業部門の責任者が緊張した面持ちで答える。


「はい。まだ大規模な契約解除には至っておりませんが、複数の医療機関で比較見積もりの依頼が発生しています」


「値引きすれば済む話ではないのか!」


「それが……価格だけの問題ではありません」


 責任者は資料を差し出した。


「保守体制や供給の安定性、現場での使いやすさが評価されているようです」


 御堂は資料を乱暴にめくった。


 九条院グループ。


 西園寺グループ。


 どちらの名前も、そこには繰り返し登場していた。


「……なるほどな」


 御堂の目が細くなる。


「二大財閥が、我々の事業に本格的に手を伸ばしてきたというわけか」


 事業戦略担当役員の桐生雅彦が口を開いた。


「社長。これは一時的な値下げ競争ではありません」


「分かっている」


「相手は長期的な投資を始めています。こちらも製品改良とサービス体制の見直しを急ぐべきです」


 御堂は不機嫌そうに桐生を睨んだ。


「そんなことは言われなくても分かる」


「でしたら、現場の提案をもう少し聞く必要があります」


 会議室が静まり返った。


 桐生は言葉を続けた。


「以前から保守部門では人員増強を求める声がありました。しかし、利益率を優先して先送りされてきた」


「経営判断だ」


「ええ。ですが、今は状況が変わっています」


 御堂は何も答えなかった。


 桐生も、それ以上は追及しなかった。


 ただ、胸の内では不安が大きくなっていた。


 九条院と西園寺。


 その二つを同時に敵へ回すことが、どれほど危険なのか。


 御堂は本当に理解しているのだろうか。


     ◇


 一方、聖蘭学園。


「怜司、お前また難しい顔してるぞ」


 昼休み。


 隼人の声に、怜司は顔を上げた。


「え?」


「いや、さっきから弁当食いながら考え事してるだろ」


「そんなに分かる?」


「分かるわ! お前、卵焼き持ったまま十秒くらい止まってたぞ」


 蒼真が隣で小さく笑った。


「会社のことか?」


「うん。ちょっとね」


「順調なのか?」


「今のところは」


 怜司が答えると、隼人が大げさに肩をすくめた。


「高校生が会社の経営とか、何回聞いてもすげえ話だよな」


「俺だって、まだ分からないことだらけだよ」


「いやいや、普通は分からないことしかないって!」


 三人で笑う。


 こういう時間が、怜司には心地よかった。


 会社では代表取締役として扱われる。


 けれど、蒼真と隼人の前では、いつもの怜司でいられる。


「そういえばさ」


 隼人が話題を変えた。


「最近、橘がまた記録伸ばしたらしいぞ」


「美月さんが?」


「ああ。陸上部でかなり調子いいみたいだ」


 そのとき、教室の入り口から声がした。


「怜司ー!」


 噂をすれば、本人だった。


 美月が明るい笑顔で手を振っている。


「ちょっといい?」


「うん」


 怜司が廊下へ出ると、美月は嬉しそうに顔を近づけた。


「この前の練習、またいい感じだったんだ!」


「本当? すごいね」


「まだ自己ベスト更新とまではいかなかったけど、スタートが安定してきたの!」


 美月は身振りを交えて説明する。


 その表情は生き生きとしていた。


「怜司にも見てほしいな」


「練習を?」


「うん! 今度、時間があるときにさ」


 そこまで言って、美月は少しだけ頬を赤くした。


「……それと、前に約束したお出かけも、忘れてないよね?」


「もちろん覚えてるよ」


「ほんと?」


「うん。最近忙しくてごめんね」


 怜司が申し訳なさそうに言うと、美月は慌てて首を振った。


「責めてるわけじゃないって! ただ……楽しみにしてるから」


 最後の言葉は、少し小さかった。


 怜司は微笑んだ。


「俺も楽しみにしてるよ」


「……っ!」


 美月の顔が一気に明るくなる。


「じゃあ、約束だからね!」


 そう言って走り去っていく。


 その後ろ姿を見送りながら、怜司は小さく笑った。


 会社の仕事は大切だ。


 けれど、こうして誰かと過ごす時間も、同じくらい大切にしたい。


 その日の放課後。


 怜司は研究施設へ向かった。


 高瀬博士と篠原が、新しい製造装置の試験結果を待っていたからだ。


「黒瀬君、ちょうどよかった!」


 研究室に入るなり、高瀬博士が声を上げた。


「中級ポーション用の製造装置だが、かなり良いところまで来ているぞ!」


 怜司は目を見開いた。


「本当ですか?」


「ああ。ただし、まだ確認したい点がある」


 篠原が資料を差し出す。


「製造ロットごとの品質のばらつきが、以前より小さくなっています。ですが、長時間連続運転した場合の安定性は、もう少し調べたいところです」


「分かりました」


 怜司は装置を見つめた。


 内部には、彼が魔力を充填した魔石が組み込まれている。


 異世界で学んだ技術。


 日本の研究者たちが積み重ねた知識。


 その二つが合わさることで、これまでにない医薬品が生まれようとしていた。


「博士、篠原さん」


「何だね?」


「絶対に、安全なものを完成させましょう」


 高瀬博士は嬉しそうに笑った。


「もちろんだとも!」


 篠原も静かに頷く。


 研究室の奥で、製造装置が低い稼働音を響かせていた。


 医療市場では、すでに小さな変化が始まっている。


 そして、その変化をさらに大きくする技術が、今まさに形になろうとしていた。

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