第150話 止まらない注文――少年社長が手にした巨額の成功
下級回復ポーションが発売されてから、一か月。
株式会社ルミナス・ライフの周囲は、想像を超える勢いで変化していた。
発売初日に五万本。
その後も注文は途切れず、製造ラインは連日稼働している。
もちろん、無理な増産はしていない。
篠原さんを中心とした品質管理部門が、製造工程を厳しく確認している。
それでも。
需要は、供給を大きく上回っていた。
「……また、追加注文ですか?」
研究施設の会議室。
俺は、販売部門の報告を聞きながら思わず呟いた。
「はい」
担当者が頷いた。
「国内の医療機関から、継続的な注文が入っています」
そして、資料をめくる。
「さらに、海外の医療機関や研究機関からも、問い合わせが増えています」
「……海外からも?」
「はい。ただし、海外での販売には、それぞれの国で必要な承認や手続きがありますので、すぐに輸出できるわけではありません」
俺は、静かに頷いた。
「……分かりました」
焦る必要はない。
まずは、日本国内で安定して供給することが大切だ。
◇
「……黒瀬君」
九条院家の当主が、静かに口を開いた。
「今日は、売上についても報告しておこう」
「……はい」
俺は、背筋を伸ばした。
大型モニターに、数字が表示される。
発売から一か月。
累計出荷数量。
十五万本。
「……十五万本……?」
思わず、声が漏れた。
九条院家の当主が頷いた。
「ああ。初回出荷分を含めて、十五万本だ」
俺は、言葉を失った。
十五万本。
数字が大きすぎて、すぐには実感できない。
「……すごいですね……」
西園寺家の当主が、穏やかに微笑んだ。
「それだけ、需要があるということだよ」
そして、次の資料が表示された。
製品の卸売単価。
一万二千円。
累計出荷分に対応する卸売売上高。
十八億円。
「…………え?」
俺は、画面を見つめたまま固まった。
……十八億円?
もう一度、数字を確認する。
間違いない。
十八億円。
発売から、たった一か月で。
「……じゅ、十八億……?」
思わず、声が震えた。
九条院家の当主が、小さく笑った。
「驚くのも無理はないね」
俺は、ゆっくり息を吐いた。
正直、想像以上だった。
もちろん、これは製品を販売する事業全体の売上高だ。
そのすべてが、俺の会社へ入るわけではない。
製造費。
人件費。
物流費。
研究開発費。
販売管理費。
そして、税金。
さまざまな費用がかかる。
それでも。
十八億円という数字は、俺にとってあまりにも大きかった。
◇
「……では、ルミナス・ライフの収入について説明しよう」
榊原さんが、資料を開いた。
「現在、ルミナス・ライフは製造技術の使用許諾と、魔石関連の技術管理を担当しています」
俺は、静かに頷いた。
「契約に基づき、製品の卸売売上高に応じた技術使用料が発生します」
「……はい」
「今回の契約では、対象売上高の八パーセントです」
俺は、頭の中で計算した。
十八億円の、八パーセント。
「……一億四千四百万円……?」
榊原さんが頷いた。
「その通りです」
俺は、思わず息を呑んだ。
一億四千四百万円。
それが、ルミナス・ライフに発生する技術使用料。
もちろん、請求や入金の時期、費用負担、税務処理などは別だ。
でも。
会社として、それだけの収入が見込めるようになった。
「……すごい……」
俺は、小さく呟いた。
九条院家の当主が、穏やかに微笑んだ。
「君の技術が、それだけの価値を生み出しているということだよ」
西園寺家の当主も頷いた。
「そして、これから需要が増えれば、さらに大きくなる可能性がある」
俺は、静かに頷いた。
けれど。
そのとき、父さんの言葉が頭をよぎった。
『会社のお金と、自分のお金は違うんだぞ』
俺は、ゆっくり口を開いた。
「……あの、一つ確認してもいいですか?」
榊原さんが頷いた。
「もちろんです」
「……このお金は、会社のお金ですよね?」
「その通りです」
榊原さんは、はっきり答えた。
「黒瀬君個人の収入ではありません」
俺は、少し安心した。
「……ですよね」
「今後、役員報酬や配当などを検討することはできますが、会社の資金繰りや税務、法的な手続きを踏まえて慎重に決める必要があります」
「……分かりました」
俺は頷いた。
いきなり大金を自由に使えるようになったわけじゃない。
けれど。
会社が、確かに成長している。
そのことが、嬉しかった。
◇
会議の後半では、今後の事業計画について話し合った。
製造ラインの増設。
魔石の供給体制。
研究員の増員。
そして、中級回復ポーションの研究。
どれも、重要な課題だ。
「……黒瀬君」
西園寺家の当主が、静かに口を開いた。
「今後、製造量を増やす場合、魔石の供給は問題ないかな?」
俺は、少し考えた。
「……今の規模なら、大丈夫です」
そして、続けた。
「ただ、さらに増産するなら、魔石の数を増やす必要があります」
九条院家の当主が頷いた。
「……なるほど」
「魔力の補充については、俺が担当します」
俺は、はっきり答えた。
「でも、学校生活に影響が出ないよう、効率化も進めたいです」
その言葉に、両家の当主が微笑んだ。
「……いい考えだね」
「無理をしないことが大切だ」
俺は、少し笑った。
「……はい」
◇
その日の夕方。
俺は、父さんと母さんへ売上の報告をしていた。
「……十八億円!?」
母さんが、思わず声を上げた。
「……うん」
俺は、少し苦笑した。
「製品の卸売売上高だけどね」
父さんも、驚いたように目を見開いていた。
「……一か月で、そこまで……」
「うん」
俺は頷いた。
「ルミナス・ライフにも、技術使用料が発生するんだ」
父さんは、しばらく考え込んだ。
そして、静かに口を開いた。
「……怜司」
「……うん?」
「……本当に、大きな事業になってきたな」
俺は、ゆっくり頷いた。
「……そうだね」
父さんは、穏やかに微笑んだ。
「でも、浮かれすぎるなよ」
「……分かってる」
俺は、少し笑った。
「会社のお金と、自分のお金は違うからね」
その言葉に、父さんが満足そうに頷いた。
「……そうだ」
母さんも微笑んだ。
「それに、どれだけ会社が大きくなっても、ちゃんとご飯を食べて、寝ること」
「……はい」
俺は、思わず苦笑した。
すると。
「……お兄ちゃん!」
陽菜が、勢いよくリビングへ入ってきた。
「……何?」
「……十八億って、本当!?」
「……どこで聞いたの?」
「今、聞こえた!」
陽菜は、目を輝かせていた。
「……すごいじゃん!」
俺は、思わず笑った。
「……まあ、会社の売上だけどね」
「それでもすごいよ!」
陽菜は、嬉しそうに笑った。
「……じゃあ、お兄ちゃん!」
「……何?」
「……今度、アイス奢って!」
「……アイス?」
「うん!」
俺は、思わず吹き出した。
「……それくらいなら、いつでもいいよ」
「やったー!」
陽菜が、満面の笑顔になった。
その様子に、家族が笑った。
……何だか、安心するな。
十八億円。
そんな数字を聞いたあとでも。
家では、いつも通りの会話が続いている。
それが、何より嬉しかった。
◇
同じ頃。
都内にある、一つの大きなビル。
その最上階の会議室では、数人の男たちが資料を見つめていた。
「……発売一か月で、十八億円か」
低い声が響く。
テーブルの上には、下級回復ポーションに関する資料が並んでいた。
製品の概要。
承認された用途。
販売実績。
そして、製造技術に関する情報。
「……九条院と西園寺が、ずいぶん大きなものを手に入れたようだな」
別の男が、静かに呟いた。
「問題は、製造技術です」
若い役員らしき男が、資料を指さした。
「既存の製造技術では、同じものを再現できていません」
「……つまり?」
「……何らかの特殊な技術が使われている可能性が高いということです」
会議室が、静かになった。
やがて。
最奥の席に座る男が、ゆっくり口を開いた。
「……調べろ」
その声は、冷たかった。
「製造技術の出所を、徹底的に調べるんだ」
若い役員が、静かに頷いた。
「……承知しました」
男は、窓の外へ視線を向けた。
眼下には、無数のビルが並んでいる。
「……九条院と西園寺だけに、こんな利益を独占させるわけにはいかん」
その声には、明確な欲望が滲んでいた。
「……必要なら、どんな手を使ってでも……」
言葉は、そこで途切れた。
けれど。
会議室にいた者たちは、その意味を理解していた。
◇
一方。
そんな動きが始まっていることなど知らず。
俺は、自室で研究ノートを開いていた。
回復ポーションの製造効率。
魔石の補充方法。
そして、今後の研究計画。
会社は、想像以上の速度で成長している。
けれど。
まだ、やるべきことはたくさんある。
「……次は、中級の研究も進めたいな」
俺は、小さく呟いた。
下級回復ポーションだけでも、これほどの反響があった。
もし、中級や上級が正式に使えるようになれば。
もっと多くの人を助けられるかもしれない。
その未来を思い描くと、自然と胸が高鳴った。
俺は、静かにペンを走らせた。
窓の外には、夜の街が広がっている。
世界を変えるかもしれない技術。
それは、多くの人々へ希望を届ける一方で。
その力を奪おうとする者たちの欲望も、引き寄せ始めていた。
けれど。
そのことを、今の俺はまだ知らない。
ただ、信じていた。
この薬が、いつかもっと多くの人を救うことを。
そして、大切な人たちと笑い合える未来が続いていくことを。
その願いを胸に。
俺は、次の研究へ向けて、静かに準備を進めていたのだった。




