第144話 誰もが魔法を使える未来――未完成の新たな発明
「……黒瀬君。少し、いいかな?」
九条院家の屋敷で護身用アクセサリーを渡し終えたあと。
帰ろうとしていた俺へ、九条院家の当主が声をかけた。
「はい。何でしょうか?」
「先ほどの魔道具について、もう少し詳しく聞かせてほしいんだ」
その言葉に、西園寺家の当主も頷いた。
「私も、ぜひ聞いてみたい」
俺は、少しだけ考えた。
どうやら、二人ともかなり興味を持ってくれたらしい。
「……分かりました」
俺は頷いた。
「では、もう少しだけお時間をいただいてもいいですか?」
「もちろんだよ」
九条院家の当主が微笑んだ。
こうして俺たちは、再び応接室へ戻ることになった。
◇
「……まず、確認したいことがある」
西園寺家の当主が、静かに口を開いた。
「先ほどのアクセサリーは、君が魔法を使わなくても、自動で結界を張るんだね?」
「はい」
俺は頷いた。
「魔石に、あらかじめ防御魔法を組み込んであります」
「……つまり、魔法を使えない人間でも、その効果を受けられる」
「そうです」
九条院家の当主が、興味深そうに身を乗り出した。
「……それなら、他の魔法でも同じことができるのかな?」
俺は、少しだけ笑った。
「……実は、今まさに研究しているところなんです」
その瞬間。
二人の当主の表情が変わった。
「……ほう?」
「……詳しく聞かせてくれないか」
俺は、鞄から一枚の設計図を取り出した。
そこには、小型の魔石を組み込んだ装置の構造が描かれている。
「……これは?」
九条院家の当主が、資料を見つめた。
「魔法を使えない人でも、自分の意思で魔法を発動できるようにするための装置です」
その言葉に、室内が静まり返った。
「……自分の意思で?」
西園寺家の当主が、ゆっくり繰り返す。
「はい」
俺は頷いた。
「今までの護身用アクセサリーは、危険を感知したときに自動で発動します」
俺は、設計図の一部を指さした。
「でも、こちらは使用者が操作することで、魔石に込めた魔法を発動できるようにしたいんです」
九条院家の当主が、静かに息を吐いた。
「……なるほど」
そして、少しだけ笑う。
「……君は、どこまで我々を驚かせるつもりなんだい?」
俺は、思わず苦笑した。
「……まだ完成していませんけどね」
◇
「……具体的には、どのような魔法を想定しているんだね?」
西園寺家の当主が尋ねた。
「まずは、簡単なものからです」
俺は答えた。
「例えば、光を生み出す魔法」
右手を上げる。
指先に、小さな光球を生み出した。
「……これですね」
光球が、静かに浮かぶ。
「この魔法を魔石へ組み込めば、使用者が装置を操作するだけで光を出せるようになるはずです」
九条院家の当主が頷いた。
「……照明のような使い方か」
「はい」
俺は頷いた。
「それから、水を生み出す魔法」
今度は、手のひらの上に小さな水球を作った。
「……これも、応用できると思います」
西園寺家の当主が、真剣な表情になる。
「……災害時などにも役立ちそうだね」
「そうですね」
俺は頷いた。
「ただし、飲み水として使うなら、衛生面の確認も必要だと思います」
その言葉に、当主は満足そうに微笑んだ。
「……君は、ちゃんと現実的なことも考えているんだね」
俺は、少し照れくさくなった。
「……ありがとうございます」
◇
「……では、防御魔法はどうだろう?」
九条院家の当主が尋ねた。
「先ほどのような自動発動ではなく、使用者が自分で結界を張ることもできるのかな?」
「……理論上は可能です」
俺は答えた。
「ただし、そこが難しいところなんです」
「……難しい?」
「はい」
俺は、設計図を広げた。
「自動発動なら、危険を感知した瞬間に決められた魔法を使えばいいんです」
俺は続けた。
「でも、使用者が自由に発動する場合、いつ、どの方向へ、どれくらいの強さで魔法を使うかを判断しなければなりません」
西園寺家の当主が頷いた。
「……なるほど」
「その調整を、魔法を使えない人でも安全にできるようにする必要があります」
九条院家の当主も、静かに考え込んだ。
「……つまり、操作方法と安全性が課題なんだね」
「はい」
俺は頷いた。
「だから、まだ完成していないんです」
その言葉に、二人の当主は納得したように頷いた。
◇
「……怜司さん!」
突然、琴音さんが手を上げた。
「はい?」
「……それが完成したら、私も魔法を使えるんですか!?」
俺は、少し笑った。
「魔道具に込められた魔法なら、使えるようになると思います」
「……ほんと!?」
琴音さんの目が、きらきらと輝いた。
「すごい! 魔法少女みたい!」
その言葉に、麗華さんが苦笑した。
「琴音。あなたは、まず勉強を頑張りなさい」
「えー! お姉様、またそれ!」
「当然ですわ」
琴音さんは、少しだけ頬を膨らませた。
「……でも、魔法が使えたら楽しそうなのに」
俺は、思わず笑った。
「……そうですね」
そして、少しだけ真剣な表情になる。
「でも、魔法って便利なだけじゃないんです」
琴音さんが、首を傾げた。
「……どういうことですか?」
「使い方を間違えれば、危険なことも起こるからです」
俺は、静かに答えた。
「だから、誰でも安全に使えるようにするには、ちゃんと考えなければいけないんです」
琴音さんは、しばらく考え込んだ。
そして、真剣な表情で頷いた。
「……分かりました!」
麗華さんが、満足そうに微笑んだ。
「……よろしいですわ」
◇
「……黒瀬君」
九条院家の当主が、静かに口を開いた。
「この技術も、将来的には事業化を考えているのかな?」
俺は、少し考えた。
「……可能性はあると思います」
そして、ゆっくり続けた。
「でも、今は回復ポーションの研究を優先したいです」
西園寺家の当主が頷いた。
「……その方がいいだろうね」
「はい」
俺は頷いた。
「魔道具の方まで同時に進めると、管理が難しくなると思うので」
九条院家の当主も微笑んだ。
「……賢明な判断だよ」
そして、少しだけ真剣な表情になる。
「ただし、研究成果や設計図の管理には気をつけよう」
「……はい」
「君の技術は、回復ポーションだけでも十分に大きな価値がある」
当主は続けた。
「そこへ、誰でも魔法を使える装置まで加われば、社会への影響はさらに大きくなる」
俺は、静かに頷いた。
「……分かっています」
その言葉に、西園寺家の当主が微笑んだ。
「……焦らず、一つずつ進めよう」
「……はい」
◇
その後、俺たちは魔道具の今後について話し合った。
護身用アクセサリーは、当面、秘密を共有した家族のためだけに使用する。
一般販売は行わない。
製造方法や魔石の詳細も、外部へは公開しない。
そして、誰でも魔法を使える装置については、完成するまで俺が研究を続ける。
ただし、事業化を検討する段階になったら、改めて専門家を交えて安全性や法的な問題を確認する。
その方針で、全員の意見が一致した。
「……黒瀬君」
西園寺家の当主が、穏やかに微笑んだ。
「君の発明は、いつも我々の想像を超えてくるね」
俺は、少し照れくさくなった。
「……ありがとうございます」
「……でも」
当主は、真剣な表情になった。
「どれほどすごいものを作っても、君自身が無理をしてはいけないよ」
俺は、少し驚いた。
「……はい」
「研究も、会社も、学校も。全部を一人で抱える必要はない」
九条院家の当主も頷いた。
「そうだね。君が楽しく研究できる環境を作ることも、我々の役目だ」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
「……ありがとうございます」
◇
帰宅後。
俺は、自室の机に向かっていた。
目の前には、未完成の魔道具の設計図。
魔石へ込めた魔法を、誰でも使えるようにする装置。
もし完成すれば、きっと色々なことができる。
災害時の照明。
水の確保。
緊急時の防御。
そして、今はまだ思いつかないような使い方もあるだろう。
けれど。
「……まずは、安全に使えることが大切だな」
俺は、小さく呟いた。
どれほど便利でも、危険なものでは意味がない。
使う人が安心できること。
それが、何より重要だ。
俺は、設計図へ新しい項目を書き加えた。
『誤作動防止』
『魔力残量の確認』
『使用者の安全確保』
そして、最後に。
『誰でも安心して使えること』
俺は、ペンを置いた。
窓の外には、静かな夜空が広がっている。
回復ポーション。
護身用魔道具。
そして、誰でも魔法を使える未来。
やりたいことは、まだまだたくさんある。
けれど、焦る必要はない。
一歩ずつ進めばいい。
俺は、静かに笑った。
今の俺には、そう思えるだけの余裕があった。
そして。
この未完成の設計図が、いつか新しい未来を切り開くことを。
俺は、心のどこかで確信していた。




