第141話 大切な人を守るために――少年が作った護身の魔石
研究施設を訪れてから、数日が経った。
株式会社ルミナス・ライフの事業は、少しずつ前へ進んでいる。
高瀬博士たちは回復ポーションの分析を続け、篠原さんは製造工程の管理方法を検討してくれていた。
俺自身も、学校が終わってから研究資料を確認したり、魔石式製造機の改良案を考えたりしている。
けれど、最近ずっと気になっていることがあった。
「……もし、皆さんが危険な目に遭ったら」
自室の机に向かいながら、俺は小さく呟いた。
九条院家と西園寺家。
そして、父さんと母さん、陽菜。
魔力の存在を知っている人たちだ。
もちろん、今のところ秘密が外部へ漏れた様子はない。
両家も、情報管理には細心の注意を払ってくれている。
それでも、絶対に安全だとは言い切れない。
もし、魔力の存在が知られたら。
俺に近づくため、家族や大切な人たちを狙う人間が現れるかもしれない。
それに。
「……悪意がなくても、事故は起きる」
俺は、机の上に置かれた小瓶を見つめた。
上級回復ポーション。
琴音さんの命を救った薬と、同じものだ。
あの事故は、今でも忘れられない。
西園寺家の皆さんが病院で見せた表情。
麗華さんの震える声。
そして、意識を失った琴音さん。
もし、薬が間に合わなかったら。
そう考えるだけで、胸の奥が冷たくなる。
回復ポーションは、確かに強力だ。
でも。
怪我をしてから治すよりも、最初から怪我をしない方がいい。
「……だったら」
俺は、机の引き出しを開けた。
中には、いくつかの小さな魔石が入っている。
異世界ルミエールで入手した蓄魔石。
日本では、俺が開発した特殊な魔力蓄積素材として説明しているものだ。
その一つを手に取り、光へかざした。
透明な結晶の奥で、淡い青色の光が揺れる。
「……これを使えば」
頭の中に、一つの構想が浮かんだ。
魔石へ防御魔法を込める。
そして、危険を感知した瞬間、自動的に結界を展開する。
使用者は、魔法を使えなくてもいい。
魔石が代わりに発動する仕組みだ。
「……よし」
俺は、ノートを開いた。
新しい研究の始まりだった。
◇
最初に考えたのは、発動条件だった。
単純に、衝撃へ反応するだけでは不十分だ。
歩いているときに誰かと肩が触れただけで結界が出たら、日常生活に支障が出る。
かといって、衝撃が強すぎる場合だけ反応する仕組みでは、刃物や銃弾のような危険に間に合わないかもしれない。
「……悪意の感知と、危険の予測を組み合わせるか」
俺は、魔法の術式を組み立て始めた。
《万象習得》によって得た知識を整理し、防御魔法と感知魔法を組み合わせる。
使用者へ向けられた明確な敵意。
生命を脅かすほどの急激な衝撃。
高速で接近する危険物。
そうした条件を検知すると、魔石が自動的に結界を展開する。
重要なのは、発動までの速さだ。
危険に気づいてからでは遅い。
本人が何も知らないうちに、守れるようにしたかった。
俺は、何度も術式を調整した。
感知範囲。
魔力消費。
結界の強度。
そして、誤作動の防止。
単純な防御魔法より、ずっと複雑だった。
それでも、不思議と苦にはならない。
守りたい人たちの顔を思い浮かべるたびに、もっと良いものを作りたいと思えたからだ。
◇
翌日。
俺は、借りている作業場で試作品を完成させた。
小さな魔石を金属製の枠へ収めた、簡素なペンダント。
見た目は普通のアクセサリーに近い。
けれど、内部には複数の魔法が組み込まれている。
「……まずは、動作確認だな」
俺は、試験用の人形へペンダントを取り付けた。
人形の周囲には、衝撃を測定するための装置を設置してある。
最初は、低い強度から。
魔力で作った小さな飛翔体を、人形へ向けて放つ。
すると。
キィンッ!
澄んだ音が響いた。
人形の周囲に、透明な膜が現れる。
飛翔体は、その膜に触れた瞬間、弾かれた。
「……成功!」
俺は、思わず拳を握った。
結界は、人形の身体に触れることなく、周囲を包んでいる。
衝撃が伝わった様子もない。
続いて、角度を変えて試す。
背後から。
横から。
上から。
どの方向からでも、結界は自動的に展開した。
「……いい感じだな」
けれど、まだ完成ではない。
問題は、もっと大きな衝撃だ。
◇
俺は、試験装置の設定を変更した。
今度は、強力な衝撃を加える。
もちろん、周囲には多重の防護結界を張ってある。
万が一にも、作業場を壊すわけにはいかない。
「……いくぞ」
俺は、試験用の魔力弾を放った。
次の瞬間。
ドンッ!
鈍い衝撃音が響く。
人形の周囲に、強い光が走った。
透明な結界が、衝撃を受け止める。
そして。
魔力弾は、完全に消えた。
「……よし!」
俺は、測定結果を確認した。
人形へ伝わった衝撃は、ほとんどない。
結界の強度も、想定通りだった。
さらに、衝撃の種類を変えて試験を重ねた。
鋭い物体。
高速で接近する飛翔体。
広い範囲へ広がる爆発的な圧力。
そして、大型車両との衝突を想定した強い荷重。
すべて、結界が受け止めた。
ただし、現実の銃弾や爆発物、トラックを使って試したわけではない。
魔法による模擬試験で確認できた範囲では、それらに相当する危険にも耐えられる見込みだった。
「……これなら」
俺は、静かに息を吐いた。
「……琴音さんのような事故も、防げるかもしれない」
そのことが、何より嬉しかった。
◇
ただし、問題も見つかった。
強い結界を展開すると、魔石に蓄えられた魔力を大きく消費する。
試験を繰り返すうちに、結晶の光が少しずつ弱くなっていった。
「……やっぱり、無制限には使えないか」
俺は、魔石を手に取った。
残った魔力を確認する。
小さな衝撃なら、まだ何度か防げる。
けれど、大きな事故や強力な攻撃を防いだあとは、再充填した方がいい。
「……使用したら、俺が魔力を補充する必要があるな」
その点は、使用者へ必ず説明しよう。
何度でも無条件に守ってくれると思われたら危険だ。
俺は、ノートへ書き込んだ。
『結界発動後は、必ず点検と魔力補充を行うこと』
さらに、残量が少なくなった場合には、結晶の色が変わる仕組みも加えた。
これなら、使った本人にも状態が分かる。
そして、もう一つ。
事故や攻撃を受けたとき、結界の内側にいる人が危険な場所へ取り残されないよう、周囲の状況に応じて一定時間だけ防御を維持する機能も加えた。
完璧とは言えない。
けれど、今できる範囲では、かなり安全なものになったと思う。
◇
試作品が完成すると、俺はアクセサリーの形を考え始めた。
ペンダント。
ブレスレット。
ピアス。
指輪。
身につける人によって、好みは違う。
父さんには、普段使いしやすいブレスレットがいいかもしれない。
母さんには、上品なペンダント。
陽菜には、可愛らしい小さなチャーム。
澪さんには、繊細なデザインのペンダント。
麗華さんには、落ち着いた雰囲気のブレスレット。
琴音さんには、明るい色のアクセサリーが似合いそうだ。
俺は、一人ひとりの顔を思い浮かべながら、デザインを考えた。
九条院家と西園寺家のご両親の分も忘れない。
全部で十人分。
自分の家族三人。
九条院家三人。
西園寺家四人。
俺自身の分も作れば、十一個だ。
「……よし」
俺は、静かに笑った。
魔石の加工には、細かな魔力操作が必要だった。
けれど、今の俺なら問題ない。
小さな結晶を整え、アクセサリーの中へ組み込んでいく。
そして、それぞれに同じ防御術式を刻んだ。
見た目は違っても、性能は同じ。
誰か一人だけ守れない、なんてことにはしたくなかった。
◇
すべての作業が終わった頃には、窓の外が暗くなっていた。
机の上には、十個の小さな箱が並んでいる。
それぞれに、持ち主の名前を書いた。
正臣。
美咲。
陽菜。
九条院家の皆さん。
西園寺家の皆さん。
俺は、その箱を静かに見つめた。
「……これで、少しは安心できるかな」
もちろん、魔道具があるからといって、絶対に危険がなくなるわけではない。
それでも。
俺がそばにいないときでも、守れる可能性がある。
それだけで、意味があると思った。
そして。
俺は、机の端に置かれた別の設計図へ視線を向けた。
そこには、もう一つの魔道具の構想が描かれている。
魔法を使えない人でも、魔石に込めた魔法を自分の意思で発動できる装置。
光を生み出す。
水を作る。
防御結界を展開する。
そうした魔法を、誰でも扱えるようにするための技術だ。
ただし、こちらはまだ完成していない。
発動条件や安全性の調整が難しく、実用化にはもう少し時間が必要だった。
「……こっちは、まだ先だな」
俺は、設計図を閉じた。
今は、目の前の人たちを守ることが先だ。
大切な人がいる。
守りたい家族がいる。
そして、信じてくれる人たちがいる。
その人たちが、明日も笑っていられるように。
俺は、小さな魔石へ最後の魔力を込めた。
淡い光が、静かに輝く。
それは、俺が大切な人たちへ贈る。
小さな、小さな守りの奇跡だった。




