第140話 始動する奇跡の研究所――少年社長が描く新たな未来
魔力の秘密を両家へ打ち明けてから、一週間。
株式会社ルミナス・ライフの事業は、新しい段階へ進もうとしていた。
その日。
俺は、九条院家と西園寺家の当主に案内され、郊外にある研究施設を訪れていた。
「……ここが?」
目の前に広がっていたのは、白を基調とした大きな建物だった。
周囲には広い敷地があり、建物の前には整備された駐車場が広がっている。
外観は、どこか大学の研究棟を思わせる雰囲気だった。
「……すごいですね」
思わず呟くと、九条院家の当主が微笑んだ。
「まだ、正式にすべての設備が整っているわけではないけれどね」
西園寺家の当主も頷いた。
「まずは、ここを研究開発の拠点として使う予定だ」
「……ここを、ですか?」
「ああ」
俺は、もう一度建物を見上げた。
自分の会社が、こんな場所で研究を進めることになるなんて。
少し前までの俺なら、絶対に想像できなかったと思う。
「……本当に、ありがとうございます」
俺が頭を下げると、九条院家の当主が笑った。
「まだ礼を言うのは早いよ」
「……え?」
「中を見てからにしよう」
そう言って、建物の入口へ向かった。
◇
施設の中は、想像以上に本格的だった。
広い廊下。
清潔に保たれた研究室。
分析装置が並ぶ部屋。
そして、試作品の製造や品質確認を行うための専用スペース。
俺は、思わず目を輝かせた。
「……すごい……!」
九条院家の当主が、楽しそうに笑う。
「気に入ってもらえたかな?」
「はい!」
思わず、勢いよく答えてしまった。
その様子を見て、澪さんがくすりと笑う。
「レイジさん、とても嬉しそうですね」
「……すみません。ちょっと興奮してしまって」
「ふふ。いいんですよ」
澪さんは、柔らかく微笑んだ。
「私も、レイジさんが喜んでくださって嬉しいです」
その隣で、麗華さんが小さく笑う。
「黒瀬さん。まだ驚くのは早いですわ」
「……え?」
「こちらへ」
麗華さんに案内され、俺たちは別の部屋へ向かった。
扉が開く。
そこには。
「……えっ?」
俺は、思わず足を止めた。
広い実験室。
中央には、作業台。
壁際には、さまざまな測定機器。
そして、奥には製造装置を設置するためのスペースが確保されていた。
「……ここは?」
西園寺家の当主が、静かに答えた。
「君の研究用に、準備した部屋だよ」
「……俺の?」
「ああ」
俺は、言葉を失った。
自分専用の研究室。
そんなものを持つ日が来るなんて、考えたこともなかった。
「……もちろん、今後は必要な専門家と協力して使ってもらうことになる」
当主は続けた。
「ただし、君の技術に関する重要な部分は、適切に管理できるようにしてある」
九条院家の当主も頷いた。
「魔石式製造機についても、まずはこの施設で評価を進めよう」
俺は、ゆっくり頷いた。
「……ありがとうございます」
胸の奥が、熱くなった。
◇
その後。
会議室では、研究開発の具体的な計画について説明が行われた。
参加していたのは、九条院家と西園寺家の当主。
榊原さん。
高瀬博士。
篠原さん。
そして、俺。
澪さんと麗華さんも、見学という形で同席していた。
ただし、魔力の存在については、まだ二人の研究者へ明かしていない。
そのため、今日の会議では製造装置の詳細な原理ではなく、今後の研究体制と情報管理について話し合うことになっていた。
「まず、下級回復ポーションについてですが」
高瀬博士が、資料を開いた。
「現在、成分分析に加え、物性や安定性の評価を進めています」
俺は、真剣に聞いていた。
「ただし、これまでの分析だけでは、完成品にどのような作用があるのか十分に説明できていません」
「……はい」
「今後は、必要な倫理審査や安全管理を踏まえたうえで、段階的に評価方法を検討する必要があります」
俺は頷いた。
「分かりました」
高瀬博士は、少しだけ微笑んだ。
「黒瀬君。君の技術には、非常に興味があります」
「……ありがとうございます」
「ただし、科学的な評価は慎重に進めなければなりません」
「はい」
俺は、はっきり答えた。
「俺も、そこは大切にしたいと思っています」
その言葉に、高瀬博士が満足そうに頷いた。
◇
「それから、製造装置についてですが」
篠原さんが口を開いた。
「今後、試作品の製造条件を一定に保てるかどうか、確認していきたいと考えています」
「……はい」
「ただし、現段階では装置の詳細な構造や動作原理について、まだ十分な情報をいただいていません」
その言葉に、俺は少しだけ緊張した。
当然の質問だった。
魔石式製造機の中核には、魔力という未知の力がある。
それを説明しないまま、正式な研究を進めるのは難しい。
「……その点については」
俺は、ゆっくり口を開いた。
「近いうちに、きちんと説明したいと思っています」
篠原さんが、少し驚いたように顔を上げた。
「……本当ですか?」
「はい」
俺は頷いた。
「ただ、今まで知られていなかった技術なので、説明する順番や方法を慎重に考えたいんです」
その言葉に、榊原さんが頷いた。
「……その件については、法務面からも整理しておきましょう」
俺は、少し安心した。
「ありがとうございます」
九条院家の当主も、静かに口を開いた。
「研究に必要な情報は、適切な形で共有していく。ただし、黒瀬君個人の安全にも十分配慮する」
西園寺家の当主が頷く。
「その方針で進めましょう」
研究者たちも、納得したように頷いた。
◇
会議が終わったあと。
俺は、研究室へ戻っていた。
まだ何も置かれていない作業台。
これから、ここへ自分の製造装置を設置する。
そして、専門家たちと一緒に研究を進める。
そのことを考えると、胸が高鳴った。
「……レイジさん」
後ろから、澪さんの声が聞こえた。
「……澪さん」
振り返ると、澪さんが柔らかく微笑んでいた。
「……嬉しそうですね」
「……はい」
俺は、少し照れくさくなりながら頷いた。
「こんな研究室を使えるなんて、夢みたいです」
澪さんは、静かに微笑んだ。
「……レイジさんが、頑張ってきたからですよ」
「……そんな」
「いいえ」
澪さんは、ゆっくり首を横に振った。
「……私は、そう思います」
その言葉に、胸が温かくなった。
「……ありがとうございます」
すると、麗華さんも近づいてきた。
「黒瀬さん」
「はい?」
「……これから、ますます忙しくなりそうですわね」
「……そうですね」
俺は苦笑した。
「でも、学校もちゃんと通うつもりです」
麗華さんは、満足そうに頷いた。
「それがよろしいですわ」
そして、少しだけ悪戯っぽく微笑む。
「……それに、私との約束も忘れていただいては困りますもの」
「……書店イベントのことですか?」
「ええ」
麗華さんは、嬉しそうに笑った。
「楽しみにしていますわ」
澪さんも、柔らかく微笑んだ。
「……私との美術展も、忘れないでくださいね」
「もちろんです」
俺が答えると、二人は顔を見合わせた。
そして、くすりと笑った。
……何だか、少しだけ安心した。
会社を作っても。
研究が忙しくなっても。
こういう時間は、大切にしたい。
◇
その日の帰り道。
俺は、スマートフォンに届いたメッセージを確認していた。
父さんからだった。
『研究施設はどうだった?』
俺は、すぐに返信した。
『すごかったよ。専用の研究室まで用意してもらった』
すると、少しして返事が届いた。
『そうか。よかったな。でも、無理はするなよ』
俺は、思わず笑った。
『分かってる。ありがとう』
続いて、母さんからもメッセージが届く。
『今日は何時頃帰る? 夕飯は怜司の好きなものにしてあるわよ』
俺は、胸が温かくなるのを感じた。
『もうすぐ帰るよ。ありがとう』
さらに。
陽菜からもメッセージが届いた。
『お兄ちゃん! 帰ったら魔法見せてね!』
「……まったく」
俺は、思わず笑ってしまった。
でも。
こういう家族がいるから、頑張れるんだと思う。
◇
夜。
自室へ戻った俺は、机の上に置いた魔石を見つめていた。
淡い青色の結晶。
その中には、俺の魔力が蓄えられている。
今はまだ、俺しか魔力を扱えない。
だから、製造できる量にも限界がある。
けれど。
魔石式製造機を改良し、効率を高めることができれば。
もっと多くの回復ポーションを作れるようになる。
そして。
いつか、多くの人へ届けられるかもしれない。
「……まずは、下級からだな」
俺は、ノートを開いた。
品質の安定。
製造工程の記録。
安全性の確認。
そして、魔石の供給体制。
やるべきことは、山ほどある。
けれど。
今の俺には、それが苦痛ではなかった。
むしろ。
新しいことを学び、できることが増えていくのが楽しかった。
俺は、静かにペンを走らせた。
株式会社ルミナス・ライフ。
その研究は、まだ始まったばかりだ。
けれど。
ここから先、どんな未来が待っているのか。
今は、それが楽しみで仕方なかった。
そして。
この小さな研究所から生まれる技術が、やがて世界中の人々の希望になることを。
俺は、まだ知らなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
俺は、もう以前の俺ではない。
自分の力を信じ、仲間を信じ、未来へ向かって歩いている。
その一歩一歩が、いつか大きな道になる。
そう信じながら。
俺は、新しい研究計画を書き進めていったのだった。




