第139話 秘密を知る者たち――少年の未来を守るために
魔力の秘密を打ち明けた翌朝。
俺は、いつもより少し早く目を覚ました。
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
しばらく天井を見つめながら、昨日の出来事を思い返した。
父さん。
母さん。
陽菜。
そして、九条院家と西園寺家の皆さん。
目の前で魔法を使ったときの驚いた表情。
魔石式製造機を見せたときの真剣な眼差し。
そして。
『今度は、私たち大人が君を守る番だ』
西園寺家の当主の言葉。
その一言が、ずっと胸に残っていた。
「……ありがたいな」
俺は、小さく呟いた。
今まで、魔法のことは誰にも話せなかった。
自分が普通ではない存在になったことを、ずっと一人で抱えていた。
もちろん、異世界の秘密はまだ残っている。
でも、少なくとも魔力については、信頼できる人たちと話せるようになった。
そのことが、思っていた以上に嬉しかった。
俺はベッドから起き上がり、制服へ着替え始めた。
今日も、いつも通り学校だ。
どれだけ特別な力を持っていても。
俺の日常は、続いていく。
◇
「お兄ちゃん!」
リビングへ入った瞬間、陽菜が駆け寄ってきた。
「……何?」
「ねえねえ! 昨日の魔法、もう一回見せて!」
「……朝から?」
「だって、まだ信じられないんだもん!」
陽菜は目を輝かせている。
母さんが、キッチンから苦笑した。
「陽菜。お兄ちゃんは学校へ行く準備があるでしょう?」
「えー!」
「それに、魔法を見たいからって、毎回お願いするのはだめよ」
「……はーい」
陽菜は、少し残念そうに頬を膨らませた。
俺は思わず笑った。
「……今度、時間があるときにね」
「ほんと!?」
「うん」
「やった!」
陽菜は、満面の笑顔になった。
その様子を見て、父さんが新聞を畳んだ。
「……怜司」
「うん?」
「昨日の話なんだが」
俺は、少しだけ背筋を伸ばした。
「……うん」
「一つ、約束してほしい」
「……何?」
父さんは、真剣な表情で俺を見つめた。
「これから先、どれほど大きな話になっても、一人で抱え込まないことだ」
俺は、静かに頷いた。
「……分かった」
「お前には、頼れる人たちがいる。俺たちもいる」
父さんは、穏やかに微笑んだ。
「困ったら、ちゃんと相談しなさい」
「……うん。ありがとう」
母さんも頷いた。
「それと、魔法が使えるからって、無理をしないこと」
「……はい」
「どんな力を持っていても、身体は大切にしなきゃだめよ」
俺は、思わず苦笑した。
「……母さんらしいね」
「当たり前でしょう?」
母さんは、優しく笑った。
「あなたは、私たちの大切な息子なんだから」
その言葉に、胸が温かくなった。
◇
学校へ到着すると、いつもの教室が待っていた。
「おっ、怜司!」
隼人が、元気よく手を振る。
「おはよう、隼人」
「おはよう! 昨日、何してたんだ?」
「……ちょっと、家族と出かけてた」
「へえ。いいな!」
その隣で、蒼真が静かに笑った。
「最近、忙しそうだな」
「……まあ、少しね」
「無理はするなよ」
「ありがとう、蒼真」
俺は、自然と笑った。
こういう何気ない会話が、今はとても大切に感じる。
魔法のことを知っている人。
知らない人。
その間には、確かに秘密がある。
けれど。
だからといって、友達との関係が変わるわけではない。
俺は、今まで通りの自分でいたかった。
◇
昼休み。
図書室へ向かうと、詩織さんがいつもの席に座っていた。
窓際の、静かな場所。
手元には、一冊の小説が開かれている。
「……詩織さん」
声をかけると、彼女が顔を上げた。
「……黒瀬君」
その表情が、少しだけ柔らかくなる。
「こんにちは」
「こんにちは」
俺は、向かい側の席へ腰を下ろした。
「何を読んでるんですか?」
「……この前、話していた小説の続き」
「ああ、あれですね」
以前、一緒に書店へ行ったときに話題になった作品だ。
詩織さんは、嬉しそうに頷いた。
「……黒瀬君は、もう読んだ?」
「はい。昨日、少し時間があったので」
「……どうだった?」
その声には、期待が込められていた。
俺は、少し考えてから答えた。
「……最後の場面が、すごくよかったです」
詩織さんの目が、ぱっと輝いた。
「……分かる」
そして、少しだけ身を乗り出す。
「……あの主人公が、やっと自分の気持ちを言えたところ」
「はい」
「……ずっと、言えなかったのに」
俺は、静かに頷いた。
言えなかったことを、ようやく伝える。
その言葉が、昨日の自分と少し重なった。
「……勇気が必要だったんでしょうね」
俺が呟くと、詩織さんは静かに微笑んだ。
「……うん」
そして、少しだけ首を傾げる。
「……黒瀬君、何かいいことあった?」
「……え?」
「……何となく、表情が柔らかいから」
俺は、少し驚いた。
そんなに分かりやすかっただろうか。
「……そうですね」
俺は、ゆっくり頷いた。
「……大切な人たちと、ちゃんと話ができたんです」
詩織さんは、しばらく俺を見つめた。
そして、柔らかく微笑む。
「……よかったね」
「……はい」
その一言が、何だか嬉しかった。
「……黒瀬君」
「はい?」
「……今度、また一緒に本を見に行かない?」
俺は、少し驚いた。
「もちろんです」
詩織さんの頬が、ほんのり赤くなる。
「……じゃあ、約束」
「はい。約束です」
彼女は、嬉しそうに本を閉じた。
静かな図書室。
穏やかな時間。
俺は、こういう日常も大切にしたいと思った。
◇
放課後。
俺は、九条院家と西園寺家の当主から連絡を受けていた。
昨日の会合を踏まえ、今後の対応について具体的な準備を始めるらしい。
まず、魔力と魔石の存在を知る人間を、必要最小限に絞ること。
次に、研究施設の管理体制を強化すること。
そして、俺の個人情報や生活を守るための仕組みを整えること。
ただし。
俺が望まない過剰な警備や監視は行わない。
学校生活にも、できる限り影響を与えない。
その方針が、はっきり示されていた。
「……ありがたいな」
俺は、スマートフォンを見つめながら呟いた。
すると、澪さんからメッセージが届いた。
『レイジさん。お父様から、昨日のお話を受けて色々と準備を進めていると聞きました』
『ありがとうございます。皆さんに助けてもらってばかりですね』
そう返信すると、すぐに返事が届く。
『そんなことありませんよ。私たちも、レイジさんのお力になりたいんです』
そして、もう一通。
『それに……秘密を話してくださって、とても嬉しかったです』
俺は、少しだけ胸が温かくなった。
『信じているからこそ、お話ししました』
送信すると、しばらく返事が来なかった。
……あれ?
何か変なことを言っただろうか。
そう思っていると。
『……ありがとうございます。とても嬉しいです』
短い返事が届いた。
俺は、自然と笑顔になった。
◇
その夜。
今度は麗華さんから電話がかかってきた。
「……もしもし、黒瀬です」
『黒瀬さん。今、お時間よろしいかしら?』
「はい。大丈夫ですよ」
『……少し、お話ししたくなりまして』
麗華さんの声は、いつもより柔らかかった。
「……何かありましたか?」
『……いえ。大したことではありませんの』
少しだけ間が空く。
『……昨日、あなたが魔法を使うところを見て、正直、とても驚きましたわ』
「……ですよね」
『ええ。今でも、少し信じられないくらいです』
俺は、苦笑した。
「……俺も、最初はそうでした」
『……でも』
麗華さんの声が、少しだけ真剣になる。
『……あなたが、私たちを信じて話してくださったこと。それが、とても嬉しかったんですの』
俺は、静かに聞いていた。
『……黒瀬さん』
「はい」
『……これから先、どんなことがあっても、私はあなたの味方ですわ』
その言葉に、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます、麗華さん」
『……ふふ』
電話の向こうで、小さな笑い声が聞こえる。
『……それと、琴音がまたあなたに会いたがっていますの』
「……琴音さんが?」
『ええ。魔法のことを、もっと聞きたいそうですわ』
俺は、思わず笑った。
「……琴音さんらしいですね」
『まったくですわ』
麗華さんも、楽しそうに笑った。
その声を聞いていると、自然と心が落ち着いた。
◇
電話を終えたあと。
俺は、机の上に置いた魔石を見つめていた。
淡い光を宿した、小さな結晶。
この中には、俺の魔力が蓄えられている。
そして。
この力が、いつか多くの人の命を救うかもしれない。
「……頑張らないとな」
俺は、小さく呟いた。
ただし。
もう、一人で全部を背負う必要はない。
九条院家。
西園寺家。
そして、俺の家族。
支えてくれる人たちがいる。
そのことを、忘れないようにしよう。
俺は魔石をケースへ戻し、ノートを開いた。
次の目標は、魔石式製造機の研究体制を整えること。
そして、正式な品質評価を進めること。
まだまだ、やるべきことは多い。
けれど。
今の俺には、不思議と前向きな気持ちしかなかった。
秘密を共有できたことで、未来への道が少しだけ明るくなった。
そんな気がしていた。




