第137話 魔石に宿る奇跡――誰もが回復薬を作れる未来
俺の手のひらから生まれた水が、グラスの中で静かに揺れていた。
九条院家と西園寺家。
そして、俺の家族。
十一人が集まった部屋には、何とも言えない空気が流れている。
「……お兄ちゃん」
最初に沈黙を破ったのは、陽菜だった。
「……もう一回、魔法見せて!」
「陽菜……」
母さんが苦笑する。
「だって、本物だよ!? こんなの見たことないもん!」
それはそうだろう。
俺だって、最初に魔法を使えたときは信じられなかった。
「……じゃあ、もう一つだけ」
俺は右手を上げた。
指先に魔力を集める。
すると、小さな光が生まれた。
今度は一つではない。
二つ、三つ、四つ。
淡い金色の光球が、指先から次々と浮かび上がっていく。
「わあ……!」
琴音さんが目を輝かせた。
俺は光球をゆっくり動かした。
四つの光が円を描き、やがて一つに集まる。
大きくなった光球が、部屋の中央で柔らかく輝いた。
「……綺麗」
澪さんが、小さく呟く。
麗華さんも、驚いたように見つめていた。
「……本当に、夢を見ているみたいですわ」
俺は光をゆっくり消した。
部屋に、元の明るさが戻る。
「……これが、俺の使える魔法の一部です」
そう説明すると、九条院家の当主が静かに頷いた。
「……なるほど。少なくとも、我々の知る技術では説明できない現象だ」
西園寺家の当主も、深く息を吐いた。
「黒瀬君。正直、まだ驚きが収まらないよ」
「……ですよね」
俺は苦笑した。
「ただ、一つ疑問がある」
「はい」
「回復ポーションを作るには、君が毎回魔法を使わなければならないのかな?」
その質問を待っていた。
俺は、ゆっくり首を横に振った。
「……いいえ」
そして、足元に置いていたケースへ手を伸ばした。
「そのために、開発したものがあります」
◇
ケースから取り出したのは、手のひらほどの大きさの透明な結晶だった。
淡い青色を帯びた、六角柱に近い形。
内部には、かすかな光が揺らめいている。
「……宝石?」
陽菜が首を傾げた。
「見た目は似てるけど、少し違うよ」
俺は結晶をテーブルの上へ置いた。
「これを、魔石と呼んでいます」
「……魔石」
九条院家の当主が、ゆっくり繰り返した。
「はい。魔力を蓄えておける特殊な素材です」
もちろん、本当は異世界ルミエールで入手した蓄魔石だ。
けれど、その出所は話せない。
俺は、自分が研究して作り上げた特殊な蓄積素材として説明することにしていた。
今後、素材の出所や製造法を正式に検証する必要があることも理解している。
ただ、現段階で誰かに販売したり、原料の来歴を偽って公的な申請をしたりするつもりはない。
「……この魔石には、俺の魔力を蓄えることができます」
俺は結晶へ手をかざした。
ゆっくり魔力を流す。
すると。
「……あっ!」
琴音さんが声を上げた。
結晶の内部にあった淡い光が、少しずつ強くなっていく。
まるで、水を注いだ容器が満たされていくようだった。
「……光が増えている……」
麗華さんが呟く。
「はい。今、魔力を補充しています」
俺は手を離した。
結晶は、静かに輝き続けている。
「これで、魔力を蓄えた状態になりました」
西園寺家の当主が、興味深そうに身を乗り出した。
「……つまり、電池のようなものかね?」
「かなり近いです」
俺は頷いた。
「ただし、普通の電気ではありません。魔力という、今の日本ではまだ知られていない力を蓄えています」
九条院家の当主が尋ねる。
「……蓄えた魔力は、誰でも取り出せるのかな?」
「直接、魔法として使うのは難しいと思います」
俺は答えた。
「でも、専用の装置を使えば、決まった工程へ魔力を供給できます」
その言葉に、両家の当主の目が変わった。
「……装置?」
「はい」
俺は、少しだけ笑った。
「今日は、それも持ってきています」
◇
会合のために用意してもらった別室。
そこには、俺が持ち込んだ小型の製造機が設置されていた。
外見は、卓上型の理化学機器に近い。
材料を投入する容器。
液体を循環させる配管。
温度や処理時間を表示する操作盤。
そして、中央にある魔石の装着部。
俺が異世界で学んだ錬金術をもとに、日本の機械技術と組み合わせて作った試作機だ。
「……これが、回復ポーションの製造装置です」
俺が説明すると、父さんが驚いたように機械を見つめた。
「……これも、お前が作ったのか?」
「うん」
「……いつの間に、こんなものまで……」
父さんは、しばらく言葉を失っていた。
母さんも同じだった。
俺が家で勉強している時間以外に、こんな研究まで進めていたとは思わなかったのだろう。
「……怜司」
「……うん?」
「あとで、ちゃんと休んでいるか確認させてね」
「……はい」
母さんの言葉に、思わず苦笑した。
すると、陽菜が楽しそうに笑う。
「お兄ちゃん、怒られた!」
「……陽菜」
部屋に、小さな笑いが広がった。
そのおかげで、少し緊張が和らいだ。
「……では、実演します」
俺は、準備していた材料を装置へ入れた。
今回は、下級回復ポーションを作る。
使用するのは、日本で普通に入手できる材料を中心とした調合液だ。
あらかじめ処理した液体を、製造容器へ注ぐ。
次に、先ほど魔力を込めた魔石を装着部へ収めた。
小さな音が響く。
装置の表示灯が点いた。
「……これで準備完了です」
俺は、操作盤を指さした。
「ここからは、魔法を使えない人でも操作できます」
九条院家の当主が、驚いたように顔を上げた。
「……本当に?」
「はい」
俺は、隣にいた父さんへ視線を向けた。
「……父さん。お願いしてもいい?」
「……俺が?」
「うん。操作は簡単だから」
父さんは、少し戸惑いながらも頷いた。
「……分かった」
俺は手順を説明した。
安全確認。
材料の確認。
魔石の装着状態。
そして、開始ボタン。
「……これを押せばいいのか?」
「うん」
父さんが、ゆっくりボタンを押した。
次の瞬間。
装置が静かに動き始めた。
液体が配管を循環する。
中央の魔石が、淡く輝く。
そして。
「……あっ!」
澪さんが声を上げた。
液体の色が、少しずつ変化していた。
透明に近かった調合液が、淡い青緑色へ変わっていく。
俺は、静かに説明した。
「……今、魔力が液体へ供給されています」
麗華さんが、真剣な表情で装置を見つめていた。
「……黒瀬さん」
「はい」
「……あなたが、直接魔法を使っているわけではないんですのね?」
「はい。今は装置が動いているだけです」
その言葉に、九条院家の当主が深く息を吐いた。
「……これは……」
西園寺家の当主も、ゆっくり頷く。
「……想像以上だな」
数分後。
装置が停止した。
容器の中には、淡い青緑色の液体ができあがっていた。
「……これで完成です」
俺は、ゆっくり蓋を開けた。
全員が、静かに見つめている。
「ただし、今日は製造工程の実演だけです。完成した液体を誰かに飲んでもらうことはしません」
俺は続けた。
「安全性の確認は、まだこれからですから」
両家の当主が頷いた。
「……その判断は正しいと思うよ」
九条院家の当主が、静かに言った。
◇
「……黒瀬君」
西園寺家の当主が、俺へ向き直った。
「一つ確認させてほしい」
「はい」
「この魔石があれば、君が製造現場にいなくても薬を作れるということだね?」
「はい」
「……そして、魔石の魔力がなくなったら?」
「俺が補充します」
俺は、はっきり答えた。
「今のところ、魔力を扱えるのは俺だけです。だから、魔石への補充だけは俺が担当する必要があります」
当主は、しばらく考え込んだ。
「……なるほど」
九条院家の当主も口を開く。
「では、製造能力を増やすには、魔石の数や魔力の供給量が重要になるわけだね」
「そうです」
俺は頷いた。
「ただ、魔石一つでどれくらい製造できるかは、薬の種類によって変わります」
「……上級になるほど、多くの魔力が必要なのかな?」
「はい」
俺は答えた。
「だから、まずは下級回復ポーションから研究を進めるのがいいと思います」
両家の当主は、同時に頷いた。
「……合理的だね」
「ええ。段階的に進めるべきでしょう」
そのとき。
「……怜司さん!」
琴音さんが、元気よく手を上げた。
「はい?」
「質問してもいいですか?」
「もちろんです」
「……その魔石って、私にも使えるんですか?」
俺は、少し笑った。
「装置の操作なら、手順を覚えればできますよ」
「……ほんと!?」
「はい。でも、実際の研究施設では、きちんと訓練を受けた人が扱うことになります」
「……そっかあ」
琴音さんは、少し残念そうに頬を膨らませた。
その様子に、麗華さんが苦笑する。
「琴音。あなたは、まず学校のお勉強を頑張りなさい」
「えー! お姉様まで!」
また、みんなが笑った。
◇
実演を終え、俺たちは再び応接室へ戻った。
九条院家の当主が、静かに口を開いた。
「……黒瀬君」
「はい」
「今日、君が見せてくれたものは、非常に大きな意味を持つ」
俺は、背筋を伸ばした。
「……はい」
「もし、この仕組みを安定して運用できるなら、君一人がすべての薬を作る必要はなくなる」
西園寺家の当主も頷いた。
「製造施設を整えれば、多くの人へ届けられる可能性がある」
俺は、静かに頷いた。
「……それが、俺の目標です」
そして、少しだけ笑った。
「俺一人で作れる数には、限界がありますから」
九条院家の当主は、穏やかに微笑んだ。
「……君は、本当に面白い少年だね」
その隣で、西園寺家の当主が真剣な表情になる。
「……ただし」
俺は、顔を上げた。
「この技術を世間へ出すとなれば、話は簡単ではない」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
魔力。
魔法。
そして、魔石。
それらは、今の日本では存在すら認識されていないものだ。
もし、公表すれば。
世界中が、俺の存在に注目することになるかもしれない。
俺は、ゆっくり頷いた。
「……はい」
そして、全員を見渡した。
「……だからこそ、皆さんに相談したいんです」
両家の当主が、静かに俺を見つめた。
「この力を、どういう形で世間へ出せばいいのか」
俺は、はっきり言った。
「……一緒に、考えていただけませんか?」
その言葉に、九条院家の当主が微笑んだ。
「……もちろんだよ」
西園寺家の当主も、力強く頷いた。
「……そのために、私たちがいるんだからね」
俺は、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
胸の奥が、温かくなった。
今まで、一人で抱えてきた秘密。
その一部を、ようやく誰かと共有できた。
そして。
その秘密を知った人たちは、俺から離れるどころか。
もっと強く、支えようとしてくれていた。
そのことが、何より嬉しかった。




