第136話 神から授かった力――二つの名家と家族への告白
株式会社ルミナス・ライフを設立してから、数日が経った。
会社の口座には、研究開発契約の着手金として五百万円が振り込まれている。
自分が社長になったという実感は、まだ少し薄い。
けれど、これから本格的に研究を進める以上、避けて通れない問題があった。
――魔力。
回復ポーションの製造に欠かせない、最も重要な要素。
これまで俺は、その存在を隠してきた。
日本には魔法なんて存在しない。
少なくとも、俺が知る限りではそうだった。
だから、簡単に話せるはずがなかった。
けれど。
「……いつまでも隠し続けるわけにはいかないよな」
自室の机に置かれた研究資料を見つめながら、俺は小さく呟いた。
九条院家と西園寺家。
両家は、俺の技術を信じて多額の資金を投じようとしてくれている。
しかも、西園寺家では琴音さんの命まで救われた。
その人たちに、製造の根本的な仕組みを説明しないまま事業を進めるのは、やっぱり違うと思う。
もちろん、すべてを明かすつもりはない。
異世界ルミエールの存在。
《界渡り》という能力。
エリシアや、異世界で出会った人たちのこと。
それらは、今も俺だけの秘密だ。
でも、魔力については。
そろそろ、信頼できる人たちへ説明するべきだと思っていた。
俺はスマートフォンを手に取り、両家の当主へ連絡を入れた。
『研究開発に関して、どうしてもお伝えしたいことがあります。できれば、ご家族だけでお話しできる場を設けていただけませんか』
送信してから、しばらく画面を見つめる。
数分後。
九条院家の当主から返信が届いた。
『分かった。場所はこちらで用意しよう。君の大切な話なら、きちんと聞かせてもらいたい』
続いて、西園寺家からも返事が届く。
『承知したよ。琴音も含め、家族で参加しよう』
俺は、静かに息を吐いた。
……よし。
もう、後戻りはできない。
◇
会合の前夜。
俺はリビングで、父さんと母さん、陽菜を前に座っていた。
「……父さん、母さん。明日の集まりなんだけど」
父さんが顔を上げる。
「九条院さんと西園寺さんのところへ行くんだったな」
「うん」
「何か重要な話があるのか?」
俺は頷いた。
「……実は、今まで話していなかったことがあるんだ」
母さんが、少し心配そうな表情になった。
「……怜司?」
「悪い話じゃないよ」
俺は、ゆっくり首を横に振った。
「ただ……聞いたら、きっと驚くと思う」
陽菜が、すぐに身を乗り出した。
「えっ!? お兄ちゃん、また何かすごいことしたの!?」
「……まあ、そうかもしれない」
「何それ! 気になる!」
俺は、少しだけ笑った。
「明日、ちゃんと説明するよ」
父さんは、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに頷いた。
「……分かった」
「……父さん?」
「お前が話そうと決めたなら、ちゃんと聞くよ」
母さんも微笑んだ。
「そうね。家族なんだから」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
「……ありがとう」
俺は、ゆっくり頷いた。
◇
翌日。
会合の場所は、九条院家が所有する郊外の迎賓施設だった。
周囲を木々に囲まれた、静かな建物。
外部からの出入りも管理されていて、落ち着いて話ができる場所らしい。
今回集まったのは、俺と父さん、母さん、陽菜。
九条院家の当主と奥様、澪さん。
そして、西園寺家の当主と奥様、麗華さん、琴音さん。
合計十一人。
研究者や弁護士は、今日は呼んでいない。
まずは、家族だけに話したかったからだ。
「レイジさん。こんにちは」
澪さんが、優しい笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは、澪さん」
「今日は、ご家族の皆さんもご一緒なんですね」
「はい。大切な話なので」
その言葉に、澪さんは少しだけ真剣な表情になった。
「……分かりました」
麗華さんも近づいてくる。
「黒瀬さん。今日は、どのようなお話なんですの?」
「……少し、驚かせるかもしれません」
俺が答えると、麗華さんは微笑んだ。
「ふふ。あなたには、もう何度も驚かされていますわ」
その隣から、琴音さんが顔を覗かせた。
「怜司さん! こんにちは!」
「こんにちは、琴音さん。体調はどうですか?」
「ばっちりです!」
元気よく答える琴音さん。
麗華さんが、すぐに補足した。
「まだ経過観察中ですから、無理はさせていませんわ」
「お姉様、心配しすぎ!」
「心配もしますわ!」
そのやり取りに、みんなが笑った。
俺も自然と笑顔になる。
……よかった。
こうして、また家族で笑い合えるようになって。
◇
全員が席に着くと、九条院家の当主が口を開いた。
「さて、黒瀬君。今日は君から大切な話があると聞いている」
「はい」
俺は、ゆっくり立ち上がった。
全員の視線が集まる。
緊張した。
けれど、ここで逃げるわけにはいかない。
「……皆さん」
俺は、深く頭を下げた。
「まず、今まで俺のことを信じてくださって、本当にありがとうございます」
両家の当主が、静かに頷いた。
「今日は、回復ポーションの製造に関する、一番大切な秘密をお話しします」
室内の空気が変わった。
俺は、少しだけ息を吸った。
「……その前に、一つ聞いてもいいですか?」
九条院家の当主が頷く。
「何だい?」
「……皆さんは、魔法って信じますか?」
「…………」
沈黙。
最初に反応したのは、陽菜だった。
「……魔法?」
「うん」
「えっ、ゲームとかアニメの?」
「……まあ、そういうものを想像してもらっていいと思う」
父さんが、少し困惑したように眉を寄せた。
「……怜司。どういうことだ?」
俺は、静かに答えた。
「……実は、俺には魔法が使えるんだ」
その瞬間。
部屋の空気が、完全に止まった。
「…………え?」
陽菜が、間の抜けた声を出した。
澪さんも、麗華さんも、目を大きく見開いている。
俺は、ゆっくり続けた。
「……少し前、車に轢かれそうになっていた黒猫を助けたことがありました」
父さんが、はっとしたように顔を上げる。
「……そういえば、そんな話をしていたな」
「うん」
俺は頷いた。
「そのとき……神様から、啓示を受けたんだ」
誰も、何も言わなかった。
「……それから、俺は不思議な力を使えるようになった」
俺は、全員を見渡した。
「その力の一つが、魔力です」
九条院家の当主が、ゆっくり口を開いた。
「……魔力、か」
「はい」
「……つまり、回復ポーションの秘密は……」
俺は頷いた。
「……魔力です」
その言葉に、両家の当主の表情が変わった。
「普通の材料でも、特定の工程で魔力を加えると、性質が変化するんです」
俺は、静かに続けた。
「だから、成分分析だけでは違いが分からなかったんだと思います」
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
当然だ。
いきなり魔法が使えると言われて、簡単に信じられるはずがない。
だから。
「……実際に、お見せします」
俺は、ゆっくり右手を上げた。
手のひらを上へ向ける。
そして。
魔力を流した。
次の瞬間。
何もない空間に、小さな光が生まれた。
「…………!」
全員が、息を呑んだ。
淡い金色の光。
それが、俺の手のひらの上で静かに浮かんでいる。
「……うそ……」
陽菜が、呟いた。
俺は、光をゆっくり動かした。
小さな光球が、空中を漂う。
そして、天井近くまで上がると、静かに消えた。
誰も、何も言えなかった。
「……これが、魔法です」
俺は、静かに言った。
九条院家の当主が、ゆっくり立ち上がった。
「……黒瀬君」
「はい」
「……今のは、本当に……?」
「はい。手品ではありません」
俺は頷いた。
「……もう一つ、お見せします」
今度は、手のひらの上に小さな水球を生み出した。
透明な水が、球体のまま空中に浮かぶ。
陽菜が、思わず立ち上がった。
「……お兄ちゃん!?」
俺は、水球をゆっくり動かし、用意していたグラスへ落とした。
小さな水音が響く。
グラスの中には、確かに水が入っていた。
「……触ってみてもいいよ」
陽菜が、恐る恐るグラスへ手を伸ばす。
指先を水につける。
「……つ、冷たい……!」
そして、俺を見上げた。
「……本物だ……!」
その声に、みんながようやく息を吐いた。
麗華さんが、ゆっくり口を開いた。
「……黒瀬さん」
「はい」
「……あなた、本当に……」
言葉が続かない。
澪さんも、胸元へ手を当てていた。
「……レイジさん……」
その瞳には、驚きと、少しの戸惑いが浮かんでいた。
俺は、静かに頭を下げた。
「……今まで、黙っていてすみませんでした」
そして、顔を上げる。
「でも、皆さんには……ちゃんと知っておいてほしかったんです」
長い沈黙が流れた。
やがて。
父さんが、ゆっくり口を開いた。
「……怜司」
「……うん」
「……お前が、そんな力を持っていたなんて……」
俺は、少しだけ俯いた。
「……ごめん」
すると。
父さんは、静かに首を横に振った。
「……謝る必要はない」
俺は、顔を上げた。
「……え?」
「……そんな力を持っていたら、誰だって簡単には話せないだろう」
父さんは、穏やかに微笑んだ。
「……よく、話してくれたな」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
「……父さん……」
母さんも、そっと俺の手を握った。
「……怜司。怖かったでしょう?」
俺は、何も言えなかった。
「……でも、もう大丈夫よ」
母さんは、優しく微笑んだ。
「……どんな力を持っていても、あなたは私たちの息子なんだから」
その瞬間。
胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。
そして。
「……お兄ちゃん!」
陽菜が、勢いよく抱きついてきた。
「……すごい! すごすぎるよ!」
「……陽菜!?」
「魔法使いじゃん! 本物の魔法使いじゃん!」
その声に、みんなが笑った。
緊張していた空気が、少しずつ和らいでいく。
俺は、妹の頭を軽く撫でた。
……よかった。
ちゃんと、話せて。
そして。
九条院家と西園寺家の当主が、静かに俺を見つめていた。
その表情には、驚きだけではない。
何かを決意したような、真剣な光が宿っていた。
俺は、ゆっくり息を吸った。
まだ、話は終わっていない。
本当に重要なのは、ここからだった。




