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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第124話 科学が捉えられない奇跡――ポーションの成分分析

 九条院家と西園寺家の当主たちとの面談から、一週間が経った。


 その間、俺の生活は少しだけ忙しくなっていた。


 学校の授業。


 異世界での冒険者としての活動。


 ベルン商会との取引。


 そして、日本でのポーション事業に向けた準備。


 やることは山ほどある。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


 以前の俺なら、何か新しいことを始めるだけで不安になっていたと思う。


 失敗したらどうしよう。


 笑われたらどうしよう。


 そんなことばかり考えていた。


 でも、今は違う。


 自分にできることを、一つずつ増やしていけばいい。


 そう思えるようになっていた。


「レイジさん。おはようございます」


 教室へ入ると、澪さんが笑顔で声をかけてくれた。


「おはようございます、澪さん」


「今日の放課後、お時間はありますか?」


「はい。何かありました?」


「実は、先日の件で進展があったんです」


 澪さんが声を少し落とした。


 その隣へ、麗華さんもやってくる。


「黒瀬さん。試作品の分析について、専門家の方々との打ち合わせが決まりましたわ」


「……もうですか?」


 思わず聞き返した。


 まだ一週間しか経っていない。


 なのに、もう具体的な話が進んでいる。


「お父様たちが、かなり急いで調整してくださったそうです」


 麗華さんが微笑んだ。


「ただし、急ぐのは準備までです。検査や安全性の確認を省略するつもりはない、とおっしゃっていました」


「……なるほど」


 俺は頷いた。


 確かに、準備を早く進めることと、必要な検証を飛ばすことは違う。


「ありがとうございます。二人にも、ずいぶん手間をかけさせてしまって」


「そんなことありませんよ」


 澪さんが首を横に振る。


「私も、レイジさんの研究がどうなるのか楽しみなんです」


「私もですわ」


 麗華さんが微笑む。


「それに、こういう経験は私たちにとっても勉強になりますもの」


 そう言われると、少し気が楽になる。


 けれど、そこで麗華さんが何かを思いついたように目を細めた。


「……ただし、黒瀬さん」


「はい?」


「今度、お礼にお茶くらいはご一緒していただきたいですわね」


「もちろんです」


 俺が答えると、澪さんも小さく手を上げた。


「でしたら、私もご一緒したいです」


「……澪さん?」


「ふふ。だって、私もお手伝いしているんですもの」


 麗華さんが、くすりと笑った。


「抜け目がありませんわね」


「麗華さんこそ」


 二人は楽しそうに微笑み合った。


 ……相変わらず、仲がいいのか張り合っているのか、よく分からない。


     ◇


 数日後。


 俺たちは、九条院家と西園寺家が共同で手配した研究施設を訪れていた。


 白を基調とした建物。


 整然と並ぶ実験設備。


 廊下には、薬品や試料を扱う際の注意事項が掲示されている。


 案内された会議室には、二人の父親のほかに、三人の専門家が待っていた。


「黒瀬君。紹介しよう」


 九条院家の当主が立ち上がった。


「こちらは分析化学を専門とする高瀬博士。製薬分野での研究経験も豊富な方だ」


「高瀬です。よろしくお願いします」


 眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の男性が、軽く頭を下げた。


「黒瀬怜司です。よろしくお願いします」


「そして、こちらが薬事規制に詳しい弁護士の榊原さん」


「榊原です。商品化までには多くの課題がありますが、一つずつ整理していきましょう」


「ありがとうございます」


「最後に、品質管理と製造工程の評価を担当する篠原さんだ」


「篠原です。まずは、どんなものを作られたのか確認させてください」


 三人とも、俺のことを高校生だからと軽く扱う様子はなかった。


 むしろ、真剣に話を聞こうとしてくれている。


 そのことが、少し嬉しかった。


「黒瀬君」


 高瀬博士が資料を開いた。


「今回の試作品について、原材料はすべて国内で入手できるものだと伺っています」


「はい」


「では、特別な成分を加えているわけではないのですね?」


 俺は一瞬だけ考えた。


 原材料としては、確かにそうだ。


 ただし、最後に魔力を注入している。


 それは、普通の化学成分とは違う。


「……通常の原材料については、資料に記載したものがすべてです」


 俺は慎重に答えた。


「ただ、独自の処理工程があります。その工程が、完成品の性質に影響している可能性はあります」


 高瀬博士が頷く。


「なるほど。製造工程によって物質の状態が変わることはありますからね」


 俺は少しだけ安堵した。


 嘘はついていない。


 ただ、すべてを話しているわけでもない。


 そのことに、胸の奥がわずかに痛んだ。


     ◇


 最初に行われたのは、試作品の受け渡しと基本的な成分分析だった。


 事前に取り扱い方法を確認し、正式な記録を残したうえで、少量の試料を研究施設へ預ける。


 俺が持参したのは、三種類の液体だった。


 一つ目は、魔力を注入していない未完成の薬液。


 二つ目は、下級回復ポーション。


 三つ目は、中級回復ポーション。


 外見は、ほとんど同じだ。


 違うのは、魔力の有無と、その定着量。


「……興味深いですね」


 高瀬博士が小瓶を見比べる。


「見た目では、ほとんど区別できません」


「はい」


「それでは、まず一般的な分析から始めましょう」


 検査そのものには時間がかかる。


 そのため、俺たちは一度会議室へ戻り、今後の計画について話し合った。


「黒瀬君」


 榊原さんが資料を指さした。


「今回の製品は、身体の損傷を治療する効果を想定しているのですね?」


「はい」


「その場合、日本では医薬品として扱われる可能性が極めて高いです」


「……やっぱり、そうなんですね」


「ええ。原材料が一般的なものでも、治療効果を目的として販売するなら、必要な承認や許可を避けることはできません」


 俺はノートへ書き込んだ。


「それに、効果が強いほど、安全性の確認も重要になります」


「……はい」


「現段階で、人に使用する試験を行うべきではありません。まずは適切な研究計画を立て、必要な審査や手続きを確認しましょう」


 俺は深く頷いた。


 美月さんの怪我が治ったことは、確かな事実だ。


 けれど、あの一件だけで安全だと判断してはいけない。


 今後、誰かを危険にさらすようなことはしたくなかった。


     ◇


 数日後。


 基本的な成分分析の結果がまとまった。


 俺たちは再び研究施設へ集まった。


 高瀬博士は、机の上へ三枚の資料を並べた。


「……正直に申し上げて、少し困惑しています」


 その第一声に、室内が静かになった。


「何か問題がありましたか?」


 九条院家の当主が尋ねる。


「問題というより、説明が難しい結果が出ています」


 高瀬博士は資料を指さした。


「まず、三つの試料から検出された主要な成分には、大きな違いがありませんでした」


「……違いがない?」


 俺は思わず聞き返した。


「はい。一般的な分析方法で確認できる範囲では、ほぼ同じ組成です」


 予想していたことだった。


 魔力は、通常の化学物質とは違う。


 だから、普通の分析機器では捉えられないのかもしれない。


 けれど、ほかの人たちにとっては違う。


「……つまり」


 西園寺家の当主が、ゆっくり口を開いた。


「未完成品と完成品の違いが、通常の成分分析では説明できないということですか?」


「現時点では、そういうことになります」


 高瀬博士が頷いた。


「ただし、分析方法にも限界があります。未知の物質や、検出できていない変化が存在する可能性もあります」


 澪さんが、真剣な表情で尋ねた。


「それでは、効果の違いを確かめることはできないのでしょうか?」


「いいえ。成分分析だけが研究ではありません」


 高瀬博士は微笑んだ。


「物理的な性質や、適切な実験系での作用を調べる方法もあります。もちろん、段階を踏んで慎重に進める必要がありますが」


 麗華さんが頷いた。


「つまり、まだ結論を出す段階ではないということですわね」


「その通りです」


 俺は資料を見つめた。


 成分がほとんど同じ。


 なのに、魔力を注入すると回復ポーションになる。


 異世界では当たり前だった現象が、日本の科学ではまだ説明できない。


 その事実が、少し不思議だった。


「……黒瀬君」


 高瀬博士が俺へ視線を向けた。


「一つ、聞いてもよろしいですか?」


「はい」


「この完成品と未完成品の違いについて、あなた自身は何か心当たりがありますか?」


 俺は、少しだけ言葉に詰まった。


 ある。


 もちろん、ある。


 魔力だ。


 けれど、それをどう説明すればいいのか分からない。


「……独自の処理工程によって、性質が変化していると考えています」


 俺は慎重に答えた。


「ただ、その仕組みを科学的にどう説明すればいいのか、俺自身もまだ整理できていません」


 高瀬博士は、しばらく俺を見つめた。


 そして、ゆっくり頷いた。


「分かりました。では、その可能性も含めて調べていきましょう」


 俺は小さく息を吐いた。


 助かった。


 けれど、いつまでもこの説明だけで通せるとは思っていない。


 製品を社会へ出すなら、必要な情報はきちんと明らかにしなければならない。


 そのための方法を、俺も考えなければならないだろう。


     ◇


 打ち合わせが終わったあと。


 研究施設の廊下を歩いていると、澪さんが隣へ並んだ。


「レイジさん」


「はい?」


「……少し、疲れていませんか?」


「え?」


「今日は、ずっと難しいお話が続いていましたから」


 澪さんが心配そうに見上げてくる。


 俺は思わず笑った。


「大丈夫ですよ。むしろ、すごく勉強になりました」


「……そうですか」


 澪さんは、ほっとしたように微笑んだ。


 そこへ麗華さんもやってくる。


「黒瀬さん。今日は大きな進展でしたわね」


「はい。まだ分からないことだらけですけど」


「それでも、専門家の方々が真剣に研究してくださることになりましたもの」


 麗華さんは、少し誇らしげだった。


「……私、楽しみですわ」


「麗華さん?」


「黒瀬さんが作られたものが、どこまでの可能性を持っているのか」


 澪さんも頷いた。


「私もです」


 二人の笑顔を見て、胸が温かくなる。


「……ありがとうございます」


 俺は自然とそう言っていた。


 すると、麗華さんが小さく笑う。


「またお礼ですの?」


「え?」


「黒瀬さん。お礼は、成功してからで結構ですわ」


 澪さんも楽しそうに微笑んだ。


「ふふ。そうですね」


 俺は苦笑した。


「……じゃあ、そのときはちゃんとお礼をします」


 すると。


「約束ですわよ?」


「私も、楽しみにしていますね」


 二人が同時に言った。


 ……あれ?


 何だか、別の意味でも約束してしまったような気がする。


     ◇


 その夜。


 九条院家と西園寺家の当主たちは、電話で今後の方針を確認していた。


『九条院さん。分析結果をご覧になりましたか?』


「ええ。非常に興味深いですね」


『主要成分に大きな違いがないとは……』


「ただし、まだ何も証明されたわけではありません」


『もちろんです』


 二人の声は真剣だった。


 未知の技術。


 説明できない現象。


 そして、実際に怪我が治ったという目撃証言。


 これらを結びつけるには、慎重な研究が必要になる。


「……西園寺さん」


『はい』


「私は、黒瀬君の技術を守りながら、研究体制を整えるべきだと思っています」


『同感です。彼はまだ高校生ですからな』


「ええ。大人の都合で振り回してはいけない」


『……まったくです』


 少しの沈黙。


 そして。


『ところで、九条院さん』


「何でしょう?」


『次回の打ち合わせですが、麗華も同席させたいと思っております』


「もちろんです。澪も参加する予定ですよ」


『……そうですか』


「……ええ」


 電話の向こうで、二人が同時に小さく笑った。


 娘たちの恋心を応援したい。


 その気持ちは、相変わらず変わらない。


 けれど今は、それ以上に大切なことがある。


 黒瀬怜司という少年が生み出した可能性を、正しく育てること。


 そして、その未来を守ること。


 二人の当主は、静かに次の一手を考え始めていた。

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