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虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


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第120話 二人の令嬢と秘密の新事業――動き出す九条院家と西園寺家

 放課後。


 聖蘭学園の図書館にある小さな学習スペースで、俺は二人の少女と向かい合っていた。


 九条院澪さん。


 西園寺麗華さん。


 どちらも、俺にとって大切な友人だ。


 そして最近は、ただの友人という言葉だけでは説明しきれない時間を、二人と過ごすようになっていた。


「レイジさん。何か新しい商品を開発されたとか」


 澪さんが、興味深そうに首を傾げる。


「はい。まだ試作品の段階なんですけど」


「黒瀬さんが、ご自分で開発されたんですの?」


 麗華さんも驚いたように尋ねてきた。


「一応、そうです」


「……一応、という答え方が気になりますわね」


 麗華さんが小さく笑う。


 俺は鞄からノートと資料を取り出した。


「実は、身体の回復を助ける可能性がある液体を作ったんです」


 二人の表情が変わった。


「……回復、ですか?」


「はい。まだ日本で正式な検証はできていません。だから、今の段階では薬として扱えるかも分からなくて」


 俺は言葉を慎重に選んだ。


 異世界で見た効果を、そのまま説明するわけにはいかない。


 上級ポーションなら欠損した手足すら再生できる。


 エリクサーなら、万病を完治させる。


 そんなことを突然言えば、二人だって困惑するだろう。


 何より、その理由を説明しようとすれば、魔力や異世界の話を避けられない。


 だから、今は話せる範囲だけに留める。


「製造の仕組み自体は、ある程度できています。ただ……」


「ただ?」


「どうやって商品化すればいいのか、全然分からなくて」


 俺が苦笑すると、澪さんは資料へ視線を落とした。


「なるほど……それで、私たちに相談してくださったんですね」


「はい。二人なら、何かいい考えがあるんじゃないかと思って」


 その言葉に、澪さんの頬がほんのり赤くなった。


「……レイジさんに頼っていただけるなんて、嬉しいです」


「澪さんだけではありませんわよ?」


 麗華さんが、すかさず口を挟む。


「黒瀬さんは、私にも相談してくださったんですから」


「ええ、もちろんです。麗華さん」


 二人は微笑み合う。


 ただ、その笑顔の奥には、いつもの小さな対抗心が見え隠れしていた。


 俺は思わず苦笑する。


 最近、この二人は時々こういう空気になる。


 仲が悪いわけじゃない。


 むしろ、お互いを認め合っているように見える。


 なのに、俺が関わると少しだけ張り合うのだ。


「それで、黒瀬さん」


 麗華さんが資料を指さした。


「こちらに記載されている成分は、すべて実際に使用しているものですの?」


「はい。少なくとも、原材料として使っているものは全部書いてあります」


「なるほど……」


 麗華さんは一つずつ目を通していく。


「一般的な植物由来の成分が中心ですわね。ただし、原材料に問題がないことと、完成品が安全であることは別です」


「やっぱり、そうですよね」


「ええ。抽出や混合によって、性質が変わる場合もありますもの」


 澪さんも頷いた。


「それに、身体の回復を促す効果を商品として表示するのであれば、医薬品に該当する可能性が高いと思います」


「……医薬品」


「はい。そうなると、普通の食品や雑貨のように販売することはできません」


 俺はノートへ書き込んだ。


 医薬品。


 成分分析。


 安全性試験。


 製造販売の許可。


 必要な承認。


 思っていた以上に、考えることが多い。


「……難しいですね」


 思わず呟くと、澪さんが優しく笑った。


「でも、レイジさん。何も最初から全部を理解している必要はありませんよ」


「そうですわ」


 麗華さんも頷いた。


「黒瀬さんは商品を開発されたのでしょう? でしたら、法律や販売については、それぞれの専門家に相談すればよろしいんです」


「専門家……」


「私たちも調べるお手伝いはできますけれど、最終的な判断は専門家に任せるべきですわ」


 なるほど。


 全部を自分でやろうとするから、難しく感じるのかもしれない。


 異世界で商売を始めたときだって、トーマスさんに助けてもらった。


 知らないことは、知っている人に聞けばいい。


 そんな当たり前のことを、改めて思い出した。


「ありがとうございます。少し、気が楽になりました」


 俺が笑うと、澪さんも嬉しそうに微笑んだ。


「お役に立てたなら、よかったです」


「まだ何も解決しておりませんわよ、黒瀬さん」


 麗華さんが、少し得意げに人差し指を立てる。


「むしろ、ここからが本番です」


「……確かに」


 三人で笑った。


     ◇


 それから俺たちは、資料を広げて具体的な課題を整理した。


 まず、完成した試作品の成分分析。


 次に、毒性や品質の安定性など、安全性に関する検証。


 そして、実際にどんな効果があるのかを、適切な研究体制のもとで確かめること。


 さらに、商品として販売する場合の法的な分類や、必要な許認可についても調べる。


「最初から一般向けに販売するのは、難しそうですね」


 俺が言うと、澪さんは頷いた。


「はい。特に、治療効果を持つものなら慎重に進める必要があります」


「ですが、黒瀬さん」


 麗華さんが顔を上げる。


「本当に価値のある技術なら、時間をかけてでも商品化を目指す意味はありますわ」


「……そうですね」


 俺は資料を見つめた。


 価値がある。


 その言葉が、胸に残った。


 俺は知っている。


 異世界では、ポーションが実際に人の傷を治していることを。


 上級ポーションが、失われた身体の一部を再生できることを。


 そして、エリクサーという、病を根本から治す奇跡の霊薬が存在することを。


 ただし、今の俺が日本で示せるのは、まだ試作品の存在だけだ。


 その効果を証明するには、きちんとした検証が必要になる。


「……俺、ちゃんと調べてみたいです」


 自然と、言葉が出た。


「この技術が本当に役立つものなら、誰かに届けられるようにしたい」


 澪さんが、静かに俺を見つめる。


 麗華さんも、何も言わずに耳を傾けていた。


「もちろん、お金を稼げるようになりたい気持ちもあります。自分の力で生活できるようになりたいし、将来の選択肢も増やしたい」


 俺は少し笑った。


「でも……それだけじゃないんです」


 ギルドで見た、あの光景。


 深い傷を負った冒険者が、薬を飲んで再び立ち上がった姿。


 あれを思い出す。


「もし、本当に困っている人の助けになるなら……やってみたいんです」


 少しの沈黙が流れた。


 そして。


「……素敵だと思います」


 澪さんが、柔らかな声で言った。


「レイジさんらしいですね」


「私も、そう思いますわ」


 麗華さんも微笑んだ。


「黒瀬さんは、ご自分のためだけに力を使おうとはなさらないんですね」


「……そんな大したものじゃないですよ」


 少し照れくさくなって、視線を逸らす。


 すると、麗華さんが楽しそうに笑った。


「そういうところですわ」


「え?」


「何でもありません」


 澪さんまで、くすくすと笑っている。


 ……何だろう。


 また、俺だけ分かっていない気がする。


     ◇


「ところで、レイジさん」


 しばらくして、澪さんが少し真剣な顔になった。


「一つ、お聞きしてもいいですか?」


「はい」


「その液体の製造方法は、もう確立されているんでしょうか?」


「試験段階ですけど、同じ条件で繰り返し作ることはできています」


「……もう、そこまで?」


 澪さんが目を見開いた。


 麗華さんも驚いた様子だった。


「黒瀬さん。もしかして、製造装置までお作りになったんですの?」


「はい。小型の試験機ですけど」


「…………」


 二人が同時に黙った。


「……あれ?」


 何か変なことを言っただろうか。


「レイジさん」


 澪さんが、ゆっくり口を開いた。


「それは、かなり大きなお話ではありませんか?」


「そ、そうなんですか?」


「当然ですわ!」


 麗華さんが身を乗り出す。


「製法だけでなく、製造設備までご自分で開発されたなんて……普通ではありません!」


「……そう言われると、確かに」


 異世界の知識と《万象習得》があったから、俺にはそこまで難しく感じなかった。


 でも、普通に考えれば、高校生が新しい薬液と製造機を開発するなんて、相当おかしな話なのかもしれない。


「黒瀬さん」


 麗華さんが、少し声を落とした。


「差し支えなければ、製造装置の仕組みも確認させていただけますか?」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


 魔石。


 魔力。


 異世界の魔道具。


 その部分は、どうしても説明できない。


「……すみません。装置の中核部分は、まだ公開できないんです」


 俺は正直に答えた。


「今のところ、自分で管理したい技術なので」


 澪さんと麗華さんは、顔を見合わせた。


 そして、澪さんが頷く。


「分かりました。大切な技術ですものね」


「ええ。知的財産の保護も考える必要がありますわ」


 麗華さんも、無理に追及しなかった。


 そのことが、俺にはありがたかった。


 ただし、心の奥が少しだけ痛む。


 二人は俺を信頼してくれている。


 なのに、俺は一番大きな秘密を話せない。


 いつか。


 本当に話せる日が来るのだろうか。


 そんなことを考えていると、澪さんが明るい声で言った。


「でしたら、まずは技術の秘密を守りながら、どこまで検証できるか考えましょう」


「そうですわね。専門家との秘密保持契約なども、調べておくべきです」


「……ありがとうございます」


 俺は深く頭を下げた。


「二人に相談して、本当によかったです」


 澪さんの頬が赤くなる。


「……レイジさん」


 麗華さんも、少しだけ視線を逸らした。


「まったく……そういうことを、自然におっしゃるんですから」


「え?」


「何でもありませんわ」


 まただ。


 やっぱり、俺には分からない。


     ◇


 相談を終えた帰り道。


 俺は二人と学園の正門まで歩いていた。


「レイジさん。成分分析を依頼できる機関について、私も調べてみますね」


「ありがとうございます、澪さん」


「私は、商品化に必要な法的手続きと、事業としての進め方を調べてみますわ」


「麗華さんも、ありがとうございます」


 二人がそれぞれ頷く。


 そして、麗華さんがふと思い出したように言った。


「……そういえば、こういうことなら、お父様にも相談できるかもしれませんわね」


「お父様に?」


 澪さんが顔を上げた。


「ええ。もちろん、黒瀬さんの技術を勝手にお話しするつもりはありませんけれど、事業化の一般的な手続きなら、何かご存じかもしれません」


「あ……それでしたら、私の父にも相談できます」


 澪さんも頷いた。


 俺は少し驚いた。


「……お二人のお父さんに、ですか?」


「はい。レイジさんさえよろしければ」


「具体的な技術内容は伏せて、専門家の紹介について尋ねるだけでも構いませんわ」


 俺は考えた。


 九条院家と西園寺家。


 どちらの父親も、以前会ったときには温かく迎えてくれた。


 特に、先日の両家合同の食事会は、今でも印象に残っている。


 二人のお父さんは、なぜか俺のことで少し張り合っていたようにも見えたけれど……。


 きっと、気のせいだろう。


「……それなら、お願いしてもいいですか?」


 俺が答えると、二人の表情がぱっと明るくなった。


「もちろんです!」


「お任せくださいませ!」


 ……何だか、ものすごく頼もしい。


 俺は二人に改めて礼を言い、正門で別れた。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 この相談が、二つの名家を本格的に動かすことになるなんて。


     ◇


 その夜。


 九条院家。


「……お父様。少し、お仕事に関することでお聞きしたいことがあります」


 夕食後、澪が父親へ声をかけた。


「ほう? 澪が仕事の話とは珍しいね」


 父親は穏やかに笑う。


「実は、レイジさんが新しい商品を開発されていて……」


「…………黒瀬君が?」


 父親の手が止まった。


「はい。まだ試験段階だそうですが、身体の回復に関わる可能性のある液体なんです」


「……回復に関わる?」


「ええ。成分分析や商品化の手続きについて、相談を受けました」


 父親はゆっくりと背筋を伸ばした。


 先日、自宅を訪れた少年の顔を思い出す。


 礼儀正しく、誠実で、年齢の割に物事を深く考えていた。


 その少年が、今度は商品開発をしているという。


「……澪」


「はい?」


「黒瀬君は、その商品を自分で開発したと言ったのかい?」


「はい。それに、小型の製造装置も作られたそうです」


「…………」


 父親は、しばらく言葉を失った。


 そして。


「……なるほど」


 ゆっくりと笑みを浮かべた。


「ますます、面白い少年だね」


 隣にいた妻が、くすりと笑う。


「あなた。また嬉しそうなお顔をして」


「いや、これは純粋に経営者として興味深い話だよ」


「本当に、それだけかしら?」


「……もちろんだとも」


 妻は何も言わず、微笑んでいた。


     ◇


 同じ頃。


 西園寺家。


「お父様。少し、ご相談がありますの」


 麗華が父親の書斎を訪れていた。


「麗華? どうしたんだい?」


「黒瀬さんのことですわ」


 その一言で、父親の表情が変わった。


「……黒瀬君が、どうかしたのかね?」


「実は、黒瀬さんが新しい商品の開発をされているんです」


「商品開発?」


「ええ。身体の回復に関わる可能性のある液体で、製造方法もある程度確立されているそうです」


 父親は、持っていた書類を机へ置いた。


「……ちょっと待ちなさい」


「はい?」


「黒瀬君が、自分で開発したのか?」


「そうですわ。製造装置までお作りになったそうです」


「…………」


 書斎に沈黙が落ちた。


 やがて、父親は低く呟いた。


「……あの少年は、どこまで驚かせてくれるんだ」


 先日の食事会で見た、落ち着いた少年の姿が脳裏に浮かぶ。


 娘が惹かれる理由は、十分に理解しているつもりだった。


 だが、どうやら自分の認識はまだ甘かったらしい。


「麗華」


「はい、お父様」


「その話、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」


「もちろんですわ。ただし、黒瀬さんの技術に関する秘密は守っていただきます」


 父親は少し驚き、それから嬉しそうに笑った。


「……分かった。約束しよう」


 娘が、大切な少年のために真剣になっている。


 その姿を見て、父親の胸にも別の感情が湧いてきた。


 黒瀬怜司。


 どうやら、ただ娘の恋心を奪っただけの少年ではないらしい。


     ◇


 その夜遅く。


 九条院家の父親のスマートフォンが震えた。


 画面に表示されたのは、西園寺家の当主からのメッセージ。


『九条院さん。少しお聞きしたいことがあるのですが』


『何でしょう?』


『黒瀬君が、新しい商品を開発しているという話をご存じですかな?』


 九条院家の父親は、画面を見つめた。


 そして、ゆっくりと笑った。


『ええ。ちょうど澪から聞いたところです』


 数秒後。


『……やはり、そちらにも話が?』


『ええ。どうやら、二人とも黒瀬君から相談を受けたようですね』


 しばらく返信が途絶えた。


 そして。


『これは、一度お会いして話す必要がありそうですな』


『私も、そう思っていました』


 九条院家の父親は、静かにスマートフォンを置いた。


 娘の恋を応援したい。


 それは、もちろん本心だ。


 だが、それとは別に。


 一人の経営者として、見過ごせない可能性を感じていた。


 もし、本当に画期的な技術なら。


 適切な専門家と設備を揃え、慎重に検証する価値がある。


 そして、その技術を生み出した少年には、正当な利益と権利が与えられるべきだ。


「……黒瀬君」


 父親は、窓の外へ目を向けた。


「君は一体、何を作り出したんだい?」


 一方、西園寺家でも。


 当主が椅子へ深く腰掛け、同じことを考えていた。


 そして、もう一つ。


(……九条院さんに、先を越されるわけにはいかんな)


 その思いまで、二人は奇妙なほど一致していた。


 こうして。


 まだ世間の誰も知らない小さな試作品は、二つの名家の当主たちの関心を集め始めた。


 そして俺は、その頃。


 自室で次の試験計画を考えながら、のんきにノートを広げていた。


「……とりあえず、分析してもらうための資料をまとめないとな」


 自分の知らないところで、どれほど大きな話になり始めているのか。


 そんなことは、想像もしていなかった。


 ただ一つ、確かなことがある。


 俺が異世界で見つけたポーションは、もう単なる冒険者の道具ではなくなりつつあった。


 それは、現代日本で新しい未来を切り開くかもしれない技術。


 そして。


 俺自身の人生を、大きく変えていく可能性を秘めたものだった。

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