第119話 魔石式製造機――誰もが奇跡を作れる未来
ポーションの日本での再現に成功してから、数日が経った。
俺の机の上には、以前よりも分厚くなったノートが置かれている。
中身は、魔石式ポーション製造機の設計案。
最初は思いつきを書き留めただけだった。
しかし、異世界の魔道具に関する知識と、日本の機械制御技術を調べていくうちに、少しずつ具体的な形が見えてきた。
「……問題は、魔力を一定量ずつ取り出すところだな」
俺は図面を見ながら呟いた。
魔石に魔力を蓄えること自体は難しくない。
異世界でも、魔力を蓄積するための魔石は使われている。
俺自身も、魔力を流し込むことができる。
けれど、魔石から薬液へ魔力を注ぐとなると話が違う。
多すぎれば、薬液の魔力構造が乱れる。
少なすぎれば、回復効果が十分に発現しない。
必要なのは、誰が操作しても同じ品質になる仕組みだった。
「……まずは、実物を調べるか」
俺は人目につかない場所を確保してから、《界渡り》を発動した。
◇
ルミエールの冒険者ギルド。
受付へ向かうと、ミリアさんが俺に気づいて笑顔を見せた。
「レイジ様。こんにちは」
「こんにちは。今日は魔石について聞きたいことがあって」
「魔石、ですか?」
「はい。魔力を蓄えておける種類のものを探しているんです」
ミリアさんは少し考えたあと、頷いた。
「それでしたら、魔道具用の蓄魔石ですね。通常の魔石とは用途が異なりますが、ギルドでも取り扱いがあります」
「蓄魔石……」
「魔力を蓄積し、必要に応じて放出する性質があります。ただし、品質によって容量や安定性が異なります」
俺は説明を聞きながら、思わず身を乗り出した。
まさに探していたものだ。
「実物を見せてもらえますか?」
「もちろんです」
しばらくして、ミリアさんが小さな箱を持って戻ってきた。
中には、透明感のある青い結晶が三つ並んでいた。
「こちらが一般的な蓄魔石です。小型魔道具などに使用されます」
俺は一つを手に取った。
掌の中で、わずかな魔力の流れを感じる。
なるほど。
内部には、魔力を留めるための特殊な構造がある。
普通の石とはまったく違う。
「……これ、購入できますか?」
「はい。ただ、蓄魔石は普通の魔石より高価ですよ」
「まずは試験用なので、少量で大丈夫です」
必要な分を購入し、俺はギルドを後にした。
次に向かったのは、魔道具を扱う職人の店だった。
魔石の使い方を調べるためだ。
そこでは、魔力を蓄えた石から明かりを灯す装置や、小さな冷却箱などが売られていた。
俺は店主に仕組みを尋ね、いくつかの魔道具を見せてもらった。
そして、《万象習得》を使って内部構造を理解していく。
魔力を流すための回路。
出力を調整する機構。
魔石の残量が減ったときに動作を止める仕組み。
どれも、俺が作ろうとしている装置に応用できそうだった。
(……これなら、いける)
ただし、そのまま日本へ持ち込んで使うつもりはない。
外見からして、明らかに日本の機械とは違う。
だからこそ、制御部分は日本の技術で作りたい。
魔石を中核に置き、それ以外はできる限り普通の製造装置にする。
それが、今の俺にとって最も現実的な方法だった。
◇
日本へ戻った俺は、購入した蓄魔石の一つに魔力を注いでみた。
青い結晶の内部へ、光が吸い込まれていく。
しばらくすると、魔石全体が淡く輝き始めた。
「……よし」
充填は成功。
次は、放出量の制御だ。
俺は異世界で学んだ魔力回路の仕組みを参考に、試験用の小型装置を組み立て始めた。
使用するのは、日本で購入した一般的な機械部品と、魔石を収める専用の容器。
ただし、魔石と接続する部分には、異世界で習得した魔力制御の技術を組み込んでいる。
それは普通の電子回路とは異なる、魔力そのものの流れを整える仕組みだった。
最初の試作機は、見事に失敗した。
「……あれ?」
薬液へ魔力が流れ込まない。
魔石には十分な魔力が蓄えられている。
なのに、途中で流れが止まってしまう。
原因を調べる。
どうやら、魔力回路と薬液の間で、わずかな干渉が起きているらしい。
「……なるほど。ここを変えればいいのか」
《万象習得》で得た知識をもとに、回路を修正する。
二度目。
今度は魔力が流れた。
だが、注入量が多すぎた。
試験容器の液体が強く光り、魔力構造が不安定になる。
「……これは駄目だな」
俺はすぐに装置を停止させた。
失敗した薬液は使用せず、隔離して保管する。
安全に処理する方法も、後で考えなければならない。
三度目。
注入量を細かく制御する機構を追加した。
すると。
薬液が、柔らかな光を放った。
俺は息を止めて見つめる。
光が落ち着く。
液体の内部に、安定した魔力の流れが生まれる。
「……成功、した?」
魔力構造を確認する。
異世界で作った下級回復ポーションと、ほぼ同じ状態だった。
俺は椅子へ深く座り込んだ。
「……できた」
今度は、俺が直接魔力を注いだわけじゃない。
魔石に蓄えた魔力を、装置が取り出して注入したのだ。
つまり。
俺以外の人間でも、同じ工程を実行できる。
もちろん、今の段階では試験装置にすぎない。
品質管理も、操作上の安全性も、まだ十分ではない。
それでも、原理が成立したことは大きかった。
俺はさらに改良を重ねた。
薬液の量を測定する機構。
魔石の残量を確認する仕組み。
異常な魔力の流れを検知した場合、自動停止する機能。
そして、調合の種類ごとに注入量を変更できる制御部分。
何度も試験を繰り返すうちに、装置の動作は少しずつ安定していった。
数日後。
机の上には、小型の箱形装置が置かれていた。
透明な容器を固定する部分。
操作用の表示画面。
内部に収められた蓄魔石。
見た目だけなら、小型の実験装置に近い。
「……完成、かな」
俺は小さく笑った。
試験用の薬液をセットする。
画面に表示された条件を確認する。
そして、開始ボタンを押した。
低い動作音。
薬液の中へ、目には見えない魔力が流れ込んでいく。
しばらくして、装置が停止した。
表示画面には、処理完了の文字。
俺は容器を取り出し、魔力の状態を確かめた。
問題ない。
安定している。
同じ条件で繰り返しても、ほぼ同じ結果が得られた。
「……やった!」
思わず声が出た。
誰かに見せたい。
そんな気持ちが湧いてくる。
でも、すぐに冷静になった。
これは、ただの発明品じゃない。
魔力という、日本では知られていない力を使った装置だ。
下手に公表すれば、異世界の存在まで疑われるかもしれない。
それに、もう一つ大きな問題がある。
魔石そのものは、今のところ異世界から調達するしかない。
充填できるのも、俺だけだ。
将来的には、魔石の安定供給や再充填の仕組みを考える必要がある。
だが、少なくとも製造のたびに俺が付きっきりになる必要はなくなった。
ここまで来れば、次の段階へ進める。
「……で、どうやって売るんだ?」
俺は装置を見つめたまま、首を傾げた。
作り方は分かる。
材料も揃う。
製造機も作れた。
けれど。
会社を作るには、何が必要なんだ?
薬として売るなら、どんな許可がいる?
成分分析は、どこに頼めばいい?
安全性は、どう証明する?
そもそも高校生の俺が、こんな商品を扱っていいのか?
「…………」
考えれば考えるほど、分からないことが増えていく。
俺は頭を抱えた。
「……商売って、難しいな」
異世界で菓子を売るときは、トーマスさんが色々と教えてくれた。
でも、日本で医療に関わる商品を販売するとなれば、話はまったく違う。
それに、俺はまだ高校生だ。
一人で全部を進めるのは、さすがに無理がある。
そこで、ふと二人の顔が浮かんだ。
九条院澪さん。
西園寺麗華さん。
二人とも頭が良く、物事を整理するのが上手い。
以前の学園の研究活動でも、何度も助けられた。
そして何より、俺が困っているとき、真剣に話を聞いてくれる。
「……相談してみようかな」
もちろん、異世界のことは話せない。
魔力の存在も、今は秘密にしておく必要がある。
それでも、販売に必要な手続きや、専門家への相談方法なら、一緒に考えてもらえるかもしれない。
俺はスマートフォンを手に取った。
澪さんと麗華さんの名前を見つめる。
そして、二人に短いメッセージを送った。
『少し相談したいことがあるんです。今度、時間をもらえませんか?』
送信して、数分後。
ほとんど同時に返信が届いた。
澪さんからは、
『もちろんです、レイジさん。私でお役に立てることでしたら、何でもお話しください』
麗華さんからは、
『承知しました、黒瀬さん。何かお困りですの? 私でよろしければ、お力になりますわ』
俺は画面を見つめ、自然と笑顔になった。
まだ、何も説明していないのに。
二人とも、こんなに快く応じてくれる。
(……本当に、ありがたいな)
俺は改めて返信を打った。
『ありがとうございます。実は、新しい商品を開発していて……』
こうして。
異世界で生まれた小さな思いつきは、二人の令嬢を巻き込みながら、現代日本で動き始めようとしていた。




