↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虐げられた俺は異世界で神を超える 〜傷ついた黒猫を助けたら、現実世界での復讐が始まった〜  作者: 覇王が好き


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/149

第11話 脅迫の代償――動き出す大人たち

 午後九時十七分。


 黒瀬家のリビングには、重苦しい沈黙が流れていた。


 テーブルの上に置かれたスマートフォン。


 その画面には、鷹宮翔真から送られてきた三通のメッセージが表示されている。


『お前、親に泣きついたんだって?』


『明日、学校来いよ』


『逃げたら、お前の家族がどうなっても知らねえぞ』


 父の正臣は、しばらく無言で画面を見つめていた。


 母の美咲も、隣で唇を固く結んでいる。


 怜司は二人の表情を見ながら、胸の奥が痛むのを感じていた。


 また、心配をかけてしまった。


 そう思った瞬間、父が静かに口を開いた。


「……怜司」


「……うん」


「これが届いたのは、いつだ?」


「さっき。九時過ぎ」


「返信は?」


「してない。スクリーンショットを撮って、すぐ父さんに見せに来た」


 正臣はゆっくりと頷いた。


「それでいい」


 そして、スマートフォンを怜司へ返した。


「元のメッセージは消すな。画面だけじゃなく、送信者や日時が分かる形で残しておこう」


「……分かった」


 正臣は深く息を吐いた。


 怒鳴ることはなかった。


 だが、怜司には分かった。


 父は、相当怒っている。


「……あの子は、何を考えているのかしら」


 美咲が震える声で呟いた。


「陽菜のことを持ち出しただけでも許せないのに、今度は家族全員を……」


 そこで言葉が途切れた。


 怜司は母の顔を見た。


 泣きそうだった。


「……母さん」


「ごめんね、怜司」


 美咲は無理に笑おうとした。


「お母さん、あなたの前でこんな顔しちゃいけないのに」


「……そんなことないよ」


 怜司は首を横に振った。


「俺だって、怖いから」


 美咲の目が揺れた。


 怜司は続けた。


「でも……一人じゃないって分かったから」


 父を見る。


 母を見る。


「前より、ずっと大丈夫」


 その言葉に、正臣がゆっくりと頷いた。


「そうだ。お前は一人じゃない」


 そして、立ち上がった。


「明日を待つ必要はないな」


「……父さん?」


「警察に相談しよう」


 怜司は息を呑んだ。


 正臣の声は、静かだった。


「娘の通学路を示唆するメッセージに続いて、今度は家族全員への脅しだ。学校だけで扱う問題ではなくなっている」


 美咲も頷いた。


「私も、そう思う」


 怜司は、スマートフォンを見つめた。


 警察。


 その言葉には、重みがあった。


 けれど、同時に思った。


 ――ここまで来ないと、誰も動いてくれなかったんだ。


 胸の奥に、苦いものが広がる。


 それでも。


 今度こそ、何かが変わるかもしれない。


     ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 怜司は、父と母に付き添われて警察署を訪れていた。


 陽菜は普段どおり学校へ行っているが、美咲が学校側と連絡を取り、下校時には迎えに行くことになっている。


 警察署の入口を前に、怜司は少し足を止めた。


「……緊張するな」


 思わず呟く。


 正臣が隣で頷いた。


「そうだな」


「父さんも?」


「当たり前だ」


 正臣は小さく笑った。


「父さんだって、こんな用事で警察に来たことはない」


 その言葉に、怜司も少しだけ笑った。


 父も緊張している。


 それでも、自分のために来てくれている。


「……行こう」


 怜司がそう言うと、正臣は頷いた。


「ああ」


 三人は並んで、警察署の中へ入った。


     ◇ ◇ ◇


 案内された相談室は、思っていたよりも普通の部屋だった。


 机と椅子。


 壁には防犯に関するポスター。


 窓際には、小さな観葉植物が置かれている。


 対応してくれたのは、四十代ほどの男性警察官だった。


「生活安全課の佐伯です」


 男性は名刺を差し出した。


「今日は、どういったご相談でしょうか」


 正臣が、用意していた資料を机の上に置いた。


「息子が、同じ高校の生徒から継続的ないじめを受けています」


 佐伯は頷きながら、メモを取り始めた。


「具体的には?」


「暴力、金銭の要求、脅迫めいた言動です」


 正臣は資料を一枚ずつ示した。


「学校には何度も相談しましたが、十分な対応はありませんでした」


 佐伯は、黙って資料に目を通した。


 そして、あるページで手を止める。


「……これは?」


 翔真から送られてきたメッセージだった。


『お前の妹、中学一年だよな』


『今日、どこの道通って帰るんだっけ?』


 佐伯の表情が引き締まる。


「妹さんは、実際に何か被害を受けましたか?」


 正臣は首を横に振った。


「今のところ、直接の被害はありません。ただ、妻が迎えに行くようにしています」


「それは適切な対応だと思います」


 佐伯は頷いた。


 そして、次の資料へ目を移す。


『逃げたら、お前の家族がどうなっても知らねえぞ』


 しばらく、沈黙が流れた。


 佐伯はゆっくりと顔を上げた。


「……これは、見過ごせない内容ですね」


 怜司の胸が、小さく跳ねた。


 初めてだった。


 学校の先生ではない大人が、はっきりとそう言ってくれたのは。


「ただし」


 佐伯は落ち着いた声で続けた。


「これだけで、直ちに特定の犯罪が成立すると断定できるわけではありません。前後のやり取りや、実際の状況を確認する必要があります」


 正臣は頷いた。


「承知しています」


「ですが、相談を受けた事実は記録します。相手の生徒や学校への確認を含め、どのような対応が可能か検討しましょう」


 怜司は、思わず息を吐いた。


 すぐにすべてが解決するわけではない。


 それでも。


 話を聞いてもらえた。


 記録に残してもらえる。


 そのことが、こんなにも大きいとは思わなかった。


「……黒瀬君」


 佐伯が怜司へ向き直った。


「少し、君自身の話も聞かせてもらっていいかな」


「……はい」


「怖かっただろう」


 その一言に、怜司の喉が詰まった。


 学校では、何度も言われた。


 大げさだ。


 冗談だ。


 お前にも原因がある。


 けれど、目の前の警察官は違った。


 まず、自分が怖かったかどうかを聞いてくれた。


「……はい」


 怜司は小さく答えた。


「すごく、怖かったです」


 佐伯は静かに頷いた。


「そうか」


 それ以上、無理に言葉を重ねなかった。


 その沈黙が、怜司にはありがたかった。


     ◇ ◇ ◇


 相談は、一時間以上続いた。


 怜司は、これまでの出来事を一つずつ説明した。


 入学して間もない頃から始まったからかい。


 飲み物を買わされたこと。


 殴られたこと。


 廊下で突き飛ばされたこと。


 そして、教師に相談しても取り合ってもらえなかったこと。


 話している途中、何度か声が詰まった。


 思い出したくない場面もあった。


 だが、正臣も美咲も、急かさなかった。


 佐伯も、怜司が落ち着くまで待ってくれた。


「……なるほど」


 すべてを聞き終えた佐伯は、ゆっくりと頷いた。


「学校での対応についても、確認が必要ですね」


 正臣が尋ねる。


「今後、私たちはどうすればよいでしょうか」


「まずは、今までどおり証拠を保存してください。新しい連絡があっても、感情的に言い返さず、危険を感じた場合はすぐに相談してください」


 佐伯は怜司を見た。


「黒瀬君。相手に呼び出されても、一人で会いに行かないこと」


「……はい」


「それから、もし実際に危険が迫ったら、ためらわずに一一〇番してください」


 怜司は頷いた。


 佐伯は最後に、相談内容を確認した上で言った。


「今回の件は、こちらでも記録を残します。今後の対応については、必要に応じてご連絡します」


 正臣は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 怜司も頭を下げた。


「……ありがとうございました」


 警察署を出たとき。


 空は、驚くほど青かった。


     ◇ ◇ ◇


「……怜司」


 駐車場へ向かう途中、正臣が声をかけた。


「大丈夫か?」


「……うん」


 怜司は頷いた。


「疲れたけど……少し、楽になった」


 正臣は、ほっとしたように笑った。


「そうか」


 美咲が怜司の背中を優しく撫でる。


「よく頑張ったね」


「……うん」


 怜司は空を見上げた。


 警察に相談した。


 それだけで、すべてが解決するわけではない。


 翔真たちは、まだ学校にいる。


 田所も、校長も、今までどおりかもしれない。


 それでも。


 今日、自分は初めて、家族以外の大人にすべてを話した。


 そして、否定されなかった。


 それが、何より大きかった。


「……父さん」


「ん?」


「ありがとう」


 正臣は少し驚いたように怜司を見た。


「……どうした、急に」


「いや……」


 怜司は少し照れた。


「俺のために、ここまでしてくれて」


 正臣は、しばらく黙っていた。


 そして、怜司の肩に手を置いた。


「……当たり前だろ」


 その声は、少しだけ震えていた。


「お前は、父さんの大事な息子なんだから」


 怜司は、目頭が熱くなるのを感じた。


 だが、泣かなかった。


 ただ、小さく頷いた。


     ◇ ◇ ◇


 一方、その頃。


 鷹宮開発の本社ビル。


 最上階の社長室では、鷹宮隆臣が一通の連絡を受けていた。


「……黒瀬家が、警察に?」


 低い声が響く。


 電話の向こうで、秘書が状況を説明していた。


『はい。学校側から、外部機関への相談を進めているとの報告がありました。警察への相談についても、確認が取れたようです』


 隆臣は、ゆっくりと椅子にもたれかかった。


「……なるほど」


 その表情には、苛立ちが浮かんでいた。


「たかが高校生同士の揉め事を、随分と大げさにするものだ」


『いかがいたしましょうか』


 隆臣は少し考えた。


 そして、冷たく笑った。


「まずは学校側に、余計な発言をしないよう伝えておけ」


『……承知しました』


「それから、翔真にも連絡しろ」


 隆臣の声が、わずかに低くなる。


「これ以上、証拠になるようなものを残すな、と」


 電話を切る。


 隆臣は、窓の外に広がる街を見下ろした。


 高層ビル。


 道路を行き交う車。


 自分が築いてきた会社。


 地元での影響力。


 それらすべてが、隆臣にとって誇りだった。


「……黒瀬、か」


 小さく呟く。


 どこにでもいる、普通の家庭。


 そう認識していた。


 だが、その家族が思いのほかしつこく動いている。


「……面倒なことを」


 隆臣は机の上の書類へ視線を落とした。


 そのとき、秘書から再び連絡が入った。


『社長、もう一点ございます』


「……何だ」


『学校側からの報告によりますと、黒瀬怜司という生徒が、最近になって急に態度を変えたそうです』


 隆臣の眉が動いた。


「……態度?」


『はい。以前はほとんど抵抗しなかったそうですが、ここ数日は鷹宮翔真様たちの要求を拒否していると』


 隆臣は、少しだけ目を細めた。


「……ふむ」


 そして、静かに呟いた。


「人間、追い詰められると妙な強がりを見せるものだ」


 だが。


 その認識が、どれほど間違っているのか。


 隆臣は、まだ知らなかった。


     ◇ ◇ ◇


 同じ日の午後。


 怜司は自室で、異世界から持ち帰った金貨を見つめていた。


 木箱の中には、十枚の金貨が並んでいる。


 表面には、見知らぬ紋章が刻まれていた。


「……本物なんだよな」


 怜司は一枚を手に取った。


 ずっしりとした重み。


 冷たい金属の感触。


 異世界での出来事が、夢ではないことを改めて実感する。


 そして、ふと考えた。


 ――この金貨、日本でも使えるのかな。


 もちろん、普通の店では使えないだろう。


 だが、金としての価値はあるかもしれない。


 とはいえ、出所を説明できない金貨を安易に売るわけにはいかない。


 怜司はすぐに考え直した。


「……今は、やめとこう」


 木箱を閉じる。


 今の自分に必要なのは、金ではない。


 もっと大切なものがある。


 強さ。


 知識。


 そして、家族を守るための判断力。


 怜司は、静かに目を閉じた。


 エリシアの顔が浮かぶ。


 あの少女は、今頃どうしているだろう。


 無事に過ごしているだろうか。


「……また、会いたいな」


 小さく呟く。


 その瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 異世界には、自分を待ってくれる人がいる。


 それが、今の怜司にとって大きな支えになっていた。


 そして。


 怜司は、ゆっくりと立ち上がった。


「……よし」


 今日のうちに、もう一度異世界へ行こう。


 もちろん、家族に心配をかけない範囲で。


 前回の経験で、二つの世界の時間の流れが違うことは分かった。


 だが、まだ詳しい仕組みは分からない。


 それも、確かめておきたい。


 怜司はスマートフォンを手に取った。


 時刻を確認する。


 そして、視界に半透明の文字を浮かべた。


【固有権能《界渡り》】


【転移可能】


 怜司は深く息を吸った。


「……今度は、ちゃんと準備して行こう」


 前回は、ほとんど何も持たずに飛び込んだ。


 その結果、魔物との戦闘で危険な目に遭った。


 同じ失敗は繰り返したくない。


 怜司は机の上にノートを開いた。


 必要なものを書き出していく。


 飲み水。


 食料。


 動きやすい服。


 応急手当ての道具。


 そして、帰還するための時間管理。


 準備を進めながら、怜司は思った。


 ――俺は、まだ何も知らない。


 異世界のことも。


 自分の能力のことも。


 そして、これから待ち受ける運命のことも。


 だが。


 知らないなら、学べばいい。


 弱いなら、強くなればいい。


 できないなら、できるようになればいい。


 今の自分には、そのための力がある。


「……絶対に、変わってみせる」


 怜司は、小さく拳を握った。


 日本では、家族とともに理不尽へ立ち向かう。


 異世界では、新たな力と知識を手に入れる。


 二つの世界で、少年の歩みは確実に進んでいた。


 そして、その先には。


 まだ誰も知らない、大きな運命が待ち受けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。