第102話 冒険者レイジ、新たな壁
第102話 冒険者レイジ、新たな壁
「レイジ様、おはようございます!」
冒険者ギルドへ足を踏み入れると、受付嬢のミリアが笑顔で声をかけてきた。
「おはようございます、ミリアさん」
怜司が挨拶を返すと、彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。
「今日は依頼をお探しですか?」
「はい。できれば、実戦経験を積めるものを」
「かしこまりました」
ミリアは依頼書を確認し始めた。
黒翼事件はすでに解決している。
関係者は捕らえられ、証拠も当局へ引き渡された。
街道の安全も、以前の状態を取り戻しつつあった。
怜司にとって、あの事件は大きな経験になった。
だが、同時に気づいたこともある。
自分には、まだ足りないものが多い。
強い力を持っていることと、その力を適切に使えることは同じではない。
状況を読む力。
仲間と連携する力。
そして、相手を傷つけすぎずに制圧する技術。
そうしたものを、もっと身につけたいと思っていた。
「……あ、こちらはいかがでしょう?」
ミリアが一枚の依頼書を差し出した。
「東の森で、魔物の数が少し増えているそうです。討伐というより、巡回と危険箇所の確認が中心になります」
「巡回、ですか」
「はい。必要に応じて魔物を討伐しますが、目的は森を利用する人々の安全確認です」
怜司は頷いた。
「いいですね。お願いします」
「承知しました!」
ミリアは微笑んだ。
「ただ、今回は別の冒険者の方と一緒に行っていただく形になります」
「……え?」
「ちょうど、同じ依頼を受けようとしている方々がいらっしゃいますので」
その瞬間。
「おう、レイジじゃねえか!」
聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、三人の冒険者がこちらへ歩いてきていた。
カイル。
リーナ。
セドリック。
Cランクパーティー《蒼風の牙》の三人だった。
「久しぶりだな!」
カイルが笑う。
「元気そうじゃねえか」
「カイルさん!」
怜司も笑顔になった。
「お久しぶりです!」
リーナが微笑んだ。
「また一緒に仕事ができそうね」
セドリックも静かに頷いた。
「今回の依頼なら、連携の練習にもなる」
怜司は少し驚いた。
「……僕も、ちょうどそれを考えていました」
カイルがにやりと笑う。
「なら決まりだな!」
◇
東の森へ向かう道中。
怜司は三人から、今回の依頼について説明を受けた。
「今回の目的は、魔物を片っ端から倒すことじゃねえ」
カイルが言う。
「危険な場所を見つけて、ギルドに報告する。それが一番大事だ」
「はい」
怜司は頷いた。
「討伐が必要かどうかも、状況を見て判断するんですね」
「そういうことだ」
リーナが笑った。
「強い冒険者ほど、無駄な戦闘を避けるものよ」
「……なるほど」
セドリックが地図を広げた。
「森の北側に、小さな沢がある。最近、その付近で魔物の足跡が増えたらしい」
「まずはそこを確認する」
カイルが言う。
「レイジ、お前は周囲の警戒を頼めるか?」
「はい!」
怜司は即答した。
だが、カイルはすぐに付け加えた。
「ただし、何か見つけても勝手に突っ込むなよ」
「……はい」
怜司は少し照れくさそうに笑った。
自分でも分かっている。
強い力を手にしたことで、以前より大胆に動けるようになった。
けれど、それが仲間にとって最善とは限らない。
今日は、そこを意識しようと思った。
◇
森へ入ると、空気がひんやりと変わった。
木々の間から差し込む光。
湿った土の匂い。
遠くで鳴く鳥の声。
怜司は周囲へ意識を向けた。
視界に入る情報が、以前より鮮明に感じられる。
足元の小さな枝。
草の揺れ。
風向きの変化。
《完全適応》によって高まった身体能力と感覚は、確かに役立っていた。
だが、それだけでは不十分だった。
「……レイジ」
セドリックが小さく声をかけた。
「はい?」
「何か気づいたか?」
怜司は少し考えた。
「右奥の茂みに、何かいます」
セドリックは頷いた。
「正解だ」
そして、地面を指した。
「だが、もう一つある」
怜司は目を凝らした。
土の上に、浅い足跡が残っている。
「……足跡?」
「そうだ。しかも、複数ある」
セドリックは静かに続けた。
「見えている魔物だけを相手にすると、別の個体に回り込まれることがある」
怜司は息を呑んだ。
「……なるほど」
自分は、気配の強い一体ばかり見ていた。
その周囲に何があるかまで、十分に確認できていなかった。
「気づけたことは悪くない」
セドリックが言う。
「だが、最初に見つけたものがすべてだと思わないことだ」
「はい!」
怜司は真剣に頷いた。
◇
しばらく進んだところで、魔物が姿を現した。
灰色の毛を持つ狼型の魔物。
三体。
そのうち一体は、少し離れた木陰に潜んでいた。
「来るぞ!」
カイルが声を上げた。
「リーナ、左を頼む!」
「了解!」
「セドリック、後方警戒!」
「任せろ」
怜司は剣を構えた。
以前なら、自分が先に飛び出していたかもしれない。
だが、今日は違う。
仲間の位置を確認する。
魔物の動きを見る。
そして、自分が動くべき場所を考える。
一体がリーナへ飛びかかった。
怜司は横へ踏み出す。
「リーナさん、右です!」
「分かってる!」
リーナが身体をひねって攻撃を避けた。
その隙に、怜司が魔物の進路へ入る。
剣を振る。
ただし、必要以上の力は込めない。
刃が魔物の急所を正確に捉えた。
一体が倒れる。
残る二体は、カイルとリーナが連携して処理した。
戦闘は短時間で終わった。
「……ふう」
怜司は息を吐いた。
カイルが笑った。
「悪くねえな!」
「ありがとうございます」
「ただ、一つ気になった」
「……はい」
「お前、リーナを助けようとしたとき、自分の後ろが少し空いたぞ」
怜司ははっとした。
「……確かに」
「今回はセドリックが見てたから問題なかった。でも、毎回そうとは限らねえ」
怜司は深く頷いた。
「気をつけます」
リーナが笑う。
「でも、助かったわ。ありがとう」
「いえ!」
怜司は少し照れた。
仲間から感謝される。
同時に、改善点も教えてもらえる。
その両方が、今の怜司には嬉しかった。
◇
午後。
四人は森の北側にある沢へ到着した。
水は澄んでいたが、岸辺には大きな足跡が残っていた。
「……これは」
カイルが眉をひそめる。
「少し厄介だな」
セドリックが地面を確認する。
「大型の魔物だ。まだ近くにいる可能性がある」
怜司は周囲へ意識を向けた。
確かに、遠くから重い気配を感じる。
だが、今すぐ襲ってくる様子はない。
「……追いかけますか?」
怜司が尋ねる。
カイルは首を振った。
「いや。今回の依頼は巡回だ」
「……そうでした」
「足跡の位置と大きさを記録して、ギルドに報告する。必要なら、討伐隊が組まれる」
怜司は頷いた。
倒せる相手なら、倒してしまえばいい。
そんな考えが、ほんの一瞬浮かんでいた。
だが、それは依頼の目的とは違う。
勝手に追跡すれば、仲間を危険に巻き込むかもしれない。
「……分かりました」
怜司は地図を開いた。
「じゃあ、場所を記録します」
カイルが満足そうに笑った。
「それでいい」
◇
夕方。
四人は無事にギルドへ戻った。
報告を受けたミリアが、真剣な表情で記録を確認する。
「大型の足跡ですか……」
「ええ。沢の北側です」
セドリックが答えた。
「危険度の確認が必要だと思う」
「承知しました。ギルド長へ報告します」
ミリアは頷いた。
しばらくして、奥から豪快な笑い声が響いた。
「ガハハ! よく戻ったな!」
現れたのは、ギルド長のバルド・グランツだった。
「レイジ! 今日はどうだった?」
「勉強になりました」
怜司は即答した。
バルドが目を細める。
「ほう?」
「魔物を倒すことだけが仕事じゃないって、改めて分かりました」
怜司は続けた。
「周囲の状況を確認することも、仲間と連携することも、すごく大切なんですね」
バルドはしばらく怜司を見つめた。
そして、満足そうに笑った。
「ガハハ! いいじゃねえか!」
大きな手が、怜司の肩を叩いた。
「力が強いだけの冒険者は、いくらでもいる。だが、頭を使って仲間を守れる奴は、長生きするぞ!」
「……はい!」
怜司は力強く頷いた。
◇
依頼報酬を受け取った後。
怜司はギルドの休憩スペースで、今日の反省点をノートへ書き込んでいた。
最初に見つけた魔物だけに集中しない。
仲間の位置を常に確認する。
依頼の目的を忘れない。
必要のない戦闘を避ける。
そして、自分の力を過信しない。
「……まだまだだな」
怜司は小さく笑った。
だが、不思議と落ち込んではいなかった。
改善点が分かるということは、次に成長できるということだ。
そのとき、カイルが隣へ座った。
「お前、ほんと真面目だな」
「……そうですか?」
「そうだよ」
カイルは笑った。
「でも、悪いことじゃねえ」
そして、少しだけ声を落とした。
「レイジ。お前は強い。俺たちより強い部分もあるだろう」
怜司は驚いた。
「そんな……」
「だが、だからこそ覚えとけ」
カイルは真剣な目で言った。
「一人で何でもできると思い始めたら、いつか大事なものを見落とす」
怜司は静かに頷いた。
「……はい」
「仲間を頼れ。俺たちだって、お前を頼るんだからよ」
その言葉が、胸に響いた。
「……ありがとうございます」
怜司は微笑んだ。
カイルも笑った。
「また一緒に仕事しようぜ!」
「はい!」
◇
日本へ戻った怜司は、自室の窓辺で夜空を見上げていた。
今日の依頼で得た報酬は、それほど大きくない。
けれど、得られた経験は大きかった。
力があること。
その力を正しく使うこと。
そして、人を頼ること。
その三つは、きっと別々のものなのだ。
「……もっと強くなろう」
怜司は静かに呟いた。
ただ、敵を倒せるようになるためではない。
誰かと一緒に、危険を乗り越えられるように。
自分の力を、必要な場所で使えるように。
少年は、また一つ新しい目標を見つけていた。




