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亡き妻の指輪で異世界へ――Lv0の四十代、精霊に愛されながら妻の足跡を追う  作者: 翠碧ノ人


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第7話 治療のためだから

「先に言っておく」


 修司は救急箱の中身を並べながら、リゼを見た。


「傷を洗うには、今巻いてある布を外す。服も、もう少し切らないといけない」


「分かっている」


「かなり肌が出る」


「治療なのだろう?」


「治療だけど、嫌なら嫌って言ってくれ」


 リゼは怪訝そうに眉を寄せた。


「嫌だと言えば、やめるのか?」


「命に関わるなら説得はする。でも、勝手にはやらない」


「妙な男だ」


「よく言われる」


 本当は、それほど言われない。


 リゼはしばらく修司の顔を見ていた。


 やがて、背を預けていた木から身体を起こす。


「構わない。任せる」


「分かった」


 修司は頷き、先に周囲を確認した。


 魔獣の気配はない。


 それでも開けた場所で治療を続けるのは危険だ。少し先に、岩と木の根が重なった窪みがある。完全に安全ではないが、三方向を塞げる。


「移動できるか?」


「歩ける」


「さっきもそれで血を増やしただろ」


「では、どうする」


「運ぶ」


 修司が腕を伸ばすと、リゼの肩が固くなった。


「またか」


「嫌なら肩を貸す。でも時間がかかる」


「……運べ」


 声が少し小さい。


 修司は傷へ触れないよう、背と膝の裏へ腕を回した。


 抱き上げた瞬間、リゼが息を呑む。


「痛いか?」


「違う」


「じゃあ何だ」


「何でもない。前を見ろ」


 言われなくても、修司は足元を見ている。


 濡れた根を避け、ゆっくり進む。


 腕の中の身体は細い。


 鎧を着ていた時は分からなかったが、鍛えられていても女性らしい柔らかさがある。


 意識しそうになり、修司は足元へ集中した。


 治療のためだ。


 今は、それ以外を考えるべきではない。


 窪みへ着くと、防水シートを広げた。リゼを座らせ、肩からタオルをかける。


「その布は水を通さないのか?」


「だいたいは」


「薄いのに」


「説明は後」


「そればかりだな」


「今は傷が先」


 修司は手袋をつけた。


 リゼが目を細める。


「手を覆うのか」


「傷へ汚れを入れないため」


「お前の世界の治療師は、全員そこまで清潔さを気にするのか?」


「少なくとも、俺が知ってる病院は」


「びょういん」


「治療する施設」


 リゼは記憶するように、その言葉を繰り返した。


 修司は脇腹へ巻いた上着を外す。


 布が血で貼りついている部分は、水で湿らせながら少しずつ剥がした。


「痛かったら言ってくれ」


「この程度は平気だ」


「我慢できるかじゃなくて、痛いかどうかを聞いてる」


「……痛い」


「分かった。もっとゆっくりやる」


 リゼが黙る。


 何か不思議なことを言われたような顔だった。


 外套の布を取り終えると、傷の周囲が見えた。


 裂けた服が邪魔をしている。


「切るぞ」


「ああ」


 アウトドア用の鋏を差し入れ、傷から離れたところを切る。


 布を開くと、脇腹から腰へかけて白い肌が露わになった。胸元を覆う下着も一部が裂けている。


 修司はタオルをずらし、必要のない部分を隠した。


「なぜ隠す?」


「必要のないところまで見る理由はないだろ」


「治療中だ。気にしない」


「あんたが気にしなくても、俺が気にする」


 答えた後で、少し直接的すぎたと気づいた。


 リゼの耳が、わずかに赤くなる。


「……そうか」


「悪い」


「謝るな」


 二人とも目を合わせないまま、短い沈黙が落ちた。


 修司は傷へ視線を戻す。


 ペットボトルの水で周囲の泥と血を流す。


 リゼの腹が硬くなる。


「冷たいな」


「少し我慢してくれ」


「先ほどは我慢するなと言った」


「痛い時は教えて、必要な分は我慢してほしい」


「注文が多い」


「生きてもらうためだからな」


 傷口に小さな黒い欠片が見えた。


 修司はライトを近づける。


「これ、爪か?」


「魔獣の棘だ」


「残したままだとまずい?」


「魔力を吸う」


「先に言ってくれ」


 ピンセットで慎重に掴む。


 欠片を動かした瞬間、リゼの身体が大きく震えた。


「っ……!」


「痛いな」


「抜け」


「一気にいくぞ」


 リゼが頷く。


 修司は角度を合わせ、まっすぐ引いた。


 黒い棘が抜ける。


 長さは三センチほど。


 先端には、細い銀色の線が巻きついていた。


「何だ、これ」


 自然のものには見えない。


 規則的すぎる。


 リゼも棘を見るなり、顔色を変えた。


「捨てるな」


「知ってるのか?」


「まだ断定できない」


「じゃあ袋に入れとく」


 小さな保存袋へ入れ、救急箱へ収める。


 傷を洗い終え、清潔なガーゼを当てた。


 包帯を腹へ回すには、リゼの身体へ腕を回さなければならない。


「少し近づく」


「いちいち言わなくていい」


「言った方が驚かないだろ」


 修司はリゼの背へ手を回した。


 顔が近い。


 青白い瞳が、思ったより真っ直ぐ修司を見ていた。


 銀髪から、土と血に混じって草木のような匂いがする。


 包帯を受け渡すため、身体を寄せる。


 リゼの呼吸が止まった。


「苦しいか?」


「違うと言っている」


「さっきも聞いたな」


「なら二度と聞くな」


 少し怒った声だった。


 修司には、理由が分からない。


 包帯を固定し、ようやく身体を離す。


 リゼは目を伏せたまま、胸元のタオルを握っていた。


 肩の傷と脚の傷も洗い、覆う。


 すべて終わる頃には、修司の額にも汗が滲んでいた。


「終わった」


「……そうか」


「少し休んだら、安全な場所を探す」


「心当たりがある」


 リゼがタオルを身体へ巻き直す。


「ここから北へ半刻ほど。森の隠れ家がある」


「歩ける距離か?」


「運ぶのだろう?」


 修司は目を瞬いた。


 リゼは横を向いている。


 耳だけが、まだ少し赤かった。

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