5 レテイスとミスサリア
カッツォたちはミザリーに連れられ、レテイスの後を追う。
段差の低い石階段は途中で折り返し、上へと続いていた。その壁には、赤地に三つの白い星が描かれたファムリアの国旗が掛けられていた。
(ファムリアの兵舎に入る機会なんてもんがあるとはなあ……)
カッツォが立ち止まるとドレも横に並び、複雑そうな顔でその旗を見つめた。
「……」
先に上がったレテイスは穏やかな表情のまま、イヴェットとシュロ、そしてドレを眺めていた。
「ミザリー。彼らには、会議は退屈ではないだろうか?」
「大丈夫! 大事なことだけ伝えたらボクは出かけるから。行き先と仲間をみんなに説明しておかないと!」
「出かける?」
上階の会議室には長机が並び、席に着いた騎士たちが静かに話し合っていた。下にいた若い騎士たちとは違い、ここにいるのは年長で強面の男たちだ。
「御到着されたぞ」
若く華々しい王子を迎えるために、彼らが一斉に向き直る。その光景に、カッツォは思わず息をのんだ。
「良い、楽にしろ。今は子どもたちが一緒だからな。お前たちが真剣に話していたら、怖がらせてしまうだろう?」
「はっはっは、そうですな」
「ミザリー王女、お久しぶりでございます」
手を振るミザリーに赤銅色の髪髭の男が頭を下げた。
ミザリーの後にぞろぞろと子どもや動物が入っていったので、彼らも驚いた顔をした。
「では麗しき我が妹の話を聞こう。ミザリー、状況を教えてくれ」
レテイスは奥の椅子に座り、ミザリーを促した。
ミザリーは立ったまま、横に並んだカッツォたちの方へ腕を広げる。
「まず、紹介するね。こっちは南オルミスから来た、カッツォ君とドレ君。こっちがアルソリオから来たイヴェットとシュロだよ」
「アルソリオ?」
「で、ボクはイヴェットをアルソリオに連れて行く。そうしないと世界が滅びてしまうからね!」
ミザリーの発言に、強面の騎士たちが目を見開く。
イヴェットが小声で「そうなの?」とシュロに囁いた。「そうだよ」とシュロが答えた。
(俺とドレだって、そんな話は聞いてないけど……シュロとミザリーの話があったのかな?)
レテイスは腕組みをして目を閉じたまま、身じろぎ一つしなかった。
「わかった。それが導きだというのだね」
当然のように、ミザリーの言葉に応じた。
(ミザリーの話がわかるのか……ファムリアでは、きっとこういうことが当たり前なんだな……)
カッツォが感心する中、ミザリーが続ける。
「それからドレ君は、南オルミスの第三王子ハンドレッド君だよ。ボクたちは仲間で協力してるんだ!」
会議室がざわめく。
ドレに視線が集まり、空気がわずかに張り詰める。ドレは驚いて、何も言えずに固まっている。カッツォも同じだった。
「……わかった」
レテイスも何か言いたそうだったが、飲み込んだように思えた。
「ボクたちが協力して精霊をなんとかするから、それまで待っててね」
「精霊?」
「うん。今、あそこにはストラヴィルっていう破滅の精霊がいるんだ」
面々の表情が、わずかに緩んだ。ようやくオーネットの異変の話に戻ったからだろう。
「ストラヴィルが魔法で作った人形がフラネールを襲ってるんだ。土みたいに簡単に崩れるけど、人間の生気を奪って復活しちゃう。コーレリアが戦ってくれたけど、倒せなかったんだ」
「退避して、フラネールを狙わせることに成功したらしい」
赤銅色の髪髭をした男が、ミザリーの話に初めて口を挟んだ。
ヒュゥ、とレテイスが口笛を吹く。
「コーレリアの功績だったのか」
「調子に乗らせんでくださいよ」
「なるほど……アルフレッド軍は精霊と人形とやらに手間取っている。それで会合の申し入れを受けたわけか。素晴らしい。ストラヴィルとやらには、ずっとそこにいてもらいたいな」
レテイスは本気に違いない笑みを口元に浮かべた。
「そんな願い方をしたらだめだよ。兄様は絶対にストラヴィルに近付かないでね」
「なぜ?」
「兄様が死んじゃうからだよ」
「……それで、どうやって精霊を止めるつもりなのかな?」
「どこかに、精霊を閉じ込められる箱があるってことがわかったんだ。それを探してくるから待っていて」
「私たちに何をして欲しい?」
「アルフレッド君たちが戦い続けていてくれれば、他の場所に行かないだろうから助かるな!」
「つまり、こちらの提案は戦いを続けてもらうことか。願ってはいても、……持ちかけるのは難しいな」
レテイスは考え、小さく息をつく。
「……それは後にしよう。君たちはこれから何をするのかな」
「会合の間に、ボクたちは箱の手がかりを探してくるね。終わったらすぐに出かけられるように」
急にミザリーがカッツォに顔を向けたので、「……わかった」と、ついレテイスのように返事をした。
「精霊の祝福よ。止めはしないが……これだけの異変には、別の強い意志が働いているのかもしれない。どうか気をつけて欲しい」
「兄様もね! じゃあ、ボクたちは行こうか」
ミザリーがイヴェットたちを連れて会議室を出ていった。
「……大丈夫かな」
ドレがずっと不機嫌そうな顔をしていたのが気にかかった。
きっと、外でミザリーと喧嘩になるだろう。
(レテイス王子は、よくミザリーをやりたいようにやらせられるなあ。あんなに大事にしてるのに……)
ふと視線を向けたレテイスと目が合った。空いている椅子に座るように示されたので、ためらいながらも腰を下ろした。
「カッツォ、君は思った以上に……重要な関係者のようだ。少々認識を改めて話をしたい。何しろ、精霊王の遣わしたる我が妹の口からは、想定外の言葉ばかりが齎されたからな」
レテイスは穏やかな気品を漂わせている。だが、ミザリーの言ったことに戸惑っているらしいと気付き、カッツォは少し驚いた。
「ここにいるのは会合に同席する面々だ。彼は騎士団長のガイオン・ヴァルス。こちらは副団長ビアスタイン・イスカル。そして助言役のグリーデン・メルケン、ロメイン……」
カッツォはほんの少しミザリーとコーレリアを恨めしく思いながら、紹介された雲の上の存在のような面々に会釈を返した。
(王女と王子に慣れたから任せておけって? 冗談でも二度と言わないぞ)
何度唾を飲み込んでも、喉が渇く。
「君のことは南オルミスの商人見習いとしか聞いていなかったな」
「……ええ、そうです」
なぜか、全員が納得しないような顔でカッツォを見ている。
(そりゃ、ドレが王子なら俺がただの庶民ってのはおかしいと思うよなあ……)
だが、明かす正体などもないカッツォはそうであることを言うしかない。
「あの……俺は本当にたまたま城下でハンドレッド王子に雇われた、ただの商人見習いです」
「出身は?」
ビアスタインが白髪混じりの顎鬚に触れながら、カッツォを見る。服の質を見られているな、と感じた。
「ウルスです」
「……失礼、ウルスとはどちらですか?」
助言役のグリーデンが、目を囲むような形の装飾品を押さえながら言った。
「南の鉱山町の一つで……もう、無いも同然の町です」
とうとう地図から消えたかな、と思いながらカッツォは答える。
「鉱山……」
何人かがため息混じりに腕を組む。
鉱山出身と言って嫌がられるのは、よくあることだ。
「まあまあ。とりあえず彼を信用して良いのでは? 証言者を連れて行くことはコーレリア様が提案されたのでしょう」
助言役のロメインが言うと、レテイスは頷いた。
「疑うようなことを言って悪いな、カッツォ。しかし、私達には慎重にならなければならない理由があるんだ」
「いえ……」
「では、会議を始めよう」
その言葉に、騎士たちは佇まいを正す。それぞれの気迫が目に見えて増し、部屋全体の空気が変わる。
「精霊のことはミザリーに任せる。我々は人間側だ。フラネール軍の状況は?」
「丘陵に三段構えの陣を張り人形と交戦中だ」
「精霊への対処の動きは?」
「夜を徹して盾を使った防戦を続けている。恐らく手段を持たないだろう」
「……なら良かった。予定通りだな」
レテイスにはじめて柔らかい笑みが浮かんだのを見て、カッツォは彼がミザリーとはまったく違うのだと気付いた。
(さっきは、ミザリーに合わせていただけだったのか……。ファムリアにとってあの力は重要なんだな……)
そう思ったカッツォには、レテイス王子がふと自分とあまり歳が変わらない一人の青年に見えたような気がした。
兵舎を出たドレは、苛立っているのが目に見えていた。しかし、周囲に騎士たちがいるのを気にしているようだった。
ミザリーに案内されて、広場を通り小坂を上がる。学校の研究棟へ向かう崖道まで来てようやく人通りがなくなり、ドレがついにミザリーに文句を言った。
「どうしてあんな場所で、私が南オルミスの王子だということを言ってしまうんだ! 王女のくせに、ファムリアと南オルミスがどんな関係かも知らないのか?」
いきなり怒り出したドレにきょとんとした後、ミザリーはまったく悪気のない顔で、口を尖らせた。
「あそこにいるのはみんなボクの仲間だもん。ドレ君のことを隠して協力はできないよ」
「……私が王子であることで利用できるような価値などないということが、まだわからないのか?」
自分の言葉に自分で傷ついたような顔で、ドレはミザリーを睨んだ。
「ドレ君の言うことはよくわからないよ! でも、それなら隠す必要もないんじゃない? 隠していることには価値があるの?」
「あるだろう! 私は敵国の主戦力に囲まれていたんだぞ。捕まったり殺されたりされるかもしれなかったんだ!」
「そんなことしないよ。敵じゃないし、もし間違えて誰かがドレ君を傷付けてもボクが治すよ」
「……とにかく、王子ということは二度と人に言うな。私が生きているというだけで驚かれるらしいからな。噂が広がると困る」
「なんで? そしたらもう、見たことがないなんて言われないよ、みんなに言えばいいんだよ!」
「……そういうことじゃない。私がこんな場所にいることが、兄上たちの耳に届いたら……」
「怒られる? ボクもコーレリアによく言われるんだ、勝手に動き回っちゃだめって。兄様だってね、怖い時も面倒な時もあるよ。でも」
「お前たち兄妹と一緒にするな!」
喉が裂けそうな声で、ドレが怒鳴った。
「お兄ちゃんたち、喧嘩になっちゃった。どうしようシュロ……」
「争いは人間の習性なんだ。放っておけばいいよ」
「ええ、シュロって冷たい!」
イヴェットの驚いた顔に、シュロも驚く。
「え? これは君の考えじゃなかったっけ?」
「カッツォお兄ちゃんがいないんだから、何とかしなきゃ」
「あーあ、めんどくさいなあ」
シュロはのしのしと、ミザリーとドレのところへ行った。
「君たち、向こうの空を見てごらん」
シュロに言われて、二人とも空を見上げる。木々の向こうの西の空に、黒雲が静かに広がっているのが見えた。
「ドレの怒りと悲しみは、破滅の力を強くしてしまうよ。ミザリーはドレを怒らせるのをやめないと」
「ボク? 怒らせようとしてないよ!」
「ドレが怒るのはいつも君が原因じゃないか」
「そうなの? どうして?」
「……」
ドレは不機嫌そうに目を逸らす。
「どうすればドレ君を怒らせないようにできるかな?」
「知らないよ、僕は人間じゃないし」
そう言って、シュロはイヴェットの方へ戻ってきた。
イヴェットはシュロの顎の毛に手を突っ込んで、わしゃわしゃと撫で回した。
「すごいねえ、シュロ。いつもお父さんとお母さんの喧嘩を止めてたもんね。喧嘩を止める天才だね」
「……僕に変な性質をつけないで欲しいなあ」
口を動かされるままになりながら、シュロは呟いた。
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




