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セレニアの物語  作者: さなか
第4章 第1幕 否定された存在

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4 ファムリア第一王子レテイス

挿絵(By みてみん)


 アルストルの石畳を早馬が駆け抜けた。広場の人々が慌てて道を開け、馬はそのまま西門の兵舎へ向かっていく。

 ミザリーはちらりとそれを見送り、振り返る。


「硬パンはジャム(みず)と一緒に食べるんだよ」


 カッツォはミザリーが屋台で買った飲み物を受け取る。細長い筒形の木のカップに、赤い実のジャムと水が入っている。口をつけると、カッツォには少し甘かった。イヴェットは嬉しそうに「サフトだ!」と言った。

 ミザリーはパンをジャム水に浸して見せる。

 カッツォも真似をしてみると、あんなに噛みちぎりにくかったパンが、少し柔らかくなっていた。


「へえ……硬い、硬いって言って食べてたのがバカみたいだなあ。そういうもんだとばかり思ってた。ごめんな、ドレ」


 ドレはジャム水パンが気に入ったのか、黙々と食べている。


「……悪くはなかった。はじめからこうして食べるより」


「そうかなあ」

 

 ミザリーとイヴェットは少し離れた別の長椅子に座った。内容はわからないが、楽しそうな声が聞こえる。

 

「さて、じゃあ何にこいつを使えばいいのかな」


 カッツォはポケットからそれを取り出し、太陽に琥珀色を透かした。「ドレが持ってな」と手渡した。

 ドレはそれを受け取り、黒い線の揺らぎをじっと見つめる。

 

「見つけやすいのはレイドンが使っていた物だろうな」


「あれっていつ頃のことだったんだろう」

 

「八十年から九十年程前だ。ソラミルがよくその時代の双子の王子の話をするんだ。結局、ベルトロス王が……」


 ドレの言葉が途切れる。

 いつの間にか、目の前にイヴェットが立っている。アンズィルの瞳を覗き込んでいる。ドレは居心地悪そうに、アンズィルの瞳を腰のベルトの鞄にしまった。

 それでもイヴェットは、ドレを見つめたままだ。ドレが困ったようにカッツォを見るので、代わりに声をかけた。

 

「どうしたんだい、イヴェット」


「ドレお兄ちゃんって、王子様なの? お姉ちゃんが教えてくれたんだ!」


「……」


 ドレはじろりとミザリーを睨んだ。ミザリーはシュロと話をしているようだった。


「王子様って、あんまりいないんだよ。王女様(プリンセス)はたくさんいるけど。だから、会えて嬉しいな! 握手してくれる?」


 イヴェットは手を差し出し、じっと待っている。ドレは固まったままだ。

 イヴェットは首を傾げたが、すぐに気にした様子もなく、期待に満ちた眼差しをカッツォにも向けた。


「じゃあ、カッツォお兄ちゃんも王子様?」


「俺?! まさか、違うよ」


「二人は兄弟じゃないの?」


 今度はカッツォがぎょっとする番だった。


「違う違う。全然似てないし、育ちが違うってわかるだろ?」

 

 イヴェットは二人を見比べて不思議そうな顔をした。

 

「わかんない。じゃあ、お友達?」


「えーっと……」


 カッツォは困って言い淀んだ。今はもう雇われ人でもない。普通なら使いやすい友人という言葉は、ドレにとってはソラミルとの関係だけを表すものだ。

 他の言葉を探していると、ちょうどミザリーが来て言った。


「ボクたちはね、仲間だよ!」


「仲間?」


「うん。一緒に問題に立ち向かっているんだからね!」


「……そうだな。それがぴったりかも」


 確かにそんな言葉もあったなと思い、カッツォは笑った。


「イヴェットとシュロも仲間だよ!」


「私たちも? わーい!」


「仲間……」


 ドレは呆気に取られて、その様子を見つめていた。

 

 みんなでカップを店に返しに行くと、ミザリーがぱっと振り返った。


「それじゃあ、どうしようか?」


「……レイドンの時代のものを探す」


「商人がいれば何か知らないか聞いたんだけどなあ。一人もいないなんて……こんなに騎士がいたら、普通は集まってくるもんだけど」


「今は補給路以外止めてるんだって」


「ああ、そうなのか」


「ねえ、【精霊学】の本を見てみるのはどうかな?」


「あれはレイドンの直筆なのか?」

 

「そっか。じゃあ、学者に聞いてみようよ。その時代のものがないか!」


「そうだな。それで……」

 

「ミザリー!」


 兵舎の方からコーレリアが走ってきた。


「陛下から伝令があり……兵舎へ戻ってください」


「お父様はなんて?」


「フラネールのアルフレッド王子に申し入れていた会合が受諾されました。レティが来るので、ミザリーが状況説明を」


「えー、兄様が? アルフレッド君に会うのはボクじゃだめなの?」


「ミザリーはアルフレッド王子には会わせられません」


「なんで?」


「緊張状態ですから、今は」


 コーレリアは薄く微笑む。

 ミザリーは二十八歳の王子に対しても「アルフレッド君!」と言うだろう。カッツォにも想像がつき、コーレリアの苦労が知れる。

 

「ところで、ドレ……いえ、ハンドレッド王子は、会合に参加していただきたいのですが」


「え?」


「この会合は、南オルミスに戦争を仕掛けさせないための先手です。異変に協力して対応した事実を作る。重要な会合なのです」


 緊張しているのか、ドレの表情が固まった。


「わ……私が……?」


「オーネット領の異変はファムリアの攻撃ではないこと、国境線をこれまで通り維持することを提言しなければなりません。ファムリアと南オルミスの均衡維持のためにお力添えをしていただくわけには……」


 コーレリアが話している合間にも、ドレの表情は青ざめ呼吸が浅くなっていく。


「私は……私は、できない……」


「……?」


 コーレリアもドレの様子のおかしさに気がついたようで、目が合わないドレからカッツォに視線を移動させた。カッツォも戸惑い、首を横に振る。


「私が、あ……アルフレッド殿下に、お会いすることは……」


「アルフレッド君ってそんなに怖い人なの?」


 ミザリーは手を伸ばしたが、ドレがびくっと身を屈めたので、触れずに止めた。

 イヴェットも心配そうにドレを見上げ、シュロはただ黙って見ている。


(……怖い? 確かに、怯えてるみたいだ……)


 カッツォはその様子を見て、ドレを連れてフラネールに逃げようとした時のことを思い出した。ソラミルが崩れたショックで動けないのだと思っていたが――あの時、ドレが見たのはアルフレッド軍の旗だった。


「厳格な人物と聞いていますが……」


 珍しくコーレリアもうろたえている。

 カッツォはドレの近くに行って、そっとドレの背中に触れた。


「ドレ、一回座ろうか。大丈夫だから……コーレリアさん、無理には連れて行きませんよね?」


「……そうですね。ドレがいることを向こうに伝えたわけではありませんので」


「行かなくていい。ドレ。だから落ち着こう、な?」


 ドレの呼吸が少しずつ長くなっていく。カッツォの声に応えるように、落ち着こうとしているのがわかった。

 

「そうです。カッツォにお願いするので大丈夫ですよ」

 

「お、俺ですか?」


 思わず声を上げる。


「ええ、王子を利用したと思われるのもよくありませんし、商人見習いでもまったく問題ありません。年長者が行くべきです。こういうことは」


 コーレリアも、ドレを気遣って言葉を選んでいる。

 断るなんて、とても言えない。


「通りがかった南オルミスの商人として証言をしてもらえれば……あとは、こちらがうまくやりますから」


「……わかりました」


 そもそも自分がこんな場違いなところにいるのは、ドレを助けると決めたからだ。


(もう少しだけ場違いなところへ行くぐらい、なんてことないよな)

 

 カッツォは自分に言い聞かせる。

 

 アルスター講堂に馬車を取りに行こうとすると、ドレが黙って後をついてきた。


「大丈夫か?」


「……すまない」


「俺のことは気にするなよ。王子や王女と話すのにもすっかり慣れてきたしな。コーレリアさんが言ってたろ、年上に任せておけって」


 そう言って笑って見せたが、ドレの表情は浮かない。


(今がどうしてあるのかの理由を知る……だったっけ。アルフレッド王子に会えば、ドレがこんなに怯える理由がわかるのかな……)

 

 ソラミルの言葉を思い出しながら、カッツォは指先の震えを手綱を解く作業に紛れ込ませる。

 

 タランを引いて広場へ戻った。

 ドレは御者台へ上がるかと思ったが、カッツォが歩くのを見て一緒に来た。ミザリーたちが荷台に乗り込み、コーレリアが御者台に乗った。


 歩いているうちにドレの顔色に血色が戻ってきた。それを見ていると、わずかにカッツォの緊張も和らぐ。

 

「……?」

 

 後ろに、馬の蹄の音が増えた。

 カッツォが荷台の後ろを覗くと、騎馬が三頭、馬車の歩みに合わせてついてきていた。


「私の精霊(ミスサル)〜」


 ファムリアの王都エッカーニアで聞くような、伸びやかな男性の歌声だった。

 

「兄様!」


 幌の中からミザリーの声がした。

 すると、騎馬が馬車を追い越してきてタランの両側に並んだ。カッツォとドレの隣に現れたのは、艶やかな青毛の馬。上品な赤い服を着た金髪の青年は、ミザリーと同じ黄色の瞳でカッツォたちを見ている。宝石は外套の留め具に一つ。なのに、全身が妙にキラキラして見えた。


(レテイス王子?!)


 道行く人々がその存在に気づき、うっとりと振り返る。

 噂に聞いたままの人物で、カッツォも一目でその人だとわかった。


「私の煌めく宝石をどこへ連れて行くのかな?」


 低く落ち着いた声が、車輪と蹄の調べに乗るように、カッツォたちを穏やかに呼び止める。


「レティ……」


「あっ、コーレリア。そこにいたのか。怪しい馬車に妹がさらわれているのかと思ったよ」


「怪しいのは兄様だよ。二人はボクの仲間。カッツォ君と、ドレ君だよ」


 ミザリーが「もう」と口を尖らせる。


「お二人は協力者です」


「そうか。世界一かわいい我が妹に協力してくれて感謝する」


「兄様はいつも一言多いんだ。気にしないで」


「そうとも、私など気にせずミザリーは星の如く輝いていればいい」


 門の脇に建つ兵舎は、妙にきれいだった。石は揃っていて、古びた町並みの中でそこだけ新しい。

 厩舎係に迎えられ、タランの手綱を渡した。

 レテイス王子は乗っていた馬にしばしの別れを告げている。

 馬車を降りたイヴェットは、レテイス王子に目を輝かせた。


「すごーい! 本物の王子様だ!」

 

「本物の……?」


 ドレは眉根をひそめた。


「王子様って馬に乗ってるんだよ。本当は白馬だけど、黒い馬もかっこいいー!」


「ド……ドレもさ、王子の服で馬に乗ったら、同じように言われるよ」


 レテイスは、ミザリーによく似た笑顔でイヴェットに微笑んだ。


「彼女を褒めてくれてありがとう。名前はラナリエン。星なき夜空という意味だ」


「いい名前だね。私の犬は、シュロって言うんだよ。お父さんがつけたの、意味はわかりません」


「いい名だ。しかし、変わった仔馬だな。いや、仔牛か?」


「犬……」


「レテイス王子、こちらはカッツォ。南オルミスの商人見習いです。私たちとともにオーネット領の異変に遭遇したので、会合への同席を依頼しました」


「南オルミスの?」


「ファムリアが攻撃したのではないことを証言してもらうのに最適な人物です」

 

「……なるほど。よろしく頼む」


 レテイスは手袋を取り、カッツォに手を差し出した。気軽に返して良いのかわからないが、こちらが断るのは変だろうと考え、握手を交わす。


「協力してくれるというのは本当かな」


「……助けてもらったのは、俺たちです。お役に立てればいいですが」


「そうか。助かるよ」


「みんな、入って! 仲間を紹介しておかないといけないからね」


 ミザリーに連れられ、兵舎に入る。

 レテイスの姿を見た騎士たちの表情は一瞬和らいだ。ファムリアの騎士は女性も多い。こんなに華やかな王子が現れたら、空気が緩むのも無理はない。

 

 しかし、レテイスが歩く姿に騎士たちは背筋を伸ばし、浮ついた表情を消していった。


「コーレリア! ガイリッド!」


「はっ!」


「学者を召集、貴重品の保護を優先。学生たちに緊急時行動を要請し町民の避難経路を確保! ステイン、アマリア、オルフェ! 防衛訓練を開始! 会合で稼ぐ時間を有効利用しろ!」


 騎士たちは短く応じ、それぞれ持ち場へ散っていった。

 外見の華やかさはそのまま、機敏に指示を出すレテイス王子の後ろ姿に、気付けばカッツォも見惚れていた。


挿絵(By みてみん)

挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

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