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セレニアの物語  作者: さなか
第4章 序幕

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終幕 夕食・潮の秤亭

「よしよし、いい子でな」


 馬車止めの木に手綱を結び、カッツォはタランを撫でる。

 

 ドレは後ろについてきていた。

 俯いたまま、頬の涙を手のひらで拭っている。

 

「俺はさ、ドレは貴族だと思ってたんだ」


「……」


 タランの首筋を撫でながら、視線を向けずに言った。

 

「まさか王子だなんて思わないだろ。だから関わっちゃいけないと思ってさ」


「……私には関われないと言っているのか?」


「ああ、違うよ。俺はさ、貴族はちょっと……まずいんだ」


 カッツォは慌てて言葉を継いだ。

 ドレはわずかに眉を寄せる。


「……王子ならまずくないのか?」 


「うん、まあ……大丈夫だろ、たぶん」


「……ふ」


 ドレが小さく息を吐く。


「王子で良かったと思う日が来るとはな」

 

 そう言って、懐から小さな袋を取り出す。

 

「今までとこれからの分だ。……預けるから自由に使ってくれ。私はこれの使い方を知らないんだ」


「あー……これか……」


 カッツォは少しだけ顔をしかめて、それを受け取った。

 袋の口を開き、目を細めて覗き込む。

 ――銀貨が二十枚ほど。銅貨と金貨が少し混じっている。


(やっぱりなあ。……全部金貨じゃないだけましか)


「?」

 

「わかった、預かっておくよ。ドレが持ってると危ないからな」


「危ない?」


「そんないい服着て、こんなの持ってたらさ……」

 

 金の使い方を知らずに袋ごと差し出すような世間知らずじゃ、殺されたっておかしくない。カッツォは自分のベルトの鞄に、預かった袋をしまい込む。


「金の使い方を知らないってのはなあ……こっちなら、まだマシか」


 腰に結んでいた少し大きい袋を外し、ドレに渡した。

 ドレは袋から中身を一つ取り出した。小さな穴だらけの軽い石を珍しそうに眺める。


「庶民にとって金ってのは、そっちのクズ鉱石のことなんだ。硬貨なんて、まず回ってこない」


「……そうなのか」


「俺は商人の見習いだから、ドレは見習いの見習いだな」


 カッツォが笑うと、ドレも小さく笑った。


 すっかり日が落ち、辺りは薄暗い。

 オーネット家の丘の黒雲は晴れていないが、荒れている様子もない。

 

「フラネールの方は、どうなったかなあ」


「……兄上の心配など、する方が無礼だろう」


「そりゃそうだ。英雄と名高いアルフレッド殿下だもんな」


「……」


 宿は港一高級というわけでもない、“潮の秤亭”。

 扉を開けると、小さな鐘が音を立てた。食堂は賑わっている。ミザリーとコーレリアが奥の席から手を振った。


「たくさん頼んだから、たくさん食べてね!」


「俺たちも金はありますよ」


「いいよ。それより、ボクたちにも普通に喋って。ドレ君とだけ友達になってずるいなぁ」


「あー……」


 カッツォは一応、コーレリアを見る。


「どうぞ、お気になさらず。ミザリーは誰にでもこうです」


「……じゃあ、そうさせてもらうよ」

 

 ドレが何か言いたげにカッツォを見ていたが、すぐに目を逸らした。

 

 隣に王子、正面に王女。

 本来なら、カッツォが座れるような場所じゃない。なのに、二人は普通に話せと言ってくる。王子と王女が言うことに従う庶民。


(……そう考えると、別におかしくはないか)


 カッツォは気が楽になり、小さく息を吐いた。


「二人は何が好き? ボクは海老。だけど、今日は取れてないかもね。船が漁に出なかったから」

 

「俺はマワリ煮が好きだな、中身はなんでも。ドレは?」


「食事にそんなことを考えたことがない」


「でも嫌いなものはあるだろ? 林檎とかさ」


「何か知らないが、特に嫌いなものもない」


「あれ? 一昨日渡した時、嫌がってただろ?」

 

「……あれか。どうやって食べるものか、わからなかったんだ」


「へえ。林檎を食べたことないのか?」

  

 料理が運ばれてくる。芋とタラの塩煮。タラのオオツブ詰め香草焼。タラと貝のマワリ煮。平パンに、薄く切られた羊のステーキ。バナナ。


「タラがいっぱい獲れたんだね」


「港で釣ったものでして……」


 ミザリーは料理を運んできた食堂の主人と港の状況について話をしている。コーレリアが「食べていいですよ」と、料理を取りながら二人に促した。

 ドレは料理を覗き込んでいる。


「オーネットの料理は南オルミスとファムリアが混ざってるから良いよな。うまいものしかない。せっかくだから、ファムリアの料理を食べるかい?」

 

「……料理は国で違うものなのか」


「そうだよ。この塩煮と香草焼が南オルミスで、マワリ煮とステーキはファムリアっぽい味だな」


 カッツォはそれぞれ少しずつ取って、皿に載せてやった。

 その様子をコーレリアがじっと見つめていた。

 

「先程も思いましたが、あなたは手際がいいですね。何でも仕事がありそうなのに、なぜ商人見習いをしているんですか?」


「いやあ、庶民って言いましたけどそれは今の話で……俺は孤児だったんで、まともな仕事なんかないですよ。たまたま使ってくれる商人がいたんで、やってるだけです」


「……導きの家に行かなかったのですか? 南オルミスにもあるでしょう?」


「それが、言うこと聞かずに飛び出したもんですから……」


「私にも普通に話して構いません」


「さすがに落ち着かないですよ。コーレリアさんこそ、俺なんかに丁寧に話さなくていいのに」


 店主と話し終えたミザリーが、カッツォとコーレリアの話に混ざる。


「カッツォ君。コーレリアって本当はこんな話し方じゃないんだよ」


「ミザリー、余計なことは言わない」


 コーレリアがミザリーを一睨みする。

 ふとドレの皿を見ると、芋だけを残している。


「芋は好きじゃなかったかい?」


「……口に入らないからだ」


「ああ、そういうことか……」


 王子というのはずいぶん世話を焼かれているものらしい。切らずに口に入れられるものしか食べたことがない。林檎を齧ることもない。

 カッツォはドレが持っているフォークを取って、芋を小さく割った。


「ファムリアの料理もうまいだろ?」


 ドレは芋を飲み込みながら、わずかに頷いた。

 

 

「じゃあ、明日どうするか決めようか」


 食事を終えると、ミザリーが言った。

 ミザリーが食べる量は、大食いな人間を見たことがあるカッツォでも驚くほどだった。


「ドレ君が手伝ってほしいことって何?」


「……ソラミルを生き返らせることだ」


「そんなことできるの? ボクはまだ成功したことがないよ」


 ミザリーが目を輝かせる。

 ドレは眉間に皺を寄せる。

 

「……できる! あれを使えば……」


 と、カッツォを見る。


 カッツォはポケットから黒い玉を取り出し、机に置いた。


「あの時、ソラミルさんはこれを持ってたんだ」


「うん。中を覗いてたね!」


 玉は、黒い線が揺らいでいる。

 コーレリアは不思議そうに見つめ、


「この玉を、もう一度ソラミル殿に持たせるということですね」


 と、既に自分の役割を理解したかのように頷いた。

 ミザリーもにっこり微笑む。

 

「じゃあ、やっぱりストラヴィルをなんとかしないとね!」


「ストラヴィル?」


 ドレが、しかめたままの顔を向ける。


「あそこにいる精霊だよ! 魔法を使ってる」


(そうか、あの時……ドレは気を失っていたから、知らないんだ)


 目覚めた後は、ソラミルしか見えていなかった。ドレがあの精霊と話さなくて良かったと、カッツォは思った。

 ストラヴィルは言っていた。ドレの世界が終わったとか、ドレの願いで生まれたとか――。


「ドレ君、覚えてないの? ストラヴィルが言ってたよ。ドレ君が願……」


「ミザリー!」

「ちょっと待った!」


 コーレリアとカッツォが、同時に立ち上がる。ドレが、驚いた顔をする。


「それは、とりあえず置いといてさ……」

「そうです。それは、言わない。いいですね?」


 コーレリアがミザリーに顔を近付ける。


「大事なことなんだけどなあ」


 ミザリーはしぶしぶ返事をした。


「大事なこと?」


「精霊は、それぞれ性質が違うんだ。その性質に合わせてなんとかするんだよ」


「なんとかする……」


「ストラヴィルと話したけど、どうすればいいか、まだわからないんだ」

 

「……何の話をしているんだ。精霊は、ケンシーだけじゃなかったのか?」


 じっと聞いていたドレが不機嫌そうに口を挟む。


「ケンシー?」 

 

 ミザリーが首を傾げる。


「そっか。あの時見えたのはストラヴィルとは別の精霊だったよな。ええと……俺たちが最初にあの黒い玉を拾った時……たぶん、あの場所で起こったことが見えたんだけど……」


 でも、これを話すのは辛いんじゃないかと思い、ドレを見る。思った通り、表情は固い。それでもぽつぽつと話し出した。

 

「ケンシーは、昔オーネット家にいたという精霊だ。その精霊が現れて、ソラミルは名乗った。……嬉しそうに……そして……」


「ドッカーン、バリバリ! だね」


「……」

 

「じゃあ、ケンシーがストラヴィルの母なのかな?」

 

 ドレが睨むのも気にせず、ミザリーは話を進める。


「母?」


「精霊に母様がいるなんて知らなかったな。人間の体も持ってるし。ねえ、ケンシーを調べてみようよ。ストラヴィルのことがわかる気がするな」

 

「……ケンシーのことなら、レイドンの【精霊学】に書かれている。ソラミルはレイドンの信奉者だ。よくそれを読んでいる」

 

「レイドンならボクも知ってる! レイドンはファムリアの名誉研究者だったんだよ」


「違う。南オルミスに研究所を持っていた。だから南オルミス人の学者だろう」


「えー? 絶対、ファムリアの人なのに」


「これだからファムリア人は。レイドンも巨大大陸も、自分たちだけのものだと思っている」


「そんなことないよ。仲良くしようとしてるのに、意地悪ばかり言うんだから」


 ドレが怒って立ち上がろうとする。


「待った待った! 何でまた喧嘩するんだよ。協力するんだろ、協力!」


 カッツォが言い聞かせると、ドレとミザリーは不満げに座り直した。

 コーレリアはコーレリアで、言い合いの内容によってはミザリーを止める気がないらしい。

 

「それで、何をすればいいんだって?」


「ケンシーを調べるんだよ。そうすればストラヴィルのこともわかりそう!」

 

「【精霊学】を手に入れなければならないな。私の部屋にはあるが……ソラミルのものは、ないだろうから……」


「それなら、きっとアルストルにあるよ! 学校があるからね」

 

「アルストルならちょうどいいですね。団長にオーネット領の異変について報告しなければならなかったので」


「そうだね。ねえ、ドレ君は本が好き? アルストルに来たら、きっと面白いよ!」

 

「ドレも連れて行くのですか?」


「もちろん! せっかく友だちになれたんだから、ファムリアを案内しようよ!」


「本を取ってきてくれれば……」


 物怖じしたようにドレが言う。


「大丈夫。ドレ君の顔、みんな知らないんだから」


「……」

 

「二人は宿が取れましたか? 村人に部屋を借りてしまったので、空いていなかったのでは?」


「ああ、俺たちは馬車で寝ます。商人がいなくなったんで馬車止めは空いてたんです」


「ええー、いいなあ。ボクも馬車で寝たい!」


「ミザリーはだめです」


 コーレリアが言うのを聞いて、ドレは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。



 タランは馬車の横で静かに立っていた。カッツォたちが戻ると、繋がれた手綱を軽く揺らし、鼻を鳴らした。


「大丈夫か? 本当は、今日は宿に泊まろうかと思ってたんだけどさ」


「もう慣れた」


 薄く敷いた乾草の上で、ドレは薄い布にくるまって、横を向く。

 カッツォも寝転がった。


(大変な一日だったなあ……。ドレにとっても、俺にとっても……)

 

 大きな欠伸をしていると、


「……カッツォ」


 背中を向けたままドレが呟く。


「ん?」


「私は……ソラミルと……約束していることがある。それを、果たしたい……」


 これは頼みなんだな、とカッツォは思った。「助けて欲しい」とドレは言っていたからだ。


「わかった。手伝うよ」

 

 寝る時の布を増やしたほうが良いだろう。あとは服を洗った方がいいかもしれない。土だらけになったのだから。……うとうとしながら明日の朝のことを考える。

 しばらくすると、寝息が聞こえてきた。

 カッツォも、目を瞑った。


 


▪︎



 ――三日前――


 

 

『どうしよう。ケンシーにアンズィルの性質が宿っちゃうなんて。

 これじゃ半精霊と一緒だよ、まずいよセレニア!』


 黒雲の上に、太陽でも月でもない――琥珀色の瞳が現れた。


『あれは……!』


 黒い瞳孔がこちらを向いた、その瞬間。


 バチッ――!


 強い衝撃に、意識が剥がされる。

 消滅する――そう感じた時、空から現れた手が、飛ばされた意識を救った。


「……」


 気がつくと、地面に倒れていた。

 いや――倒れてはいない。けれど、地面がすぐ目の前にある。


「ねえ、セレニア……」


 首を振って見上げた先には。

 茶色いぐしゃぐしゃの、乱れた髪。ゆっくりと振り向き、碧色の目がこちらを向く。

 

「今……あなたが喋ったの?」


「え? 君は……」


「シュロ! すごい! 喋ってる!」


 少女は足元にいた犬の首に抱きついた。

 黒い毛の体に茶毛の足。顔の中央から胸にかけて白い毛並みがふさふさとした体の大きな犬。


「僕の名前、シュロ……だったっけ?」


 犬は首を傾げる。


「あはははっ。喋ってる、喋ってる!」


 少女は笑い転げる。


「私の名前も言ってみて! イヴェットって!」


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