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セレニアの物語  作者: さなか
第4章 序幕

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5 預けられたもの

 オーネットの港の広場に、村から避難してきた人々が到着した。顔に疲労の色を浮かべ、階段に座り込む。港の警備に来ていたファムリアの騎士たちが、彼らの大荷物を運ぶのを手伝っていた。

 見ている間に馬車が何台も行き交う。


「南オルミスがファムリアに侵攻するらしい」


 噂が伝わり、ファムリアへ逃げる人も南オルミスへ戻る人も、移動を始めている。

 

 コーレリアが状況を報告すると、兄のガイリッドは呆れて言った。


「またお前は勝手なことをして」

 

「アルストルに増援を求めるわけにはいかないでしょ。絶対言いがかりつけられて戦争になるよ。南オルミスって、子どもまでそうなんだから。あの厄介な精霊に足止め食わせたんだから、いい判断だったと思わない?」


「……だが、その精霊への対処はどうしたらいいんだ。土塊から人形を作る魔法なんて、聞いたことがないぞ」


「やばそうな奴だった! ミザリーがいてくれて良かったよ」


 ミザリーが座っている周囲には、怪我人が列を作り治療を待っていた。


「さすが、“英雄の再来”」


 ガイリッドは誇らしげにその光景を見る。

 

「いずれここにも南オルミスが来るだろう。ミザリーは王都に戻った方がいいんじゃないか?」


「そうしたいけどこんな事態、他の誰も対処できないじゃない。ミザリーに調べてもらうしかないよ」


 預かっている馬のタランは、ミザリーの横でおとなしくしている。よく世話がされているようで、人懐こい。

 タランが嬉しそうに嘶いた。どうやら待ち人が来たらしい。



 カッツォは広場に着くと、真っ直ぐタランの元へ向かった。ドレはミザリーの周囲の人だかりを避けて、馬車の荷台に上がる。

 コーレリアが、今日は終わりですと言って人々を解散させた。


「ありがとう! コーレリアの作戦を手伝ってくれて」

 

「こちらこそ、タランを連れて来てもらって。さっきも俺とドレを助けてくれて、ありがとうございました」


「お利口さんだったよね、タラン!」


 タランはすっかりミザリーに懐き、彼女の肩に顔を擦り寄せている。

 

「フラネールの軍はすぐに動きましたか?」


「ちょうど、小隊が出て来たところでした。押し付けて逃げて来ちゃいましたけど」


「それでいいんです。うまくいって良かった」


 コーレリアは凛々しく微笑む。ミザリーはにっこり笑った。


「ねえ、一緒に食事をしようよ。お腹が空いちゃった!」


「……誰が、ファムリアなんかと」

 

 ドレが、ぼそりと呟くのが聞こえた。

 カッツォは二人に謝って荷台に上がり、膝を抱えているドレの隣に座る。


「断るにしても言葉を選ばなけりゃ。自分が損するだけだよ」


「雇われ人のくせに、友人にでもなったつもりか?」


 ドレがカッツォを睨む。

 

「俺はさ……ソラミルさんの代わりになんかなれないし、精霊とも戦えないよ。ドレがもう一度これを使いたかったら、二人に助けてもらわないと」


 カッツォはポケットから黒い玉を取り出そうとした。硬い欠片が手に当たる。


(……そういえば、何か渡されたっけ……)


 ポケットから出した手を開く。

 黒い玉と、黒い石か木のようなものの欠片。玉をポケットにねじ込んだので、欠片はさらに割れてしまっていた。


「なあに? それ」


 ミザリーが、後ろから荷台を覗き込んでいた。


「ドレの大事なものなんです」


「へー。なんだか気になるなあ」


「ちょうどいいや。ミザリー王女に頼もう、ドレ」


 促すが、ドレは表情を強張らせるだけだった。 

 その時、カッツォの手のひらの上で黒い線が揺らぎ始めた。あの時と同じように、瞳孔と虹彩を形作っていく。


「あっ……」


「何か見えるかもしれない!」


「え?」


 琥珀色の瞳に宿った黒い瞳孔の奥へ、意識が吸い込まれていく。



⚫︎



 机が見えた。


 何かが置いてある。

 

 女性の細い手。

 革帯を巻いた紙束。細い紐で縛られている。


 手は紐を解き、革帯を外した。中の紙だけを紐で縛り直し、荷物に入れる。

 石畳を転がる車輪の音が、窓の外から聞こえた。


「イグニーズ様……」


 革帯は机の引き出しにしまわれ、代わりに羊皮紙が取り出された。


「君をそこから連れ出したい。

 そのために、オーネット家と敵対することになるだろう。

 どうか信じてほしい。

 必ず君を自分の屋敷に迎える力を手に入れる。

 何をしても。

 ……愛する、君のために」

 

「彼が手紙に愛を(したた)めるような男だったとはね……知らなかったな」

 

「レイドン様……」


「羊皮紙というのはね、千年朽ちることがないそうだよ。【アイピレイスの書】も羊皮紙に書かれているんだ。つまり、その手紙はこの愛が永遠であることを誓っているんだろうね」


 レイドンと呼ばれた男はため息をついた。


「秘め続けた愛が勝利した……か。あの箱は元々彼の所有物なのだから、こうなるのは仕方のないことだったのかもしれないね。友情は壊れたが、愛に免じて、奴のしたことは許してやろうかな」


「……いいえ。私は、愛を裏切ったのです。レイドン様、どうかイグニーズ様を助けて差し上げてください……」


 二人は荷物を持ち、立ち去った。

 

 引き出しにしまわれた革帯だけが、部屋に取り残されていた。部屋には別の誰かが来て再び使われたり、しまわれたり。

 ――そうして、長い年月が経っていった。



⚫︎


 

「どうしました? 急に黙って」


 幌の外にいるコーレリアに声をかけられ、三人はハッと気がついた。お互いに目を見合わせる。思わずミザリーとも見つめ合ったドレは、慌てて目を逸らした。


「今のは……」

 

 カッツォの手のひらの上には、黒い玉と黒い何かの破片。


「これ、革帯だったんだなあ」


 破片をつまんで眺める。なぜそう思うのかわからないが、そうだということを知っている。嗅いでみると、確かに革のにおいがした。


「今の何? 違う景色が見えたね!」


 ミザリーが荷台に上がってきて、まじまじと黒い玉に戻ったそれを眺めた。


「そうなんです。すごいでしょう」


「昔のことのような気がする。革帯の記憶かな?」


「……記憶……」

 

 ミザリーが言うと、それが正しいように感じる。

 やっぱり、これは起こったことを映し出すのだろう。


(ドレは信じたくないだろうけど……。わかったことは受け入れないと)


 過去が見えるのはわかったが、ソラミルが一瞬生き返った原因はまだわかっていない。

 ミザリーに聞けば教えてもらえるかもしれないのに、ドレはミザリーのことが苦手だ。二人の性格がどうしようもなく合わないことは、見ていればわかる。

 

「ドレ君もお腹空いたでしょ? ストラヴィルに生気を取られたから、いっぱい食べたほうがいいよ。何が好き? ボクたちの宿で一緒に食べようよ」


「……」


 ドレは動くつもりがないようだった。


(仕方ないなあ。俺が二人に頼んでやるか)


 ドレの肩を軽く叩き、ミザリーと一緒に荷台を降りる。


「ありがとうございます。でも、食事が喉を通らないみたいで。あいつはそっとしておいてやってください」


 ドレがどんな態度でもミザリーはきっと助けてくれるだろう。コーレリアは嫌がるかもしれないが、ミザリーには従うはずだ。


「あ……そういや、今日は三日目か」


 ふと考えて、気が付いた。

 色々ありすぎて忘れていたが、カッツォが雇われたのは三日間。依頼通り、オーネットまでは連れてきた。友人に会うのはドレの目的で、会わせることを頼まれたわけじゃない。


(ドレの言う通りだ。雇われ人のくせに、俺は何のつもりで……)


「三日目?」


 ミザリーが首を傾げ、カッツォの顔を覗き込む。


「俺がドレに雇われてるのは、今日までなんですよ」


 ドレが顔を上げ、こちらを向いた。

 約束の金を貰って、面倒事から解放される。雇われ仕事とはそういうものだ。

 

「カッツォ君とドレ君は友達じゃないの?」


「俺はそんな身分じゃないですよ」


 カッツォは自嘲した。


「身分って?」

 

「王族と貴族が高くて、真ん中に良家や商人がいて、低いのが庶民。その下は身分すらない、それぞれ生きている世界が違う。それが身分ってものです」


「それってただの職業じゃないの? カッツォ君はどの身分?」


「ご覧の通り、庶民ですよ」


「南オルミスはそういう国なんです。そろそろミザリーも学ばないといけませんね」


 コーレリアは護衛だけではなく、ミザリーの教育係でもあるようだ。きっとこの人も王族なのだろうと、カッツォは思った。


「じゃあさ、カッツォ君はファムリアにおいでよ! 手伝って欲しいことがあるし」


「手伝い……雇ってくれるってことですか?」


「雇う? ボクたちは友達だよ」


「カッツォにも生活があります。賃金は支払うべきでしょうね」

 

 だが、今ファムリアに行くのはどうだろう。戦争に巻き込まれないようにしないとなあ、とカッツォは考える。

 

「勝手に話を進めるな!」

 

 荷台からの声に振り向くと――ドレが、相変わらず眉間に皺が寄った顔で立っていた。


「その男を雇ったのは私だ」


「今日で終わりだって聞いたよ。そしたらカッツォ君は南オルミスに帰っちゃうでしょ?」


 ドレは険しい顔のまま、荷台を降りる。


「南オルミスの人間なのだから、南オルミスへ帰るだろう。ファムリアへなど行くものか」


「そんなことないよ。友達にもなれない南オルミスにいるより、ファムリアにいた方が楽しいと思うな」


「ミザリー」


「友達? 楽しい? やはり、手口が汚いな。このファムリア……」


「ドレ! さすがに言い過ぎだ」


 カッツォは二人の間に割って入った。


「ファムリアとか南オルミスとか、そういうことを言うのはやめろよ。ドレは気を遣わないとだめだ、相手はファムリアの王女なんだから!」


「王女だから? だからファムリアに行くというのか? なら、教えてやる」

 

 握りしめた拳を震わせ、ドレは言った。


「私は南オルミスの第三王子、ハンドレッド・ルペッサン・オルミスだ」


 日が落ちかける広場に灯りをつけていたファムリアの騎士が、一瞬だけこちらを振り向き、仕事に戻った。


「第三王……子……?」


「えー! ハンドレッド君って、誰も見たことがない王子?!」


「ミザリー」

 

 誰も見たことがない王子、ハンドレッド。

 十年前に王妃と一緒に亡くなったとか、生まれる話自体が王妃の病気だったとか。


 噂話にすら、生きてはいない。


 カッツォは驚いて、そんな人物を名乗った“ドレ”を見つめる。

 

「……本物の王子だという証拠がありますか? ハンドレッド王子に関しては、偽者がたびたび現れていると聞いていますが」


 落ちぶれ貴族の詐欺事件の話なら、カッツォも聞いたことがある。


「偽者だと? ……私が……私の?」


 困惑の色を浮かべ、緑色の瞳が三人の顔を彷徨う。


「何を言っているんだ。私が私であること以外に証拠などない……!」


 追い詰められた顔というより、怯えたような顔をしている。

  

 人混みを歩けない。

 金の扱い方も知らない。

 世間知らずで、人当たりが悪い。

 その割に素直で、たった一人の友人のことばかり考えている。


 王子かどうかなんてカッツォにはわからないが、ソラミルとの関係は嘘じゃない。


「俺は、信じます……。だってあの時、ソラミルさんも……そう呼んでました。ハンドレッド様って。それが証拠じゃないですか?」


「ボクも信じるよ。だって、ドレ君でしょ。騙すんだったら最初から、自分は王子だって言うんじゃないかな?」

 

 カッツォとミザリーの眼差しに、コーレリアはため息をついた。


「……そうですね。私もそう思います」


 やけにあっさり、引き下がる。

 しかし、コーレリアはドレの顔を見て戸惑うように眉を顰めた。カッツォもドレの方を向いた。

 

 大きく見開いた緑色の瞳から、涙が落ちていた。


 そんなに怖がらせたのか、と思う。

 ドレも自分の涙に気付き、慌てたように顔を背けた。


「じゃあ、カッツォ君はどうするの? 一緒にいるんだったら、どっちが雇っても同じだよ」


「……一緒に?」


「うん。ストラヴィルをなんとかするのを、二人にも手伝ってもらいたいからね」


 ミザリーが、にっこり笑う。

 すると、ドレがぽつりと呟いた。


「……私も……手伝ってもらいたいことがある……」


「もちろん、手伝うよ! みんなで協力し合えるね!」


 ミザリーは嬉しそうに頷いた。


「カッツォにも、頼みたい。金は払う……雇い人などと思うのはやめる」


 ドレは乱暴に涙を擦り、自分の返事を待っている。

 カッツォは少し困って、言葉を絞り出す。

 

「……ハンドレッド殿下、お力になりたいとは思います。俺にできることなら……」


 見ているうちにドレの表情が崩れていく。

 乾き切っていなかった涙が、また同じ筋を辿っていく。


「私が悪かった。頼む、カッツォ。ドレと呼んで、これまでのように話してくれ。今までだって、ずっと助けてもらっていた……」


 こんな、庶民でしかない自分に必死に縋る。ドレには本当にソラミルしかいないのだ。

 突然目の前に現れた第三王子のことが何もわからないまま、それだけは痛いほどわかった。

 

「……わかった。ドレのやりたいことが終わるまで、一緒にいるよ」

 

 そう答えると、ドレの張り詰めていた顔が、少しだけ和らいだ。



挿絵(By みてみん)

挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。

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