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セレニアの物語  作者: さなか
第3章 オーネット屋敷の精霊

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9 レラの告白

 ここに、私の罪を告白します。


 精霊フィルマに物語を読む時間――時折、レイドン様がいらっしゃり三人でお話しをする時間は、とても楽しいものでした。

 本を読むこと。

 誰かの価値観を理解すること。

 その価値観に至る時代の空気を学ぶこと。

 フィルマという、ともに学習する相手がいること。

 レイドン様という、賢く面白い方のお話を聞くこと。


 ファムリアという、導きと愛で作られた国。思い合う人たちが結びつき、人々自身がその一員であろうと努める国。


 それは私の知らなかった、家族の愛でした。



「どうしたんだ。最近二人は、仲が良いじゃないか」


 お着替えをお手伝いしていると、エディメル様が仰いました。


「フィルマとレラだよ。以前は、嫌いあっているのかと思っていたのに」


「……エディメル様のおかげかもしれません」


「僕の?」


「はい。以前は精霊を恐ろしいものだと思っていましたが、会話を重ねるうちに分かり合えることが楽しくなりました。エディメル様がフィルマのために精霊を理解しようとするお気持ちに、私も感化されたのかもしれません」


「そうか。会話か……。僕も二人の仲がいいと助かるよ、この先ずっと一緒に過ごすのだからね」


 そう、エディメル様が仰ったとき――

 私は上着をお渡しし、脱がれた服を回収して、お部屋を一度後にしました。

 洗濯をしなければなりません。ですから、服を洗濯場に持って行くのです。洗剤を泡立てたり、お湯を沸かすのは後のこと。それから髪も整えられた方がよろしいでしょう。

 

(洗濯場へ行って、戻って、髪を整える。

 洗濯場へ行って、戻って、髪を整える)


 思ってはならないことが言葉になってしまいそうなときには、今していることやこの後やるべきことを頭の中で唱え続けます。やることが少ないときには、どちらの足を出してどのように歩くかを考えます。

 感情が薄らぎ、思いついたことが頭の片隅に追いやられれば、フィルマにはわかりません。


「おっと。……どうした。何かあったのか?」


 お部屋を出てきたイグニーズ様に気がつかず、すぐ目の前を通ってしまいました。


「イグニーズ様……」


 言い聞かせが緩んでしまいそうでした。


「気付かず申し訳ございません。イグニーズ様はどちらへ行かれるのですか?」


 私はイグニーズ様とお話しすることで思い浮かぶ言葉を打ち消そうとしました。


「レイドンのところだ。あれのことがわかったかどうか。そんなことより、レラ。最近、レイドンと茶を飲んだりしているらしいな? 俺の誘いは断るのに」


「お仕事の一つなのです、イグニーズ様。レイドン様に本をお借りして、フィルマに読んで差し上げています。……南オルミスには、恋愛の物語や歴史の物語がありますか?」


 このことは本当にお聞きしたかったので、よい機会となりました。


「あー、話はいろいろあるけどな。裏切られて仕返したとか、毒を盛ったの盛ってないだの、本当は誰の子どもか、とか? 本なんかあるのかな……」


 イグニーズ様は私の質問の答えのために考えてくださっているご様子でした。


「いつも女どもがくっちゃべってるだけだからな。本を読んでるところなんて見たことがない」

 

 求めていた答えとはあまりに違う言葉が並んでいたので、私はわからなくなってお聞きしたのです。


「それは、どんなお話ですか」


「恋愛とか歴史の話だろ?」


 自分でした質問を忘れた私に、イグニーズ様はおかしな顔をされました。

 

「話してやろうか? 茶でも飲みながら」


 フィルマの意識を私とエディメル様のそばに留めること――それが、クローレア様に渡された紙に書かれていた私の仕事でした。そして、フィルマが愛の物語に関心を持つことを知っていました。


 しかしそのお話を、「エディメルとレイドンにも聞かせたい」とイグニーズ様は仰いました。

 研究棟のお部屋に四人分のお茶をご用意しました。フィルマはお茶を飲みません。

 

「イグニーズ……もしかして、エディメルに聞かせたい話っていうのは……」


 南オルミスの物語を聞かせてくださるそうですとお呼びたてすると、レイドン様はなぜか厳しいお顔をしていらっしゃいました。


「クローレアが何してるかはわかってる。でもこいつは当事者だぜ? クローレアの計画が本気なら、なおのことこいつに隠してやることじゃねえ」


「……君がそういうつもりなら、フィルマはとっくに知っているのだろうね」


『知っているかというなら、知っているけれど』


「なるほど……警戒は無意味だったというわけか」


 レイドン様は旅からお帰りになったときよりもお疲れになったご様子で、椅子に沈み込まれました。

 

「一体、何の話だと言うんだ。あまり物物しい話をしないでくれよ、具合が悪くなるかもしれないから」


 エディメル様のご機嫌も、だんだんと悪くなっていきました。私がお呼びするまでエディメル様は、フィルマと語らいをしておられたのです。

 私が会話をして仲良くなったと話したために、エディメル様も愛を告げるばかりではなく、フィルマと語り合うことにしたのだと。


「わかった。……これは南オルミスの恋愛と歴史の物語だ。楽しんで聞いてくれよ。

 ファムリアができる十一年前に、北大陸のオルミスは宿敵ファルトーソーを制圧した。しかし、海戦で敗走したファルトーソーの残党が、オルミスが知らない島で生き延びていた。そいつらがオルミスを急襲したのが百年前のことだ」


 南オルミスの建国史も教わったので、この辺りのことは私もエディメル様も知っていました。


「奴らは幼いルミール王女をさらおうとした。それを守り海賊を迎撃したのがトライロス。褒美に南オルミスを建国し、トライロス王とルミール王妃となった」


「それで君は、トライロス王弟ビネリの孫だ。自慢話か?」


 エディメル様は笑います。

 こうして聞き直してみると、建国の経緯はファムリアに似ています。きっと、南オルミスの建国にも愛の物語があるのでしょう。


「二人には四人の子が生まれた。王位を継いだディアロス。大臣になったミルロス。艦隊司令ネルラントと結婚したルミリア。そして、お前の爺さんのルトフェルだ」


「祖父は私が幼い頃に亡くなったのだったな」


 エディメル様はうなずかれ、そしてご不満そうに仰られました。

 

「イグニーズ。君は私に勉強をさせようというのか? 悪いが、今私の興味は別のところに……」


「ああ、そうだよ。勉強しろよ、エディメル! 今のでお前がどれだけ重要な立ち位置にいるかが思い出せただろ? オーネット領の当主は、南オルミスの国政に発言権を持つんだ。そして今、南オルミスは双子の王子の継承権で二つの派閥に分かれてる。お前は本来、どっちの勢力につくかを考えなきゃならない立場なんだ」


 イグニーズ様は、お怒りというよりも――エディメル様をお叱りになりました。エディメル様に対してずっとお抱えになっていた苛立ちをついに仰られたのです。


「イグニーズ。それで終わるのは公平じゃないな。僕も呼んで話したということは、説明していいんだろ? 二人の王子が、なぜ争っているのかを」


 静かに目を瞑って聞いていらっしゃったレイドン様が仰いました。

 いつもの穏やかで好奇心に目を輝かせる研究者のレイドン様は、そこにはいらっしゃいませんでした。


「サンドロス王子は婚姻の要求を断ったファムリアとの交易を中止すると言っている。これは敵対宣言だ。ベルトロス王子は温和派で、世界は分かれるべきじゃないと言っている」


 レイドン様がどちらの王子の味方をしていらっしゃるか、私にも容易にわかります。


「もしかして、イグニーズは……サンドロス王子派なのか?」


「俺が、じゃない。家がだ」


「イグニーズとレイドンは、争っているということなのか? この前、再会を喜んで酒を飲み交わしたのに」


「僕たちは友人だよ。それは変わらない……でも立場はそれとは別のところにあるんだ」


「お前が出ようとしない、この屋敷の外にはな」


「イグニーズ」


 レイドン様が誰かを睨まれることなどがおありなのだ、と私は驚きました。

 そんなことで誤魔化していなければ、心臓の音が皆様に聞こえてしまいそうで、耐えられなかったのです。


「甘やかすな、レイドン。俺たちは嘘をついちゃいない。社会にも、友情にも。だがこいつは俺たちに嘘をつき続けてる。そうだろ、フィルマ?」


『別方向の同等の意志の衝突に、精霊は関与できないわ』


「それなら、俺が言えば終わりだ」


 イグニーズ様は、まったく嬉しそうではない顔でお笑いになり――


「お前の病気はとっくに治ってるだろ、エディメル」


 と、仰いました。


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