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セレニアの物語  作者: さなか
第3章 オーネット屋敷の精霊

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5 フィルマの返答


 エディメル様は椅子に座って絵を描かれていました。絵はエディメル様の少ないご趣味の一つです。

 フィルマは窓辺に座っているように見えました。

 キャンバスには、青い下膨れの花、ミシュワの花と戯れるフィルマの絵が描かれていました。髪には黄色の絵の具を、体には水で溶いた薄色を伸ばします。


「お上手です、エディメル様」


「……」


「ご休憩なさってください。お体に触りますよ」


 エディメル様は私がお声がけしてもうしばらく経ってから、筆を置かれました。


『終わったの?』


「もう少し。君の美しさをもっとこの絵の中に表現したいんだ」


 フィルマは絵に描かれるのがあまり好きではないようでした。レイドン様が仰るには、精霊は紙に書かれたものを自分自身では認識できないそうです。人間がそれを見て頭の中に思い浮かべてはじめて、絵や文章を認識できるのだとか。

 自分が見れないものに自分を描かれることに、興味が持てないのかもしれません。


 エディメル様はお疲れになったようで、一度お昼寝に入られました。フィルマは閉まった窓を通り抜けて、ミシュワの花畑へ飛んでいきました。青い花畑に赤い光がちらついたかと思うと、再び壁をすり抜けてエディメル様の元へ戻ってきました。

 エディメル様の口元に生気を吹きこむ様子は、ミシュワの姿をしていた頃は少し恐ろしく感じました。エディメル様が女性の姿を願われたのも、そのためではないかと思っています。


『人間は見た目を気にするのね』


 フィルマが珍しく、私に話しかけました。


『レラは私が嫌いだから、話しかけないようにしているわ』


 珍しい、と思ったことがフィルマには伝わってしまうのです。だから私は、精霊と話すのが苦手でした。


「頭の中の考えを読まれるのは嫌ですが、特別あなたを嫌いなわけではありません」


『そうなの?』


「どうでしょうか。あなたがその姿でする所作が嫌いだと感じることもあります」


『あら、私が何かをしているように見えるのは、あなたたちが想像したことをしているように、脳に投影しているだけなのに』


 フィルマはふん、と横を向きました。

 私たちが想像したこと? どういう意味なのか、私には理解できませんでした。


『そうね、なんでもレイドンに聞くのがいいわ』


「フィルマはレイドン様が好きですね」


『彼の思考はいつもわかりやすいもの。エディメルは思考が同時に重なって聞こえにくいの』


 私は、フィルマが困っているように感じました。精霊が困ることなんてあるのでしょうか。


『エディメルは私を愛していて、私に愛されたいと願っているわ』

 

 フィルマは人差し指を顎に当て、小首を傾げて言いました。これは私が、フィルマのような女性ならこうするだろうと考えたからだったのでしょうか。


『私に触れたいと願っているわ。髪に触れ、頬に触れ、首筋へや腰へと手を伸ばす――、エディメルの手で触れて、抱いて、体を重ねる。そのことばかり』


「……そういった類の願いを、別の人間に話してはいけません」


『レイドンにも言われたわ』


「もう、話してしまったんですね……。レイドン様なら、明確にお答えになられたのでは?」


『ええ。生殖本能に基づく思考だということはわかったの。だから、エディメルは私を人間か大精霊にしたいのですって』


「存じています……あなたは、何と答えるのですか?」


『私自身の意思というものはないわ。精霊ですもの。エディメルの願いが意志の本流になれば、叶えることはできる。人間になった精霊というのはいないからわからないけれど。ルヨのようにすればいいと思うわ』


「ルヨ?」


『セレニアがこちらの世界を見るために置いている力の一部のことよ。性質が違ってしまうけど存在は同一のもの。大精霊になればできると思うわ』


「それは、ぜひレイドン様にお話しなさってください」


 フィルマが何を話しているのか一つもわからない私には、正しくお伝えできる自信がありません。

 

「大精霊になってから、一部を人間にするということですか?」


『そうね』


「では、エディメル様と融合されるということでしょうか? そうしたらエディメル様はいらっしゃらないので、人間になっても意味がないのではないでしょうか」


『そうよ。だからその願いは叶わないの。エディメルは他のものと私が融合するのは嫌なのですって』


「そうですか、叶わないんですね……」


 私は安心しました。エディメル様をご不憫に思うと同時に。


「エディメル様は……愛されたいだけなのでは、ないでしょうか……」


 すると、フィルマは少し驚いた顔をして、私を見つめました。

 

『――レラ、あなたは今までそんなこと、考えたことはなかったのに』


「え……」


 そういえば、以前レイドン様が仰っていました。

 人間には他者との会話をしているうちにはじめて生み出される自身の思考があるのだと。だから精霊がいくら思考を読めるとしても、会話をせずにすべての理解が成り立つことはないのだと。


「あなたに触れられないのなら、せめて愛して差し上げてほしい……」


 私も、自分の口から発せられる言葉を驚きながら聞きました。まるで私が愛というものを知っているような口ぶり――恋愛の物語などを読んだからでしょうか。


「私もあなたと一緒に、愛するということを理解する必要がある……そう思うのです」


 ヴァヘライザ王女を、おそらく哀れに思い愛したトムス・ルペッサンのように。代わりとして選ばれたのでしかなかった彼は王女を愛しきってみせたのだと、今理解ができました。

 きっと、彼女の最後の言葉――ありがとうと言ったのは、アキリ王子のふりをした別人だったことを彼女がわかっていた、ということではなかったのです。


 


「素晴らしい考察力だよ、レラ。僕もその印象は抱いていたけれど、はっきり言葉にすることは出来ないでいたんだ」


 機会があったので、私はレイドン様にトムス・ルペッサンについて考えたことを聞いていただきました。


「美しい話だね。彼らは精霊の導きなしに、愛を成し遂げたのかもしれない。しかし、トムス・ルペッサンがそれができる人間だったという時点で、それは精霊の導きだったのかもしれないな。ああ、トムス・ルペッサンのことがもっと知りたい! 彼がはじめから慈愛を持つ人間だったのか、ヴァヘライザに選ばれたことによって発生した感情だったのか……それによって、導きの理解に一歩近づくのに!」


 レイドン様が髪をかきむしるようになさるご様子に、私は驚きました。

 私の未熟な考えなどよりも余程大きな、過去に生きた人たちへの愛と欲求――もしかしたらレイドン様も、触れられないものに手を伸ばす、エディメル様と同じ苦しみを抱えていらっしゃるのでしょうか。


「おいおい、レイドン。こんなところで病気を発症するなよ」


 いらっしゃったのは、イグニーズ様でした。

 こんなところ、というのは御屋敷の玄関です。イグニーズ様は先日一度南オルミスに帰られて、またお戻りになられたところでした。


「やあ、レラ。エディメルと離れているなんて珍しいな」


 イグニーズ様は仰いました。私の一日の仕事の中には何度かエディメル様と離れるものがあるのですが、外から来られたイグニーズ様の目には、常におそばにいるように見えていらっしゃるのでしょう。


「クローレア様に仕事をお申し付けいただくこともありますので」


「休みもなしに……こんな仕事、他にはないぞ」


 イグニーズ様も、私とエディメル様に外の世界を教えてくださる存在でした。レイドン様が知見を、イグニーズ様は世俗をといったところでしょうか。


「私はオーネット家の養子(ルディ)でもありますので」


「……罪深いな、クローレアは……」


 


 

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