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セレニアの物語  作者: さなか
第3章 オーネット屋敷の精霊

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4 エディメルの病


「君が人間だったら良かったのに。そう。そんな花の姿じゃなくて、セレニアのように美しい精霊だったら良かった」


『なんで?』


「だって……下膨れの青い花が動いて喋っているのはちょっと気持ち悪いよ。もう慣れたけど」


『気持ち悪い』

 

「そうだよ。今もこうやって話せるけど、花と一緒にいるよりは、もっと人間に近い姿をしていた方がいいよ。ずっとここで、君とぼくで生きていくんだ。その方が友だちだと思えるし、一緒に遊びやすいだろ。……ぼくはあの二人のように女の子を連れて海や山に行ったり出来ないし、町の話をされてもわからないんだ。誰もぼくの気持ちなんてわからない」


『人間の姿をしても、私は精霊』

 

「いいんだ、こうやってぼくの話を聞いてくれれば。ねえ? 強く願えば叶うって、いつも君が言ってるよ、ね……」








「――つまり、フィルマがあの姿になったのはエディメルが願った結果だということだね。それ以前は、ミシュワの花の姿をしていた」


「ええ、そうです」


 レイドン様に昔のフィルマの話をしました。

 私はクローレア様より、「レイドンには全面的に協力するように」と言いつけられています。


「やあ、レイドン。待たせてすまない……」

 

 欠伸をしながら、エディメル様が寝室から出てこられました。精霊フィルマもエディメル様を真似ているのか、目覚めたばかりの女性のような姿をしていました。


「平気だよ。体調はどうだい?」


「どんなに悪くたって、フィルマのおかげでご覧の通りさ」


「無理せず、今日はゆっくりしたらどうだい」


「いいや、約束だ。今日こそは教えてもらうぞ、教師レイドン」


 そう力強く仰るエディメル様を見て、レイドン様は小さくため息を吐かれました。


「いい生徒だなあ。学校の子たちもこれくらいやる気を持ってくれるといいけど」


 レイドン様は、エディメル様をご自身の研究室にお連れになりました。フィルマと私もついていきました。研究室にはすでにイグニーズ様がいらっしゃいました。

 薄く割った大きな粘板岩が置かれており、レイドン様は石灰を固めた棒をお持ちになって、エディメル様とイグニーズ様にお話を始めました。


「つまり精霊は他の生物の持つ情報、知識、性質を得るために融合する――これを精霊たちは“食う”と表現している。このとき、生物側は生気を奪われた状態とは違い、肉体ごと食われることになる。しかし、精霊がすでに持っている性質と生物側の性質が合わないと、融合は失敗する。そうなったものは半精霊と呼ばれる」


 レイドン様は簡単な図を描き、説明をされました。エディメル様は真剣に、イグニーズ様は後ろで眠たそうな顔をして聞いておられました。


「融合がうまくいったものが大精霊となる。性質が引き継がれ記憶のすべてを包括するが、存在はどちらのものでもない」


「記憶がすべてあるなら、それは以前の存在のままだと言えるのでは?」


「そう、まさに同じ質問を大精霊ファムレにしたんだ。するとね、僕が賢人オーウェンに会いたいなら、記憶を使い言動を再現するのは可能だと言った。だが、それはオーウェンが生き返ったわけではないのだそうだ」


 私も貴重なお話を聞かせていただいておりましたが、レイドン様が仰られていることがわからなくなってきました。

 ルワレーリオ諸島の精霊殿に食べ物を用意すると大精霊ファムレ様が膃肭臍(オットセイ)という黒い生き物の姿をして海から出てくる――お話の中で私が理解できていたことは、それだけでした。

 エディメル様も難しいお話が苦手なはずですが、よほどご興味があるのか、とても熱心に聞いておられました。


「つまり人間は死ぬんだろ。それで精霊はどうなる?」


「精霊も同じだ。記憶は引き継ぐ」


「……つまり、フィルマが大精霊になったとき、記憶を持ってはいても私を愛するかわからない、ということか……」


 エディメル様は真面目に仰ったのですが、イグニーズ様は吹き出しました。


「正気かよ、エディメル。レイドンまで! フィルマを大精霊にしようってのか?」


「研究にはきっかけと目的が必要なんだ。明確なほど、進めやすい」


「それで? フィルマは誰と混ざる算段なんだ」


「もちろん私だ。ひとつになり永久に生きる――究極の愛の形だろう?」


 エディメル様の言葉に、イグニーズ様は頭を抑え首を振られました。

 

「”精霊王に捧げる愛を、賢人アイピレイスが皆に示した――正しき死とは、子孫を残した後、他人の生気を奪わねば生きられないようになる前に、精霊王にすべての生気を捧げて終わることである、と”」


「【初代王オルマの辞世の言葉】!――“恨まれて殺されず、憎まれて傷めず、厭われて病まず”」


 レイドン様は嬉しそうに、引用の続きを仰いました。そのご様子を見て、イグニーズ様のため息は大きくなりました。


「頼むから、その時までは人間でいろよ、レイドン……」

 

「イグニーズ、君の主張はわかったけれど、どうか私たちの邪魔をしないでもらいたい。君に私の気持ちはわからないだろ。生きることも、愛する――ものに触れることも何なくできる君には――」


 イグニーズ様は眉間に皺を寄せました。昔のイグニーズ様であれば、今のようなエディメル様のお言葉にお怒りになられたでしょう。

 

「エディメル」


「何だ」


「……フィルマは何て言ってる。大精霊になりたいと思ってるのかよ? お前を生かし続けるためにここにいるんだろ」


「ああ、そうだ。それは大事なことだ。愛とは相互理解だものな……さすが、イグニーズ」


「……」


 イグニーズ様は大人になられました。と同時に、説得を諦められたのです。一方で、エディメル様は子どもの頃よりも考えを拗らせていらっしゃるように見えました。





「レラです。よろしいでしょうか」


 クローレア様のお部屋のドアをノックしました。

 ご用件は執事長から伝えられることが多いのですが、私には時々、こうしてお部屋に伺う仕事がありました。


「どうぞ、お入りなさい」


 そのお部屋の何よりも、エディメル様と同じ緑色の瞳と豊かな黒髪に目を惹かれます。廊下に飾られている精霊王セレニアと題された女性の絵は、髪と瞳の色を変えてクローレア様を描いたものかもしれません。


「――三月二十一日からご報告いたします。朝、エディメル様は手足が熱いと仰いました。フィルマが生気を調整し、回復されました。レイドン様のご帰還を知り大変喜ばれ、昼食後馬車が着くまで寝込んでいました。お食事は少量を三回。

 三月二十二日、お身体が冷たく、お昼前に起き上がれるようになられました。レイドン様がお持ちになった小説【ヘイスとエッカーナ】を読んで過ごされました。お食事は少量二回。

 三月二十三日、起床に問題なし。前日に引き続き本を読んで過ごされました。口のできものを訴え、フィルマが治癒させました。お食事は溶いたものを数回に分けて召し上がりました。

 三月二十四日、体調は良好。レイドン様と農場へお出かけしました。イグニーズ様がご来訪され、三人でクネ芋酒を嗜まれました。フィルマの件でイグニーズ様と軽い喧嘩をされました。お食事二回、一刻ほど遅いご就寝。

 三月二十五日、体調良くお目覚めでしたがご機嫌が悪く昼ごろ治りました。フィルマによれば、お腹の調子が悪かったので治癒したそうです。レイドン様の研究成果をお聞きし、イグニーズ様と少し喧嘩をされました。お食事は少量を三回。以上です」


「ありがとう、レラ」


 クローレア様は大きくため息を吐かれました。


「あの子たち……特にレイドンがいると楽しそうで良いのだけれど、イグニーズとはなぜすぐに喧嘩をするのかしら」


「イグニーズ様の自由奔放な生活を羨んでいるようにお見受けします」


「そうかしら? ここにいた時期から、遊び歩くのはやめたと聞いているけれど……まあ、性格までもが大人しくなったわけではないわね。本当かどうかじゃない……エディメルにとっては彼らの話すことがすべてですもの」


 クローレア様は大きな窓から、離れを見つめられました。

 数日に一度、こうしてエディメル様の生活の報告をするのが私の主な仕事です。お掃除やお食事のご用意などは、そのついでのようなものでした。

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