表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレニアの物語  作者: さなか
第1章 アルソリオのトゥヴァリ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/108

5 順番


「帰り道の手間が省けるって、楽ちんだよね」


 ペルシュの言葉を思い返しながら、トゥヴァリはベッドで寝返りを打った。

 

『外はまだ早い』


 あの馬はそう言った。「あれはきっと馬の大精霊だよ!」とペルシュは興奮していた。

 

「まだ早いって、どういう意味だ……?」 

 

 出口を見つけて、外に出た。

 願いは叶ったはずなのに、何をすればいいのかわからなかった。


(食って寝る以外にすることなんてない……だったら、町も外も同じじゃないか)


 なんで冒険をするのは楽しいんだろう。

 どうしてペルシュといるのは楽しいんだろう。


(……なんか、あいつの口癖がうつったな)


 

▪︎


 

 朝。目を覚ましたペルシュの前にあったのは、見慣れない光景だった。

 同じ部屋でのベッドから立ち上がった姉の周りを、精霊がくるくると舞っている。


「えっ……!?」


 寝ぼけた目が一気に覚める。


「“導き“だ!」


 その時が、ミルシュカに訪れたのだ。


「おめでとう、ミルシュカ!」


 父と母と兄のアーチも、ペルシュと同じように言った。


「相手は誰だろう」


「早く外に出てみようよ!」


 アーチとペルシュで、ミルシュカを追い立てるように外に出した。


 西地区の広場には、精霊を連れている人はいなかった。代わりに人々が集まってきて、ミルシュカをお祝いする。


「他の地区みたいだな」


「どうやって探すの?」


 向こうにも精霊が来ているから、同じように騒ぎにはなっているはずだ。

 すると、ミルシュカが「こっちにいる気がする」と、東の方へ歩いて行った。ペルシュとアーチは、姉の後を追いかける。

 少し歩いた辺りで、人だかりが向こうからもやってきた。「あれに違いないぞ」とアーチが言った。

 向こうもミルシュカに気が付いて、「相手が来たぞ!」と叫んだ。その声を聞いて人々が避けた先に、ミルシュカと同じくらいの年頃の青年が現れた。淡くて白い光が、同じようにくるくると舞っている。


「ゲイノー? あなたなの?」


「ミルシュカ! 君だと思った!」


 出会った二人の顔が明るくなり、互いに微笑みあった。嬉しそうで、照れくさそうだ。

 人々の「おめでとう!」という声が二人を包む。ペルシュも不思議と嬉しくなった。


「やあ、やあ、こんにちは」


 赤い服の人が広場にやってきた。みんながざわめき、「アイピレイス様だ」と声をあげる。


「うーん、結婚が決まったようだね。ミルシュカ、ゲイノー。おめでとう」


「ありがとうございます、アイピレイス様」


「家はどこに住みたいかね? 食事までに決めてしまおう」


「ミルシュカたちは忙しそうだ。僕たちはもう帰ろう」

 

 アーチに促され、ペルシュは自分の地区に戻った。途中の道で、アーチは立ち止まった。


「サンナのところに行ってくる」


「サンナって?」


「結婚したい女の子だよ。一緒にいることが多いと、選ばれやすいんだ。精霊に一番、仲が良いって思われないと」


 そう打ち明けたアーチは、張り切って出かけていった。


(アーチもそのうち、家にいなくなっちゃうんだなあ……)


 結婚したミルシュカは、もう家には帰ってこない。

 ペルシュは一人、西地区の広場に戻ってきた。

 両親と大人たちが集まって、ミルシュカが結婚したことを話し合っていた。


「おい、ペルシュ!」


 他の子どもたちと遊んでいたレニスが、ペルシュを見つけて呼び止めた。


「最近すぐいなくなって、どこに行ってるんだよ?」


「別に、どこだっていいじゃないか」


 宮殿と林の出口のことは、二人だけの秘密だ。冒険をバカにするようなレニスには、絶対に教えない。



▪︎



 トゥヴァリは待ち合わせた西の林に行く途中、西地区の広場を通りかかった。


(今日は人が多いな……)


 端の方を目立たないように歩いていると、子どもたちが騒いでいる声が聞こえた。聞き覚えのある声が混じっている。トゥヴァリは外側から、そっと様子をうかがった。


「じゃあ親なしと、どこに行ってたんだよ!」


「トゥヴァリにはちゃんと名前がある!」


 ペルシュが相手に組みかかったのを見て、トゥヴァリは慌てて止めに入った。

 だが、予想以上にペルシュの力が強かったので、トゥヴァリは押され負けて倒れ、石畳にしたたかに頭をぶつけた。


「痛ってぇ…っ!」


 目の前がチカチカして、頭がズキンズキンと鳴った。


「俺は悪くないぞ、ペルシュがやったんだからな!」


 ペルシュが言い争っていた相手は、走って逃げていった。



▪︎

 


「トゥヴァリ?! ごめん、大丈夫?」


 ペルシュがトゥヴァリの頭を抱えようとした時。


「抱き起こしてはだめよ」


 コツコツと不思議な足音を響かせて、一人の女性が子どもたちの輪に入ってきた。

 金色の髪が輝いている。ペルシュの横に座り込む。花のようないい香りがする。服は破けてしまっているのか、肩や胸の半分が見えている。ペルシュは何だかドキドキしてしまって、目を背ける。


「寝かせたままで。氷はある?」


「コオリって、何ですか?」


 ペルシュが聞き返すと、女性の表情が一瞬、固まった。


「……ああ、そんな必要ないんだったわ。寝ぼけてるのかしら。私って……ふふっバカね」


 立ち上がりながら、一人で話して、一人で笑う。


「あ、あの」


「精霊に願いなさい」


 女性は振り返らない。足に長い服の裾を絡ませながら、去っていく。

 彼女の言ったことは、この町の誰も知らないことだった。 

 

(きっと、賢人様だ)


 もっとたくさん話せたら良かったのに、とペルシュは思った。

 


▪︎



 宮殿に戻ったハーヴァは、柱の根元に植物の彫刻を入れているルヨを見つけた。


「私、ボケてきたみたいだわ。あんたが、おばあちゃんなんて言うからよ。応急処置なんてしようとしちゃって、バカみたい」


「したっていいじゃないか、無意味だって。それが人ってものじゃなかったかな」


 ルヨは床に寝転がったまま、ハーヴァに視線も向けない。


「……私の子どもの名前って、どういうのだったかしら」


「今いるのは五十二番目(トゥヴァリ)だよ」


「そう。偶然って怖いわね。……だったら、あのペルシュっていう子は、お仕置きした方が良かったかしら」


「ふーん。どうして?」


「私の息子を傷つけたんですもの。セレニアも困るでしょう、乱暴な子が混じってると」


「今さら母親ぶったって、子どもは感謝なんてしないよ」


 ルヨの淡白な解答に、ハーヴァは肩をすくめる。


「ルヨって冷たいわねぇ。人の心が無いみたいだわ。セレニアの方が、まだマシ」

 

 ルヨは体を起こすと、ハーヴァの仕草を真似て、肩をすくめた。

 ハーヴァはふん、と背を向けると、ハイヒールの音を響かせて自分の部屋に戻っていった。



▪︎



 トゥヴァリが目を覚ますと、ペルシュが心配そうに覗き込んでいた。


「ごめんね。大丈夫?」

 

 精霊が、顔の前をふわっと飛んでいく。頭を打ったことを思い出してきた。すっかり痛みが消えている。


「あれぐらい、大したことない」


 冷たく硬い地面に寝てる方が痛かった。上半身を起こして座る。腕を見ると、石畳の形に赤くなっていた。


「……なんだか、冒険って気分じゃないな」


「じゃあさ、本を読んだりするのは?」

 

「いいぜ。じゃあ、俺の家でやろう」


「トゥヴァリの家?良いの!?」


 ペルシュが目を丸くして喜んだので、言って良かったとトゥヴァリは思った。



 北地区の外れにあるトゥヴァリの家も、見た目は他の家と変わらない。白い屋根に白い壁。玄関は一段あって、木の扉に黒い金具の取っ手が付いている。

 

「なーんだ。ルディの家も、まったく一緒だね」


 入るなり、ペルシュはがっかりしたように言った。


「ふうん。面白くなくて悪かったな」

 

 家の中も真っ白。木の丸いテーブルと、椅子が五脚。手を洗う水道と風呂場にトイレ。ベッドは全部で五つある。

 トゥヴァリは知らなかったが、外も中も他の家と同じらしい。

 

 書物机には、本が置いてある。


「これがトゥヴァリの家に伝わる本?」


 ペルシュは本を開いて、読み上げる。


「“セレニアが生まれた時、他の大精霊も生まれた。しかし、多くの大精霊は理性を持たず暴れ、周りにあるものを喰らい尽くした。理性を持った巨鳥と駿馬の大精霊は、ナントカとナントカの大精霊と戦った。人の大精霊セレニアは、狼犬の大精霊に三日三晩も手こずった――”」


「猿と蛇だ」


 トゥヴァリは本を取り上げて、後ろの方の頁を開いた。

 細い線で、動物の絵が描かれている。


「これが猿で、こっちが蛇」


「へえ、絵が描いてあるのっていいね」


「アイピレイス様が描いてくれたんだ。俺が字を読めないから」


「字も教えてもらえばいいのに」


「面倒なんだよ、種類が多いし」


「ねえ、宮殿にさ、本がたくさんあったよね? 何が書いてあったか覚えてる?」


「……そんな部屋、あったか?」


「……ねえ、宮殿ってさ。本当に入れたのかな。夢を見てたんじゃないよね?」


「まさか」


「なんだか記憶があやふやで、怖いんだ」


 その感覚はトゥヴァリにもあった。宮殿でのことを思い出そうとすればするほど、頭の中に(もや)がかかっていくようだ。

 トゥヴァリは思い立って、書物机の引き出しを開け、ペンと、もう一冊の本を持ってきた。

 何も書かれていない真っ白な本を、ペルシュは不思議そうにめくる。


「これに宮殿のことを書こう。林の外のことも」


「え! そんなことしていいの?」


「アイピレイス様がくれたんだ。本ってのは昔の人が書いたんだろ、俺たちが書いたっていいんだよ」


「そっか……! そしたら、忘れちゃっても大丈夫だね!」


 ペルシュは嬉しそうに、真っ白な本を見つめる。

 トゥヴァリがペンを差し出すと、それを受け取った。


「これ何?」


「これでアイピレイス様は書いてる」


 ペンを取り上げ、先を本につけて動かす。線が引かれたのを見て、ペルシュは目を輝かせた。


「へー!」


 ペルシュはペンを手に握り込む。


「……字ってどうやって書いたらいいんだろう」


「読めるんだろ? 思い出して書けよ」


「そっか! 見ながら書こう!」


 ペルシュは物語が書いてある方の本を持ってきて、横に広げる。「えーと、宮殿……宮殿……」と呟きながらページをめくり、じっと文章を見つめながら、ペンを動かした。一頁に一つの大きな字。それを二つ書いて、トゥヴァリに見せる。


「見て! 宮殿って書いた!」


「……それでいいのか? そっちのと全然、違うけど」


「だって、すごく難しいんだ。昔の人はすごいな」


 ペルシュは本と自分の字を見比べる。


「絵を描くのはどうかな。それならトゥヴァリも出来るんじゃない?」


 ペンを渡してくるので、受け取る。


「……何の絵?」


「あの動物はどう?」


 トゥヴァリは考え込み、ペンを前後に動かす。思い出そうとしても、頭の中にぼんやりとしか浮かんでこない。体が黒かったことは覚えている。丸くて黒い目があって、鼻も前に突き出ていて――。


「あははっ……トゥヴァリ、……何これ!」


 ペルシュが腹を抱えて笑う。

 書いたものは、思っているのと全然違う形をしている。


「……お前が描けばいいだろ」


「動物の顔、見てないもん」


「じゃあ、ここに動物って字を書けよ。そしたら少しはわかるだろ」


「わかった!」


 ペルシュはまた開いている頁を全部使って、二つの字を書いた。

 へたくそな字と、へたくそな絵。だけど、なんとなく、あの動物に見えてくる。


「書くのって、面白いね!」


「そっちの本みたいに、何があったかを書かなきゃだめだろ。動物に食べられたって書けよ」


「そうなの?! 覚えてないよ」


 トゥヴァリとペルシュは、交代で本に絵と字を書いた。たまに冒険の事を思い返し興奮して、語り合ったりした。一度昼食を食べに広場に行っても、二人とも走って戻ってきて、作業を続けた。

 宮殿の廊下、扉、真っ黒で光る廊下。林の出口や、倒れたペルシュ。


 あっという間に夕食の時間になり、明日の約束をして、二人は別れた。 



▪︎

 


 食事の時間になれば、朝に喧嘩したレニスやその仲間たちも、いつも通り、西地区の広場に一緒に集まる。

 ペルシュは野菜を口に運びながら、トゥヴァリと畑を見にいく約束を思い浮かべ、くすりと笑った。ミルシュカはいないけど、アーチがからかってくる。ほんの少しだけ、変わった日常。

 

 いつものように、食事を平らげた。


 何だか顔の横が明るいな、と。最初はそう思っただけだった。

 レニスが「あっ!」と声を上げるのと、ペルシュが明るさの正体を見たのは、ほぼ同時だった。


 精霊が、ぼんやりと赤い光を放っていた。


 周囲は騒然となり、人々はペルシュから距離を取った。

 赤い精霊は誰にもついていかず、ペルシュのそばを離れない。赤い精霊がこれほど若い人間、子どもに付くのを、誰も見たことがなかった。死ぬ順番は、大きくなって、結婚して子どもを産んで、四十歳を過ぎてから訪れるものだ。


 ペルシュは呆然とするばかりだった。

 ジェニマスじいさんのように「みんなありがとう。さようなら」なんて、とても言えない。


 母親は呆然としていたが、ふらふらとペルシュに近づき、「私でしょ!? 私と間違えてるのよ。この子はまだ子どもじゃない!」と言って、ペルシュを抱きしめた。


 アーチと父親は何も言えずに固まっていて、レニスは「あのルディなんかと付き合うから、こんなことになったんだ!」と怒鳴った。


 ペルシュは反論しようとした。

 でも、どうでもいいように思えた。


 頭に浮かぶのは、林で倒れて動かなくなったあの動物の姿だった。


(あんな風に動けなくなってしまうのかな。考えることはどうなるんだろう。抜け殻になったら、きっと宮殿から壁の外に運ばれて、あの動物が食べるんだろうな。……もう、トゥヴァリとは遊べないのかな……)

 

 誰もペルシュにお別れを言えなかったし、ペルシュも誰とも握手しなかった。


 みんな家に帰らなかった。そして夜が更け、広場の真ん中で、ペルシュは死んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ