表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレニアの物語  作者: さなか
第1章 アルソリオのトゥヴァリ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/108

6 力無き者

 トゥヴァリは大階段の一番上の段に座り、下にある北の広場を見つめる。階段を誰かが上がってくるたびに、目を凝らす。赤毛じゃない。あの歩き方は、ペルシュじゃない。

 精霊王の像に祈る人や、木陰で休む人。こんなに何人も宮殿の広場に来る人がいるなんて、今までは知らなかった。


「明日は宮殿に行こうよ! アイピレイス様に会えたら、本の書き方を教えてもらうんだ」

 

 ペルシュはそう言っていたはずだ。けれど、ちっとも姿を現さない。

 今度は北地区の子どもたちが、まとまって駆け上がってくる。上に座っているのがトゥヴァリだと気がつくと、子どもたちは遠巻きにして通り過ぎていった。


 約束を勘違いしたのかも、と北の広場へ降りてみる。通りすがりに、人々の声が耳に入った。


「西地区で、何かあったらしい」

「子どもが泣いていて…」

「誰かの順番が来たらしい」

 

 西地区、子ども、――。その言葉に胸がざわつき、トゥヴァリは無意識に歩みを速める。もしかすると、またあの意地悪たちと喧嘩をしているのかもしれない、と考える。


(ペルシュは強いから、泣いてるのはきっと、あいつらの方だ)


 西地区の広場に行くと、なぜだか異様な雰囲気だった。子どもがいない。数人の大人たちが、トゥヴァリを見るなり囁き合った。色々と言われるのはいつものことだが、今日向けられている視線はなんだか異様だ。息が詰まりそうになる。

 トゥヴァリは林へ向かった。

 どこかですれ違っていたら、ペルシュは林に来るだろう。前もそうだったから。

 

 しかしいつもの倒木には、あまり好きではない顔が座っていた。


「トゥヴァリ!」


 目が合うなり彼が名前を呼んだので、トゥヴァリはとてもびっくりした。


「ようやく覚えたのか。お前は、シツコイって名前だったっけ?」


 トゥヴァリは鼻で笑って、わざとふざけた返事をした。


「!」


 次の瞬間、トゥヴァリは落ち葉の上に倒れこんでいた。

 頬を殴られた。頬と、地面に倒れて擦り切れた肘に痛みが広がる。


「……っ、この野郎!」


 我慢できずに掴みかかる。


(なんでこんな目に遭わなきゃならないんだ!)

 

 トゥヴァリも本気になって、レニスを掴んだ。取っ組み合いになり、地面を転がる。殴ってくるので、殴り返す。

 レニスは歯を食いしばって叫んだ。


「お前のせいでペルシュが死んだんだろ!」


「は?」


「お前なんかと一緒にいたから!」

 

「……子どもが死ぬわけないだろ?」


 じゃなきゃ、“順番”なんて呼ぶのはおかしい。

 なのに、トゥヴァリの胸ぐらを掴むレニスの頬から、涙がこぼれ落ちてくる。


「死んだんだよ! 昨日の夜、赤い精霊がやってきて、俺たちの見ている前で死んで、じいちゃんみたいに消えたんだ!」


「……嘘だ。お前は俺が嫌いだから、そんなことを言うんだ! 泣いたって騙されないぞ!」


 トゥヴァリはレニスを突き飛ばして、駆けだした。ペルシュはどこかで冒険に行くのを待っているはずだ。大きな毛むくじゃらの動物に襲われたときだって、精霊はすぐにペルシュを治しにきたじゃないか。


(見つからないだけだ。ペルシュが死ぬはずがない、死ぬはずがない、死ぬはずがない……)

 

 トゥヴァリは南の広場へ行った。

 ペルシュはいない。


「西地区でペルシュという子どもが死んだらしい」


 先回りするように、噂が広まっている。この話のために、たくさんの人々が広場に集まっている。

 

 東の広場へ走った。

 人だかりに、赤毛の髪が見えた! すぐに、トゥヴァリは駆け寄る。


「ミルシュカ、元気を出して」


「順番を間違えてしまったのね……きっと」


 人々が、口々に言う。

 赤毛が、顔を上げる。一瞬、ペルシュだと思ったが、もっと背の高い、女の人だった。

 泣いている。


「あなた……ルディの子……?」


 トゥヴァリの心臓に、押し潰されたような痛みが走った。

 広場から踵を返し、逃げだした。


“お前のせいで、ペルシュが死んだんだ!”


 レニスの言葉が頭に響く。


「はぁ、はぁっ…!」


 トゥヴァリの家には、いない。


「はぁ、はぁっ…!」


 北の広場にも、いない。

 トゥヴァリの顔を見て、人々は驚いた顔をする。そんなことはおかまいなしに、階段を駆け上がった。宮殿の広場でペルシュがきっと待っている。ぼんやり空を見てるかもしれない。窓を覗いているかもしれない。こちらを向いて「遅いじゃないか、トゥヴァリ!」と言うはずだ。


(約束したんだ、約束……)


「はー、はー…」


 息が切れて、汗が目に入り、喉が熱かった。それでも足を止めず、上り続けた。


 いない。

 どこを探しても、いない。


 精霊王の像の前で、トゥヴァリは膝をついた。心臓は暴れて飛び出しそうだった。目が回り、世界が揺れた。


「うーん? トゥヴァリじゃないか。どうしたんだ、そんな格好で」


「アイピレイス様!」

 

 トゥヴァリはアイピレイスにしがみついた。汗と涙でぐしゃぐしゃの顔を、その立派な服に押しつけていることにも気づかずに。


「ペルシュが死んじゃったって! 俺のたった一人の友達が! 生まれて初めてできた友達なんだ! 大精霊様に頼んでよ、ペルシュを生き返らせて……っ!」


 

▪︎



「ペルシュが死んだ?」

 

 アイピレイスはトゥヴァリの背中をさすりながら、眉をひそめた。


「あってはならない事だ!」


 しかし、この泣き崩れている子どもを慰められる者が、自分しかいなかった。しばらくトゥヴァリが落ち着くまで、彼はずっとそうしていた。

 やがて泣き疲れて眠ったトゥヴァリを、アイピレイスは精霊に命じてルディの家へと運ばせた。


 ――本当に、ペルシュが死んだのか。


 ペルシュを今すぐ連れてくるよう精霊に伝える。しかし、何も起こらない。

 通り過ぎざまに、精霊王の像を見やる。

 両手を差し出す少女の姿。ペルシュはまだあれくらいの背丈しかない。


(誰の仕業だ……!)


 宮殿に戻ったアイピレイスは、瑠璃色の扉を力任せに押し開けた。重厚な気配をまとった扉も、賢人には容易く応じる。間接照明が魔法の力で点灯し、静寂という音に支配された玄関ホールを淡く照らしだす。

 正面の部屋。かつては五人が集い話し合うための賢人の間と呼んだ。ずいぶん前から、ただ通路と化している。

 回廊の東翼。中世宮殿のような廊下の先に宇宙のような空間がある。大量に手に入るはずがない鉱石でできたその空間に、異彩を放つステンレス製の扉。


「ロースウェイ! 話がある! ……いないのか?」


 顔を合わせなくなって久しい。研究者の彼女ははじめから、部屋に篭りきりになることが多かった。この扉は彼女に招かれた時にしか開かない。

 

 二階、オーウェンの部屋。暖かみのある木製の扉がいつでも客人を迎えるが、この部屋の主が不在になって既に二百五十年が経過した。彼が大量に持ち込んだ書物を時折、借用している。


 自分の部屋を通り過ぎ、西の回廊。

 廊下にはたくさんの扉がある。たった一つの本物を除いて、全てが芸術家ナリファネルが描いた絵だ。


「ナリファネル!」


 アイピレイスは迷うことなく、本物の扉に手をかける。これも動かず、返事はない。

 苛立ち、別の偽物の扉を蹴る。


「ア、アアイピレイス!? 何してるのよ!」


 甲高い悲鳴に近い叫び声。寝間着姿のハーヴァが立っていた。慌てて服の前を合わせ、胸元を隠そうとしている。


「……起きていたのか」


 ハーヴァは、アイピレイスを見て後ずさる。苛立って壁を蹴っていたことを思いだし、佇まいを改めた。


「町で、子どもが死んだ」


「……死んだ? なぜ? 精霊がいるのに。まさか、トゥヴァリじゃないわよね?」


「違う。死んだのはペルシュという子どもだ」


「ペルシュ……ああ! ……死なせてしまったのね、そんなつもりではなかったのに」


 ハーヴァは目を伏せる。


「知っているのか?」


「ええ、その子よ。私の息子に怪我をさせたの。だから、お仕置きした方が良かったって、うっかり口にした気がするわ」


 過保護な母親のような顔をして、そう言った。

 数十年に一度起きては町を物色。気に入った男を招き、子供をアルソリオに産み落とす。それが彼女の役割だ。

 ルディとは、精霊の言葉で“ハーヴァが産んだ仔”を指している。


「……なぜそんなことを」

 

 精霊王セレニアは賢人の願いを叶えると約束した。それがこの世界の規則であり、時に、こうした間違いを引き起こす。

 アイピレイスは目を伏せた。

 

 いや――再びこういうことが起きないようにするために、申し立てをするべきだ。賢人には役割がある。そう、アイピレイスにも。


 早足で賢人の間に戻る。足早に通り抜けた先には、精霊王の間へ続く大理石の廊下がある。

 

 燭台に揺らめく光。白に金箔の装飾が施された両扉。

 

 精霊王にふさわしい神々しさだ。しかし、見覚えのない装飾にアイピレイスは顔をしかめた。

 

 狼犬の頭。前に立つ者の影に、牙を立てている。


「よりによって、精霊王の間の扉に……」


 いつの間にか背後に立っていたルヨに気付き、振り向かぬまま言った。


「意地の悪い作品は芸術とは呼ばれない」


「ふーん。君はそう感じるんだね」


 ルヨは興味なさげに答える。三百年経っても子どもの姿で居続ける、不気味な存在だ。


 アイピレイスは扉を押し開け――目を疑った。

 濃く甘い酒の香りにまじり、鼻の奥を刺すような鋭い臭いが漂っている。

 精霊王セレニアが座るはずの玉座から、気だるげに体を起こし、男がアイピレイスを出迎えた。


「君が何故そこにいるんだ、ナリファネル!」


 乱れた前髪の隙間から不機嫌そうな灰色の瞳が、アイピレイスの頭から足元を()め付ける。

 

「何百年経ってもお前のセンスは理解できないな、アイピレイス。道化師を招いた覚えはないが?」


「君が何故そこに座っているのか。その理由を聞かせてもらいたい」


「精霊王が認めたからだ。それ以外に理由があるか? 理解できるだろう、本当に優れた一握りの人間だったならば」


「その精霊王はどこにいる」


「留守にしておられるようだ」


「……なら、失礼する。君に用があったわけじゃないのでね」


 アイピレイスは、踵を返し部屋を出る。

 

 精霊王は知識を求めて不死者を選出したが、どうやら善悪という概念を持っていなかった。生物を繁栄させるという絶対条件の中でなら、賢人のどんな願いでも叶えてしまう。


 ナリファネルに王の気分を味あわせることもあれば、ハーヴァの気まぐれな世間話を汲んで、ペルシュの処分が決定することもある。


 精霊王に、叶えていい願いと叶えてはいけない願いを教えること。それがアイピレイスの役割なら良かったのに、精霊王はもう百年近く、姿を見せていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ