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セレニアの物語  作者: さなか
第1章 アルソリオのトゥヴァリ

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3 廻り廊下の魔法

 走っているうちに、少し様子の違う廊下に来ていた。

 石柱が立っている。石柱の上には様々な動物を象った像が置かれている。


「たぶん鳥の大精霊だろ。こっちは蛇の大精霊。これは……猿? さっきの、狼の大精霊を封印した話に出て来たやつだ」


「本物が石になったんじゃないよね?」


 ペルシュは石像に触れる。ぐぅ~、と鳴き声のようなものが聞こえた。二人は顔を見合わせる。トゥヴァリが笑いを堪えて、変な顔をしていた。

 もうすぐ昼食のはずだ。アイピレイスに会ってから、かなりの時間が経っている。死者の部屋も外への出口も見つからないし、今日は戻ることにした。


「もう見飽きたな……赤い絨毯に石像、窓、窓、窓……」


 いくら進んでも、景色は変わらない。

 

(鳥、蛇、猿、狼、鳥、蛇、猿、狼……)


 ペルシュもうんざりするくらい、同じ石像を繰り返し見た。

 部屋の扉も一面の大きなガラス窓もない。黒く煌めく廊下や、天井の絵もない。

 窓の外には木々が、その間に広場の精霊王の像の横顔が見えていた。


「行きたい場所が見えてるのに! 窓から出れないかなあ」

 

 ぴたりと、トゥヴァリが立ち止まった。

 窓の外を見つめ、像を睨みつけている。また機嫌が悪くなったんだな、とペルシュは思った。


「疲れた? お腹が空いたね」


「なんで……なんで、地面が横に見えるんだ……? 階段を降りてないよな?」


 トゥヴァリは青ざめていた。

 廊下の先を見ると、突き当たりになっていた。


(さっき……突き当たりだったっけ?)


 ペルシュは怖くなって、トゥヴァリの服を掴んだ。びくっとして振り返ったトゥヴァリが、ペルシュの顔を見てため息をつく。服を掴む手を振り払われ、廊下を曲がる。

 やはり、まったく同じ廊下が伸びている。


 一度二人で目を閉じて、せーので窓の外を見る。


 ――また、精霊王の像。


 体中がぞわぞわ震える。口を開けたものの、喉が固まって動かない。

 

 二人が絞り出すより早く、背後から声がした。


「そうだね。ちゃんと決まった席につかないとだめだよ」


 同時に、振り返る。

 そこにあったのは、大きな絵だった。精霊王の像が立つ広場を描いた、色鮮やかな絵。


 だが次の瞬きの後、それはもう「絵」ではなかった。

 

 足元を風が吹き抜け、少し遅れて木々がざわめく。


 二人はその場所に立っていた。

 絵と同じ景色の広がる、大階段を上りきったばかりの宮殿の広場に。

 精霊王の像の向こうに、白く輝く宮殿があった。道の先には、大きな瑠璃色の扉があった。

 

「おやおや。君たちは、まだここで遊んでいたんだね?」


 また、背後からの声。

 振り返ると、赤い帽子――アイピレイスが、大階段を上がって来たところだった。


「もう昼食だ。精霊たちが探しているよ。うーん、でもここにいたなら、すぐ見つけられるはずだがね?」


 とぼけた調子で顎髭を撫でる。


「さあ、しっかり食べておいで。君たちは栄養をつけるのが仕事なのだから」


 そう言ってアイピレイスは、宮殿へ戻っていった。



▪︎


 

 二人の子どもが消えた後、本来の姿に戻った廊下に姿を現したのもまた、一人の子どもだった。


「君も、人に見られたくないと思うことがあるんだねぇ」


 ルヨはそう言いながら、自分の体より少し大きい額縁を廊下の壁に立てかける。その姿は、先ほど迷い込んだアルソリオの子どもたちよりも幼い。

 大理石の床が冷たく艶めいている。窓のない廊下の壁には、燭台が並んでいる。

 仄かに揺らめく火が、濃さの違う影を三つ作り出している。その影の持ち主は、ルヨの言葉には答えなかった。


 ぺたり、ぺたり。

 

 少女の足裏が床から剥がれる音だけが響く。

 十五、六の少女だった。あどけない顔立ち。長い睫毛と高めの鼻。灯りに白い肌が浮き出している。歩くたびに腰で黒髪が揺れる。

 

 白に金箔を施した豪奢な両扉の前で彼女は止まった。取っ手に彫られた狼の頭は、開ける者の手を食いちぎろうとするように牙を剥き出している。

 少女は扉を開け部屋に入り、背後で扉が閉まる音を聞きながら膝を折った。額と手を床にぴたりとつける。


「私は謝罪します。人々を傷つけ、尊い命を奪いました。

 私は贖罪します。過ちを繰り返さぬよう、貴方の手を借りて罰を受けます。

 私は精霊王セレニア。貴方の願いをすべて叶えます」


 声は小さく、震えている。


 部屋には一人の男がいた。

 装飾のない空間、ただ床を高くした場所に肘掛椅子が置かれている。粗い髭を生やした男が座っている。

 淡い褐色の瞳は不機嫌そうに、冷たく彼女を見下ろした。


 鼻をつく匂いと酒の臭気が入り混じって充満し、部屋の隅には木と布でできていた何かが壊れ、散乱している。




 蝋燭の半分が溶け落ち、影が色濃くなる頃。狼の扉が再び開き、何かが這いずり出てきた。黒か紫の色をしたそれが動いた後には、茶褐色の痕が残る。


 扉が閉まると、小さく呻き声を漏らす。何の言葉を発せたわけでもないが、命令を与えるのには充分だった。

 元通りになった少女は、ゆっくりと立ち上がった。


「二百年以上そんな事を繰り返していて、まだ飽きないんだね」


「……」


 少女は虚な目を床に向けたまま、ぺたり、ぺたり、重い足取りで、宮殿の奥の自分の部屋に戻って行った。


「あんたも悪趣味ね、ルヨ」


 すれ違いにやって来たのは、若すぎず、歳でもない年齢に見える女性。薄い寝巻きの上に白衣を羽織り、ブロンドの髪を肩にかけている。

 その姿を見るのは、数ヶ月ぶりだ。

 

「おはよう、ハーヴァ。君も彼女のことが気になるんだね。起きた日は必ず様子を見にきてる」


「……そうじゃないわ。私が安全かどうか、確認しにきただけよ」


 ハーヴァは白衣の袖の中で、爪が肌を抉るほどに腕を抱き締める。


「僕はね、この部屋で行われることがよくわからないんだ。だから観察する必要があるのさ」


「脳みそまでお子様で止まっているわけ?三百年も生きてるくせに」


「じゃあ君の脳は、もうおばあちゃんなんだね」


 ハーヴァは顔を引くつかせた。腹を立ててもどこかへ行かないのは、ルヨが貴重な話し相手だからだ。


「そろそろ新しいのに変えるべきかな」


 何の脈絡もなく、ぽつりとルヨが言う。

 ハーヴァは一瞬びくりとしたが、ルヨの視線は廊下の奥へ向けられていた。


「……そういうことは、新しいものが用意できてから言って」


「君が古い方が好きだものね。ああ、そういえばさっき君の五十二番目の子どもが来たよ」


「来たって……ここに?」


「外の広場さ」


「そう。いつ産んだのだったかしら」


 ハーヴァは肩をすくめる。


「一番新しいやつだよ」と、ルヨは言った。

 

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