表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレニアの物語  作者: さなか
第1章 アルソリオのトゥヴァリ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/130

17 集結の場


 部屋の扉が、突然開かれた。

 無作法に。乱暴に。

 最低な記憶をなぞるように。


「なっ……」


 ハーヴァはベッドから飛び起き、テーブルを後ろ手に部屋の奥へ逃げた。


「行くぞ。仕度はできたか?」


 ナリファネルが言い放った。ハーヴァの怯える顔など、目にも入っていない。


「セレニアは!」


 こういうことが起こらないように、あの子がいたはずなのに。

 

「いない。悪魔の首輪を繋いでおくのは、誰の役目だ?」


「……わ、私……?」


「ふん……まあいい。後で処罰を加えてやる。宮殿に女を迎え入れる。正妻として挨拶でもしろ」


「何言ってるの? 何の話よ!」


 ソファの背から滑り落ちた服。ぶつかったはずみで、棚から落ちた写真立て。全てを土足で踏み付けながら、ナリファネルは言った。


「増えた奴らを有意義に使おうじゃないか。精霊の餌よりは、奴隷の方がマシだろう。家畜の街は王国になり、不死の王が永久に君臨する」


「……勝手にやりなさいよ! 私は、こんな世界いらない!」

 

「わざわざ俺が、お前を立ててやろうとしているんだぞ! 大人しく言うことを聞け!」


 激昂したナリファネルは肩を掴み、無理やり部屋から引きずり出した。扉の角に何度も何度も打ち付ける。抵抗する力を失うと、赤い絨毯の上に投げ捨てた。


「セ、レ……ニア……どこにいるのよ、セレニアアアア!」


 廊下を引き摺られて行く。ハーヴァの悲痛な叫び声は、宮殿中に響き渡った。



▪︎



 トゥヴァリは一人、馬の背から降りた。慎重に、アンズィルの牙がナランサの毛先にも触れないようにしながら。


『その牙は、魔法で不死となっている者を殺せるだろう。しかし、お前を魔法で助けることも出来ない。その牙を持つ限り』


「わかりました」

 

 精霊が一度治してくれた手のひらに、再び傷が刻まれる。ひりつく痛み。まるで火を握っているかのようだ。

 

「トゥヴァリ。やっぱり、……」


 ペルシュがうつむく。

 トゥヴァリは優しく笑いかけた。


「待っててくれ。必ずペルシュの世界を取り戻すから」


 ペルシュのためじゃない。

 二度とペルシュをあの男の視界の端にも入れたくない。


 あの男を、できるだけ苦しませて死なせたい。


 指が砕けそうなほどに、牙を握りしめる。

 この怒りは、もう抑えていられない。


 ナランサと見つめ合う。トゥヴァリの願いに応じ、ナランサは空中へ前足を踏み出した。

 


 黒い扉を、力強く開く。



▪︎



「アイピレイス様!」


 若い男の声が地下牢に反響し、アイピレイスは目を開けた。

 暗がりに浮かび上がる顔が、ぼんやりしていた頭を覚醒させる。


「トゥヴァリ……? どうしてここへ来た! 今、恐ろしいことが起きている。ナリファネルが……」


「待って! ……これは、どうやって開けるんですか?」


 トゥヴァリは鉄格子を揺らす。鉄の棒は天井から床まで突き抜けており、腕の力ではびくともしない。


「鍵があるはずだ。入り口の辺りに」


 トゥヴァリは何かを引きずり、入り口へ向かう。


「カギって、何ですか? ……何もありませんよ?」


「何だって?」


 アイピレイスは鉄格子をよく調べた。

 トゥヴァリの言う通り、牢には鍵穴も扉もない。鉄格子だけが、端から端まで並んでいる。


(……ルヨはどうやってここに私を入れた?)

 

 記憶がない。気を失った覚えはないというのに。

 

「アイピレイス様、離れていて下さい」 

 

 トゥヴァリは目の前に立ち、引きずっていたものを振り上げる。それは、白銀に輝く剣のように見えた。


(あれは一体……鉄格子を切ろうというのか?)


 トゥヴァリが剣を振るう。

 確かに当たったはずなのに、牢は静かなままだった。しかし、剣が触れた瞬間。アイピレイスを閉じ込めていた檻は、塵のように光の輝きを残して消えた。


「へえ。こんなものも魔法で出来てるんですね」


「何をしたんだい?」


「アンズィルの牙の力で、魔法を消したんです」


 トゥヴァリはそれを目の前に上げて見せる。

 触れてみようとした時、


「――セレニアアアアア!」


 上の方で、叫び声が響いた。

 

「ハーヴァの声だ」


「……あの人、俺たちを、騙していたんですよね」


 低く憎しみのこもった声で、呟く。

 

「何かあったのか?」


「ペルシュが……ペルシュが生きていたんです……」


 アイピレイスは、目を見張る。

 しかし、トゥヴァリは喜んでいるようには見えなかった。


「アイピレイス様……俺は……あの男を、赦さない……!」


 その形相は、アイピレイスの中に恐怖を生んだ。

 トゥヴァリの手からは、血が滴っている。

 

(そうか。この子は、私たちに……死を与えに来たのだな……)


 死神でも未知の光でもなく、怒れる人間の姿をして。

 

「……君はもう、私の知らないところで物事を成し遂げたのだね。その力でこの町……世界を、変えるのだろう」


 アイピレイスは肩を落とした。


「ハーヴァ……彼女は、私たちを騙したわけではない」


 名前を口にしただけで、トゥヴァリの目がこちらを睨む。

 

「あれも本心だったのだよ。彼女は、もう……」


 さっきの悲鳴は、ただ事ではなさそうだ。

「行こう」とトゥヴァリを促した。

 


▪︎



 広場に王が現れた。

 賢人ナリファネル――その傍らにいるのは、あの黒髪の少女ではなく、金色の髪を振り乱して悲鳴を上げる女だった。

 人々は言い争っていたなんて忘れたように、揃って大階段を見上げた。


「何か問題でも起きているようだな」


「君の提案に納得していない人間がいるみたいだよ」


 ルヨは肩をすくめる。

 ナリファネルは広場を見渡した。昨日と違い、一人一人の顔を確認している。


「お前が主犯だな?」

 

 レニスと目が合った瞬間、ナリファネルは言った。女性の腕を無造作に引きながら、真っ直ぐレニスへ向かってくる。

 ラナを背中に隠した。


「乱暴はよくありません。その人を離してあげてください」

 

「乱暴とはこういうことか?」


 ナリファネルが腕を振り上げ、レニスは思わず目を閉じる。

 ラナが悲鳴を上げた、その時だった。


『賢人ナリファネル。我ら精霊の蓄えを奪うこと、傷つけることは、どんな生物にも許されてはいない』


 広場にいた全員が、その言葉を聞いた。

 風が頭上を駆け抜けていく。レニスは遠く離れた上空に、草色の馬の姿を見た。


「邪魔をするな! 忌々しい駄馬めが!」


 ナリファネルが声を荒げる。


「それ以上、人々に近づくな!」


 若い男の声が広場に響く。

 階段の上に現れたトゥヴァリの姿を見つけ、レニスは安堵した。


▪︎

 

「何だ、お前は?」


 ナリファネルがトゥヴァリを睨む。

 掲げると、アンズィルの牙が眩しく輝く。


「精霊王セレニアよ……もしどこかで見ているなら、この男の欲望を上回る、俺の願いを聞き届けてくれ!」


 牙はいよいよ、掴んでいられないほどの熱さで手のひらを焼く。


「この男に、ペルシュの受けた以上の苦しみを……!」

 

 両手でしっかりと握り締め、ナリファネルに向かって飛びかかる。

 ナリファネルは驚いた顔をしていた。だが、トゥヴァリが牙を振り翳すのを見るや、笑い、腕を前に出した。腕を掴まれているハーヴァが、トゥヴァリの前に飛び出した。


「あ……っ!」


 牙が、ハーヴァの肩から胸を通り、抜ける。

 ハーヴァは足から崩れ落ち、ナリファネルの手を離れ階段に倒れ込む。

 

「何だ、それは?」


 ハーヴァに気を取られた、その一瞬。

 胸ぐらを引き寄せられ、腹に衝撃がめり込んだ。息が潰れる。足を踏み外し、牙を握ったまま、階段を転げ落ちる。


「トゥヴァリ!」


 レニスが叫ぶ。

 すぐに起き上がれずにいると、降りてきたナリファネルの足が、トゥヴァリの腕を踏みつけた。


 腕が跳ね、裂けた掌から、アンズィルの牙がこぼれ落ちた。


「俺に……苦しみを願うだと?」


 なおも、腕を踏みにじる。


「……っ」


 抗っているのに、足を跳ね除けることができない。握りしめ続けていた手はガクガクと震え、力が入らなくなっていく。

 段差の角に押し当てられ、腕が折られる――


 しかしその時、ナリファネルの足が浮き、トゥヴァリから離れた。

 レニスがナリファネルに掴みかかっていた。階段から引きずり下ろし、地面で揉み合っている。


 すかさず、精霊がトゥヴァリの元へ飛んできた。

 

 押さえつけようとするレニスを、ナリファネルが殴る。顔を殴られたレニスが仰け反る。

 ナリファネルはさらにもう一撃、顔を殴りつけ、ふら付くレニスを蹴り倒した。

 

「力とは、振るい方を知らぬ者には災いしかもたらさない――だからこそ、手にする者は選ばれるのだ!」

 

 ナリファネルが眼光を向けると、人々は悲鳴を上げ、逃げ惑った。


「はははは! 良いぞ! いい絵だ!」


 ナリファネルは笑いながら、階段の下に落ちていたアンズィルの牙を拾い上げる。

 牙は堅い手の平を、指先まで灼いた。


「ぐ……っ! 何だ、これは!」

 

 ナリファネルが牙を取り落としたところへ、トゥヴァリが滑り込む。

 アンズィルの牙がナリファネルの体を貫いた。


「お前はもう、賢人じゃない!」


「貴……様……っ!」


 トゥヴァリはナリファネルの顔面に拳を叩きつける。足をふらつかせたところを蹴り倒す。ナリファネルの髪を掴み、地面に打ちつける。

 ナリファネルがペルシュにしたように――それ以外に方法がわからない。暴力をトゥヴァリに教えたのは、この男だ。


 ――嫌な気分だ。

 

 長い苦しみを与えたいと願った。

 だが、もうこの男の顔を潰すのも、腹を踏みつけるのも、やっていたくない。

 あの光景を思い出す。だからこそ、もう一度殴る。なのに、自分の姿がこの男に重なる。


 拳に血が付き、吐き気がして、トゥヴァリはナリファネルから離れた。


 アンズィルの牙は魔法を消滅させるだけで、ナリファネルを消してはくれない。


「もういい……こいつを食ってくれ……」


 動かなくなったナリファネルを見下ろし、トゥヴァリは自分の精霊に頼む。それ以外に、人が死ぬ方法を知らない。

 

「トゥヴァリ!」


 大階段の上から、アイピレイスが駆け降りてくる。折れた鼻から血を流すナリファネルを見やり、トゥヴァリに言った。


「……大丈夫か」


「……はい。でも……どうすればいいか、わからない……」


「ならば、捕えよう。……自身が作った、あの牢に」


 しかし、アイピレイスは足を止めた。

 

「檻がないのだったな。魔法の……」


 アイピレイスは振り返り、中腹に座り傍観していた子どもを見上げる。

 

「ルヨ、君は一体……。いつから宮殿にいて、いつからナリファネルに力を貸していた?」

 

「えっ……」


 ルヨは驚いてアイピレイスを見る。


「なぜ、その姿のまま何十年も生きている? 賢人は五人……君は、何者なんだ」


「僕は関係ないよ」


「だが、これだけはわかっている。君は、ナリファネルの仲間だ」


 アイピレイスの後ろで、トゥヴァリは再びアンズィルの牙を取った。痛みに顔が歪み、手が震える。

 しかし、歯を食いしばり堪える。

 全部、今、終わらせなければ――。

 

「い……いやだ!」


 ルヨは怯えた顔で立ち上がり、階段を駆け上がった。

 トゥヴァリが後を追う。


 大階段を登りきり、宮殿の広場を逃げていく。


「僕はまだ、消えたくない! 近付かないで! 助けて、セレニア!」

 

 と、精霊王の像に飛び込んだ。



 それは、白ではなく――深淵の闇だった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ