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セレニアの物語  作者: さなか
第4章 第1幕 否定された存在

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14 シェラーゼの酒

 ドレをラナリア観測施設に送った後、ウィルマートンはカッツォたちを客舎棟の二階に案内した。並んでいる小部屋のうち、三つの部屋の扉が開いている。町民の人たちが掃除をしてくれたらしい。


 石壁の部屋に、木の寝台と長机が置かれている。

 床は大きさの揃った板がきっちりと並んでいて、隙間が白い目地で埋められている。平らで、歩くと乾いた音がする。


 ベッドに転がり、欠伸をする。ベッドも柔らかすぎないし、部屋の大きさは安宿くらいで落ち着ける。


「……」


(一人になるのは久しぶりだな……)


 ドレに会ってからはずっと一緒にいたので、話し相手がいないのが久しぶりだ。


(ドレは、昔に起きたことがどれくらいわかったんだろう……)


 イグニーズは精霊の箱を使って、身分以上のことをしようとした。でも、クローレアが一枚上手だったために、失敗に終わった。

 

(あんな偽物が作れるくらい、昔は銀があったんだなあ……ん? 違うか。クローレアはオーネットの人なんだから、きっとファムリアから持ってきたんだ。……兵士崩れの連中に知られてなくて良かったなあ、この町にあんな銀だらけの箱があるなんて……)


 レイドンがイグニーズを助けに行ったとして、それより、壊された偽物の箱を回収するほうがもっと大変だっただろう。もしその場で銀が全部剥がされていたら、ただの木箱になっていたところだった。


(レイドンやウィルマートンさんたちが守ってきたから、記憶が見れたんだよな。学者ってのは、偉い仕事だなあ……) 


(学者……)


(そういや、ドレとソラミルさんの約束って、箱やレイドンのことじゃなくて……勉強して、ドレのせいでカルラ王妃が死んだのかどうかわかること、だったよな)


「……それって、王妃を知ってるウィルマートンさんに聞いておいた方がいいんじゃないのか?」


 部屋に響く自分の声を聞き、勢いよく体を起こす。タランもいないんじゃ、本当にただの独り言だ。


(コーレリアさんも、カルラ王妃は病気だと聞いたって言ってた。王妃が死んでしまうような病気って何だろう……)


(……壁の中の人も病気になって、治らないまま死ぬなんて……信じられないな……)


 いい服を着て、いいものを食べ、医者がいる。壁の中というのは、そういうところだと思っていた。そうじゃなきゃ、そういうところじゃなきゃ意味がないのに――。

 

「……」


(違う、そっちじゃない。考えるのは……)

 

 机に置いた細い革紐を取り、下ろしていた髪を括る。

 ドレは王妃の話を聞きたくなさそうだった。その気持ちは、カッツォにもなんとなくわかる。物心つく前に死んでいた両親のことを、今さら知りたいかというと、そんなことはない。いないものとして生きてきたのに、突然現れても困る。


「手を動かせ! 父親に似て口ばかり回りやがって……」

「可哀想に……。あなたたちを育てるのに苦労して、病気になったのだから……」


 カッツォが両親について知っているのは、これだけだ。

 

(……俺とドレって、同じようなところもあるんだな)


 カッツォは立ち上がり、部屋の外へ出た。ランタンの灯が、廊下の硝子窓にぼやけて映る。


(迷わないようにしないと……ウィルマートンさんはどこにいるんだろう)


 すると、二つ隣の扉が開く。


「わっ……コーレリアさん」


「カッツォ。何かありましたか?」


「ちょっと、ウィルマートンさんに聞きたいことがあって……。あ、そっか。コーレリアさんも、話がしたいって言ってましたよね」


「ええ。では、一緒に行きますか? ミザリーはシュロたちといるので、大丈夫でしょう。シュロの声はどこにいても聞こえますので」


「いいんですか? 邪魔になるなら……」


「大丈夫ですよ」

 

 コーレリアは、ウィルマートンと食堂で待ち合わせていたらしい。部屋の外で会って良かった。勝手に探し回って先に話をしていたら、気まずかっただろう。


 食堂の一角がランタンの灯に照らされている。ウィルマートンはわざわざ立ち上がり、テーブルの反対側に回り込んで二人のために椅子を引いた。

 

「お部屋はいかがですか?」


「とても落ち着きます。思案するのに良い部屋ですね」


「そうでしょうとも。客舎の造りはカルラ様が大変こだわって作られたのです」


「あの床って、何で出来てるんですか?」


「あれはタイルです。粘土を焼き固め、色を乗せたものです。北オルミスの建造物によく使われています」


「へえ……北オルミスですか……」


 ファムリア以上に遠い世界の話で、カッツォは唖然としてしまう。


「出来ることならもう一度、北オルミスの地を踏みたいですね。私たちの原点である北大陸……価値観が変わります。カルラ様は毎年、記念祭に出向かれました。王妃の仕事で一番好きだわと仰って。なんだ、そのために俺と結婚したのか? 嫌だわ、そんな意地悪を言って。と、そんなお二人にサリウス様が苦笑い……」


 珍しく、ウィルマートンの言葉が詰まる。

 

「サリウス様?」


「……陛下の近衛隊長であった方です」


 ウィルマートンはよそよそしく答えた。先程の思い出の中にいる人物にしては、あまり口に出したくないかのようだ。


「カルラ王妃とレニサロス陛下……。お二人は……本当に仲睦まじいご夫婦だったのですね」


「私の思い出の中では、ですけれどね。……コーレリア様、カッツォ様。お酒を飲まれますか? 上等な、シェラーゼの湖の水で作られたものです」


 カッツォは驚いた。

 商人をやるなら覚えておけと、商売の師匠であるコルツに教わった“合言葉” だ。たまに聞くことがあるが、ウィルマートンがそれを使うとは意外だった。


 シェラーゼの湖の水は咎捨谷に流れ落ちる。だからこれは、ここだけの秘密の話――噂話をしたり、誰かの悪口を言う時の合図だ。


「せっかくですが……」


 コーレリアが南オルミス人の風習を知らないのは当たり前だ。護衛騎士が任務中に酒を飲むわけにはいかないと、普通に答えただけだろう。

 だが、コーレリアが聞きたい話は、きっとこの先にあるはずだ。”上等な酒”は、王族や貴族に関わる話という意味だ。

 

「それはありがたい」


 代わりに合言葉に応じると、コーレリアが驚いたようにカッツォを見た。


「ぜひ飲み交わしましょう」


「喉の滑りを良くする程度に」


 ウィルマートンがカッツォとコーレリアを見て順に頷く。


「あなた方……ハンドレッド殿下はどこまでご存じでしょうか。十年前、カルラ様が亡くなられたことについて」


「ご病気とうかがっておりますが……」


 コーレリアが答える。

 カッツォは悩んだ。だが、今ここで聞かなければ、カッツォがこんなことを聞ける機会は二度とないだろう。


「病気のせいで、塔から落ちて亡くなった……そう言ってました」

 

 思い切って答えると、コーレリアがカッツォの方を向き、眉をひそめた。

 ウィルマートンは重く息を吐く。


「幼い殿下にそこまでしか伝えられていないのは、レニサロス王の最後の良心ですね」


「……違うってことですか?」


「カルラ様は……ご自身でお命を絶たれたと。グライス家には、そう伝えられたそうです」


 カッツォは思わずウィルマートンを見返した。

 

「自……そん……え、なんで、ですか?」


「さあ……私には、とても信じられません。あの方は、……歳を取ったって生気を捧げたりするもんですか。と、仰っていたぐらいですのに……」


 ウィルマートンは喉をつまらせる。

 

「私はその頃カルラ様と、五年ほどお会いしていませんでした。カルラ様がウィストリアにいらっしゃらないので、きっと他でお忙しいのだと、ここは私に任されているのだと張り切っていたのです。しかし、ご出産とご病気のお噂が聞こえてきました。お祝いを(したた)めた手紙のお返事には、ハンドレッド様と静かに過ごされていると、そう書かれておりましたのに……」


「……それで、ウィルマートンさんはドレのこと、すぐに気付いたんですね。いるってことをちゃんと知ってたから……」

 

「あんなにそっくりなお顔立ちとは知りませんでしたが。……そっくり同じというのは、カルラ様のご幼少の頃にです。グライス領の者でなければ、一目でわかるということはないでしょう。……殿下が王子という身分を隠しておられても、ご心配いりません」


「では……グライス領の、謀叛と言われている事件は……王妃の亡くなられ方と関係があったのですか?」


 コーレリアが聞きにくそうにしながらも、話を切り出した。どうしても、今その話を聞いておかなければならないとでも言うように。


(むほん……?)


「……」

 

 ウィルマートンの表情が冷たく固まり、空気が張り詰めた。

 コーレリアが聞いたことがわからなかったが、質問など、とてもできそうにない。

  

(……待てよ、聞いたことはある……悪いことだったはずだ。確か、シェラーゼの酒……)


 合言葉を教わった時――まだ商人見習いを始めたばかりの頃の話だ。そういうことを話していた。「むほんって?」と聞いたカッツォに、コルツは答えた。

「王家に楯突くこと……反乱さ」。

 

(反乱……そうか、グライス領って、西にあった通貨の……!)


 通貨の流通が乱れたのは、西で起きた反乱が原因だ。

 大人たちがよく嘆く。通貨鋳造(ちゅうぞう)を担っていた一族が反乱を起こしたために、今までの市場が崩れ、庶民に通貨が回らないような世の中になった、と。

 

(でも、カルラ王妃の出身はグライス領って、おかしいだろ。だって、それじゃ……)


 それは同時に、アルフレッド王子が英雄と呼ばれるようになった事件のはずだ。

 

「……私はここにおりましたため、関与しておりません。ですから、ここにいるのです。学者仲間が私の潔白と研究所の必要性を訴えてくれたおかげで。ですから……多くの者が粛清されたという報せにも。レニサロス王の命で兵士が大学を壊しても……ただ、見ているだけ……」


 ウィルマートンの体が屈み、声が低く震え出す。

 しかし、やがて大きく息を吸った。


「ハンドレッド殿下が訪ねてきてくださり、こんなに嬉しいことはありません。殿下ならば、カルラ様のご意志を継いでくださる……そう確信しております」


 背筋を伸ばし、柔らかい物言いに戻る。


「それは……」


 そんなことを言われたらドレが怒ってしまうような気がして、カッツォはウィルマートンを止めなければならないと思った。しかし、コーレリアが先に尋ねる。

 

「殿下がカルラ王妃によく似ていらっしゃるからですか?」


 するとウィルマートンは、二人に向かって微笑んだ。


「いいえ。ご同行の皆様を拝見しての愚考にございます」


 

 

 朝、カッツォが部屋を出ると、下から賑やかな声がした。町民たちが来て、朝食の準備をしているようだ。


「カッツォ君、おはよう!」


 ミザリーは町民に混ざって食料を運んでいる。


「おはよう、ミザリー。手伝うのかい?」


「うん。レフィルにパンの焼き方を教えてもらうんだよ。イヴェットもシュロが食べられるパンを作るって」


「イヴェットも? でも他の人には見えないんだろ」

 

「認識されなくなる魔法って、見えてはいるんだって。イヴェットとシュロがいるのを当たり前にしてるって言ってたよ」

 

「馬車に積むパンも作るね」と、ミザリーは調理場に向かった。

 

 厩舎に行くと、コーレリアがペルシュとタランに乾草を食べさせている。


「三日経っても手がかりが見つからなければ、戻るしかありませんね」


「でも、戻ってどうするんですか?」


「ミザリーはそんなに心配していませんでしたよ。ここで出来ることをすれば良いと言っていました。ケンシーとストラヴィルのことはわかったそうなので、何とかできるのかもしれません。箱探しと訓練を続けましょう。何かわかれば移動するかもしれませんから、先に訓練をしましょうか」 


 コーレリアが教えてくれているのは、野盗に襲われた時の逃げ方だ。深傷を負わずに、一撃目をかわす。それが出来たら、全力で逃げる。


「自分から戦おうとはしないでくださいね。十日足らずの訓練では、戦い方を身に付けるところまではいきません。生き延びる確率を上げるための訓練です」


 それなら自分にも必要だと、素直に受けられる。


(訓練の時間があると、一回考えるのを忘れられて助かるな……)


 コーレリアと別れ、井戸で服を洗っていると、体を動かしている時には忘れていた考え事が戻ってくる。

 昨日聞いた話をどうしたらいいのか、カッツォは困っていた。ドレのためにと聞いたけれど、とても話せるようなことじゃない。急に話が大きくなりすぎて、何がどう繋がっているのかわからなくなってきた。


(そういや、ドレはどこにいるんだろう?)


 もしかしたら、もう本物の箱について調べているかもしれない。真面目に探していないみたいで悪いことをしたなと思いつつ、研究所へ向かった。

 扉は鍵が開いている。中に入ったが、ドレはいなかった。


(ウィルマートンさんも見てないんだよな……)


 別の場所を探そうと玄関の方へ戻ると、二階の方から微かに声が聞こえた。階段を上がって廊下に出る。最奥の部屋に、ウィルマートンが立っている。


「どうしたんですか?」


 上を見上げて動かないウィルマートンに声をかけた。


「カッツォ様。殿下が……」

 

「カッツォ? 少し待っていてください」


 上からコーレリアの声がしたかと思うと、足が下へ伸びてくる。


「ウィルマートン様が仰る通り、体に異常はありません。そうですね、おそらくは、いつもの……殿下はとても寝起きが悪いので、起こすのには大変な苦労がいるんです。カッツォに様子を見てもらいましょう。慣れていますので」


 コーレリアがカッツォに目配せをする。


(ドレはまだ起きてない?)


 カッツォは梯子に手をかける。


「殿下から頼まれていたことがあるのですが、ご教示いただけますか? 箱についてなのですが……」


 コーレリアは、ウィルマートンを部屋から連れ出そうとしているようだった。しかしその言葉はまるで、自分が箱を探しておくから、とカッツォに言っているように聞こえる。


 カッツォは急いで梯子を上がった。

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