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セレニアの物語  作者: さなか
第4章 第1幕 否定された存在

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12 大嘘つきの物語

“イグニーズはある時、銀色の箱を手に入れました。

 古い箱で、昔の英雄が使ったものにそっくりでした。

 それを見てイグニーズは思いつきました。

 

「これを使って王子を騙そう。そして褒美をもらうんだ!」

 

 イグニーズは王子に手紙を書きました。

「王子に精霊を献上致します」


 王位を望んでいた王子は、精霊をもらえると聞いて大喜び。昔の英雄たちはみんな精霊の力を使いました。精霊を持っていれば、弟ではなく王子が王に相応しいとみんなが認めるでしょう。

 たくさんの人を集めて、イグニーズを呼びました。


 イグニーズは自信満々にその箱を持ってきました。

「この箱の中に入っているのは、愛の精霊です。箱は愛を持つものが触れると開きます」

 

 王子は箱に触れてみました。もちろん、箱は開きません。

「誰か愛を持つ者は?」

 何人かが前に出て、箱を開けようとしました。しかし、箱はびくともしません。

 王子も人々も、大喜びの大笑い。

「それで、この箱は開けられない者を笑い物にするだけか?」

 箱で遊ぶのに飽きた王子は、冷たくイグニーズに言いました。

 

「中に精霊がいるんですよ。精霊を持っている王子なら、みんな王様と認めます」

「開けて中を証明しなければ信じないだろう」

「これが高名な学者の証明書です」

「素晴らしい。これが本物だということをよく調べるのだ」

 

 王子の命令で、学者たちが箱を調べました。証明書は本物なのか。書かれている通りの箱なのか。


 そして学者の一人が言いました。

「王子様、これは偽物です。ここだけ、証明書に書かれている模様と違います」

 

「そんなはずはない! 誰かが俺を騙したんだ!」


 イグニーズが騒ぐので、王子は兵士を呼び、大斧で箱を叩き割らせました。

 すると、中は空っぽで、精霊はいませんでした。

 大嘘つきのイグニーズは、兵士に連れて行かれました。

 箱を叩き割った兵士は王子に褒美をもらい、愛し合っていた貴族の娘と結婚することができました。“


「……おしまい!」


 読み上げたミザリーが本を閉じる。その足元で、退屈そうに伏せているシュロが欠伸を一つした。

 

「イグニーズって悪い人なのに、なんだかかわいそう」

 

「なぜ兵士に褒美を与えるんでしょうか。箱の真偽を見抜いたのは学者では?」

  

「寓話ではなく事実だというのか? イグニーズの箱が偽物……?」


 ドレは焦ったように、【オーネット家使用人の手記】を手に取った。

 

「……さっき、資料が四つあるって言いましたよね。もう一つって……」


 カッツォは机のそばに立っているウィルマートンを見上げる。思いがけずしっかりと目が合ってしまった。


「イグニーズを騙した人が、本物の箱を持ってるんだね」


 ミザリーはドレの横に行って、開いている本を覗き込む。


「ドレ君、それは何が書いてあるの?」


「日々に起こったことが書かれている。エディメルの病……治療する精霊……」


 コーレリアは【大嘘つきのイグニーズ】を読み直している。挿絵が描かれているのをイヴェットに見せているのだろう。

 その様子をウィルマートンが見つめている。


(イヴェットがいるのがわからないなら、子どもの本を読んで微笑むコーレリアさんしか見えてないってことか……)

 

「……ウィルマートンさん?」


 カッツォは、なんとなくコーレリアに気を遣ってウィルマートンに声をかけた。


「ああ、失礼……。四つめの資料でしたね。ご用意して参りますので、お待ち下さい」


「俺も手伝いに行っていいですか?」

 

「……お願いしましょう」


 ウィルマートンは玄関へ戻り、脇の階段を上がる。中央がすり減った木の踏み板は軋むが、ところどころ新しい。


「俺は、カッツォ・エサムといいます。挨拶をしていなかったので」


「わざわざご挨拶のためにこられたんですか? ありがとうございます、カッツォ様」


「俺はただの商人見習いです。様なんていりませんよ」


「殿下に信頼されている商人見習いは、ただの商人見習いではありません。エサム家というと……失礼、どちらの商人家系でしょう」


「あー……すいません。良い生まれでもないのに、家名まで名乗ったりして。孤児なんですけど、名前は覚えてたんで」


 ウィルマートンが、ドレの周りにいる自分たちを気にしているのはわかっていた。特に王子の隣に相応しくない、カッツォのことを見ていたのも。

 しかし、ウィルマートンは納得したように一人で頷く。


「ああ、そうでしたか。カルラ様はそういう方でした……。では、殿下とご一緒にお育ちになられたも同然の仲、というわけですね」


 と、目頭を抑えた。


「なんでそうなるんですか」


「何でと申されましても……カルラ様は孤児や捨て子の問題には、特にお力を入れて取り組まれていらっしゃいましたから。城下の子どもたちとハンドレッド殿下を分け隔てなく……そんなお姿が、この脳裏にはっきりと浮かびます」


「違う」と言いかけたが、ウィルマートンが鍵を開けた部屋に入るよう促されてしまう。部屋には雑多に物が置かれていた。隅の台の上には、白い布のかかった物があった。

 カッツォはウィルマートンに言われ、その台を部屋の真ん中へ出すのを手伝った。

 ウィルマートンは手袋を嵌め、慎重に白い布を剥がした。


「これは……」



▪︎



「レラっていう女の人、革帯の記憶で見たよね」


 横にいるミザリーの言葉に、ハンドレッドは答えない。

 

「……」


「ドレお兄ちゃん、ずっと黙ったままだね」


 ハンドレッドは【オーネット家使用人の手記】を読みながら、眉間に皺を寄せたり、何度か首を傾げたりしている。

 

「何が書いてあるんですか?」


「レラはね、病気の人に生気を分けるために育てられたんだ。でも、ローレンスの本を読んで、ファムリアに行ってみたくなったんだって」


「古典がお好きなんですね」


王都(エッカーニア)で劇を見たかな。もっと遠くまで行ったかもしれないね」


 ハンドレッドには、そんなやりとりも聞こえていない。

 

(他人の生活記録……余計な話が多いな。箱はいつ出てくるんだ?)


 そう思って流し読んでいたはずが、いつの間にか目が離せなくなっている。

 オーネット家に捉われていた使用人が、愛や感情を勉強し、外の世界へ憧れ――それを、罪と呼ぶ。


「あ、箱の話!」


 頁をめくろうとするハンドレッドの手を、ミザリーの手が押さえる。もう一方の手が肩を掴み、身を乗り出す。すぐ横で揺れた赤い髪がハンドレッドの頬をくすぐる。

 触れたい、触れられない、という文字を読んでいたところだったハンドレッドの心臓が飛び跳ねる。


「……っ」


 ハンドレッドは苛々して、ミザリーの手を振り払った。

 その時どたどたと、階段を駆け下りてくる音がした。


「ドレ! こっち……こっちだ!」


 手すりから自分を呼ぶ、いつになく慌てた様子のカッツォに、ハンドレッドは驚いて立ち上がる。本をミザリーに押し付けて、カッツォの元へ走った。

 

「ミザリーたちも!」


 カッツォはハンドレッドに階段を上がらせると、その後をついてきた。


「どうしたんだ。何かあったのか」


 危険があったわけではないらしいとわかり、安堵する。だが、カッツォが落ち着きなく急かす。

 

「あったんだよ、箱が!」


「え?」


 ハンドレッドが廊下に上がると、ウィルマートンが待っていた。ハンドレッドとカッツォの様子を微笑ましそうに眺め、手で扉の開いた部屋を示す。厚いカーテンは閉め切られ、暗い部屋の中、台の上にそれは置かれていた。

 

 ハンドレッドは戸口で立ち止まり、ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。目の前にあるものが何なのか戸惑いながら、近づいていく。


「お手は触れないようにお願いいたします」


 ウィルマートンが静かに告げる。


 それは、もはや箱の形をしていなかった。

 上面の蓋は叩き割られ、木材の乾いた裂け目が晒されている。

 表面を覆っていた銀板は歪み、ところどころ剥がれ落ちている。残された銀は踏み曲げられ、裂け、薄く捲れ上がっていた。

 

「イグニーズの箱……!」


 箱には、叩き壊された時の荒々しい力が、そのまま刻まれているようだった。


「なんだか、怖いね」


「人間は、物が正しい状態をしていないってだけで恐怖を感じるんだね」


「そっか。犬は、匂いでわかるもんね」


「……わん」


 シュロとイヴェットは部屋を出て行く。二階を探検することにしたようだ。


「この箱は、地下の隠し部屋で発見されたのです。記録には、銀を持ち去ろうとした者たちが大勢いて回収に苦労したとあります」


「……くだらない話だ」


 ハンドレッドは壊された箱を見つめ、呟いた。


(しかし、行き詰まってしまったな。私たちも誰かに騙されたような気分だ)


 カッツォが歩いてきて、ドレの隣に立つ。

 

「これでわかるな、誰がやったか」


「え?」


 ハンドレッドは一瞬、意味がわからずカッツォを見返した。カッツォは「あれ?」という顔をする。


「偽物だけど、こいつは本物だろ? 作った奴のことを知ってると思ったんだけど……」


「その通りだ」


 ハンドレッドは驚いて、箱を見つめ直した。


(壊された末路にばかり気を取られてしまったな……)


 アンズィルの瞳を取り出そうとすると、カッツォがハンドレッドの手を止める。ミザリーとコーレリアを手招きし、小声で言った。


「これはさ、使ってるところを見られない方がいいんじゃないかな。過去が見れるなんて価値がありすぎるよ」


「そうか、学者の目になど触れたら……」


「うん。返してもらえなくなったら困るね!」


「では私が気を引いておきましょう。彼と話したいと思っていたところです」


 コーレリアはハンドレッドたちからウィルマートンの視線が逸れるよう、廊下へ向かう。

 

「ウィルマートン様、この箱はいつからこちらにあったのですか?」


「この研究所のある部屋に置かれていたのです。つまり、レイドンが回収していたということですね」


 二人の会話を背中に聞きながら、三人はハンドレッドの手のひらに置かれたアンズィルの瞳を見つめる。



⚫︎


 

 見覚えのある男――レイドンだ。

 壊れた箱は、今とほとんど変わらない姿でそこにある。

 狭くて暗い部屋で椅子に腰掛けている。


 反対側には、外套のフードを深く被った男が座っている。

 

「なんで俺を助けた?」


 フードの影から低くくぐもった声がした。


「友人がバカなことをした理由を知ってしまってね」


 レイドンはため息をつく。

   

「どうして君は自分で箱を開けてみようとしなかったんだ? 千年を誓うほどの愛なら……」


「開けてどうすんだよ。ケンシーが出てきちまうだろ。サンドロス王子なら、絶対に箱をぶっ壊すと思ってた。本物なら壊れねぇだろ? 知らないけどよ」


「……そんな、根拠もない状態であんなことを? 信じられないな」


「大昔に人をぶん殴って殺した箱なのに、傷一つなかったからな。……それより俺は、箱が開かなかったあの時に目の前にいたはずのお前が、偽物であることに気づかないなんて、そんなことはあるわけねぇと思っていたんだよ」


「あの時……。僕は、領主様たちが喜ぶのを見て……開かなくて良かったと、そう思ってしまったんだ。開かない理由を考える思考を後回しにした」


「エディメルと一緒に、お前も人間に留まったというわけだ」


 声に乾いた笑いを含ませながら、男がフードを取った。髪も髭も整えられていない薄汚れた顔で、笑みは浮かんでいなかった。

 

「さっきのは嘘だ。本当は……試したよ。屋敷から十分離れたところで」


「なんだって?」


「ケンシーは話ができる。もし開いたら事情を説明して協力してもらおうと考えた。……愛を理由に」


「じゃあ君は……何のためにあんなことをしたんだ? それでも本物だと信じてたってことは、自分の愛を疑ったんだろ?」

 

 フードの男が、頭を掻いた。


「俺の愛が本物なら、彼女を連れて逃げてたさ。結局、俺は……家を見返したかっただけだったんだよ」


「レラの居場所を聞かないのか?」


「……自由になったんだろ、逃してやろうぜ。せっかく、俺に捕まらずに済んだんだからな。でもレイドン、お前は一つ勘違いしているぜ。……あれは、ただの流行りの求婚方法ってやつだ」



⚫︎



 三人の意識が戻り、ぱちぱちと目を瞬かせる。

 

「……今のって……イグニーズ?」


「そうだろう、おそらく」


「今見えた記憶の中に、本物の手がかりはなかったなあ」


 三人は頭を悩ませる。


『君たち、意識が散っていたんだよ』


 頭の中に、シュロの声が響いた。


『特にドレさ。壊れた箱とイグニーズのことを考えてたろ。目的があるんなら、繋ぎたい記憶を意識しなきゃだめだよ』


「……なら、もう一度見よう」

 

 幸い、コーレリアとウィルマートンの話は弾んでいるようだ。会話に意識を引きずられないよう、ハンドレッドは強く考える。


(偽物の箱を誰が作ったか……。本物の箱の在処の手がかりを見せてくれ……)

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