↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御囲部屋の子どもたち  作者: たびー
恩の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/53

糸穂の章 28

「そろそろ離れてはどうだ」

 黒羽織の声に、糸穂はようやく顔を上げた。すぐ間近にアオの顔があった。さっきまでアオの胸で泣いていたのに、糸穂は急に恥ずかしくなってアオから離れた。

 泣きすぎて、きっと顔は人様に見せられないことになっていると思えば、恥ずかしくてまた袖で顔を隠したくなる。

「猿、隠れていないでこれを」

 黒羽織は懐から手巾を取り出して、柱のほうへ腕を伸ばした。

「感動の再会じゃないか。もう少し物陰から見ていたいってもんだろ」

「ただの覗き見だろうが」

 猿は舌を出して、じぶんでひたいをピシャリと打つと、黒羽織から受け取った手巾を糸穂へ渡した。

 思わず、礼を言いそうになるのを、糸穂はぐっとこらえた。顔を拭いてアオを見ると、アオは糸穂を愛しげに見ている。

「男前に仕上がっただろう?」

 糸穂は急激に頬が熱くなるのを感じた。たしかに、アオは美しい顔立ちをしていた。

 秀でたひたい、切れ長で涼しげな両目、通った鼻筋に、かすかに紅い唇。

 糸穂はアオの頬にそっとふれてみた。アオは触れても以前のような儚さはなく、皮膚の下の体温が感じられた。

「あ、あ……」

 アオが声をあげた。まるで春先に聞く白鳥の鳴き声のように、姿に似合わぬ声だ。

「体を優先させたら、声が追いつかなくて。まだあまり話すことができないんだ」

 猿はアオの体について教えてくれた。

「でも、嬢ちゃんは名前を呼ばれたら、迂闊に返事をしちまうだろうから、逆によかったかな」

 猿は腕組みして笑った。黒羽織は飽き飽きといったようすで座っている。

「もういいだろう。とりあえず話を聞いていけ。手ぶらでは帰れないだろうが」

 糸穂はうなずいて、居住まいを正した。

「これは、すぐ起きることではない。まだ少し先のことだ」

 黒羽織は前置きをして話し出した。

「金(きん)を買え。現金はだめだ。紙くずになるだろう。そう伝えよ」

 糸穂は手をつき、頭を下げた。

「それから、部屋に供える酒は、もっといいものにしてくれよな。こないだのは、ひどかったじゃないか」

 猿が、不満げに言う。しまり屋の海城が指示したのだろう。前回の法要のときよりも、格下の酒を供えたらしい。

 それにもまた、糸穂は頭を下げた。

 勤めは終わった。もう帰らなければならない。けれど、糸穂はアオと離れがたかった。せっかく形をととのえたアオと、いつまでも寄り添っていたかった。

「今日は帰りな。なに、アオならいつでも会える。もう大丈夫なんだ」

 猿に促されて、糸穂はしぶしぶと立ち上がった。アオも同じく立ち上がると、糸穂の手を取った。

「送ってくれるようだ、よかったな嬢ちゃん」

 糸穂の頬がじんわりと熱くなった。アオと目線を合わす。アオは、切れ長の目をゆっくりと細めて、糸穂を見つめた。

 身に余るほどの幸せを感じつつ、糸穂とアオは手をつないで帰った。アオの手は少し冷たく、なめらかだった。そして変わらず、花の香りがした。

 板襖のところまでくると、アオは糸穂をいちど抱きしめた。糸穂は心臓が口から飛び出るかと思った。それでも、アオの衣ごしに、アオの体温を感じられてほっとした。たしかに、アオは体を持ったのだ。

 糸穂は、居室へ戻ると板襖のまえにしゃがみ込んだ。

「どうしたんだい、急に泣き出して」

 トキが糸穂に声をかける。

 糸穂の頬を、幾筋もの涙が滑り落ちた。

 たった今別れたばかりなのに、もうアオに会いたい。見えないこちらがわよりも、御囲部屋のほうがいい。

 糸穂は黒羽織から渡された手巾で涙を拭いた。

「泣くのはおよし、糸穂、いい知らせだよ」

 糸穂は嗚咽を漏らしながら、なんとか涙を止めようとした。トキの筋張った手が糸穂の手を掴んで握った。

「縁談がきたんだよ、糸穂。こないだの法要のときに、来ていた酒屋の若旦那様だ。見染められたんだよ」

 頭を重いもので殴られたような衝撃が糸穂を襲った。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。