糸穂の章 16
アオが繭になってしまってから、糸穂は決めたことがあった。
編み物がうまくなること。縫物もできるよう練習すること。そして、アオの服を作って待つということ。
十二月、糸穂とトキは表座敷で編み物をしている。居室には窓がなく、炭で暖を取ることはできない。冬場は、御囲部屋に入るときと、寝るとき以外は表にいることが多いのだ。
「編み物、ずいぶん手際がよくなってきたね」
トキは糸穂が編んでいる肩掛けを手に取り、編み目を確かめているようだった。一番最初に編み上げた襟巻より、よほどうまく作れている気がする。
「模様もきれいに出来ているよ」
糸穂はうなずいて見せた。
「糸穂、予測が外れたのをあまり気に病むんじゃないよ」
あまりに糸穂の口数が少なくなっているのを気にしたのか、トキが話しかけてきた。糸穂は手を止めてトキのほうを見た。
「わたしだって、外したことがあるよ。あやかしたちは、親切なわけじゃないからさ」
「トキは意地悪された?」
「ほとんどが意地悪でしたよ。十個言われて持ち帰れば、当たるのはせいぜいが二つか三つ。それもたいした儲け話じゃないときた」
糸穂は唇を引き結んだ。トキは、目が見えづらくならなかっただろうか。
「トキ、部屋の中で目が見えなくなったりした」
「そんなこと、なかったよ」
何をあたりまえな、とトキは続けた。トキにしたら、糸穂の目が不自由なのは明白なことで、まさか御囲部屋の中では目が見えているなどと思わないのだ。
糸穂は会話を切り上げ、また編み始めた。指先に意識を集中させれば、御囲部屋でのいやな出来事を忘れられる。
九月の予測が外れてから、半月に一度くらいは部屋に入っていたが、猿の姿を見かけない。
そのため黒羽織と二人きりで、対峙しなければならず、糸穂は緊張のあまり部屋から戻ってくると疲れ果てて、半日は布団で過ごすことになる。
年の暮れ。
黒羽織は、予測をあまり教えてはくれなかった。
「糸穂、アオが繭の中でどうなっているか分かるか」
最近の黒羽織は、糸穂の目には始終靄がかかったようにしか見えなかった。そのくせ、時々目が鋭く光る。
「繭のなかで、からだがどろどろに溶ける。溶けてからだをいちから作っていくんだ」
糸穂は溶けていくアオを想像して身震いがした。怯える糸穂の表情を見逃さなかったのだろう。黒羽織は畳み掛けるように続けた。
「おまえのことを忘れないでおれば、いいがな。なんせ、からだを作り直すんだ。失敗もあるだろう。繭からでたなら、全く違うものになっていたりしてな」
黒羽織は正座した糸穂の回りを、ゆっくり歩きながらアオのことをことさら悲観的に話す。
糸穂は泣くのを我慢して、目に力を入れた。少しでも緩めたら、止めどなく涙が流れそうだ。
でも、泣いたら黒羽織の思うつぼだ。糸穂はこらえた。アオはきっと戻ってくる。顔なんてどうでもいい。また、糸穂が作った不恰好な襟巻きをして自分に会いに来るのだ。
「それから……」
「それくらいにしときなよ」
黒羽織の言葉を遮って耳馴染みな声がしたかと思うと、天井からひらりと飛び降りてくるものがあった。
猿だった。数ヶ月ぶりに見る猿は、疲れたとでも言うように肩と首を回した。
「あんまり嬢ちゃんを、脅すんじゃねえよ。嬢ちゃん泣きそうじゃねえか」
糸穂はあわてて首を横にふった。
「猿、おまえ今まで何処へ行っておった!」
「へへ、野暮用ってやつさ」
いつものように猿は扇を取り出して広げた。
「アオがいなくなって、がっかりしている嬢ちゃんに、年が明けたらいいものが届くぜ」
糸穂は、きょとんとして猿を見た。わずかに靄をまといながら、猿はひとさし舞を舞った。




