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御囲部屋の子どもたち  作者: たびー
恩の章

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糸穂の章 11

 糸穂が襟巻を完成させたのは、翌年の冬だった。

「糸穂、それを巻いていくのかい」

「……だって、御囲部屋の中は寒いし」

 嘘だった。御囲部屋は暑くもなく寒くもない空間だった。けれど、嘘でもつかなければ襟巻を持ち込みなどできない。

「そうかい」

 トキの不承不承といった声がすると、いつもどおり糸穂の口に猿ぐつわをかませた。幸いなことに、手はもう縛られることがなくなった。

 糸穂はトキが板襖を開ける気配を感じた。一瞬、御囲部屋からの風を頬に受ける。花の香りがする。アオが待っているのだ。

 襖が開き部屋に足を踏み入れると、糸穂の目の霧が晴れる。逸る気持ちをおさえ、糸穂は走り出す。

 無数の明かりが釣り下がるいつもの場所まで来ると、すらりとしたアオの姿がある。糸穂は立ち止まると、呼吸が整うのを待つことなく首から襟巻きをはずすとアオを見上げた。

 アオに身振りてぶりで座るようお願いをした。アオが片ひざをつくと、糸穂の背よりもいくぶん低くなる。糸穂は襟巻きをアオの首にくるりと巻いた。

 驚いたようにアオは首もとにふれた。白い襟巻きは、水色のアオの着物に似合っていた。

 一年かけて編んだマフラーは、見える場所で確かめると、正直残念な出来映えだった。編み目は不揃いだし、目を飛ばして編んでいる箇所もあった。表面がでこぼこしていて、お世辞にも上手とはいえない。糸穂は急に恥ずかしくなって、アオから襟巻きをはずそうとしたが、立ち上がったアオの首にはつま先立ちをしても届かない。

 とうのアオは気に入ったようで、襟巻きを撫でたり、頬にあてたりしている。

 そのうち疲れて座りこんだ糸穂の頭に、アオは手をかざした。

 すると、糸穂の頭上でふわりと花の香りがした。糸穂が見上げると、アオの手には花で編まれた首飾りが現れていた。

 アオは糸穂の首に花輪をかけてくれた。

 ――あ……これ、おそろいってことなのかな。

 糸穂は桃色や白や黄色の愛らしい花ばなで編まれた首飾りにふれて、アオを見ると頬が熱くなった。

「そろそろ、おれの話を聞かぬか?」

 頭上の明かりが一瞬音を立てて消えて点いた。

 あわてて振り向くと、苦虫を噛み潰したような顔をした黒羽織がいた。

 焦り糸穂は黒羽織の前に正座した。アオはいつものように、糸穂の後ろに座る。

「つとめを忘れるな、糸穂よ」

 糸穂の頬からは血の気が引き、額が床につくほど黒羽織に頭を下げた。

 黒羽織の機嫌を損ねたなら、一大事なのにあまりに浮き足だっていたことを糸穂は悔いた。

「妬くな、妬くな黒」

 小さな風が巻き起こり、軽い音と共に三ツ目の猿が現れた。

「糸穂、黒はおまえさんたちが羨ましいだけだ」

「誰が羨ましいなどと!」

 黒羽織がいきり立ち、猿に手を出そうとしたが、猿はひらりと黒羽織の手をかいくぐった。

「黒、見習え。次の機会が来たら、女子には優しくするんだな」

「見習え? 見習うものか。次などないわ!」

 猿は踊るように逃げ、黒羽織は躍起になって追いかけ回す。二人の騒乱を糸穂は目を丸くして見ていた。

 じき黒羽織は、息を荒くして膝をついた。

「ば、ばからしい。おまえになど、付き合っておれん」

 そう言ってから、糸穂の顔を睨み、「おまえらになど」とわざわざ言い直すと、姿を消した。

「ヘソを曲げたな」

 猿は腰から畳んだ扇を取ると、左手に打ち付けて音を鳴らした。

「今回はこれまでだな」

 猿は糸穂に値上がりする株の銘柄をひとつだけ伝えた。

「はやく帰りな、名残惜しいだろうが」

 猿とアオは糸穂を出口まで見送った。板襖に手をかける。

 異界の明かりが遠ざかり、電灯の明かりに変わる。首の花輪は消えた。香りだけを残して。

 名残惜しい……糸穂はひとつ、言葉の意味を知った。

  

 

 

 

 


 

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