第90話 理解への一歩
夜。
王都の訓練場には、まだ明かりが残っていた。
カインに指摘を受けた後も、誰一人としてすぐに眠る気にはなれなかった。
それぞれが、それぞれの力と向き合っていた。
◇
シアは一人、訓練場の隅に座っていた。
手には紙とペン。
目の前には描きかけの魔法陣。
「……」
カインの言葉が頭から離れない。
結果が先にある。
魔法陣が後から現れる。
そんな魔法の使い方はあり得ない。
そう言われた。
「結果が先……」
呟く。
そして思い出す。
初めて蝶に触れた日。
何も分からないまま放った全属性魔法。
あの時、自分は何をしていた?
さらに思い出す。
ゴルグとの戦い。
ミギドとの戦い。
あの時だけ現れた魔法陣。
普通の魔法陣ではない。
幾重にも重なった箱のような立体構造。
「……」
無意識に紙へ描いていく。
だが途中で止まった。
思い出せない。
形は覚えている。
けれど意味が分からない。
「ゴルグさん……」
ふと昔の修行を思い出した。
『作るものに意味を持たせろ』
『なんのために作る』
『誰のために作る』
『どう使われる』
『そこまで考えろ』
当時は鍛冶の話だと思っていた。
剣を作る。
盾を作る。
武器を作る。
そういう話だと。
だが今なら少しだけ分かる気がした。
「……意味」
ゴルグとの戦い。
勇者の剣。
ミギドとの戦い。
あの箱型の魔法陣。
必要だったから現れた。
そう考えると辻褄が合う。
「でも……」
答えには辿り着かない。
ただ一つだけ。
あれは偶然じゃない。
それだけは分かった。
シアは紙へ描かれた不完全な立体魔法陣を見つめた。
「……あの魔法陣は、なんだったんだろう」
誰にも聞こえない呟きが夜に消えた。
◇
訓練場の中央。
カグヤは黙って的を見つめていた。
消滅。
自分の力。
理解しろ。
自らの手足として考えろ。
カインの言葉が頭を巡る。
「理解、か……」
「難しい顔してんな」
振り返る。
そこにはデントがいた。
肩に大盾を担いでいる。
「眠らないんですか?」
「年寄りは寝付きが悪いんだよ」
デントが笑う。
そして隣へ立った。
少しだけ沈黙。
やがてカグヤが口を開く。
「怖いんです」
デントは驚かなかった。
「消滅が?」
「はい」
視線は的のまま。
「どこまで消えるのか分からない」
「どれだけ出るのか分からない」
「だから怖い」
デントは腕を組んだ。
「なら理解しないとな」
「……理解」
「理解しないから怯えるんだ」
静かな声だった。
「怖いってのは悪いことじゃねぇ」
「でもな」
「分からねぇままじゃ一生怖いままだ」
カグヤは黙って聞く。
「だから知れ」
「お前の力を」
「何ができて、何ができねぇのか」
デントは肩を叩く。
「それが第一歩だ」
そう言い残して去っていく。
カグヤは一人残された。
「……知る」
自分の力。
消滅。
それは魔法じゃない。
だから今まで直接放っていた。
だが。
「もし……」
魔法陣を使ったら?
ふとそんな考えが浮かぶ。
普通なら意味がない。
むしろ消滅で壊れるかもしれない。
だが。
ものは試しだ。
カグヤは目を閉じる。
思い出す。
エリスが使っていた火球魔法。
単純な構造。
展開。
空中に魔法陣が浮かぶ。
「……」
そこへ消滅の力を流した。
次の瞬間。
轟音。
巨大な火球が生まれた。
豪炎が夜空を染める。
一直線に飛翔。
的へ着弾。
爆発。
燃え盛る炎。
そして。
炎が消えた後には何も残っていなかった。
灰だけが舞っている。
「……え?」
カグヤは目を見開いた。
魔法陣は壊れていない。
消滅も消えていない。
むしろ。
普通に放つより遥かに扱いやすかった。
「なんだ……これ」
初めてだった。
自分の力が少しだけ理解できた気がした。
◇
その様子を離れた場所から見ていた人物がいた。
ユキだった。
「……」
カグヤが何かを掴んだ。
そんな気がした。
カグヤは魔法陣へ力を流していた。
だが。
ユキの目には別のものが見えていた。
「……あれ?」
違和感。
確かに力は流れている。
けれど。
全部じゃない。
魔法陣へ流れ込む力。
その一部が弾かれているように見えた。
「六割くらい……?」
完全に通っているわけではない。
十流したうち。
四しか使われていない。
そんな感覚。
それでもあれだけの威力。
もし全部流れたら?
「……」
そこでふと考える。
自分はどうだろう。
氷柱。
氷魔法。
空間凍結。
全部当たり前のように使っていた。
けれど。
本当に全部通っているのだろうか。
「私も……」
小さく呟く。
「同じなのかな……」
夜風が吹く。
答えはまだ出ない。
だが確かに。
ユキもまた、自分の力へ疑問を抱き始めていた。
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