血濡れた悪意
「とは言ったものの、この迷路みたいな裏路地から携帯一つ見つけ出すのは骨が折れるな」
俺は今ディノンと出会った路地に来ている。依頼として携帯捜しを引き受けたのでここに戻ってきたというわけだ。
とりあえず例の取引場所まで行ってみるか。逃げてる途中で落としたらしいしまずはその辺りから探していくのが賢明だろう。もし連中がこの辺りをまだ探しているかもしれないが、そのときは適当にボコしてから話を聞くとしよう。むこうもこっちを狙っているだろうから加減する必要はないだろうし。
『アルト、聞こえる?今その辺りのマップデータ送ったから確認しといて』
捜索を始めようとしたとき、ここにいるはずのないレスカの声が聞こえた。声の出処は俺のすぐ隣を浮遊するドローンだ。これでこちらの様子をリアルタイムで観測することができる。
「りょーかい。にしても、いつ見ても思うけどこの路地広すぎるだろ。ここまで入り組ませる必要あったか?」
『すごいですねこれ。離れてるのにアルトさんの様子が見れるなんて』
レスカから送られたデータを確認しているとディノンの声も聞こえてきた。追手に見つかるわけにいかないならドローン越しにどの道を通ったのか教えてもらえばいい、とレスカが提案してきたので俺一人でここまで戻ってきたというわけだ。
「これでこっちの様子が見れるはずだ。だからディノンには覚えてる範囲だけでいいからどこを通って逃げたのか教えてもらいたいんだ」
「は、はい。頑張ります!」
◇
「ないな」
『ないわね』
『すいません…。お役に立てなくて」
あれから数十分、辺りを探し回ったがそれらしいものはまったく見つからなかった。
「まあこれだけ広くて入り組んでるんだ。最初から探せば見つかるなんて思ってないよ」
『え?じゃあどうしてここまで戻ってきたんですか?』
「落とした物を探しても見つからないってことは誰かが持ち去ったってことだ。なら誰が持って行ったのか、それを知ってるやつに聞けばいいんだよ。なあ、ストーカーさん?」
「……」
『い、いつの間に!?』
俺がそう呼びかけるとその男はあっさりと姿を現した。ここに来てからずっと視線を感じていた。じっとりと舐めまわすように、あるいは獲物を値踏みするかのような嫌な視線だ。
振り返っても姿はないのに薄気味悪い視線だけをずっと感じ続ける。これを耐え続けるのはなかなか精神的にきついものがあった。
「気持ち悪い視線浴びせてきやがって。狙いは俺の口封じってところか?」
「……ククッ。存外勘がいいんだな、気配は完璧に消したと思ったんだが」
「あれくらい見抜けなきゃ便利屋なんてやってられないんでね」
嘘だ。事前にレスカが探知してくれていなければ嫌な視線を感じる程度で終わっていただろう。だがそれを馬鹿正直に教えるつもりはない。むこうに気配を消すのは無駄だと思わせられれば十分だ。
「こんなことなら後をつけるなんて慣れないことはしなきゃよかったな。おかげで余計に時間をつかった……。まあいい、むしろ喜ぶべきだな。久しぶりに楽しめそうな相手を見つけたんだから……な!」
男はそう言うと懐から取り出した布に包まれた棒切れのような物を俺目掛けて振り下ろしてきた。受けるか?いややめておこう。一瞬の逡巡の後に即座に後方に飛び”それ”を避ける。
「……受けなくて正解だったな」
ついさっきまで俺が立っていた場所は、男の一撃でコンクリートが砕け、ぐしゃぐしゃになっていた。もしあれを避けずに受け止めていたらと思うと想像するだけで背筋が凍る。
「いいなあ、お前。いい、すごくいいぞ。ならこれはどうだ!」
目の前の男は再び棒切れを振りかぶる。たしかに一撃の威力は凄まじいがそれだけだ。あんな大振りの攻撃、意識外からの奇襲でもなければまず当たらない。
俺もさっきと同じようにまた”それ”を避けようと後方に飛ぶ。
その瞬間、男の口元がにやりと歪んだ。
「なあっ!?」
それに気づいた時にはすでに俺の身体には無数の切り傷がつけられていた。
「どうした、”剣が伸びる”のを見るのは初めてだったか?」
同じように避けたのになぜ今度は避けきれなかったのか。そもそもなぜ棒切れを振って切り傷がつくのか。
理由は単純だ。俺がただの棒切れだと思っていたそれが実は刃物で。
「まあ無理もないか。これを使った奴は皆死んだからなあ」
さらにその刃物が刀身が伸びる特殊な刀剣……いわゆる”蛇腹剣”だったというだけのことだ。
「まさか蛇腹剣なんてものを使うやつがいるとはな……。予想してなかったよ」
「俺にこいつを使わせたこと、誇っていいぞ。なにせ最後に使ったのは軍の連中を襲ったときだからな」
男がそう言った瞬間、俺は目の前の男が何者なのか理解した。
数年前、シントエイキス治安維持軍が襲撃を受けるという事件が起きた。軍はその襲撃により少なくない数の被害を受け、その中には小隊長級も含まれていたという。
そして驚くべきことにそれほどの被害を出した襲撃者はたった一人で、軍がシントエイキス全域に指名手配したにもかかわらず、今もまだ犯人は捕まっていないらしい。
その犯人の特徴は大柄な男で、”蛇腹剣”を使っていたという。
「お前、”血狂い”だろ」
「……なんだ、俺のこと知ってたのか」
「さっきの軍を襲ったっていうので見当がついたよ。蛇腹剣なんて珍しい武器使っててしかも軍を襲うようなイカレ野郎が二人もいるはずないからな」
そう、こいつの正体は”血狂のマルクオット”。シントエイキス全域で指名手配中のA級犯罪者だ。
そんなやつがなぜこんなところにいるのか、なぜ俺を襲ってきたのかなど色々と気になるところはあるがそれよりも重要なのはそんな凶悪犯相手にどうやってこの場を切り抜けるかだ。
「しょうがない……。まだちゃんと直ってないから使いたくないんだけどな、これ」
『また壊したら今度こそただじゃおかないからね』
「はいはい……でも加減できる相手じゃないよなあ、こいつ」
たった一人で軍を襲撃し指名手配されているにも関わらず今まで捕まらずにいたことからも分かるがマルクオットの強さは本物だ。そしておそらくこいつは……
「お話は終わったか?なら早く続きをしよう。さあ、さあ!」
「その前に一つ聞きたいことがある。お前……式持ちだろ」
そう問いかけると、マルクオットはさっきよりも大きく口を歪ませ、その顔は狂喜に満ちていた。




