鋼に宿るは鉄の心
「自立型……装式?」
『そう、さっき言ったようにこいつに使い手は必要ない。こちらが何もせずともただ戦場に放り込むだけで敵を殲滅する究極の兵器さ』
そんなわけがない、とアルトはその言葉を否定しようとするが一方でどこか納得している自分がいることに気づいた。
その兵器……リアシェティルはまさに機械仕掛けのドラゴンと言える様相をしており、言われなければこれが装式であることなぞ考えもしなかっただろう。実際アルトも言われるまで地上で遭遇した体の一部を機械に改造された野犬の群れと同じようなものなのだろう、としか思わなかった。
『地上で機械の体をもつ動物を見ただろう?あれも私の発明だよ。もっとも、あれらは全て失敗作でね。生きた動物を利用するというアプローチ自体はうまくいったのだが、如何せん自意識がある分制御が面倒だった。あろうことかこの私に嚙みつこうとまでしてきやがって……犬畜生の分際でこの私に歯向かおうなどと思い出すだけで腹が立つ!』
よほど気に食わなかったのか、通信越しに何かを蹴り倒す音が聞こえてくる。どうやらこの男は自分という存在に絶対的なプライドを持っているらしく、そんな自分が見下す存在が反抗したことがどうしようもなく気に入らなかったらしい。
『はあ……はあ……おっと失礼。つい声を荒げてしまった。とにかくだ、そいつがいかに優れた兵器かは分かってもらえたかね?もし理解できなかったのなら申し訳ない。その時はどうぞ存分に悔いながら死んでくれ。だがせっかくの式持ちとの実戦データを回収する機会だ、死ぬならなるべく足掻いてからにしてくれたまえよ?』
そう言うと男の声は聞こえなくなる。通信を切ったのだろう。そしてそれを合図に、機械の竜が動き出す。
『――』
その駆動音はまるで竜の咆哮のようだった。一瞬で距離を詰めてきた竜はその鋼鉄の爪でアルトの体を引き裂かんと腕を振り抜く。
「舐め、んなぁ!」
その速度は先ほど後ろから掴まれたときと同じだったが結果までは同じではなかった。すんでのところで駆電【弐式】の剣を爪と体の間に滑り込ませ初撃を防ぐことに成功する。
「……はっ、はは……後ろからの不意打ちならともかく、正面からなら大した速さじゃねえなあ!」
虚勢だった。実際のところはまさしく間一髪、今も心臓が高鳴り脳には「このままだと死ぬぞ」と、本能からの警鐘が鳴り響く。
「これは今のままじゃ死ぬよなぁ……」
一瞬の逡巡のあと、アルトは駆電を稼働させる。
「こいよロボドラゴン。いざ尋常に勝負ってやつだ」
『――』
アルトが剣を構えたのを認識したのか、リアシェティルの様子が変わる。
姿勢を低くし、その腕を腰へとあてがう。それはまるで、居合の構え。
『――【龍星】』
そのとき、竜は初めて言葉を発した。
それと同時に再び振り抜かれる鋼鉄の腕。先ほどと異なるのは、その手には一振りの刀が握られていることだった。
「しっ!」
口から空気が抜けていく音。先ほどまでとは比べものにならない、文字通り音速の刃はアルトの体を無慈悲に分断する……はずだった。
「どうした?さっきより遅いぜ?」
伸びでもするかのような悠然とした態度で、その不可避の斬撃は同じく一振りの剣によって止められる。先ほどまでのようなギリギリの足掻きではなく、まるで当然かのようにリアシェティルの一刀は防がれたのだ。
駆電による身体強化は脚力などの物理的なもの以外にも適用される。
それは脳内時間の引き伸ばし。
仕組みとしては頭部に微弱な電流を流し込み脳を刺激することで思考速度を向上させるといったものだ。
もちろん微弱とはいえ脳に直接電流を流すのは極めて危険な行為でありアルトもそんなことは理解している。そのためこの技は滅多に使うことはない。
マルクオットとの戦いでも使わなかったのがいい例だ。
しかし今回アルトはそんな危険極まりない技を一切の躊躇なく使用した。
それが意味することはただ一つ。
今目の前にいるこの機械仕掛けの竜は、A級犯罪者に位置づけられるほどの式持ちを超えるほどの脅威だということだ。
***
なぜだ?
リアシェティルの思考プログラムに疑問が羅列する。今目の前で起きた事象を解析するべく、それを引き起こした存在を理解すべく攻撃を再開する。
右、左、斬り上げ、刺突……プログラムされたあらゆる剣の動きを最短最速で繰り出していく。しかし……
「どうしたどうしたぁ!さっきの居合のほうがよっぽど速かったぞ。ずいぶんと単調な動きだな!」
そのどれもが届くことはない。全て寸前で避けるか防がれる一方だった。
理解できない。なぜ避けられる?なぜ防がれる?速度では上回っているはずだ。
リアシェティルは思考回路をフル稼働させる。もはや当初の目的である対象の排除は忘れていた。あるのは理解したい、この一言に尽きる。
今まで言われるがままに敵を殺し、障害を排除してきた兵器にとってその思考は自分でもよく分からなかった。プログラムに従い、命令に従い行動してきた今までを否定するかのように、今この竜は自らの意志を持ち、自らの考えで動き始めていた。
それはもはや兵器のものではなかった。今までの一方的な殲滅ではない、対等とも言える相手との戦い。このやり取りによってリアシェティルはプログラムではない、完全な自意識が芽生えつつあった。
リアシェティルをけしかけた男は自立型と言っていたが正確には違う。確かに通常の装式とは異なりリアシェティルには自らを操作する使い手は必要ない。しかしプログラムによって動く機械である以上、起動のたびに命令を書き込む必要があった。それはするな、あれをやれ、そいつは殺すな、今回は殺せ……それは自らで考え行動するという点で自立型とは言い難いものだった。
そして今、竜は目の前の存在を殺せという命令を無視しつつある。
知りたい、理解したい、もっと剣を交えたい。時間にしてわずか10分と少し、これまでの稼働時間と比べれば刹那にも等しいその一瞬が、機械の兵器にリアシェティルという自己を形成させた。
もともとその前兆はあったのだ。竜を造った男が知ることはないが、リアシェティルは時おり疑問を持っていた。
なぜ殺す必要があるのだろう。
人間を殺すときは必ずと言っていいほどプログラムにこの疑問が浮かび上がる。そのノイズは次第に無視できないほどに大きく膨れ上がったがそのときのリアシェティルにはそれをどうかするという意志もなかった。
しかし自己を確立した今なら分かる。兵器として生み出されたにも関わらず、この竜はこの人間という生命が好きなのだ。短い一生を全霊で駆け抜けてゆく人間という命を愛しているのだ。思えば今こうして振るっている剣術ももとは人間の真似事から始まったのだ。
これはプログラムのエラーなのだろう。兵器が自我をもつなどあってはならない。この戦いが終われば、バグありと判断されメインプログラムは初期化され私という存在は消えてしまうだろう。しかし、それでも私は人間を愛していたい。
だがいくら自我を持とうとも兵器は兵器。どこまでいってもただ壊すことしかできないのが兵器として生まれ落ちたものの宿命だった。
リアシェティルもそんなことは理解している。なら、兵器なりに伝えよう。目の前の人間に、私という存在を剣に乗せて。
リアシェティルの核……炉心の回転数が上昇する。これから繰り出されるのは、竜がたどり着いた一つの極致。人知れず生み出された剣の頂である。




